第42話 魔女
聞いたことがあった。
自分の前の魔法少女の実力がどれほどかを。だが、こう迷わずに自身の心臓を貫くとは思わなかった。
闇が、滲む。
先程ユイカを見つけた場所の影が渦巻いたかと思うと、一人の少女が立っていた。
──星を、見ない?
そう言われたその場所へ戻ってきていた。
影によって移動してきたエルザは、胸を抑えると少しよろめく素振りを見せた。すでにその胸に開けられた穴はふさがっている。
それどころか、初めにアカリに貫かれた箇所も塞がっていた。それを見て、エルザはふっと自嘲気味に笑みをこぼす。
「人間、らしくないわね」
エルザは特殊だった。魔法少女になった時点で「人間」であることをやめる選択をした。
しかし。
「私以上の化け物が敵に回ったとなれば皮肉な話ね」
エルザが来る前の影の魔法少女。そしてヒカリの前の、魔法少女アカリ。元魔法少女である彼女らがなぜ魔法少女の姿のまま存在しているのか。
そして何より最後のエルザの攻撃を受けたうえでその傷が一瞬にして塞がったあの姿は、まさにエルザの上位互換。
「私の前の魔法少女は生きていたというかしら。……今度会ったら名前を聞かなければいけないわね」
夢での会議でハンナの首が閉まったように、魔法少女は死以外での方法で契約を辞める術がない。その原理は付属しているはずのメルルでさえ知らないというのに。
脱退してもなお、生き残っているのだとしたら。
エルザの視界が、点滅する。
いくら傷がふさがろうと、アカリのような完璧な体ではないのだ。
魔法少女であることを選択するならば中途半端である現状の体でしかない。
疲労に体が負け、ゆっくりとエルザの身体は地面に沈んでいった。
笑い声が聞こえる。意識がふと戻された気になった。淀んだ視界の中、ユイカはゆっくりと瞼を持ち上げる。どうやら、ダニーに連れられてから記憶がない。
「あら、もう朝のお時間ですか?」
目の前に先程から笑いを続けている少女の顔があった。そしてその顔が遠のく。視線で追おうと顔を上げるが上げられなかった。そこでユイカは自身の状況に気づく。
うつ伏せのまま体を動かすことができない。目の前に立つのは黒髪を巻き込み、衣装を華やかに飾ったまるで人形のように可愛い顔立ちをした少女。その手には同じく華やかで可愛らしい黒い傘がある。
その背後には照明で照らされている石レンガが積み上げられている。
しかし、自身の状況、視界に入る風景とともにその少女からは嫌な予感しかしなかった。
「抵抗しても無駄ですわよ。貴方は指一本動かすことができませんわ。体験するのは初めてでしたわね。これは、貴方が呑気にムッシュボルト様と話していた時に魔法少女たち全員が感じたものですわ」
嫌味を込めて少女は口の端をゆがめた。そしてわざとらしくゆっくりと言葉を吐き出す。
「そして……このせいで、ミライちゃんが死んだことになりますわね?」
「……っ」
ユイカの表情がゆがめられた。それを楽しむかのように少女は笑みを再びこぼす。
「罪を感じる必要はありませんわよ。だって貴方は魔法少女を裏切ったのでしょう? わたくしと仲間ですわ。ねえそうでしょう? ルヴァルトくん」
背後から靴音が響く音がする。その音にユイカが身構えると背後で足音が止まる。
「魔法少女マナ、これで良かったのかな?」
その声には聞き覚えがあった。ユイカの頬が凍ばる中、少女が笑みを浮かべ言葉を返す。
「ええ、上出来ですわ。ただ、わたくしを魔法少女という名で呼ぶのはおやめにと言ったはずですわよ」
「僕が君に出会ったのは君が魔法少女だったころだね」
「貴方のお得意の魔法でその記憶を切断することをお勧めしますわ」
「……ルヴァルト!? 何で生きて……元魔法少女マナも……」
先程まで口をはさめなかったユイカは言葉を絞り出すかのようにその名を読んだ。
「なんでここに……」
「それはどういう意味でしょうか? 私が死んだはずなのにここにいること? それとも私がこちら側にいること? それとも……ルヴァルトくんが生きていること?」
「全部だよ、全部……! 私をどうするつもり……!?」
感情をあらわにするユイカを見て、マナは再び笑みをこぼした。敵対的に感じられないその笑みはむしろ不気味さを彷彿させている。
「そう急かさないでほしいですわね。そうですわねぇ、話してもいいですわ」
「魔法少女マナ。早く済ませろと言われているんだ」
「まぁ大丈夫ですわ、ルヴァルトくん。済ませるのにも手順というのが必要ですわ」
「……好きにしてくれ。その代わり早くしてほしいな」
ルヴァルトを手で制し、彼女は笑みを張り付けたまま続ける。
「言うとすれば冥土のお土産ですわね。わたくしの基調はお話ですわ。感謝しなさい」
やや強い語気で言うとマナは一層笑みを強くした。相対してユイカの表情は徐々に曇っていく。
魔法少女──否、魔女と呼ぶにふさわしい笑みだった。




