第20話 異常事態
砂埃が舞う。目を覆い、魔力の使い過ぎの反動でせき込み赤い液体をまき散らすミライをいたわるように植物が寄り添う。
「……ありがとうね」
彼女はそうつぶやくとゆっくりと足を踏み出した。振り向く。
「みんな……」
「ミライ!?」
駆け寄ってくる者がいた。ヒカリだ。
「大丈夫!? ごめん、私たち何もできていなくて……ほんっとうに……良かった……」
心配そうに見つめる彼女に向かってミライは笑ってみせた。
「仕方ないよ、身動きできなかったんでしょう?」
「うん……でも」
ヒカリの後ろの方でちらほらと魔法少女たちが立ち上がっている。
「メルルも……大丈夫?」
ミライは数歩進むと満身創痍で目を閉じているメルルを抱き上げた。
「メルルは死なないとは思うけど……死んじゃってたり、してないよね?」
心細そうにいうミライに対して「後で、ユイカに見てもらおう」とヒカリは声をかけるが同時に、「ユイカちゃん来なかったよね……」と呟いた。
「ったく、なんなんだよあいつ。気色悪い魔法使ってやがったな。ミライがいなかったらあたしたち死んでたな」
「縁起の悪いこと言わないでよ。あたしが死ぬわけないじゃないー」
悪態つくレンに対してヒメカが吐き捨てる。
「まいちゃったねーミライ助かったよ!」
ユキが立ち上がりながら「まあでもさー」と続ける。
「私たちを止められるだけのあの子がこんなのでくたばるかなー?」
「は? あんた縁起のないこと言ってんじゃないわよ」
「冷静に考えてほしいの。ミライが倒したおかげで私たちが自由に動けるようになったのも事実。でもね、あの子は怪物でもないでしょ? 生身の人間だったとしたら今頃、あそこに転がってないー?」
先程まで舞っていた砂埃が静まってくる。しかし、人影は見当たらずに跡形もなく男の姿は消えていた。
「どうせ怪物だったんでしょ、帰るわよ」
ヒメカが馬鹿らしいわと言いながら背を向けようとしたときにユキは肩をつかむ。
「待ちなさい。異常事態はそこだけじゃない。エルザがいないじゃない?」
いつに増してか真剣な口調でヒメカを見つめていたので、ヒメカは怖気づいたように一歩下がった。
「え、エルザならいるでしょ……は?」
ヒメカが辺りに視線をめぐらすものの、エルザの姿は見当たらない。
「どうせ、勝手に帰ったんでしょ。……それにしては、そんな瞬間あった?」
「そうそうそこだよー」
再びおちゃらけた喋り方に直るとユキは魔法少女全員──自身を含めない10人を見渡す。
「誰も、見ていないんだよね?」
各々首をかしげる中、黄緑色の衣装に身をまとった魔法少女ハンナだけが突っかかった表情を見せていた。それを見抜いたユキはハンナに声をかける。
「ハンナ、大丈夫?」
「あ、私は別に……」
そうハンナが首を振った時だった。
突如、顔色を変えたユキが、右手を伸ばす。氷が形成されると同時に、後方に尖った氷を突きつける。
「……生きていたんだね?」
笑い声。低くくぐもった声から一変して耳障りな高笑いが背後に響く。
ユキは魔法少女を見渡す。怯える表情、目を見開く者。そして、自身の直感は間違っていなかったことを確信する。
「まさか! まさかだよ。いつ気づいた? 最初会った時は僕に気づかなかったよねえ。どうして気づいた? 凄いねえ、成長したんだね魔法少女ユキ」
どこか昂揚したかのような声音を聴きながらユキは口の端を持ち上げた。
「んー君がやられるわけないという、信頼かな?」
なんてね、という言葉とともにユキは振り向きざまに氷を放つ。
しかし男は身を翻し、あっという間にユキと距離をとってしまう。
「殺すのが惜しいよ、魔法少女ユキ。この僕、ルヴァルトが名を明かそうと思ったのは君だけだ」
「君キャラ変わったー? キツイよそれ。名乗り方もセンスが感じられないね」
軽口を叩きつつユキは男──ルヴァルトに対して片手を伸ばす。その指先から氷が集い始める。
「どうせ君たちは僕に勝てない。さっきは魔法少女ミライが特殊だっただけだね。何も怖くないんだよ」
「怖くないっていう自己暗示かな? 君の魔法、きな臭いんだよねー。条件とかそういうのあるでしょ。どちらにせよ今私に打ってこない時点で今の時点では勝てる可能性は高い」
氷のつぶてが一斉に放たれる。男は軽い身のこなしで避け切ると空中に刃を展開。それを防ぐかのように大木がルヴァルトの目前に伸びてくる。
「つくづく邪魔だね、君は」
ミライが、ルヴァルトを強く睨みつける。
「そんな顔しないでよ魔法少女ミライ。君には借りがあるんだから」
「え、借り?」
ミライとユキの後方から魔法少女が駆け寄ってくる。魔法が一斉に放たれ、ルヴァルトを襲う。それを涼しい顔で避けると唇を釣り上げた。
「魔法少女ミライ。君は魔法少女ユキと違って魔法を使いこなせていない。ただ、植物が操りやすかったというだけの運が良いだけの凡人だよ」
「なんで? 凡人が、凡人守れてればそれでいいじゃない?」
「そっか」
関心を感じられない返答が辺りに漂う。意図がつかめずに顔をしかめたミライは「ユキ! 行くよ!」と叫びながら手を突き出した。
ルヴァルトへ向かって蔦を伸ばそうとする。
「待ちなさい、ミライ──!?」
ユキが焦ったかのようにミライの方に振り向く。
「……え?」
ミライが目を見開く。ミライの目の前に伸びているはずの蔦は、なかった。魔法が、以前のように使えない。
「違う! なんで、あの子たちが──」
ミライの視界が、片手をあげているルヴァルトを捉える。
「ミライ!」
ユキがミライのもとへ走り寄り氷の盾を作り出そうとした刹那。ルヴァルトから放たれた刃が目の前にあるのに気づく。ミライは片手を突き出したまま目を見開き身動きができなかった。
後方から、駆け寄るユキから、悲鳴に似た叫びが聴こえた、と思ったその瞬間にはミライの視界は大きく揺れた。




