第21話 大丈夫だよ
視界が定まらない。気づけば、目の前には地面があった。絶叫。悲鳴。乱雑に飛び交う魔法。視界の端に映る残酷にも鈍く光る、刃。
両手に力を入れた。どこにもそんな力は残っていないのか体は持ち上がらずに、思いっきり地面に向かって口から何かを吐き出した。熱い、と気づいたときにはそれが血だということを理解した。
今まで何度も無茶な魔法の使い方で吐血してきたというのに。そんなわけがない、と言い聞かせミライは再び力を入れるものの視界は上がらずに血を吐き出す。
なんとか頭だけを持ち上げ、荒い息を吐いた。
「君、普通だったら今ので死んでるよ。図太いね」
数し先にブーツが見える。顔をゆがめながら頭を起こすと、不思議そうな顔をしているルヴァルトが映った。
「あんた……かはっ」
大きく吐き出し、喉からひゅーひゅーと音にならない乾いた声が出る。
「無理して喋らない方がいいよ。君のおかげで他のみんなもダメージ食らっちゃったし。良かったよ」
「誰が、食らったって……?」
ミライの隣から笑い飛ばした声がした。しかし、声の主は同じく切り傷を体に受け、うつ伏せの状態のユキだった。
力泣く笑みを浮かべてミライに笑いかける。
「ミライ……ちょっとへましちゃった、ごめんね……」
「魔法少女ユキまでそこの半端な魔法少女守ろうとしてくたばるとは思わなかったよ、買いかぶりすぎたのかなあ」
「てめぇ、うるせえな。いい加減その口を閉じろよ!」
足から血を流しながら立ち上がるレンの姿がちらりとミライの視界によぎった。
「あたしたちはまだ、そこまでの深手を負ってない。ユキとミライを、今度はあたしたちが全力で守れよ! お前ら!」
「分かってるよ、レンちゃん!」
レンの隣から颯爽と駆け抜けていくヒカリの姿が映る。彼女もなお手負いの状態だった。
ヒカリの手から光の剣が形成され、レンが重力を発動させようと片手を伸ばす。しかし、それらの魔法が届く前に再び二人の目前に刃が迫り腹部を傷つけ、地面に倒れこむ。
「レン……、ヒカリ……!」
「レン先輩!」
レンの後方にいたルナが怒りに任せて能力を展開させる。辺りの空気が激しくなり、風の魔法が発動する──が、その時ルナを速い速度の刃が襲った。
「っルナ! ばか……お前!」
レンが声を絞り出すより前にルナは地面に膝をついていた。
「ったく、やられてやんの。馬鹿なんじゃない!?」
爆発音。ボロボロの状態ながらも足を犠牲にして爆発の反動で男へ接近する者が一人。斧を担ぎながらヒメカは男を睨みつける。
「あんたさあ! あたしの可愛い顔傷つけてタダで済むと思ってんの!?」
「ヒメカ、だめだよ……っ、うっ」
ミライの絞り出した声が届く前に、ヒメカの体が打撃を食らう。ルヴァルトが涼しい顔で胴体に拳を叩きこみ、紅をまき散らしながらヒメカが後方へと吹き飛んだ。
「さっきもこんなことして僕に結局勝てなかったよね。さっきよりは僕、手加減してるんだよ? 君たちを攻撃不能にしてないし」
「よく言うじゃん、ミライのっ……魔法、あんたが……」
言い返すユキにルヴァルトは目線を向ける。その目は好奇心と冷酷さが混ざったような不気味な雰囲気を醸し出していた。
「やっぱり君は賢いからわかるんだね。僕の魔法について見やぶちゃった? でも残念。遅いよ、せめてそこに魔法少女ミライが転がる前に言わないとね」
その場に似てもに使わないぞっとするような笑みを浮かべたルヴァルトの背後に何かが光った。銃声。
「単調だね、君の方は」
ルヴァルトは振り返らずに呆れた声音で銃弾を刃で叩き落としたものの、今度は頭上から銃声が鳴る。
ルヴァルトの周りを、移動し続ける。瞬間的に表れ、瞬間的に消える。瞬間移動の力を持つ、魔法少女ハンナ。
しかし、ルヴァルトは余裕に弾を全て撃ち落とす。
「そこだね」
ルヴァルトが片手を振るうと刃が右後ろへと直進。その瞬間現れたハンナの持つ銃を切り裂き、ハンナ自身にも傷を負わせた。
「……っ!?」
目を見開いたまま倒れこむ中、それでも駆け出す者はいる。
しかし、ルヴァルトに迫ったのは、武器も何も持たないサラ。
いつも握りしめているはずの懐中時計がどこにも見当たらない。ルヴァルトの放った刃に粉砕されたばかりだ。
「時間停止魔法も使えなくなったんだね。可哀想に」
呆れたように笑い飛ばすルヴァルトに向かってサラは「私は本命じゃない」と笑い返して見せた。
サラに続いていたアオイが握りしめていた懐中時計を掲げる。
「ああ、模倣ね」
魔法少女アオイの模倣の力。しかし、それが発揮される前にアオイの体は傾き、続いてサラも力なく地面に崩れ落ちる。
「アオイ……! サラ……!」
宙に舞う紅の鮮血。倒れたまま悲鳴を上げるミライ。
それでも、魔法少女たちはあきらめない。
まだ浅い傷の、カノンとルイが立ち上がっていた。桃色の髪を靡かせ、カノンが口を開く。「行きましょう、ルイちゃん!」
「無駄だってわからないの?」
ルヴァルトは虫を払うかのように片手を振り上げる。
それを見たミライは、声を絞り出す。
「……まっ、って」
「ミライ……!?」
隣のユキの声も聴かずに。喉からならない声を張り上げ体に力を入れる。魔法少女ミライは、再び立ち上がる。
「しな、ないで……」
「ミライちゃん!?」
カノンは突如目の前に入り込んだ、ミライの姿に驚いた声を上げた。その瞬間、無慈悲にも刃が、ミライに襲い掛かる。
「大丈夫だよ……私が、」
──守るから。
ミライはもう呼応しないのに関わらず両手を突き出した。ミライを必死に守り続けてくれた植物が、身動きすらしない。
『ミライ!』
「ミライさん!」
悲鳴は誰のものだったか。後ろのカノンとルイの悲鳴とともに、傷を負い地面に転がる少女たちの悲鳴が、重なる。
刃が、ミライの体に深く突き刺さった。鮮血が舞う。ミライの腕が力なく落ちていく。
崩れ落ちるミライに対してルイがその手を掴む。涙をためる彼女に、目を見張るカノンにミライは笑いかける。
「ほら……大丈夫だよ……?」
ルイの涙がミライの頬に触れたその時、ミライの瞳の色が薄まっていく。
彼女の胸元のペンダントに埋め込まれた緑の石に亀裂が入る。
目を見開くルイの目の前で、それは砕け散った。




