第41話 元魔法少女
闇に溶けるように消えていく姿。ユイカが連れていかれたそれを見て、エルザは自身の能力による移動を思い返す。
「私と同じ能力の人間がいるでしょう」
「……ああ。しかもお前以上の出来栄えだ」
「それは残念。一度お会いしてみたいわ」
エルザの影が再び持ち上がる。軽い口調とは裏腹に目を見開き、アカリを射貫くような目つきで睨みつけた。
「やめておけ。死ぬぞ」
「大丈夫よ、死なないわ。なぜなら」
エルザは自身が魔法少女になった日を思い返す。エマの事例を見れば恐らく前に影の能力を使っていた魔法少女は死んでいるのだろう。何となくその違和感を心の中では確信していた。
しかし、魔法少女でなくなったアカリ──一ノ瀬明里がこの場にいるのならば話が違う。
「魔法少女であることから逃げた、腰抜けでしょう?」
その言葉が引き金となったのかアカリが一歩踏み込んだ。光のつぶてがその手に集う。
微動せずにただ立っているエルザの周囲の影が応えるかのように牙をむいた。
アカリの反応を見てエルザはほぼ間違いないと確信する。
「貴方は昔から分かりやすいものね」
そして、その疑念は確信に変わる。
両者の距離が縮まるその瞬間。双方の瞳に、黒くよどむ闇が入り込んだ。
それは、影。
同業だからこそ、エルザは即座に反応し、距離を取ろうとする、が。目の前で唐突にそれは爆発し自身の体が宙に浮くのを感じた。
数歩先の地面に叩きつけられ、エルザの視界は虚空をさまよう。聴覚だけは遠くの音を拾い、頭上で鈴を転がすような爽快で美しい声音が耳に入った。
「死んでしまわれましたか?」
しかしその声はどこか鋭く重みを含んでいる。エルザはその者の正体を確かめるため状態を起こそうとするものの、持ち上げた片手は空を切り静かに下ろされた。
それを見た声の主はかすかに笑い声を漏らす。気持ちよくも聞こえるその笑い声には明らかに嘲りが含まれている。
「なぜここに来た」
アカリが顔を上げ、短く問いかけると「そうですわねぇ」と彼女は笑みを浮かべた。華やかな装飾のついた傘を上に掲げながらゆっくりと空から降りてくる。
長い黒髪を縦に巻き、その上に黒のヘッドドレスを身に着けている。全体的にドレスの装飾が派手ながらも美しく、より一層彼女の美しさを際立たせた。
「わたくしの後に影の魔法少女となった人物がユイカちゃんの隣にいるときいてはいてもたってもいられなかったのですわ」
ゆっくりと地面に降り立つと彼女は意識を失っているエルザを見下ろす。笑顔を浮かべたまま冷ややかな瞳を向けた。
「それが何ということでしょう。わたくしを腰抜けとお呼びするというのにこのざまですわ。そもそもこの子は未だに扱いきれてないですわね。小型爆弾もその穴埋めでしょう」
彼女はエルザとアカリが接近するその間に忍ばせた影を細かく霧散させ爆発を起こした。彼女と行動を共にしているアカリだからこそ見極められたがエルザにとっては戸惑いでしかないだろう。
「……少なくとも、私たちは他者から見たら腰抜けの部類だろう」
「いやですわ、アカリ。わたくしたちは逃げたのではありませんよ? 確率としてはこちら側の方が格段に上がりますわ」
傘を優雅な動作で閉じると彼女は柔らかな笑みをこぼす。しかし、アカリは知っている。それは殺しの作法。
彼女の傘が持ち上がる。傘の影がエルザを覆うとそれは思いっきり振り下ろされた。
左胸を一斉に貫く。
彼女は笑みをたたえたままゆっくりと片手を上げる。持ち上げられた傘の先端から紅の、鮮血がしたたった。
「あら、お辛いのですか? アカリはこの子と同期でしたわね」
エルザの胸元が赤黒く染め上げられていく。
傘を振るい、血を飛ばすとその狂気的な笑みをアカリに向けた。
「……昔の顔なじみだ。別に何とも思わない」
「そういうことにしておいてあげますわ」
そう不気味に笑う彼女から視線をそらしながらアカリは口を開く。
「そろそろ戻る。私にはまだやるべきことが残っているからな」
「そうでしたわ。久しぶりに皆様とお会いするのが楽しみですわね。新たな仲間を歓迎してあげましょう」
「ユイカは既に仲間ではない。」
その言葉に傘を掲げた女は再び笑みを漏らす。
「比喩的な意味ですわ」
そう言うと同時に、彼女の足元の影が広がり彼女を覆っていく。やがて、彼女の姿は闇に溶けていく。
その姿が消えるものの、アカリは未だその場所に立っていた。
「……あいつは絶対殺す」
自身を影に入れ連れて行かなかったことに苛立ちを覚えながらため息をついた。
その時だった。一瞬の殺気を感じたアカリは振り向く。視界の端に影が映ったと認識した刹那、アカリの肩から腹にかけて切り裂かれる。
「なっ……!?」
浅い傷が開くが鮮血は噴き出さずに、ゆっくりと再生しその傷口を閉ざしていく。しかし、彼女は目を見開いたまま固まっていた。
一瞬の視界に映ったその姿は誰だったか。
「エルザ。お前まさか」
心臓を射抜かれたというのに先程視界に映ったのは血染めになりながらもエルザの姿だった。
変身をせずに魔法を使いこなし、常にダミーのペンダントを持ち歩く。それが線のように結ばれていく。
「私たちと同じ体なのか……?」
アカリの疑問が空気に溶け込んだ。
エルザの姿がどこかへと消えた暗夜で、未だに星は輝き続けている。




