第22話 揺れる心で開かれた扉
魔法少女にとって、変身に使われるペンダントに埋め込まれた石は、魔法の原動力であり、同時に生命力と深く結びついているものだった。
「あーあ、そのままだったら楽に死ねたのに。やっぱり魔法少女ミライってなんも怖くなかったね。馬鹿な奴」
ルイの瞳から、とめどなく大粒の涙がこぼれ落ちる。隣にいたカノンは俯き口元を覆う。
「何で泣いているの? 別に君、そこまでその子と仲良くないでしょ。ただ、魔法少女っていう枠組みにいた形式上は仲間なだけでしょ? それとも目の前で人が死んだのは初めてだった? ひどいなあ僕たちを殺す気でかかってくるのに」
「……ミライ、さん」
ルヴァルトはさも面白い舞台でも見たかのように口元に笑みをたたえる。
ルイの視界がぼやけ、ミライの手を握る力が抜けていく。力なくうなだれているミライを見てただ、呆然と立ち尽くすことしかできない。
「大丈夫だよ。どうせ、ここで魔法少女全員死ぬ。そういえば、魔法少女エルザが見当たらないけど逃げ足の速い子だね」
「……ユイカは……っ、忘れているんだ、ね」
ユキが声を絞り出す。放心状態のルイとカノンから注目をそらそうと挑発的な笑みを浮かべる。
「ああ、ユイカ? あの子ね。魔法少女ユイカはここに来ないって言ったよね。君たちを捨てたんだよあの子は。だからこうして君たちは瀕死で魔法少女ミライは死んだ。可哀想に」
「そんな、わけないじゃんーっ」
「違う、やっぱりユイカさん……は」
ユキの返答を否定する声。その声の主であるルイは力なく腕を垂らした。ミライの体がどさりと地面に落ちる。
──もし、ユイカが魔物を逃がしたのが、事実だとしたら?
エルザの声が脳内に反芻する。
メルルに覚えた違和感。その話を聞き疑念を固めたルイ。エルザを呼び出し、残酷な事実を再確認したあの日。
我ながら直視できずに、そこまでは言ってない、と否定したあの日。
心のどこかで何かの間違いで、憶測の域を出ないものだと思っていた。結局はそう思い込みたかったのだ。
「……あの怪物を生かして私たちが揃わないようにここに来ないで必殺技を封じ込めて、ユイカさんはやっぱり……」
「そうだよ、そうなんだよ。今更気づいたの? 死者が出てやっと信じる気になってくれたんだね」
「ルイ……っ! よくわからないけど、その子が……勝手に言ってるだけ、じゃない……?」
ユキの声すらもうルイの耳には入っていなかった。
「ミライさんも、メルルも、ユイカさんが、」
裏切ってここに来なかったせいで。
隣のカノンがルイの手を握った。
「大丈夫ですか? ルイちゃん」
カノンの声も震えている。それでも彼女はルイを元気づけようとルイの手を両手で握りしめた。
「ここで絶望する前に生きて帰ってから、ユイカちゃんに聞きましょう」
「カノンさん……」
ルイがカノンと目線を合わせる。しかし、それを煩わしく感じたのかルヴァルトが腕を伸ばすのが視界の端に捉える。
「そうだよね、ありがとう……」
ルヴァルトの指先から刃が出現する。一直線に二人のもとへ向かうものの、ルイはルヴァルトの方へ目線を向けると静かに目を閉じた。
「まさか、死ぬ気になったの?」
ルヴァルトの軽口に対して彼女は口を開く。
「いいえ、これは夢の扉を開いているのです」
先程とは打って変わった感情のこもらない無機質な声。
瞼を閉じたルイの口から「ようこそ、夢の世界へ」と読み上げ機器のような抑揚のない言葉が漏れる。
その瞬間、辺りが一面に真っ白の光に包まれた。ルヴァルトがかすかに目を見開くと同時に彼は、見ず知らずの場所に立っていた。地面も空も全て白に染め上げられ、辺りが白い霧のようなもので覆われている曖昧な、世界。
ルヴァルトが恐る恐る一歩を踏み出すと、地面という存在がないに等しいのにきちんと一歩を踏み込めている。
「何かな? これは──」
その声に呼応するかのように目の前に少女がふわりと降り立った。紫のドレスに身を包んだ魔法少女、ルイ。
周りを見渡せばその場に立っていたのはルイとルヴァルトしかいなかった。先程までの公園も傷だらけの魔法少女たちもどこにも見当たらない。そして、ルイの姿もどことなくいつもより輝いており傷一つ見当たらなかった。
「ルヴァルトさん」
ルイが静かにルヴァルトの方へ向かう。ルヴァルトは手を伸ばすものの、そこに刃は生まれなかった。
ルヴァルトの目線を浴びながらルイは立ち止まるとゆっくりと口を開いた。
「話し合いませんか」
「ルイ……ちゃん!?」
カノンが違和感を感じたと思ったその時にはルイの体は力が抜け静かにカノンにもたれかかった。
どさり、という音がしたかと思うとルヴァルトの方も意識が消えたのか地面に崩れ落ちている。
困惑するカノンに向かって、ユキが「あちゃー」と声を上げた。
「ルイの魔法なんて久しぶりだね……」
満身創痍の体を引きずりながらユキはカノンの方へ顔を向ける。
「でもこれは、チャンスだよ……、今のうちに、」
そう言いきる前にルヴァルトの周辺に刃が浮かんだ。
「あれは……」
「あはは……防衛本能、かな。少なくともあの子が気を失ってようと手出しはできない、みたい、だね……」
重い体を起こしながらユキが軽い笑みを張り付ける。
「みんな……大丈夫、かなー?」
その声に反応するかのようにうめき声が上がる。
「……大丈夫、じゃないか……それもそう、だね……。でもねそれでも」
そう言いかけたユキが立ち上がろうとしているハンナに目線を向ける。
「ハンナ……?」
「ユキ、さん……私、エルザさん呼んできます……それまで、頼みます」
「ちょっと待ちなよ、そもそもこの状態じゃ──」
そう言い終わる前にハンナは体を起こすとその場から消えていた。
「……瞬間移動も、便利だね……」
そう言いながらユキは他の魔法少女に向かって声をかけていくことにした。
緑野恵麻はビルの中に消えた。
それを見届けたエルザはふっと息を吐いた。息が、どんよりとした空気に溶けていく。
──やらせてください!
恵麻の声がまだ耳に残っている。
彼女の魔法少女へ憧れる気持ちを利用した、という形にもなるのか。罪悪感を胸に秘め、これが最適解よ、と人知れずにつぶやいた。
「最適解、ですか……?」
背後に声。しかし、それが聞き馴染みのある声だと知るとエルザはゆっくりと声の主を振り返った。
「エルザさん、なら何とかしてくれると思ったんですけど……」
「……よく私がここにいるのがわかったわね」
「探しましたよ……」
ハンナが息も絶え絶えに呟く。傷が絶えないその姿をエルザは一瞥する。
「やっぱりあいつは強いのね。今どんな状況なの?」
「無神経なこと言わないでくださいよ……こっちは、こっちは……ミライさんが……死んで、るんですよ……」
「……ミライが?」
動揺を隠せなかったのかわずかにエルザの声が上ずる。
「それは意外ね。ミライは一番、持ちこたえると思っていたわ」
そう言うエルザに対してハンナが睨みつける。
「人が死んでるっていうのにそんな……軽い……」
「少なくとも軽い気持ちで言ってはないわ。ただ、今はミライがいない後の対処を考えるだけよ」
「目の前で殺されたんですよ……!?」
そう声を荒げる者の、表情を変えないエルザに無駄だと思ったのかハンナはため息をつく。
「……エルザさん、影分身まで使って戦線離脱したなら何か策がありますよね?」
「さあ、あると思いたいわ」
その物言いにまたハンナは目線を強めるもののエルザは気にせずにハンナに目線を落とす。
「私の離脱も見抜いているならなかなかじゃない。丁度いいわ。貴方にも手伝ってほしいことがあるの」
エルザは、あの男──ルヴァルトが魔法を発動させるその瞬間に、ユイカを探すために公園外で動いていた影分身と自分を即座に入れ替えた。
よって、エルザはその魔法を受ける前に離脱が可能となった。
そして、影分身のいたこのビルの前に転移するものの相変わらず魔法少女であるエルザを拒むため頭を抱えていたところに公園に駆け寄る恵麻を視界にとらえたため声をかけた。
あのまま、あそこにいても負けは確定している。それならば、確率は低くともユイカを呼び出し13人をそろえて男を迎え撃つ。そう考えていた──が。
(ミライがいなければ、結局また12人ね……)
13人そろえてしまえばいいのだ。考えられる答えは一つ。しかし、その答えを出す前にエルザは考えを一蹴すると目の前のハンナに向き合った。




