第39話 星は輝き夜空は暗転する
「もし、怪物を人間に戻せるって言ったらどうする?」
そう口にしながらもエルザの視線から逃れるようにユイカは空を見上げた。いつしか空はすっかり暗くなりうっすらと輝く点が見える。
「確証が得ない話はしないことよ」
「それでも考えるって大事なことだと思うよ。私たちもこうやって戦い続けてられないかもしれない」
「……わかったわ、怪物を元人間だと仮定したうえでよ」
そうね、とエルザは口を開いた。
「怪物を消す、という魔法少女の立場で言えばそれは望ましいことよ。でも、人間を襲い続けた怪物が人間に戻って正気を保てるかしら?」
「……確かに。それは、初めて考えたな」
「貴方も考えてきたのでしょう?」
そう、だね、と歯切れの悪そうにユイカは言を返す。
「ムッシュボルトさんがね、生きることを選べなかった人間が怪物になるって言ってたの。自ら自分の人生を終わらせてしまったからこそ、生きることに執着して生きることに絶望したからこそ怪物が生まれるって」
──彼らは、我々より生きることを望みながらこの世では上手く生きれずに逃げることを選んだ。裏返せば、彼らが一番生きたかったのだ。
ユイカの脳内にムッシュボルトの声がよみがえる。エルザは何も答えない。
「だから、怪物となってすぐにその気持ちを私の能力で浄化すれば人間に戻せるって、言われたの。でも」
──怪物にとって救いでも人間にとっては救いなんですか?
ユイカは魔法少女として人間を救ってきた。そして怪物も救いたかった。だからこそ、思うのだ。
「人間に戻したところでその人が生きているこの世界で十分に笑えるのかなって。そうじゃなかったら誰も救えたことにならないんじゃないかなって、わからなくなって」
──お前は負担を負いたくないだけだろう。怪物を魔法で人間に戻せばお前はその人間の傷と向き合うことになる。しかし、怪物のまま殺せば可哀想という感情を抱くだけでお前には何も起こらない。
一言一句違えずに脳内にこびりついている。突き放すような低い声が、どこまでもまとわりついてくる。
「議論としておかしいわ。飛び降りたい人間が何度失敗しても飛び降り続けるようにそれを止める方法はない。怪物を救うだけでも重荷だというのに人間になってからなんて私たちは考えなくて良いはずよ」
それに、とエルザは続けた。
「そこで怪物が生まれたら元も子もないでしょう? それはただのいたちごっこ。……きっと、貴方がそこまで他者を考えることができるから」
そこまで言いかけて口をつぐんだ。きっと優しすぎる彼女の性格を見抜いてムッシュボルトは接近したのだろう。
エルザの隣で言葉を紡ぎあげる彼女を、ここまで追い詰めるために。そして、ミライを殺すために。
全ては、13人集うことで完成する魔法を阻止するために。
「知ってるよ、私は都合よく使われたんだろうね。馬鹿だよね。私がもっと考えられていたら、きっとあんなことは」
「ユイカ」
「そうだな、エルザみたいに言えたらよかったんだろうな。やっぱりすごいよ、エルザは。私もエルザみたいに強くて、人の意見に流されずに、しっかり自分の考えを言えたら」
その言葉に激しい感情は含まれていない。淡々と話しながらも言葉の片隅にどこか、苦し気な様子をまとっていた。
「私も一人で行動せずにみんなに怪物を救いたいって言えばよかった。絶対に夢物語だって馬鹿にされると思ってたから。こんなことになる前に全部言えばよかった」
「……だから、まだ間に合うといっているでしょう」
「間に合わないよ」
即座に、ユイカは返す。どこか他人事のように軽く口から飛び出してきていた。
「私はもう、間に合わないの」
感情の含まれない口調で、ユイカは呟く。しかし、エルザの視界の片隅に静かに落下していく雫が見えた気がした。
ユイカの唇が、震えている。
「……なんで、ここに呼び出したかわかる?」
先程まで平静だった口調が、乱れた。語尾が小さくなり僅かに震えている。
「誰かに話したかったんだ。誰かに、知ってほしかった。だから」
言葉が続かないようで、そこでいったん切るとユイカは無理やり笑みの形を浮かべる。頬を押し上げたままエルザに小さな声で囁いた。
「……星、出てるね」
先程よりはっきりと輝きが目に映る。複数の星が、頭上に浮かんでいる。
「私ね、小学生のころから夢見てたんだ。ひとつは魔法少女になること。ふたつは誰かを救うこと。そこまで立派でもなかったけど人を助けられたらって思ってて。あとみっつめは些細なんだけどね」
エルザが何もしゃべらないことをいいことにユイカはどこか嬉しそうに呟いた。
「夜の学校に忍び込んで星を見ること」
煌めく街に負けじと星たちが輝きを放つ。
「だから、最後のみっつめぐらいは出来てよかった。隣に、エルザがいてよかった」
「……貴方は魔法少女で、人を救っているでしょう」
「上手くできたかなぁ」
彼女は笑った。そして、その瞳から何粒も涙を流した。
気づいていながらもエルザは目線を離し空を見上げる。
「……私が言うのも馬鹿げてるけど」
涙を流し笑顔を浮かべながらもどこか穏やかな口調に戻っていた。星を見続けながら、最後に、エルザにそれを伝える。
「いつか、怪物も救って──ううん、せめて怪物になりそうな人間を救って、あげてほしいな」
「……なぜ、それを私にいうのかしら。貴方が達成すべきことよ」
「そう、かもね。でも、エルザなら」
──私と違って上手くできるでしょ?
ユイカの声が二重に聴こえたように錯覚した。エルザは思わずユイカの方に顔を向けた。視界にユイカの姿が映る。ユイカの身体から光が生えたかのように、突き刺さっている。
「……何を」
そう言いかけたところでエルザの視界が大きくぶれる。視線を自身に映すと腹部から光が突き出ている。
定まらない視界の中で隣のユイカの身体が崩れ落ちるのが見えた。ユイカと視線が絡まる。エルザの瞳がかすかに見開かれる。
「……え、るざ」
視界がせわしなく動く。自身を貫く光。青い床。力なく倒れるユイカ。じわりと床に広がっていく血。自身を見上げるユイカの、水色の瞳。
世界が点滅する。脳内に警告音が響いている。
「ちっ、いつ見てもお前の殺し方はこえぇよ」
「油断をするな、ダニー。やつらはまだ、生きている」
聞き馴染みのない声が、警告音と重なる。背後から近づく足音が耳に入った瞬間、エルザは震える手でペンダントを取り出した。
しかし、視界に入る光が消えた。同時に、そこから血が滲みだす。ゆっくりとエルザは膝をついた。
「おいおい、ユイカさんよぉ。二重裏切りでもするつもりだったんだろ? 探したぜ。ったくしかたねぇ野郎だな」
背後にいるため、声の主がわからない。エルザは歯を食いしばりながら気味が悪いほど軽快な男の声に意識を向けた。
「おい、ユイカは殺すなよ。連れていけ」
こちらは女。重圧感を感じさせるその声に再び警戒音が響く。
「わーってるって。じゃあこの女はいいのか?」
足音が近づいてくる、と思ったと同時にエルザの背後に男が立ち止まった気配がした。
腹部からの血はまだ止まらない。それでも、エルザは歯を食いしばると思いっきり立ち上がろうとした。
「まって」
ユイカの声が耳に入る。しかし、エルザの視界は再び乱れ気づけば男に首をつかまれ持ち上げられていた。
それは一瞬の出来事。全体的に尖っている髪をした男が眉間にしわを寄せてこちらに顔を近づけてくるのが、視界に入る。
「まだ動けんのかお前は」
エルザは答えない。否、答えられない。男が首に込める力を強めていく。うめき声を上げる隙もなくエルザの表情はわずかに歪んだ。彼女の手に握られていたペンダントが音を立てて零れ落ちる。




