第25節 新旧エース対決
太田に連れられてやって来たのは体育館の裏手。表の喧噪とは対照的にひっそりとしている。
というのも、窓は狭くて中に侵入はできないし、覗いてもその先は用具入れだからだ。非常用の階段は二階へとつながっているが、扉には鍵がかかっている。
「こんなところに連れてきて、どうするつもりだ?」
「まーまー、黙って待ってろよ」
太田はスマホを取り出し、電話をかける。すぐに相手は出たようだ。
「例のブツを持ってきた。開けてくれ。……ああ、了解」
通話を切ると、「こっちだ」と階段へ向かって歩き出した。
「あそこのドアは放送部の部室につながってんだ。部員にダチがいてな、内側から開けてもらうってわけ」
階段を上りながら太田は説明する。
「太田さんは顔が広いんですね。すごいです」
「いやーーそれほどでも! はははは!」
大方エロDVDか何かで交渉したんだろう。
ドアの前まで到着すると、太田はコンコンと軽くノック。ほどなくドアが半分ほど開き、メガネをかけた小太りの男子生徒が姿を見せた。
「ブツは?」
「ここに」
太田は懐からDVDのパッケージを取り出し、男に手渡す。
「おー、さすがはパイ魔忍! よくこんなレア盤を入手できたな!」
「しーっ! いま、その名で呼ぶんじゃねえ!」
太田は口の前で指を立て、俺たち――いや、彩乃を気にしてチラリとこっちを盗み見る。
それでメガネの男も俺たちの存在に気づいたらしい。目を見開くと、すばやくパッケージを後ろ手に隠し、ニコニコ顔でドアを大きく開けた。
「さ、さあ、入れよ」
「お邪魔します」
部室に踏み入ると、部員たちの視線が一斉に彩乃に注がれた。連中は一様に驚き、各自スマホやらモニターの画面やら、いろんなものをあわてて隠す。
太田の後をついて部室を横切り、向こう側のドアへと進んでいく。彩乃が歩きながらペコリと頭を下げると、連中は貼り付けたような笑みを浮かべて見送った。
「さっき渡していたの、DVDですよね。太田さんは映画がお好きなんですか?」
「ゲホッ、ゴホッ」
彩乃の問いに太田は激しく咳き込む。咳が治まると、乾いた笑みを浮かべて「まあね」と応じた。
「古い名画が好きなんだ。女優ならオードリー・ヘップバーンかな。『ローマの休日』とか『ティファニーで朝食を』とか」
「あ、わたしもオードリー・ヘップバーン大好きです! 『ティファニーで朝食を』の原作は読みました?」
「あ、ああ! もちろん! もちろん読んだよ!」
「原作のホリーは映画とぜんぜん印象が違いますよね。わたし、映画のホリーをイメージして読んだからビックリしちゃって」
「だね! 俺も読んだときはマジでビックリした!」
――お前が好きな女優は吉沢〇歩だろ。
放送部の部室を抜けると、コート全体の練習風景が一望できた。ダムダムというボールがフロアを叩く音と、キュッ、キュッとバッシュが床を鳴らし、体育会系特有の掛け声が飛び交う。
俺たちは邪魔にならないよう隅で見守る。
まずはランニングからだ。声を出しながら体育館内を何周も回る。その中に美咲、萩原さん、そして夏希の姿。ランのあとはドリブル、パスと基礎メニューが続く。どの声もよく出ていて、強豪校との対戦を控えた気合いが伝わってくる。一方、ギャラリーの多さに、早々に敗退した男子はなんともやりにくそうだ。
基礎練をひと通り終えると、顧問の笛で集合。
女子バスの顧問は潤子先生だ。美咲の話では、学生時代はバスケ部だったらしい。文系っぽいのに、意外。
先生の話が終わると、部員は二手に分かれ、コートに五人ずつ残る。練習試合をはじめるようだ。夏希と萩原さんは別チーム――つまり、レギュラー同士のガチ勝負だ。
センターサークルに萩原さんと、同じくらいの身長の子が進む。潤子先生がボールを上に放り、二人が跳んだ。
ギャラリーがどよめく。
ジャンプボールは萩原さんの圧勝。相手より頭ひとつ、いやふたつは高い。跳ぶな、あの子。夏希とタメ張るかもしれん。
弾かれたボールをキャプテンがキャッチ。指示を出しながらゆっくり運び、スリーポイントラインの手前で萩原さんへ。すぐ夏希がマークにつく。さっそくエース対決。
「楓ちゅわーん! がんばっとぇええ!」おい、夏希の応援団長じゃなかったのか。
「なっちゃん、がんばれっ」彩乃も小さく声を送る。
萩原さんは緩急をつけてドリブル。夏希は腰を低く、突破に備える。周りはスペースを空けて一対一を作った。さっきまでキャーキャーうるさかったのに、ダム、ダムとボールの音だけがする。どっちが上か、みんな興味津々なのだ。
来た――そう思った次の瞬間、萩原さんは夏希を抜いていた。
ゴール下でカバーがくるが。ふわっと後ろ跳びに躱す、女子では珍しいワンハンドのジャンプシュート。
ネットを揺らし、歓声が沸く。
はええ……。あの身長で、あのスピードかよ。前に見た試合でも凄かったが、さすが中学MVP。
攻守交代。今度は夏希のチーム。あいつは超がつく負けず嫌い――やられたらやり返す、ハムラビ法典女。無様に抜かれて黙ってるわけがない。
ボールはすぐ夏希へ。だが、二、三度ついただけで、あっさりパスを返す。
……意外。ムキになって挑むと思ったのに。つーか、らしくねえ。
結局、ボールが停滞して、苦しい体勢からのシュート。当然のように外れる。リングに弾かれたボールをキャプテンが掴み取って速攻のパスが萩原さんへ。あっという間にトップスピード。夏希は完全に置いていかれ、無人のゴールに綺麗なレイアップ。再び歓声。
オイオイ。マジでどうした、夏希。足がまるで動いてないじゃねーか。やっぱ、弁当残したりして、腹が減ってパワーがでないんじゃないか?
「なっちゃん。なんだか体が重そう。いつもはもっとシュッとしてて姿勢がきれいなのに」彩乃がポツリという。
たしかに。スポーツをしているときの夏希は背中に一本軸が入っているようなシャープさがある。いまの夏希はなんだか猫背っぽくって俊敏な動きができるようには見えない。
その後も一方的。夏希の動きに終始キレはなく、表情に覇気もない。これは腹が減ったとか、ただの体調不良ってだけじゃなさそうな気がする。
最終スコアは78-45。両エースの出来の差が、そのまま点に出た。
「まったく……なにやってんだよ……」
「それはこっちのセリフだ!」
後頭部に衝撃。イテッ! 振り返ると、美咲が仁王立ちで拳を震わせていた。
「いつから覗きが趣味になったのよ! っていうか、どうやって入った!」
「そ、それは太田のツテで……」
――が、太田の姿はもうない。逃げ足の早いやつ。
「あ、あの。練習のお邪魔をしてごめんなさい」彩乃が深々と頭を下げる。
「べ、べつに私に謝る必要なんて。あ、頭、上げてください」
素直に謝られて、かえって困っているようだ。
彩乃は顔を上げ、微笑んだ。
「美咲ちゃんですよね。はじめまして、小早川彩乃といいます。前に一度だけお電話で――」
「……知ってます。先輩、有名だから。兄がお世話になってます」美咲は小声で返し、軽く会釈。
「じゃ、じゃあ、私はこれで」と、一方的に会話を切り上げて踵を返す。
「おい、待てよ。夏希、どうしたんだ? メタメタじゃねーか」
美咲はぴたりと止まった。フロアの端で顔をタオルで覆っている夏希に視線を送る。
美咲は振り返らず。
「……帰ったら話す」




