第35話 友達
炎天下の下、自然と出てしまったあくびを慌てて片手で隠す。幸い近くに通行人がいなかったことが幸いした、ルイは喉の奥であくびをかみ殺すとため息をつく。
夢の魔法には寝不足が付きまとう。自身の夢の中で魔法を展開するのだ。寝ている間も頭をフル回転させていることになるので、脳が休まることなどない。呼ばれた魔法少女は普通の夢として処理されているのでそんなこともないのだろう、と羨ましく思う。
そもそも本来ならば家で眠っておきたい時間帯である。学校帰りのこの時間帯にまっすぐに家に帰らないなんて勿体なく感じる。魔法のせいで昼の授業でも眠気が付きまとってきたというのに魔法少女はそれ以上に付きまとってくるのか。
そう心の中で悪態をつきながらルイはスマホを開くと先程来た連絡を確認した。
怪物の出現情報である。一番に反応してしまったのがルイだったのが良くなかった。そのまま任せられる流れになってしまったのだ。
「そもそも、私戦闘に向いてないんですけど」
思わず不機嫌な独り言が漏れる。普段は礼儀のためにも丁寧語で接しているが、自分の素なんてこんなもんだよなあ、と思い返した。
太陽が焼けるように肌を刺してくる。戦闘にも向いてない気候だなんてついていない。
昨日会話した内容の衝撃度も高いだけにこんないつも通りに任務を任せられるなんてどこかちぐはぐだ、と再びため息をつく。
ぴこん、っと通知音が鳴ったかと思うと確認した瞬間にルイは小さくガッツポーズをした。丁度学校が終わったアオイがエマとともに任務にあたるようだ。これを機に、「わたしがいたところで魔法的に足を引っ張るのですみませんお二人に任せます」と打ち込むと送信する。
どちらにせよその言葉は事実だ。家に帰りたい、という気持ちはともかく下手に自分がいたところで庇われて大変なことになったらそれこそ取り返しがつかない。
あの二人ならきっと大丈夫だ、と罪悪感を押しのける。
かかとを上げゆっくりと背伸びをすると急に脱力感に襲われたので近くのベンチに腰を掛けた。太陽は相変わらず突き刺してくるような光を振りまいている。
「どーしてこんなに役に立たない魔法になっちゃったかなあ……」
ため息。誰もいないと思ったものの、背後のベンチから「へー」という声が上がった。
「お姉ちゃん、魔法少女?」
迂闊だった。聞かれているとは思わずにルイが目を見開くと、声の主は背後で立ち上がる気配を見せ、「隣に座るね」とこちらの隣に座ると目線を合わせてきた。
「魔法少女なんて初めて会っちゃった。話さない?」
彼女は屈託ない笑みを浮かべてルイの顔を覗き込む。
おそらく、数歳ほど年下だろう。どこか幼げな表情を残しながらも距離の詰め方に何故か不快感を覚えなかった。
「アタシ、ヒマリ! お姉ちゃんなんていうの? 友達になろーよ」
「……私、ルイです」
硬い声で答えたものの、ヒマリは笑みを返す。
少女、ヒマリの笑みに何かが溶かされていく感じがして、ふっと笑うとルイは自身の名を口にした。
「ルイって呼んじゃうね! アタシの方が年下だからタメやめよ? お互いに」
いきなり話しかけて人の名を聞きタメで会話を進めようとする。その強引さに呆れながらも嫌悪感を抱かなかった。
ヒマリの笑みが明るく、どこか安心するせいか。
「わかった。じゃあ私もやめるから、友達だね」
ルイの丁寧語が抜け落ちた姿はおそらく他の魔法少女には見せない姿。自然と笑みを浮かべるとヒマリもさらに表情をやわらげた。
「エマじゃんー! 話したいと思ってたから丁度良かった、エマの初陣だよ!」
任務に呼び出され、集合場所にはアオイの方が先に来ていた。エマは会釈だけを繰り返すと小さな声でよろしくお願いします……とつぶやく。
「緊張してる? 大丈夫だよーあーは言ったけど怪物自体にそれほどやばいやつはいない、それにまた似たようなことがあってもうちら13人揃えば最強だし?」
意図してそれが揃わなかった結果があの悲劇だが、アオイも新人を怖がらせたくないのか明るく振舞う。
それが伝わってしまったのか、エマの表情まで硬くなってしまった。
「あ、まってごめんね!? 肩の力抜いていこ! えーっと」
そう言い眉を顰めるとアオイはあそうだ! と声を上げる。
「すぐに対応できるように変身しておこう!」
「えっ」
「簡単簡単! そもそも経験者だしね? ほらそのペンダント! それに向かって思い浮かべるだけでできるから!」
言うが早いかアオイはペンダントを取り出すと握りしめている。光に包まれたかと思うと、その場に立っていたのは馴染みのある魔法少女アオイの姿だった。
「ほら、エマも!」
「あ、はい! やります!」
エマもペンダントを手に取る。あの時のことを思い出しながら目を閉じ、念じると手の中が熱を帯びていく感覚に襲われた。
「おー上出来!」
アオイの声とともに目を開けるとあの時と同じように華やかな衣装に身を包んでいた。
「かっこよく決めたいとこだけど変身は先に住ませておいた方がいいよ。うちらは変身しないと魔法が使えないからね」
「そ、そうですよね……」
そのことは知っている。知っているが緊張しているのか頭にその情報は一瞬だけ抜けていた。
『怪物が出現したって』
「わ、びっくりした!」
アオイの傍らに突如メルルが出現する。大げさに驚いて見せるアオイとは違ってエマはメルルにまで頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします……」
『……やりづらいから頭上げてほしい』
やや呆れたような反応をするメルルが淡々と続ける。
『今回、怪物はショッピングモールで騒ぎを起こしている。早急に駆け付けないと』
「え、まじ? それやばいやつじゃん、行くよエマ!」
「ちょっとまっ」
ここからショッピングモールまでの距離は走って数分ほど。幸いにもそれほど離れていない、とエマが考えた瞬間、アオイが彼女の手をつかむ。
「実は初めて使うんだよね! 失敗したらごめんね!」
混乱するエマの目の前の視界が変わる。驚くエマの視界には空と、ビルが映る。地面には短い長さの芝生が広がっている。
「あちゃー失敗しちゃった」
アオイはエマの手を離すとわざとらしくため息をついた。その隣に慌てたように飛んできたメルルが現れる。
『怪物は屋上にいない』
「そうだよね! 間違えちゃってさーやっぱハンナってすごいわ。うちの能力じゃこれが限界だし」
おそらく、先ほど言っていたショッピングモールの屋上。ハンナの瞬間移動の魔法をコピーしたためか。エマが固まっているとごめんごめん、大丈夫ー? と声がかけられる。
「まあ変なところに飛ばなくて良かったよ! 降りるよ! 怪物は何階に?」
『四階。すぐ下だよ』
「よし、そうときたら行くよ!」
アオイが扉の奥の階段目がけて駆け出す。エマもそれに続こうとしたところで、思わず足を止めた。
気づいたときには、目の前に目玉だけの物体が浮かんでいた。怪物。目を見開くエマの目前で刃が出現し目玉を切り裂く。
「この魔法って案外使い勝手が悪いなぁ」
アオイが首をかしげると彼女の周りにも目玉が数体出現した。
「メルル、これって本体?」
『いや、本体は下にいる』
「そっか、気づかれちゃったのかな? ルヴァルトの魔法をコピーしたけど上手くいかないし難しいもんだね物事って」
目玉の白い部分の血管が浮き出る。何かの発動だ、と気づく前に周囲の目玉が切り刻まれる。
「風の魔法っていうのも使いづらいなぁ。うちまじで使いこなせないんだよね」
アオイの呟きとともに目玉が黒い霧となって霧散する。風の魔法から、ルナを連想したエマの目前に再び、目玉が迫る。
それも、アオイによって綺麗に分けられ黒い霧となった。
「行くよ、エマ!」
二人が駆け出す。エマは歯がゆい思いを抱えながらもアオイの背中を追うことにした。




