第29話 緑野恵麻
緑野恵麻の人生は魔法少女に大半が占められている。
物心ついたときにテレビに映った戦う魔法少女に憧れた。その頃の感情はおそらく、憧れの前身の単純な好きという気持ちだったのだろう。
勿論、当時の魔法少女は今はもう引退している。今でこそ当時の魔法少女も把握しているが当時はそこまで詳しくは知らなかった。ただ、鮮明にその瞼の裏に魔法少女という存在がこびりついて離れなかった。
緑野恵麻は勉強が苦手だった。これは学生ならだれでも持ちうる感情だ。しかし、緑野恵麻は勉強以外に秀でているところはあるかといわれると答えられなかった。学生に求められる勉学すら努められない、それ以外に特にとりえもない彼女は現実逃避として魔法少女ばかり目で追いかけるようになる。
緑野恵麻は自分の強みを書くことが苦手だった。初めに書いたのは中学生の受験関連の資料。おそらく、あの時から自分について考えるようになったと思われる。
所詮、受験に使うだけだ。多少は盛っていかにも自分は素晴らしい人間だと誇張したセリフプロデュースする。それには苦痛を感じなかったものの違和感だけは強く残り続けた。
書かれる自分はどこか自分ではない、存在しない自分になっていた。それが、尊敬してやまない魔法少女の像に近づいていくのも気づいていた。
自分は何ができるのか。自分は何になりたいのか。そう向き合うときに思い浮かぶのはいつだって魔法少女だった。同時に諦めの原因も魔法少女だった。
好きだった。憧れていた。尊敬していた。羨ましかった。羨ましくて仕方がなかった。
同じ年齢の、同じ少女でしかない人間が魔法を持っただけだというのにあれ程の使命を全うできる。それが分からなかった。
憧れは憧れでしかない。そう思いながらも考えたことはあった。もし自分が魔法少女になることがあれば、自分は戦えるのだろうか。誰かを守れるのだろうか、と。
決めていたつもりだった。
もし自分に魔法さえ手に生えれば魔法少女のように立ち回れるのか。いや、そうならなければ自分はそれこそ何をしても何もできない人間なのだろうと。
緑野恵麻はゆっくりと瞳を閉じた。脳裏に浮かぶ、憧れた魔法少女たち。ずっと憧れてずっと調べてきた。詳しくなればなるほど彼女たちを理解し彼女たちに近づけるのではないかと思って調べ続けてきた。だから知っている。
魔法少女が13人揃うことの意味と欠けてしまえばその意味は泡になってしまうことを。知っている。13人さえいれば彼女たちは目の前のルヴァルトを倒せることも、欠けてしまえば一向に彼に勝てないことも。知っている。
魔法少女ミライが死んだ。その事実は想定以上に緑野恵麻の心にのしかかる。憧れた一人が一瞬にこの世から消えてしまったこと、残る魔法少女も消えてしまう可能性。それを救えるのは13人目になれる自分だけ。同時に、自分も死亡と向き合うはめになること。
今まで憧れてきた魔法少女は輝いてきたものばかりだった。魔法少女が死んだ事例なんて知らなかった。あれだけ調べていたのに何も知らなかった。それでも、長年想い続けてきた憧れはすぐには消えないものだ。
むしろ、最後まで戦い抜いた魔法少女ミライを、それをつなごうとする残った魔法少女たちを、強く尊敬し、強く憧れの気持ちが湧いてくる。
分かっている。どんな気持ちでエルザが自分をまきこみここに連れてきたのかも。
憧れていた魔法少女に頼られた気も、しなくはない。
恵麻は息を大きく吸い込んだ。ゆっくりと吐くと瞼を持ち上げ周囲に漂っていたメルルを視界にとらえる。
「メルルさん……」
どうせ、このままでは自分は何者にもなれない。それどころか憧れてきた彼女たちを殺してしまうことになる。それなら。
「わたしを、魔法少女にさせてください」
憧れた魔法少女たちが使命を全うしてくれたなら。わたしに残された使命は。
『いいの……? キミはみんなみたいにリスクのある戦いをすることになるよ?』
「いいです……大丈夫です。わたしができることがそれなら、だから」
足が震えているのに気づいた。知っている。どうせ自分は何者にもなれない、何者になる勇気すらないことを。
強く胸元でこぶしを握りしめる。
「……だから、わたしを……わたしを魔法少女にさせてください!」
行きたい。目の前で戦っている魔法少女の隣に。憧れたその背中の支えになりたい。ずっと、そう思っていた。
『後悔はしないね?』
「はいっ……!」
恵麻が強く返事をしたその瞬間。恵麻自身がまばゆい光に包まれた。思わず本人すら目を瞑ってしまう。
『わかった。キミを歓迎するよ──魔法少女エマ』
メルルの声とともにゆっくりと目を開ければ光は消え、気づけば自分のこぶしに緑色の石が埋め込まれたペンダントが握られていた。
「これは魔法少女の……」
『そう。変身に使うアイテムだよ。キミの魔法の生まれる場所。強く念じてごらん』
強く。強く、念じる。魔法少女であることを、自覚する。憧れてきた魔法少女の隣に。彼女らと。何者にもなれなかった自分が。
わたしは今から何者に──。
魔法少女エマになる。
その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、恵麻自身の体が暖かい光に包まれた。どこか暖かい気持ちになる感覚に襲われる。光がゆっくりと収まる。
そこに立っていたのは緑色の華やかな衣装に身を包んだ、魔法少女エマだった。




