第23話 夢は落下する
魔法少女ルイ。彼女の能力は調査不足だった、とルヴァルトは心の中で呟く。
突如、「夢の世界」という何もない世界に呼び出されルイと対面している。
このまま彼がここに立っているのは、彼の「魔法」が使えないからだ。
「話し合いませんか」
「……念のため聞くけどこれはどういう仕組みかな?」
ルイの方も攻撃する様子はなくこちらを静かに見つめているだけだった。むしろ傷も全くあとを残さず消えドレスも綺麗に治され彼女の瞳はどこか遠いカナタを見つめているかのような空虚さに不気味さすら覚える。
「夢の世界です」
「夢の世界……ね。僕はそんなままごとには付き合っていられないんだ」
「……反抗できるとでも思ってるんですか?」
魔法が使えないならば身体で。しかし、それを見透かしたかのようにルイがその瞳で、ルヴァルトを見つめた。突如、彼は身動きすらできなくなる。
「……っは?」
「しかし、私側からも貴方に危害は及ぼせません」
眉を顰めルイを睨みつけるルヴァルトに対して彼女は表情一つ変えない。
先程までミライの死に動揺していたのとは別人のようだ。
「話し合いをしましょうといいました。貴方はそれにこたえる必要があります」
「……仕方ないね。僕は何もできないし今のところは君の話を聞いてあげる。戻ったら覚悟しておいてね」
「善処します」
「それで話し合いって何? 早くしてくれると助かるな」
「善処します」
機械のように応答するとルイは片手を掲げた。そして口を開く。
「話し合いは貴方についてです」
「……僕について? 何を言っているんだい?」
「まあ見ればわかります。私は戦闘能力がないので。こういった形で貴方の過去に干渉してしまうことを先に謝っておきます」
「過去……? 何を、言って」
ルヴァルトが言い終わる前だった。彼は急に浮遊感に包まれると体が下に引っ張られ落下していく感覚に陥った。
目を見開くものの目の前には先程と同じようにルイが立ってている。しかし視覚情報とは反して全身が落下していく感覚に包まれる。
「さて、一つ目の問いです。貴方は、いつから貴方なのでしょうか」
「だからさっきから何を言っているんだ、い……?」
目の前にいたはずのルイが消えた。と思った瞬間にはルヴァルトの瞳に別の映像が映し出された。どこか不安定な景色。黒い背景。
──ルヴァルト!
誰かにその名を、呼ばれたような気がした。
その瞬間、目の前が赤色に塗りつぶされた。
堕ちているのか立っているのかそれすらもわからずにルヴァルトは眉を寄せる。目の前にいたはずのルイは見えずに目の前には──鮮明な赤が飛び散っていた。
見慣れた光景のはずが、ルヴァルトの頭の中では警鐘が鳴り響く。
──ルヴァルト!
誰だ、と思い声を上げようとしても開いた口から声が生まれなかった。かすかに目を開くルヴァルトの目の前で今度は焦点が定まり、赤に染まったその中心に一人の少女が倒れていた。
──お願いだから、逃げ
誰だ。僕は君を知らない。
少女が血にまみれた腕を伸ばす。反射的に一歩後ろに下がろうとしてもルヴァルトの体は動かない。少女がゆっくりと顔を上げる。
しかし、彼女の顔があるべき場所は黒く雑に塗りつぶされていた。
知らない。拒絶しようとしても彼女から目が離せなかった。文字通りに体が動かせないというのもそうだが、彼女を見てどうしてこれほどに心臓が脈を打つのだろうか。
顔も見えない彼女に、どうしてこんなにも胸騒ぎがするのだろうか。
潜在的な意識が、拒絶をする。
──ねえルヴァルト。今度私の任務が終わったら、
柔らかい声音とともに視界が塗りつぶされる。白い光。思わずルヴァルトが目を細めてしまうほどに強烈ながらも鮮明で柔らかな光だった。
何もない空間で少女がこちらを向いている。表情は見えずに口元だけが揺れる。そして、微笑みを形作る。
──ありがとう、楽しみだよ、
彼女の唇から紡ぎだされた言葉は、最後まで聞こえず途切れてしまう。
彼女の表情は見えない。それでも、ルヴァルトは──彼女の声音から、彼女の姿から目を離すことができなかった。
──ねえ、ルヴァルト、いや繧ォ繧、繝
雑音。彼女の口元が自身を呼び掛けたその声が途切れ途切れになり彼女の姿が乱れる。
それでも彼女の口元は綺麗な弧を描く。
「君は」
誰だ、とルヴァルトが口を開こうとしたその時、ふいに力が抜け目の前には自身の右手があった。
胃の中から込みあがてくる感覚に襲われ、視界に映る手に鮮血がまき散らされる。
自分が倒れこんで吐血した、と気づいた。目線を上げれば白い空間が広がる世界に戻っていた。目の前には変わらずに魔法少女ルイが色を映さない瞳でこちらを見下ろしている。
「立ってください。二つ目の問いです」
ルヴァルトの瞳が揺れる。しかし、それはすぐにルイへの敵意へと変わった。ゆっくりと立ち上がり口元に笑みを浮かべる。
「僕に幻想でも見させて倒せるとでも思ったのかい?」
「はい。現にあなたはそこで私の魔法をすでに食らっている」
ルヴァルトの肺が悲鳴を上げる。違和感に目を見開くものの彼の口から勢いよく赤黒い液体が吐き出された。
「貴方が夢から目を離さない限りそのまま死にます」
優しい忠告でしょう、とルイが淡々と続けた。
「それでは二つ目の問いです」
ルヴァルトの目の前から再びルイの姿が消える。
「なぜ貴方はルヴァルトになったのでしょうか」
ルイの声が耳元に反芻し、ルヴァルトの身体が落下する感覚に襲われた。




