第37話 必要不可欠
ヒマリは、二歳年下だった。17歳であるルイに対して、15歳。
そんな彼女は、話の途中で高校生活に目を輝かせた。
「アタシも一年後にはルイと同じ高校生だね!」
そう弾むように言う彼女を見て思わず笑みをこぼした。特になんでもない会話だというのに彼女の無邪気にふるまう姿を見ていると自然と口角が上がっていた。
「そうだね、同じ女子高生仲間だよ」
なんて柄のない軽い口調で言ってみる。
「でも一年しか一緒じゃないじゃん、一緒に放課後JKとかしようよ」
「気が早いね、でも楽しそう」
ヒマリは距離の詰め方が上手かった。話し上手とは彼女のことを言うんだろうか。ただ近くに座っていただけの少女に、魔法少女という関心があるとはいえここまで話してくれる子も珍しいだろう。
隣でほほ笑む彼女にどこか自分もつられてしまうような錯覚を覚える。ヒマリのペースに引き込まれ、気づけばまた色々な話を重ねていた。
「もう、5時だね」
公園にチャイムが響き渡る。早いね、というルイの横でヒマリが思いっきり立ち上がった。
「アタシ門限近いからごめんだけどここでお別れだね!」
「そうなの? それは早く帰った方がいいよ」
「うん! あと連絡先!」
ヒマリが目の前にスマホを出し、ルイの思考が一瞬停止した。
「ほら、次も会えるように繋ごうよ」
「……確かにね」
ルイもスマホを取り出すと操作をし、彼女のスマホに映し出されている画面を読み取った。
「これで、また話せるね!」
そう笑みを浮かべる彼女に対して笑みを返す。
「そうだね、また会おうね」
「うん! またねー!」
ヒマリの明るく大きな声が響く。スキップとともに彼女が腕を振りながら去っていく。その姿に笑みをこぼしながらもルイは手を振った。
「……不思議な子だったな」
昔から友人を作るのは苦手だった。だというのに特別な会話もするわけでもなくヒマリと仲良くなれたのは不思議な感覚だった。思い返すと笑みが少しこぼれる。
太陽はいつしか傾き始めルイの傍らに影法師ができていた。
どうにか動転する心を落ち着かせ、アオイと別れたエマは一人帰路についていた。制服姿に戻り、その手にはノートが握られている。
魔法少女について限りなく書かれているエマの魔法少女ノートだった。エマの知識はここに刻まれている。
昔からこのノートを見ると安堵した。魔法少女への好きな気持ちが強まるためか、安心材料ともなっていた。そのため毎日肌身離さず持ち歩いている。
夢でのメルルが言った言葉について動揺していないと言ったら嘘になる。実感はしなかったもののアオイが目の前で倒れたらどうしようとまで考えたら全てが怖くなった。
それでも後戻りはできない上に後戻りしても何も得られないことは痛いほどわかっていた。
今できることは何だろう。目の前で何もできずに自分に手本を見せてくれる先輩を失うことだけは嫌だ。そう考えた結果自分が今まで調べ上げた知識を使ってあとは早く魔法を使いこなすしかない、その答えにたどり着いた。
「……できるかな」
心細い声が空気に溶ける。魔法少女になる勇気、なんてそもそも自分にはあったのだろうか。
ため息をつく。独り言が思わず響いてしまい、誰かに聞かれていないか周囲を見渡した。向こう側に一人同じ女子高生がいるが距離が離れているので大丈夫だろう。
「……!」
しかし、その高校生の雰囲気には見覚えがあった。全く見慣れない制服姿とはいえそれはまるで彼女を彷彿させる──
「ユイカ、さん?」
気づかぬ間にエマの口から声がこぼれていた。制服姿の彼女は一度こちらに視線を向けた。しかし表情を変えずに傍らを通り過ぎようとする。
単なる勘違い。それで終わる話かもしれない。それでもエマは振り返ると再び声を上げた。
「ユイカさんですよね! あの!」
彼女の歩みが止まる。顔はこちらに向けずにただ風に水色の髪が流されている。
「……人違いだよ」
どこか突き放すかのような声音にかえって確信を抱いた。彼女は、そんな口調でもなお。
どこか柔らかさを感じる。
「絶対に、ユイカさんです! なんでですか!? なんで、わたしたちの前から消えて」
「……なんでわかっちゃうのかなぁ」
肩越しにふっと笑みがこぼれた気配がする。ユイカは、静かに振り返った。
エマと視線が絡まるとどこか悲しそうな笑みを浮かべた。
「ちゃんと顔合わせたことなかったよね? それなのによくわかったね。エマちゃん」
エマに向けられた微笑みは柔らかく優しくエマがずっと画面上で追いかけてきた魔法少女ユイカの想像と何一つ変わっていなかった。
だからこそ彼女の頭は混乱する。
「だから……はじめましてかな? 改めて私はユイカっていうの。私が言えた話じゃないけどあの時は本当にありがとう。仲間として精一杯歓迎するね」
あくまで普通の魔法少女のように振舞う彼女と口調に脳内が追い付かなかった。普段から会話に不慣れなエマは何とか言葉を絞り出す。
「ゆ、ユイカさんはなんであの時来なかったんですか。どうしてすぐにわたしたちの前から去って夢にも表れなくてそれであの」
挨拶にも応える余裕もなくエマは矢継ぎ早に質問を投げかける。それを聞いてもなお彼女は笑みを崩さなかった。
「説明不足でごめんね。でも、ミライのこともあるし私はもう皆に合わせられる顔がないの」
「それでもこのまま逃げ続けるよりはみんなと話した方が! だってわたしたちはいざというときにまたそろわなくなったら」
「私が今から仲間の顔しても混乱するのは目に見えてるじゃない」
「違う! 違うんですあの」
ろれつが回らない。思考回路が追い付かない。何とか目の前のユイカをとどめようと彼女は言葉を積み重ねる。
「ユイカさんのことだから理由があったんでしょ? だったら今すぐ誤解を解いて」
「私があの時いなくてミライを殺したのは本当のことだよ。あの時、魔法少女にとっての敵の怪物側の人間と話していたのも本当」
「……でも、違う! だって」
「だってじゃないの」
どこか小さい子をあやすようにユイカは言葉を紡ぐ。普段と変わらないその笑みを浮かべたまま続ける。
「今エマちゃんの目の前にいるのは裏切り者だよ? 油断したら殺されるかもしれないんだよ」
エマの喉から否定の言葉が生まれなかった。形にならない声が喉奥で押し殺される。
「……分かったでしょう? 私は償わなきゃ」
──罪滅ぼしを、しようよ
ユイカは以前と変わらずに柔らかな笑みを浮かべている。躱される言葉とは不釣り合いなほどに穏やかな笑みだった。
しかし、エマの胸には釘のように一本のわだかまりが残っている。
「……だったら、なんで」
エマの喉からかすかに声が押し出された。
「なんで、あの時みんなのことを助けたんですか!? それに今だって目の前のわたしのことを何ともしてない、じゃないですか! ……だからユイカさん。あなたは」
エマは知っている。エマだからこそ知っている。
魔法少女ユイカがどれほどの人間で、何を大切にする人間なのか。瞼の裏にもしっかり焼き付けられている。
魔法少女ユイカが戦いで負傷した魔法少女の治癒に回ったことを。最後の合体魔法に加わったことを。
「……魔法少女に必要な、人なんです」
今まで笑みだけを浮かべていたユイカの瞳が見開かれた。
「……そっか、ありがとう」
ユイカは再び笑みを浮かべた。その慈悲に溢れた笑みを、エマはいつも画面越しで見てきた。
「じゃあ、私も頑張らないとな。今度、みんなと会って話をするから。改めてよろしくね、エマ」
彼女の笑みが肯定を意味するのかは分からない。理解するより前にエマは差し出されたその手を握る。
「また、会おう。だから、エマも焦らないで頑張ってね」
「……はい!」
力強く頷いたのを確認するのとユイカは後ろ手を振りながらエマとは別の方向へ去っていった。
もっと聞きたいことはたくさんあった。それでも、全てはきけないし彼女が話をしに再び来るならばそれはエマの役目ではない。
魔法少女たちの役目だ。
エマはユイカの姿が見えなくなると胸元に魔法少女ノートを引き寄せた。
まだ、ユイカにできることがあると同じように自分にもできることはあるのだ。きっとそうだと言い聞かせて。




