第44話 契約解除
「言いましたわよね? 魔法少女を辞めるには死ぬしかないと」
唯一残る方法は死ぬこと。そう、マナが言ったのは記憶に新しいが、尚更ユイカの頭は混乱する。
辞める、という発言を言うことでさえも身体が阻止するのだ。死ぬことはもっと現実味のない方法である。
「死ぬって、そんな簡単に……!」
「簡単ですわ。死んで、怪物になればよいのですわ」
「……かいぶ、つ?」
まるで言われた言葉の意味が分からなかったかのようにユイカは言葉を詰まらせた。それに反してマナは涼しげな顔のまま笑みさえも浮かべている。
「ムッシュボルト様から生への強いしがらみがある人間が怪物に孵化するとは聞きましたわよね?」
「……まぁ、きいたけど……」
死んでもなお、生への強いしがらみによって怪物が誕生する、そう聞いた。しかしエルザにも指摘されどこかそれを真実だとは受け取り切れていなかった。それこそ衝撃が強すぎるあまりに。
「死んだその体に怪物の生まれる前の卵を埋め込むのですわ。そうすれば人間の生へのしがらみと共に怪物は孵化をする。怪物の割合を少なくすれば人間の意識のまま生き永らえる、ということですわね」
何一つ理解ができなかった。言葉をなくしたままユイカはマナの表情を見つめる。安らかにほほ笑むその姿にはある種の狂気さえも覚える。
「理解ができない、というお顔をしていますわね」
「それは、そうだよ……! 怪物になってまで生きていたかった? 死んでまで辞めたかった? なんで……」
「怪物になれば死ぬことはない。傷ついてもすぐに再生が可能。対して魔法少女なんてすぐ死ぬしそこから逃げようとしても辞められないなんてそっちのほうがよっぽど頭がおかしいと思いますわ」
目の前に転がる魔法少女ユイカに対しての明らかな軽蔑。
ユイカははやる気持ちを抑えながら出来るだけ言葉を選びつつ続ける。
「……確かに頭おかしいかもしれないけど、でも魔法少女になったんだよね。辞められない、とは知らなくても怪物と戦う覚悟を持って、なったんだよね……? それなのにどうして魔法少女であることを簡単にやめられるの?」
心底理解できない、というようにユイカは言い切った。ただの純粋なる疑問。しかしそれは笑みを浮かべていたマナの表情をわずかに曇らせる。
「……貴方はやはり馬鹿でしょう」
一層低くなったその声音に、ユイカは目を見開く。わざとらしくマナはため息をつくとしゃがみ込み、視線をユイカに合わせた。
「人間も怪物も救いたい。魔法少女の真実を聞かされてもまだ綺麗ごとを吐けるのは心底尊敬ですわね」
その語気には先程までの明るさはなく低く見下したよな物言いだった。
「綺麗ごとじゃないよ……」
「ご存知でしたか? 元からムッシュボルト様は貴方と話したかったわけではありませんわよ。貴方のその馬鹿馬鹿しい綺麗事を使って魔法少女ミライを殺す為ですわ」
ミライの名が出され、ユイカの表情が固まる。
「怪物対策省という肩書だけで騙せるなんて笑いましたわ。そのおかげで魔法少女を一気に二人消せるんですもの。感謝しますわ」
「ふたり……? なにを」
そう言いかけたところでユイカの表情が陰った。二人目。それに値するのは自身のみしかいない。
マナは笑みを漏らす。
「抵抗しようとしても無駄ですわよ。ルヴァルトくんの能力は優秀でしょう? 物体でも精神でも切断なら何でもお得意。貴方がいない状態で12人の魔法少女はそれに敗れミライは死んだのですわ」
「でも、ルヴァルトは私たちが」
「あれで死ぬとお思いですのね。舐めてもらっては困りますわよ」
「……なら、ミライが戦った意味もエマが魔法少女になった意味もないっていうの……?」
「そうですわね。今更お気づきですか? 貴方のせいで無駄な犠牲を出し意味すら消えましたのよ」
マナの笑いが響き渡る。ユイカはすでに言い返せるほどの気力が残っていなかった。
「……魔法少女マナ。時間がかかりすぎだね。早くしないと」
「急かさないでほしいですわね、ルヴァルト。ええでもそろそろですわね──」
そう、マナが言うと同時に音を響かせた足音がユイカの耳に入る。
これ以上誰が来るのだ、と思うと同時にその人物はユイカの近くで立ち止まるとその口を開いた。
「ユイカちゃん?」
「は、なんで……!」
聞き覚えのある声にユイカは絶句した。
その者はユイカの目の前に立つと、視線を重ねる。
「なんであなたがいるのここに、っ!?」
そう言いかけたところでユイカの声は止まった。発することができずにただ目を見開いたまま見上げている。
「気が早いですわよ、ルヴァルト」
マナは苦笑するとユイカの発声感覚を切断したルヴァルトを見る。
「その調子で頼みますわ」
「褒めていただき嬉しいね。じゃあ次は生存本能の切断でいいのかな?」
「ええ、お願いしますわ」
ユイカの表情が、恐怖を映し出した。しかしそれも一瞬で切り離され何も映さなくなる。
マナはそれを見てはっきりと口元を緩めた。
「聴こえてますかしら? こう言ったはずですわ。魔法少女の契約を破棄すると石の中の怪物は死に同時に魔法少女も死に至る。それを阻止するために邪魔しているのは生存本能」
現にユイカは運動感覚、発声感覚、生存本能を切断、つまり身体の感覚として機能しなくなっているがおそらくマナの声は聞こえている。そして、理解もできている。
それに何を思っているのかはその言葉を発しない限り分からない。
それでも、マナは楽しんでいた。想像は時に、現実を凌駕する。
「そこまで馬鹿ではないからわかりますよね? つまり生存本能さえ消してしまえば、魔法少女は辞めることが可能になりますのよ。勿論、怪物とともに死にますけれど」
もしユイカが口を開いていたとしたら何と言っていただろう。そう想像してマナは再び口元をゆがめた。
「僕が言うのも何だけど相変わらず怖いことを考えるね君は」
ルヴァルトの呆れ声を聞きながらそれをむしろ賛美に捉えると気分は昂揚した。
そして、最後の飾りつけが待っている。
先程ユイカの名を読んだ少女が、手をかざす。それによって起こされたものはマナ側からは知る由もない。
しかし、彼女の能力によって疑似的な洗脳が作られたのは確かだった。その証拠にゆっくりとユイカの口が開かれる。
ルヴァルトの能力は既に部分的に、解除されている。
「わたくしは貴方の方が怖いですわよ」
何も言わずに力を発した少女にマナは笑いかける。彼女はそれを聞いても表情一つ変えずに冷たい表情のまま、実行に移す。
ユイカの口元は、弧を描く。そして、言葉を形どる。
「私は、魔法少女を辞めます」
そこに意思は関与していない。しかし、依然としてユイカの意識は残っているだろう。だからこそ、マナはほくそ笑む。
──それなのにどうして魔法少女であることを簡単にやめられるの?
その言葉を放った少女が、不可抗力とはいえ「辞める」と口にしているその事実に。
マナの笑い声が一段と大きくなる。きっと彼女にその声は届いている。ユイカの瞳としっかり合わせながら最期を見届けてやるのだ。
音を立て、ユイカの胸元のペンダントにひびが入った。
中に埋め込まれている水色に輝く石に、数々の亀裂が入る。
石の中で眠っている怪物が死んだ証拠だ。そして同時に、ユイカの身体にも異変が起こる。
マナの瞳に映る、ユイカの水色の瞳から輝きが失われていく。
消えゆく意識の中、ユイカの耳には何が残っていたのだろう。不快なマナの笑い声。そして、どこか遠くから心地よい音が聞こえてくるように錯覚していた。
それはきっと、死への誘い。離れていく思考で言葉を結び付けたその時、ユイカの瞳から完全に光が失われた。
第二章残り一話




