第27話 罪滅ぼし
カノンにもたれていたルイの瞳から静かに一滴の涙が零れ落ちた。
誰も気づくことのないその一滴。それを皮切りにルヴァルトの周囲の刃物がこちらに向かってくるのに魔法少女たちは気づいた。
「っ!?」
咄嗟にヒカリが手を伸ばし光の壁を構成する。
「あいつが動いたってことは!?」
「ごめん……なさい。残念ながら私は、しとめそこねたようです」
カノンの傍らから沈んだ声がする。ルイ。彼女はゆっくり立ち上げながらどこか悲しげな顔でゆっくりと立ち上がるルヴァルトを見つめた。
「……あーあ。本当に君たちって馬鹿なの?」
ゆらりと顔を上げたルヴァルトは口の端を上げて魔法少女たちを見据える。その先には、先程対峙した、ルイ。
「魔法少女ルイ。約束通り君たちを殺すことにするね」
「ねえ、ルイ! あんたあいつを仕留めそこなったの!?」
ルイの傍らを斧を担いだヒメカが走りすぎる。
「ほんっとに弱いんだから! やっぱあたしがいないとダメってわけね」
「……ルイちゃんのおかげで私たちは動けるようになったんだからねー」
ヒメカの隣に気づけばユキが並走していた。
「ヒカリ!」「ヒカリちゃん!」
二人の声が重なる。
「私たちの反撃よ! 壁をといて!」
ルイの目の前でヒカリの光の壁が解除される。降り注ぐ刃を二人は斧で、氷で叩き捨てそのままルヴァルトへ向かう。
ルヴァルトとの距離を一気に詰めるとヒメカは斧を横に薙ぎ払った。軽く躱されるものの斧の先端から爆発が巻き起こる。
爆風にルヴァルトが包まれる中、ユキの氷の先端がルヴァルトの首につきつけられた。
「……ねえ君、さっきよりキレが悪いね。ルイちゃんに痛い目でも遭った?」
伸びていく氷を空中の刃で叩き切りながらルヴァルトはその問いに言葉を返さなかった。
その瞬間、ルヴァルトの頬横を光の矢がすり抜けていった。
「……君たち魔法少女はさ」
発動主であるヒカリには目をやらずにルヴァルトは目の前のユキを見つめた。
「怪物以外を殺したことはある?」
「……んーそうだねー」
ユキが何かを返そうとしたときに周りの景色が止まる。その感覚はルヴァルトには知覚していない。
その隙にヒカリによる光の光線がルヴァルトを体を貫こうとする。そのまえに、ルヴァルトの景色は動き始める。
「……ごめん。ここまでが限界ね」
サラの声とともにルヴァルトは即座に身を引くことで回避。しかし目の前にはまだユキとヒメカがいる。
ルヴァルトの回避力は健在とはいえ、先程のように接近した瞬間に攻撃を食らうほどの脅威さがない。ユキはそれに気づくと鋭い視線をルヴァルトへ向けた。
「さっきの答えね。それは君を殺すことが答えでいいかなー?」
「……度胸も勇気もないよね。君は僕殺せる?」
ユキの片手から氷が迸る。隣のヒメカが斧を振り上げる。
ルヴァルトの周辺の刃も先程より少ない。
「度胸ー? 勇気ー? それって魔法少女になった時点で存在しないものだと思ってたよ」
斧を振り下げるほうが早いか。ユキの氷がルヴァルトに届く方が早いか。それでもなおルヴァルトは反撃の姿を見せなかった。
二人の背後に突如複数の人影が現れる。そしてすぐに人影は消えたと思った時二人の姿も消えていた。
魔法少女たちが目を見開く。
その二人が立っていた場所にどこからともなく現れた刃が多く突き刺さった。
それは一瞬のこと。
ルヴァルトの瞳が揺れる。その瞳に映るのは黄緑色の髪を持つ少女。彼女はゆっくりと顔を上げると手にあった小さな銃を迷わずに引き金を引いた。
「魔法少女ハンナ。そういや君は」
ここにいなかったね。
銃声とともに銃弾はルヴァルトの頭部めがけて吸い込まれていく。
しかし頭上から刃が落とされ銃弾は勢いを失う。
「今のはいい線だったよ。あれ、魔法少女ユイカもいるんだね」
ハンナの傍らにいた少女が今にも泣きそうな顔でルヴァルトを、その前に倒れるミライを、見つめていた。
「ミライさん、ほんとに」
魔法少女ではない恵麻には刺激が強すぎたのか目を見開いたまま固まってしまう。そして、ユイカの方はかすれた声が喉奥から漏れた。
「なん、で」
呆然とするユイカの頭部に冷たい銃口が突き付けられる。
ハンナ! と声を上げたのは魔法少女の誰か。ユイカは目を見開き視線をゆっくりと隣のハンナに移す。
「仲間割れかな? そんなにこの子は大事だったんだね」
「……言わ、ないで」
ハンナの持つ銃がユイカの頭部に食い込む。
「……お前が言うな、って言ってるの」
「臆病で前線にこなかったのは君でしょ。君が今みたいに瞬間移動を使っていたら魔法少女ミライは死ななかったかもよ」
ハンナの手の震えがユイカにも伝わる。彼女は唇を震わせながらルヴァルトを睨みつけた。
「魔法少女ユイカの裏切りと君たちの不甲斐なさ。本当に笑えるね」
「私のせいなら……お前も、ユイカも、私も、全員」
ハンナの声が震える。それでも彼女は喉の奥から絞り出す。
「罪滅ぼしを、しようよ」
ユイカに押し付けられていた銃口の感触が消える。
ハンナの姿が消える。
その時にはすでにハンナはルヴァルトの目の前に立っていた。
ルヴァルトがその姿をとらえたときには再びハンナの姿は消えていた。
銃声。
ルヴァルトの背後での音。しかし、彼は振り返ることもなく浮遊している刃が銃弾を切り落とす。
「君、もう魔法が限界だよね」
ルヴァルトの正面に再びハンナが現れる。
ルヴァルトとの戦闘、ユイカを呼びにムッシュボルトとの戦闘、そしてここに戻ってきた。それだけでハンナの魔力はそこを尽きているはずだ。
彼女の構える銃が震えている。ルヴァルトにそれを見せまいとハンナは歯を食いしばる。
「……ユイカ」
魔力の限界を見透かしてか、ルヴァルトの背後から刃が浮かび上がる。
「私が引き付けるうちに、みんなを、メルルを治療して下さい。貴方の罪滅ぼしは今は……」
引き金を引く。その銃弾の向かう先はルヴァルトの背後の刃。
「みんなを、守ることです」
刃によって銃弾が粉砕される。
その音とともにユイカは我に返ったかのように目を見開いた。
銃声は鳴りやまない。ハンナは襲う刃に対して次々と真剣に銃弾を撃ち込む。
「無駄なのにね」
そういったルヴァルトの額に銃弾が迫るもののそれも刃が跳ね飛ばす。
「ハンナ!」
どこかで光の一筋が放たれる。ハンナの目の前の刃が切り分けられ光の剣を持ったヒカリが駆け出す。
それでも再び刃は生まれる。ルヴァルトの傍らの刃を見つめたままハンナは銃を構えるのをやめなかった。
ゆっくりと人差し指に力を入れる。
気づけばハンナは悲しげな顔で、自然と微笑を浮かべていた。
銃弾が放たれる。と同時にハンナの目の前に刃が迫る。銃弾が刃の軌道からたまたまずれ、一直線となってルヴァルトへ向かう。
背後で「ユイカ、ありがとう」という声が聞こえた気がした。浄化の魔法をやっと有効活用しているのか。
ルヴァルトの背後からまた刃が浮かび上がるのが視界に入る。知っている。
ミライを殺した、私たちの未来を奪ったこいつには勝てないと。
ルヴァルトに銃弾が届く前に、自分に刃が触れるほうが早いか。それを知ってなお、ハンナは銃を持つ手を下せなかった。
「……大人しく死ぬつもり?」
ハンナの足元の影が脈打ったと同時にそれは波のように鎌首をもたげた。




