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第21節 二人の時+1

どのくらいの時間が経っただろうか。ポーズボタンでゲームを停止させ、コントローラーを傍らに置いた。うーん、と両手を伸ばし、そのまま後ろに倒れ込むようにごろりと寝転がる。


落ち着かない……。女の子の部屋に一人でいるというのは、なんと心細いことか。


別に下着ドロってわけでもなし、堂々としていればいいんだけれども。


ハッ!? 彩乃の下着がこの部屋のどこかに!

バカバカ! いらんことに気がつくな!

邪念を打ち払うべく、頭をボカボカ叩きながら、部屋中をぐるぐる回る。


ふと、紗南ちゃんの机の上のあるものが目にとまった。


それはプリクラが何枚も貼られた下敷きだ。同級生らしき女の子と写っているものや、彩乃と一緒に写っているものなどなど。


やはり小早川姉妹のツーショットは素晴らしく絵になる。彩乃は慣れていないのか、笑顔がちょっとぎこちない感じ。だが、それがいい!


そんな中、異質なものが一枚。大学生くらいの女性と一緒に撮ったものがあった。


その女性は小早川姉妹と並んでも見劣りしない美人で、優しい笑みを浮かべ、紗南ちゃんと二人ピースをして写っている。


同級生と一緒の紗南ちゃんは、姉妹で写っているものと比べると、どこか作った感じの笑顔だ。でも、このプリクラに写る紗南ちゃんの笑顔は、彩乃とのものと同じように自然体で、この人のことが大好きなんだと伝わってくる。


ただ、この女性はどこかで見たことがあるような、ないような……。女優のナントカに似ている? 頭を捻り記憶の糸をたぐる。


……ダメだ。ちょっと思い出せそうにない。そもそも芸能界に興味ないからよく知らないし。


下敷きを机の上に戻し、なんとなく彩乃の机のほうを向くと、写真立てが見えた。近寄って手に取ってみる。ははーん。これが紗南ちゃんが話していたやつか。


去年の遠足の写真。


でも、ぜんぜんメインじゃないよね……俺。


中心に写っているのは満面の笑みの夏希で、その手に腕をがっしりとつかまれ、フレームの隅っこにかろうじて写っている俺は、なんともビミョーな顔だ。これじゃあ、ほとんど背景に近い。


とはいえ、これがまともに映っている唯一の写真だったりする。


ほかのは見切れていたり、後ろ向きだったりと、ロクなのがない。このときのカメラマンは明らかに女子ばかり狙ってシャッターを切っていた。


んー。それにしても……。


こんな写真があるってことは、彩乃はこの頃、既に俺のことを好きだったってことだよな。


心当たりがない。


彩乃ほどの美人に出会って、まったく覚えていないなんてことがありえるのだろうか。いいや、ありえない。実際、付き合う以前にちょっとすれ違ったときのことは鮮明に覚えている。


ましてや、好意を抱かれるような何かがあったとするなら、絶対に深く記憶に刻みこまれているはず……。


「定番ですが、高校入学前は地味にしていて美人なのに目立たず、気がつかなかったのでは?」と孔明。


「ショッキングなことがあって、記憶が消えているとか?」と仲達。


地味なカッコをしたところであの美貌が隠せるとは思えないし、ショッキングなことと言っても、俺は平凡な人生を歩んできたからなあ。事件といったら……。


「お待たせ。できたよ」


背後から襖を引く音とともに彩乃の声がした。


「ありがと」


写真を手にしたまま、ゆっくりと振り向く。


その瞬間、襖を閉めなおした彩乃の手が凍り付いたように硬直した。腕に掛けていたジャケットが、するりと畳に落ちる。


「だめーーーーーーー!」


悲鳴に近い声をあげながら、こっちに向かって突進してきた。


な、なんだ!? 


予想外のリアクションに驚いて後ずさる。だが足を踏み外し、バランスを崩してしまった。そこに顔を真っ赤にした彩乃が突っ込んでくる!


ぐはっ! 


ひとたまりもなく、そのまま押し倒されるように俺は盛大に倒れ込んだ。


……いってえ。


痛みで頭がクラクラする。思いっきり後頭部をぶつけた。


「あ、彩乃。だいじょ……ぶ?」


こ、これは! 


痛みが引いていくとともに、胸元に押し当てられている二つの柔らかな感触をはっきりと認識する! 


こ、この感触は! ま、まさか? 


うっすらと目を開くと、眼前には喜望峰、彩乃の胸の谷間がはっきりと覗いていた。


見ちゃだめだ! 


だけど視界は完全にロックオンされていた。目を離すことなんてできるはずもない! い、いかん……吸い込まれる。


「み、見た?」


彩乃が恥ずかしそうに訊く。


「見てない見てない! なんにも見てないよ!」


「よ、よかった……」


彩乃はホッと小さく息をはき、上半身を起こして、写真を隠すように自分の胸に押し当てた。


な、なんだ。見たってそっちのことか……。そこまで恥ずかしがらなくてもいいのに。


そして、安心したことにより、彩乃は今置かれている状況にようやく意識が回ったらしい。


「え? え、え、えええ!?」


蒸気を吹き出すみたいに顔を真っ赤にして、あわてふためく。


「あ、あの、その、わわわ、わたし! これはそのっ、ちがうの! あれが、それで! これは、それで!」


――手をバタバタと振り、しどろもどろになって必死に何か言おうとしているのだが、まるで言葉になってない。


でも、彼女のパニくりぶりを見て、逆に冷静さを取り戻すことができた。


今この瞬間こそ、俺がリードするべきとき!


彩乃の髪にそっと手を伸ばし、サラサラの黒髪を撫でる。


彩乃はビクッと一瞬体を震わせたが、逃げようとはしない。そうやって少し乱れていた彼女の髪を整えると、今度は頬に触れる。指先に体温が伝わる。


「キスしてもいい?」


気がつけば、そんなセリフが口から出ていた。


彩乃は息をのみ、少し戸惑ったような顔をした。ほんの数秒の逡巡。この部屋だけ時がゆっくり流れるような感覚がした。


彼女は何も言わず、ただ赤らめた顔を小さく縦に振る。


答えはYES――。


彼女は緊張した面もちのまま、そっと目を閉じた。上半身を起こし、彼女の顔に近づける。息づかいまでもが感じられる、そんな距離。


い、いくぞ……。


その小さく震える唇に重ね合わそうと口を近づける。


彼女の吐息から甘い香りがした。


……ちょっと待て。


唇と唇が触れる、まさにその時、微かに違和感を覚えた。あの襖……さっき振り向いたときは閉まってなかったか?


大きく開け放たれている襖の向こう側に、人影はない。


だが、今日、小早川家の人たちは出入りのたびに必ず戸を閉めていた。そういうふうに躾けられているんだ。彩乃が閉め忘れたりするだろうか? 


疑念が確信に変わる。間違いない、出歯亀が……いる!


深いため息をついて、開け広げられた襖の向こうに言い放つ。


「隠れてないで出てきたら? 影が見えているよ」カマを掛けてみる。


「え!?」彩乃は目を見開き、大慌てで振り向いた。


「どうぞどうぞ、お気になさらず、続けてください」


――姿は見せず、紗南ちゃんの声がした。


「さ、紗南!!」彩乃は飛びのくように俺から離れた……。


残念無念。まさに大魚を逃した。


俺は天を仰いだ――。




「えーと、ね。別に覗き見していたわけじゃないの。トイレに行こうとして、たまたま通りがかっただけで……」


彩乃の前に正座させられたまま、紗南ちゃんは弁明した。


「嘘をつかないの! じゃあ、たまたま襖も開いていたっていうの?」


彩乃は腰に手を当てて見下ろし、強く叱る。怒っているのか照れているのか、顔はまだ赤い。


――うん、そんな顔も可愛い。俺もこんなふうに怒られてみたい。


「嘘じゃないよ。本当に開いていたの。もしこっそり覗くつもりだったら、あんなに大きく開けたりしないもん――」


「紗南! あなた、本当に反省してるの!?」


雷が落ち、紗南ちゃんは肩をすくめた。


「ご、ごめんなさい……」


「まあまあ、そのくらいで許してあげたら? 偶然通りがかったってのは本当だと思うし」


助け舟を出して二人のあいだに割って入る。


「でも、もう覗き見はダメだよ?」


しゃがんでやさしく言うと、紗南ちゃんはこくこくとうなずいた。


「ほら、本人も十分反省してるし」


「拓也くんは甘いんだから……」


彩乃は小さく息を吐き、はっと顔を上げた。


「そうだ! なっちゃん! 紗南、早く戻らないと。外で待ってるんでしょ!」


「あ、えっと、夏希さんなら、もう帰ったよ」


「は? 帰ったのアイツ!?」


「はい。急な用事ができたって。ほんのついさっき」


「そう、なんだ。なにかあったのかな……」


彩乃はうつむきがちに心配そうな顔。


――まったく、なんて勝手なやつだ。黙って帰るなんて!


文句を言ってやろうとポケットからスマホを取り出す。俺相手ならともかく、彩乃や紗南ちゃんに対してのその振る舞いは、許せない。


だがタップしようとした手を、彩乃がそっと押さえた。


「きっと大事な用事なんだよ。声を掛けなかったのも、気をつかったんだと思うし……だから、ね」


彩乃にそう言われては仕方ない。スマホをしまう。


「そ、それじゃあ、わたしもお友達との約束を思い出したので……」


そっと部屋を出ようとする紗南ちゃんを「待って」と呼び止める。


「一緒にゲームでもしない?」


ゲームが映ったままのテレビを指し、微笑みかける。


「えっ……でも……」


俺と彩乃を見比べて困った表情。


「もう、紗南ったら、変な気を遣わないの!」


彩乃が背中を押す。


「そうそう、気にしない気にしない」


正直、彩乃の両親が戻ってきて、俺と彩乃だけだったら――。


去り際のお母さんの笑顔を思い出して身震いする。


「お願い! 一緒に遊んで。ね!」


両手を合わせて頼むと、「そ、それじゃあ」と紗南ちゃんはちょこんと隣に座った。


「じゃあ、セットしたままだし、無双で協力プレイでもしようか?」


提案に紗南ちゃんの目が輝く。周りにゲーム仲間がいないらしく、協力プレイは初めてだという。


こうして俺たちは、ゲームやトランプで楽しく時間を過ごした。

【あとがき】


ここまでお読みいただきありがとうございます!

カクヨムでも掲載中で、両方の更新するのが手間になってきたので、カクヨム版をご覧ください。


https://kakuyomu.jp/my/works/16818792440587938197

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