第36話 先輩
『まって! 本体の気配が移動した!』
アオイが館内に入ろうとドアに手をかけたその時、メルルが声を張り上げた。
瞬時に周囲の目玉に光が帯びる。
「場所は!?」
『……近づいて、いや今! ここに……』
目の前の目玉たちが消えた、と思った時だった。
エマは思わずあ、と声を上げる。見開かれたその瞳に、先程とは比べ物にならない大きな影が映る。
人間一人よりはるかに大きい、球体。存在感のある眼球が突如アオイの目の前に現れたかと思うと、その瞳孔を大きく開いた。
アオイの瞳が見開かれる。彼女の脳内に流れる、映像。理解するより前にアオイの胴体に斬撃が奔った。一瞬だけ身体を引いたものの案外その傷は深い。
地面に倒れこむアオイが目に入りエマはその名を叫んだ。
再び焦点を合わせようとする怪物に対して一本の影が入り込む。地面の芝生が伸びる。
「アオイさん!」
視線からの防御壁のように草を成長させるとエマはアオイのもとへ駆け寄った。
手を差し出すもののエマの手を借りずにゆっくりと立ち上がる。
「あの、あの、傷は……」
「大丈夫、一応うちコピー持ちだからさ」
アオイの腹部に切り傷が走っている。しかし、かさぶたのようになんとか繋がっているような姿に修復されていた。
「まっ、ユイカのように上手くいかないから傷が閉じただけだけどね! それよりさ、気を付けてね」
目の前の草の防御壁が一気に切り取られる。
「あいつと目を合わせちゃだめだよ、あいつの攻撃は避けられないから」
『アオイ! 後ろ!』
メルルが叫ぶと同時にアオイの背後に複数の目玉が浮かび上がる。小さくもありながら中々厄介な、数。
「エマ! 下がっててね! うちの戦いでも見ていってよ」
振り向きざまに片手を伸ばすと風が巻き起こる。空気そのものが見えない刃となり複数の目玉を切り裂く、が。
目の前には既に大きな目玉が立ちふさがっていた。目玉なので立ってはいない、が。
「はやっ1?」
移動が速い。そう思った瞬間には眼が開かれていた。必死に目をそらそうとするものの、再び脳内に映像が流れる。
ゆっくりな速度で流れる映像が浮かび上がる。自身の伸ばした左手が切り落とされる。
「アオイさん!」
先程も体感している。数歩体を引くが、見せられた映像は何があろうと必ず、身に起きる。
エマの声を聴きながらアオイは何とか口の端を持ち上げた。
(できるかな、じゃない……!)
汗が流れだすのを感じながらアオイは何とか笑みの形を保った。その間、約3秒。
そして、アオイはその眼をカッと開く。
怪物と視線が絡み合う。妖しく光る瞳に気押されそうになりながらも歯を食いしばる。
「よく見ててね、これが先輩だよ!」
アオイの瞳が、わずかに光を帯びた。
『縺ゑス槭≠?樒岼縺後≠縺ゅ≠逶ョ縺後≠縺ゅ≠縺‼』
その瞬間怪物が大きくのけ反ると認識の出来ない悲鳴を上げた。黒目の部分を大きく閉じられ、周囲の目玉たちも消滅していく。
一方、荒い息を吐きながらアオイは左手を抑えている。
僅かに赤黒くにじんでいる。
「アオイさん! 大丈夫ですか……!」
「大丈夫大丈夫。相殺されたのかうちの左腕は切断されなかったよ!」
「ごめんなさいわたし足を引っ張ってばっかりであの」
「だーから気にしないでよ、うちはさこれでもあいつの能力コピれて満足してるの。死を覚悟した時の覚醒的な? そんなことないか!」
傷口を浄化しようとするが、先程で魔力の消費が激しかったのか左腕を光が覆わない。
しかし、目の前の怪物が苦しんでいる姿を見せているのなら治癒より先にやることがある。
「エマ! あいつの黒目部分であるでしょ? そこ狙ってくれない?」
こちらにかまう余裕がないほどに苦しみ続ける怪物に対してエマは自信のない表情で片手を伸ばした。
一本の草が長く伸びる。どことなく尖ったその先端がうねり、その黒目に突き刺さる。
『縺後≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺‼‼』
一段と大きな絶叫。鼓膜を揺るがすほどの大声の後に怪物の体はゆっくりと黒い霧へと変わっていく。
『怪物の消滅を確認した』
やがて、怪物の姿が消え去り、黒い霧すらも霧散するとメルルが小さくつぶやいた。
「アオイ、さん……」
怪物が消えてもなお不安そうな顔でエマがアオイを見つめている。
「わたし、わたし力になれなくて本当に申し訳なく……」
「トドメ刺してくれたのはエマでしょ? 後輩は先輩の姿見て覚えていけばいいから気にしないで大丈夫だよ。エマになんかあったらうちが守るしさ、うちこれでも魔法少女だし」
気にすんな! なんて大口開けて笑うものの腹部と腕に傷を負ったその姿はエマにとってとても痛ましく思えた。
唇が震える。もし、目の前でアオイが倒れてしまったらを一瞬でも思い浮かべてしまったのだ。
『エマ。ボクが言うのも違う話だけど、キミはさっきまで一般人だったんだ。焦らないでほしい』
メルルの声が耳に入る。一般人。その言葉が脳内を反芻する。一般人。所詮、一般人。何物にもなれない一般人。
──わたしはそんな魔法少女になれるなら頑張れる。
目の前で戦う魔法少女と自分の姿を重ねてみる。死を覚悟しながらも戦いに身を投じそして相手の能力まで模倣し痛手を与えることなど。
──わたしには、出来るのかな
怯えの表情を映した後輩に、アオイは困ったような笑みを浮かべた。




