第25話 怪物への救い
時間を巻き戻す。
魔法少女たちが、ルヴァルトとの死闘を繰り広げているときに、魔法少女ユイカは無償髭を生やした一人の男と言葉を交わしていた。
先程から電波が悪いのか連絡はつかない。しかし、ヒメカが怪物を倒した後に高笑いをする姿を見せられてはすっかりユイカは話をする姿勢になっていた。
もちろん彼女は、ルヴァルトによって魔法少女が、仲間が、傷ついているのを知らない。
「ムッシュボルトさん……一つ聞きたいことがあるんだけど」
目の前の男は数日前にユイカにムッシュボルトと名を名乗った。彼は、誰よりも怪物をよく知り誰よりも魔法少女を知り、だからこそ両者が共生する未来を語るという。
「なんだ。何でも言ってみろ」
「怪物には、心がある……?」
おそらく、魔法少女の口から出るにしては馬鹿げた問い。
しかし、ムッシュボルトは笑いもせずに表情を変えずに答えた。
「ある……が、ない。あった、というべきか」
ユイカの瞳が見開かれる。その様子を見たムッシュボルトはゆっくりと口を開いた。
「どうしてそのような問いをする。お前の魔法は心まで読みとめるのか?」
「……いや、私の魔法は浄化だから。さすがにそこまで万能ではないよ。でも」
ユイカの瞳が静かに伏せられた。
「直観的に魔法を使った時に浄化された、というか苦しみが消えたみたいな感覚がわかるの。心がない怪物なら元からそんな苦しみは存在しないはずで」
ユイカは自身の両手に視線を落とす。今までこの手から放たれる魔法によって怪物の最期を看取ってきた。
もちろん、怪物が何を考えているのか、そもそも何かを考えられるのかわかる由もない。しかしながら、浄化したときに怪物から苦しみが剥がれ落ちる気がするのだ。その闇から、自分が解き放った、という感覚に襲われる。
そういうものなのだろう、と深い意味はないだろうと捉えてきた。
しかし、心の奥底で怪物は戦いながらも心があるのではないか。最近は知性を持った怪物も現れている。知性があるのならば自分のやっていることは自分と同じようにものを考える存在を残酷にも手にかけているだけなのではないのか。
「なるほどな。だからお前は怪物の最後を看取り続けているのか」
「少しでも、ましになるかなって……」
ユイカが他の魔法少女に怪物のとどめを自分にまかせてくれと頼んだのはその疑問が浮かんでからだった。
怪物が人間を襲う理由もこの町に現れる理由も何もわからない。もちろん、人を傷つける怪物は許せない。その気持ちと同時に意思疎通さえできればお互いが戦わずに済むのではないかと。意思疎通もできずに怪物を殺す羽目になるのならせめて最後に怪物をその因果から解き放ち安らかに逝かせようと。
誰にも理解されなかった。否定こそされなかったが怪物の最後を看取ることにこだわるユイカを皆は「優しすぎる」という評価で留めた。
彼女の抱えるその疑問に、覚悟に、初めて反応したのが彼──ムッシュボルトだった。
「結論から言おう。怪物には知能も、思考力もある。言い換えれば心というものは存在している」
なぜなら、と彼は続ける。
「怪物は元々人間だからだ」
ユイカの目が見開かれた。驚いたように開けられたその口から言葉は発せられない。
そんな、とはっきりとしない声が漏れる。
「……私は今まで人間を殺していたの?」
「そういうことだ」
何かをもよおす気分に襲われユイカは思わず手で口を覆う。
人殺し、という言葉がユイカの頭に浮かぶ。
人殺し。
「案ずることはない。お前はもしその事実を知っていても怪物とはそういう関係のままだっただろう。だが、これからは違う」
新しい未来の話を始めようと言った。ムッシュボルトはそう言った。
怪物と、魔法少女が共存できる未来を、怪物と魔法少女が戦わないでですむ未来を。
「力を、貸してください」
ユイカの口から、改まった力強い言葉が吐き出される。
「私たち魔法少女のためにも、同じ人間である怪物のためにも、私は何ができますか?」
「いいだろう」
ムッシュボルトは一息吸い込むと大きく吐き捨てた。
「私はムッシュボルト。それは知っているな。実は私は怪物の管理を務めている組織の長だ。私は君のような魔法少女を待っていたのだ」
何かを言いたげなユイカを手で制止する。
「言っただろう。魔法少女に危害は加えない。こちらは怪物を把握しているだけで何も怪物を操っているわけではない。丁度そんなところにもうんざりしていたところだ」
「じゃあ」
「そうだな。まずはこちらが把握している知能の高い怪物を拘束した状態で魔法少女に引き渡そうか。お前の浄化魔法とやらで意思疎通が図れれば御の字だ」
しかし、と彼は続ける。
「おそらく成功する確率は低い。我々も対話を図ったが怪物の時点で話にならない。ならばどうするか。怪物の発生源を叩く」
「発生源……?」
「怪物は、誰よりも生を求める。この世で一番生を求める人間は誰だと思う」
「……生を求める人?」
繰り返しながらユイカは頭をひねる。誰だって生きていたいと思うだろう。その中で一番もとめるにんげんとはどのような者なのか。
「家族が、いる人?」
「違う。それは自分のために生きていたいと思っていない。自分こそが、生きていたいと強く求む人間。それは自殺志望者だ」
「……え?」
突然の重い一言と同時にユイカの脳内に疑問が浮かぶ。死にたい人間ほど、生きるという感情からは遠くかけ離れた存在だろう。
その考えを読み取ったかのようにムッシュボルトは口を開く。
「自殺する人間はなぜ死ぬと思う? 彼らは、この世で生きていたかったのだ。生きていたかったからこそ彼らは死を選んだ」
「死にたかったんじゃ、ないの。生きたい思いがあったらそんな悲しい結末を」
選ばない、と言いかけた言葉はムッシュボルトによってさえぎられた。彼の饒舌な語りはとどまることを知らない。
「選ばざるを得なかった。彼らは、我々より生きることを望みながらこの世では上手く生きれずに逃げることを選んだ。裏返せば、彼らが一番生きたかったのだ」
その感情はユイカには理解できないものだった。それでも、心優しい彼女はその気持ちを必死に考え悲しげな表情を浮かべる。
「そこでだ。彼らが死ぬ前にその生へのしがらみによって怪物が誕生する。出現したばかりの怪物はかすかに人間の頃の記憶がある者もいる。その記憶が薄れぬうちにお前の浄化魔法で救う」
「救う……」
「怪物の源である、絶望、そしてそこから求められる異常なまでの生への執着、それら限定でお前の魔法で浄化すれば残るのは人間の心のみだ。人間である姿を取り戻す可能性は高い」
どうだ、お前にしかできないからこそ私からも頼みたい、とムッシュボルトが続ける。
その言葉は今まで怪物を救おうとしていた一人の少女に必要な言葉だった。
「私の浄化魔法が役立つということ……?」
「そうだ。言うならばお前以外の魔法少女では成し遂げられないものだ」
何と魅力的な言葉なのだろう。今まで無力を感じていた少女にとって、そんな大義名分は何とも心地よかった。
優しい少女は、怪物を救うためならなんだってするだろう。
「まって、まってください」
ユイカは、雑念を振り払うかのように首を横に振った。
「仮に私が人間に戻せたとしてもそれって救いになりますか?」
「怪物として苦しむことがなくなる。お前らに痛みで倒されることもなくなる。彼らにとってそれは救いだ」
「そう、です。それは救いだと思います、でも」
大事なことを見落としている。ユイカはムッシュボルトの話を思い返しながら言葉を紡ぐ。
「怪物にとって救いでも人間にとっては救いなんですか? また人間に戻れても彼らは、生きることを選ばなかった人たちは、このまま生きていて救われるんですか」
「少なくとも怪物に、生きながら化け物になり生きながらえるよりは救いだと思うが」
救い、とユイカがその言葉を繰り返す。
「それともお前はこのまま怪物を今まで通りに倒していくのが正解だとでも? お前ら魔法少女にとっても、怪物となった人間にとってもそれは救いなのか?」
分からない、ユイカの喉からか細い声が漏れる。そもそも、いつだってそういうことを考え向きあえなかった私がわかるはずもない。
わからない。だからこそ。
「お前は負担を負いたくないだけだろう。怪物を魔法で人間に戻せばお前はその人間の傷と向き合うことになる。しかし、怪物のまま殺せば可哀想という感情を抱くだけでお前には何も起こらない」
「ちがっ……」
「俺にあの時、怪物との共生の道を聞いたな。怪物を救いたいと言ったな。お前はその程度だったのか。失望した」
「違う! 私はただ──」
だからこそ、その言葉だけは否定したかった。しかし、喉の奥で反論が途絶えユイカの瞳が大きく見開かれそして静かに伏せられた。
「ただ、怪物──彼らを知って、出来れば救いたかった。その気持ちに変わりはないです」
あいまいな答えを吐き捨てる。心細い彼女の一声で、部屋に沈黙が流れる。ムッシュボルトは微動だにしない。
「……ユイカ、さん!」
聞き覚えのない声。ユイカが振り向くと同時に辺りに閃光がほとぼしった。ほどなくして爆発音が鳴り響きユイカの目の前は煙に覆われた。
足元が崩れる感覚に見舞われる。ユイカの身体は浮遊感に襲われた。




