第24話 殺意の行き先
ルヴァルト。
その名を呼ぶ声がどこからか聞こえる。誰が自身の名を呼ぶのだろう。
視界が開ける。いつしか堕ちていく感覚は消え、目前にこちらに背を向けた髪の長い少女が立っていた。
手を伸ばしたくなった衝動で、ルヴァルトは自身の体がまた動かなくなっているのに気づく。
少女が髪をなびかせ、こちらに振り向く。ルヴァルトはその光景から目を離すことができなかった。何故だ、と思う前に彼女は笑いかけてくる。
ルヴァルトの瞳に彼女の顔は映らない。
──……さん、……さん、大丈夫ですか?
彼女の口元がルヴァルトの瞳に反射する。
──大丈夫ですよ、もう全部魔法少女である私が倒したので
魔法少女。
その響きと長年向き合ってきたはずなのにどこか新鮮な感覚を覚えた。
──ああ、はじめまして。私は……、貴方を助けに、
声に重なるように雑音が入り込む。画面が乱れる。
馬鹿らしい、と心の中で吐き捨てながらルヴァルトは目線を外そうとした。が、やはり体は固まり動けない。
目の前に光が広がる。彼女が先程とは違った様子でほほ笑んでいる。
──私、君に出会えて良かった。
本来ならば笑い飛ばすかのような言葉に、なぜか彼は頭ごなしに否定するような気になれなかった。
事態を飲み込めないまま、どこかの自分がその言葉に同意をしそうになる。その感情に気づいたルヴァルトは我ながら不快感を感じた。
それでも、彼女の笑みから、彼女自身から目が離せずに膠着したかのように体が動けない。
ルイの能力のせいなのか、自身のせいなのかそれすらもわからない。
そう、心境が揺れるうちに再び彼女が塗りつぶされる。ふわり、と体が浮く感覚。そのまま下に引っ張られる感覚。
またか、と思ったと同時に目の前の視界が開ける。赤黒い世界を背景にした彼女の両手は血に染まっていた。
両手だけでなく、その体が、見えない顔以外の部分が全て血塗られていた。
ルヴァルトの心臓が高く跳ね上がったのを感じた。凄惨な光景など見飽きたはずだ。むしろ、彼自身から作り上げて、そして笑ってその場を後にした。
だというのに、彼女が目の前で崩れ落ちるその光景を見て息をのんでしまう形となる。
彼女の鼻筋の上からは見切れて視界に入らない。しかしそれでもなお、彼女の口元が血に染まってもなお弧を描く。
その優し気な微笑みが、現れる。
──ねえ、……、今まで、……
反射的に動かない目を見開きかけた。どこかで自分の名を呼ばれたような気がした。
──生きてくれて、ありがとう
彼女の唇が閉じられる。かすれたその声が、耳元に鮮明に居座り続ける。視界が、黒く塗られていく。
「……かはっ」
ルヴァルトは自分が再び血を吐いたことに気づいた。辺りは白い世界に戻っている。再び地面に倒れこみ、抑えた片手の隙間から液体がこぼれていく。
動揺。驚愕。
果たしてこれは何という感情なのだろうか。自身の手を見つめながら信じられない顔でルヴァルトは目を見開いている。
「……る、ルヴァルトさん」
頭上で声がした。忌々しき無機質な声が弱弱しく震えている。
ふと顔を上げると、そこにはなぜか悲しい顔をしたルイが立っていた。
「……どうしたの? 能力は続行しないのかい? 僕を殺すんだろ」
「……はい」
でも、と彼女は泣きそうな顔で続けた。
「私の能力は、私では扱えないようです」
「それは何よりだね。愚かな魔法少女だ」
「……そうですね、私は久しぶりに殺意を覚えたんですよ、貴方に」
ルイの瞳から涙がこぼれ落ちた。先程まで冷酷にもルヴァルトを見下ろしていた人間と、同一人物なのだろうか。
「貴方はいったい何者なんですか。私たちの敵は怪物だけのはずです。貴方は、なぜミライさんを殺したんですか。それの、どこに意味があったんですか」
「意味なんてないよ。求めるだけ無駄だよ魔法少女ルイ」
そう、ですかと言う彼女の瞳からはまたも涙があふれ出す。
「じゃあなんで貴方は」
後に続く言葉は形にならなかったのか、足元に涙が落ちていくだけだった。
ルイの目の裏に焼き付けられたミライの最後の微笑み。それを見て夢中で魔法を発動させた。全てはルヴァルトを殺すために。
ルヴァルトを夢の世界に閉じ込めてしまえば、彼が夢から目を離さなければ彼は一定時間後に死に至る。
自身の能力をかみしめながらルイは自分の目から涙が止まらないことに気づいた。
「ルヴァルトさん」
わけがわからない、と見つめる彼に、ルイは口を開く。
「ごめんなさい」
「……は?」
謝罪の意図が掴めない中、突如周囲の白い世界が黒く飲まれていくのに気づいた。目の前のルイの姿も徐々に闇に溶け込んでいく。
夢の終わり。直観的に感じたルヴァルトは呆れたようにため息をついた。
「僕はこのあと君たちを殺すよ。いいの?」
軽い口調とは裏腹に本気をはらんだ声。
しかし薄れていくルイの姿はその問いに答えなかった。崩壊していく世界の中で水滴がきらりと光る。
その涙は、いったい誰に向けられたものだったのだろう。




