閑話1 少女が泣いていた日
彼女と出会った頃を今でも鮮明に思い出す。メルルは、魔法少女たちが去った後の公園を一人──いや一匹静かに浮遊していた。
彼の下には植物で半球状に覆われた地面。おそらく、その下にはかつての魔法少女が眠っている。
最後まで植物のそばで死ねたら彼女も本望だろう。
──魔法少女ミライの継承した能力はたまたま植物だったに違いない。しかしながら、その能力はあまりにも彼女の性格に相応しかった。驚くほど相応しかったのだ。
あの日も、ミライという少女は植物のために魔法少女になることを選択した。
その怪物が現れてからというものの、十三女町は猛烈な吹雪に覆われた。豪雪地帯でもないのに突如かなりの深さに積もった雪は確実に人々の息の根を奪おうとしていた。
直接的な攻撃を見せる怪物ではなかった。しかし、いつまで居座られては困る怪物であることは事実。いつものように魔法少女が怪物討伐に呼ばれたわけだが、偶然にも一人の魔法少女が引退した後だった。
すでに吹雪に見舞われたこの現状において、むやみに戦うのは得策でない。今のところ実害が雪を降らせることだけならば新たな魔法少女を引き入れ合体魔法を発動させた方が得策だ、とメルルは考えた。
それも半ば現実的ではない。そう分かっていながらもメルルはひたすら吹雪の中をさまよい続けていた、あの日。
雪の中で一人泣く少女がいた。
この雪の中、むやみに外出しようとする人間はいない。そもそもどこかで怪物と遭遇してしまっては恐ろしいことになる。それを知らない人間はこの町にいないのだ。
少女は一人泣いていた。
何が悲しいのか、ひたすら一人涙を流していた。
それはただの親切心だった。ここは危険だと伝えるつもりだった。
『ねえそこのキミ!』
今更メルルになぜこんな生物がいるのか、と疑問に思う人間はいない。精一杯の優しい声音でメルルは少女に声をかけた。
「……誰?」
少女の反応にメルルは驚いた。この町で魔法少女が知られていれば自身のことも多少は認知されているはずだというのに。
少女は辺りを見渡し、こちらになかなか視線を合わせようとしない。
『そこのキミだよ!』
私? その問いとともに彼女は振り向き、初めてこちらと視線を合わせた。
疑問が含まれてそうなその瞳に見つめられていたたまれなくなったのかメルルは取り繕うかのように問いを変える。
『ねえ、キミ。なんでここにいるの?』
「そもそも君は誰なの?」
この少女はどうやら怪物のことは愚か魔法少女を支えているボクの存在も知らないらしい、とメルルは珍しいものを見るかのような気持ちに包まれた。しかし、少女の瞳から零れ落ちた一筋の雫に思わず目を丸くしてしまった。
『……キミは、何で泣いているの?』
思わず口から出たその問いに彼女は再び涙を流しながら答える。
「あの子たちが泣いているから」
少女は泣いていた。いつまでもその場で静かに涙を流し続けた。
メルルはどうしていいかわからなかった。自身の目の前でひたすら涙する少女は初めて見たのだから。
辺り一面は白の雪景色。それ以外の色は存在しない白銀の世界で彼女の涙だけが雪に落ちていく。
『あの子、たちって』
「ねえ、いつになったら冬眠は終わるの? まだ冬じゃないよね? 植物がこれじゃ生きれない」
至極当然のように植物を重んじたその発言にメルルは呆気にとられた。彼女の涙の理由は、言葉も効けないそのあたりにいくつも存在する植物に対してだというのだろうか。
『キミは、植物が好きなの?』
ただの純粋な疑問だった。しかしその言葉で少しだけ少女の瞳が明るくなったのに気づく。
「好きだね、大好き! 愛しているよ」
それは並大抵の比喩表現というにはあまりにも迫力があった。笑い飛ばすには失礼に値する感覚に襲われた。
「だから、この雪が止まればいいな、だから」
植物はすべて雪に覆われてしまった。生命活動は止まっている。その光景が彼女には耐えられないのだろう。
植物を愛する少女。その言葉がふさわしい彼女にどこか惹かれるものがあった。そういえば、とメルルは脳裏に浮かんだ考えに気づく。
それは偶然か運命か。一人欠けた魔法少女の魔法を思い出した。
『キミ、雪に埋まった植物を救いたい?』
迷いなく答えたその言葉が彼女の運命を変えることになる。
──キミ、魔法少女にならない?
『キミはなんで魔法少女になったの?』
さあ、とはぐらかして笑う彼女の答えをすでに知っていた。
きっと、彼女、魔法少女ミライにとっては「誰かを助けるため、かな」なんていう言葉よりきっと。
植物を助けるためだったかな、と言うのが相応しいのだろう。それは魔法少女ミライとその傍らの小さな妖精、メルルのみしか知らないのだ。




