第19話 少女は一歩を踏み出す
緑野恵麻はビルの前に立っていた。
工事中との看板に目線が定まる。一見灰色のシートがかぶせられ一般人の立ち入りは禁じられている──ように見える。
恵麻の足元に長く伸びる影がある。
影が揺らぐのを見つめると恵麻は決心したかのように一歩踏み出した。
「丁度いいわ。貴方に手伝ってもらいたいことがあるの」
エルザはまっすぐに恵麻を見つめていた。憧れの魔法少女に見つめられ目線を外してしまう。
「わたしが手伝えることなんて……ないです。それより! みんなは無事なんですか! なんでエルザさんはここにいるんですか? わたしさっきまでヒカリ……とカノンさんといたんですけど──」
焦っているのか次々と質問を投げかける恵麻に対してエルザはため息をついた。
「質問が多い」
「……あ、あのすみません。あの」
「時間がないの。移動しながら説明させて頂戴」
半ば強引にエルザに手を引かれる。恵麻は目を見開くと「ど、どこに行くんですか!?」と叫んだ。
「遠くはないわ。おそらくユイカがいる場所よ」
「ユイカさん? あのなんでユイカさん……あ、あのもしかして! 見たんですけど今来てないのってユイカさんなんですか!? 大丈夫なんですか!?」
「申し訳ないけど全部説明する時間はないわね。現状としては、ユイカが来てない上に今回の相手は全員揃わないと確実に勝ち目はない。そのためにユイカを呼び出す役を貴方に任せようと思ってよ」
「あの、ごめんなさい。理解が追い付かなくて……それとわたしが呼び出す!? そもそもユイカさんはなんでそこに──」
「……──」
恵麻の質問にエルザは押し黙った。まずいことを言ったかな、と恵麻は俯く。「変なこと聴いてたら、ごめんなさい……」
「……そうね。言っておいた方がいいのかもしれないわ。貴方、名前は? ヒカリが話していた子でしょう?」
「緑野恵麻です! あの、ヒカリがなんで……?」
「魔法少女の熱血なファンは貴方でしょう? 恵麻。ヒカリがこの前の桜岡高校で出会ったと言っていたから」
「もしかしてヒカリって全員に言ってるんですか? わたしのこと……」
「そうね」
それに、私のことも気づいたでしょう? とエルザは声を落としていった。
「普通の人間は13人もいる人間を区別できないわ。私を認識できているファンなんて初めて見たから」
「そ、そんなことないですよ! エルザさんだって……」
「ともかくよ。貴方が魔法少女のファンなら話は早い。敢えて言い方を変えれば私たちを助けてほしい。これは貴方しかできないの」
え、と間が抜けた声と同時に恵麻が慌てたように返答をまくしたてる。
「エルザさんたちが出来ないならわたしになんてもっとむりです……そもそも、なんでそんな! 助けを求めるような状況なんですか!? わたしに? そもそもエルザさん! エルザさんなら大丈夫なのでは!? わたし知ってますよ! 貴方は──」
「……ユイカが、いないと話にならないのよ」
「そういえばユイカさんは! どこに?」
「ここよ」
恵麻の前にいたエルザが足を止めた。周りの景色を気にせずについてきたが、エルザの目の前には不気味にそびえるシートに覆わられたビルがあった。
「ここって、工事中です、けど……」
「あらかじめ言っておくけれど断定ではないわ。ここにいるかも怪しい。ただユイカは全員集合の号令に未読は決めこまないわ。行けなかったとしても何かすら連絡はする。どこまで話していいのかしら……」
訝しむかのような目線を向けてくる恵麻に向かってエルザは首をひねった。
「貴方なら知っているわよね? ユイカの能力は怪物を苦しませずに消すことができる浄化。だから私たちはユイカがいた場合、ユイカにとどめを任せることにしているの。私としては怪物が苦しもうがどうでもいいのよ。そもそも怪物なんて同情の欠片すらないでしょう?」
「知ってます……。でも、ユイカさんはいつも、浄化してましたよね」
「よく知っているわね。怪物でも優しく接するのがユイカの優しさということは分かっているの。だから、いつものように信用して怪物の後始末を任せたわ。けれど、その怪物と同じ個体を見かけた。そこで、ユイカを尾行した時にここに入っていくのが見えた。今日の戦闘に参加しない。挙句の果てに、このビルは魔法少女を拒んでいる」
エルザは一歩踏み出すとビルのシートに手を触れる。しかし、それはばちっ、という音とともにはじかれエルザの手からは煙が上がっていた。
「それって……でも、ユイカさんはでも! まだ断定されていないって言ったじゃないですか……もしかしたら」
「思い違いだとでも? そう思いたいわね。むしろ思わせてほしいわ。でも怪物を生かすのに理由があって? 戦闘に来ないのも理由があって? 理由があっても実行するのは罪ではなくて?」
ユイカさんにも事情があるかもしれないじゃないですか! そう言いかけた恵麻は口を閉ざした。
それを一瞥したエルザはビルに視線を戻す。
「……ユイカ自身の罪なんて今はともかくよ。裏切ったか裏切っていないのか理由があったのかないのかなんて興味がないわ」
まあ、他の魔法少女からしたら最悪でしょうねと皮肉めいてみる。
「彼女にどんな理由があろうとでも戦場に引きずり出す。私たちは、どうやら13人揃わないと始まらないらしいの」
「……それで、なんでわたしは」
「そこでよ。ユイカを呼び出そうにしてもこのビルは魔法少女は招かれてないらしいわね。一般人である貴方なら魔力がないから侵入は可能。ユイカを見つけたら連れ戻してきて頂戴」
返答が、返ってこない。返事の気配が感じられずにエルザはため息をついた。
「私も一般人を巻き込みたくないわ。平たく言わせてもらうけれど、ここで貴方がユイカを連れ戻せずに魔法少女が犠牲になったら一番悲しむのは貴方でしょう?」
「わたしが行ったところで」
「意味がないとでも? 少なくともここにいるよりはあるわよ」
突然エルザに話しかけられたと思ったらユイカの裏切り疑惑を告げられ協力を頼まれる。混乱するのも無理もないか、と思いながらもエルザはユイカになおも現実を突きつける。
「それとも、貴方が憧れている魔法少女に頼まれたのならやってくれる? ……私は魔法少女エルザよ。恵麻、貴方だからこそなの。貴方が憧れる、魔法少女の未来のためにも協力してくれると嬉しいわ」
「……ごめんなさい、むりです……と言いたいんですけど、いいですよ、やります」
「あら」
顔を上げた恵麻は戸惑いながらもどこか仕方のないような決断したかのような表情を浮かべていた。
「わたしは、ただの一般人です……。前もヒカリに助けてもらいました。ただ魔法少女に憧れるだけの、一般人なんです。そんな一般人に何ができるかもわからないし正直頼んできたエルザさんは人選をミスっていると思います……でも」
恵麻は無理やり笑顔を浮かべた。眉は下がったまま、どこか不格好な表情が作り出される。
「わたし目の前に怪物がいたとき怖かったんです。そんな怪物と戦い続けているみんなに憧れていたんです。わたしを助けてくれたヒカリや他の勇気がある魔法少女たち。その人たちに、わたしでも力になれるんだったらやるしかないじゃないですか……やりますよ……失敗したらごめんなさい。いや、しないようにします」
「……失敗はさせないわ」
「エルザさん、ありがとうございます。あの、わたしやります。わたしだけしか、できないなら……少しでも恩返しができるんだったらやります! やらせてください!」
だから、ユイカさんを連れてきたらあとはよろしくお願いします、そう彼女は頭を下げた。
「頭をあげて頂戴。頼んだのはこちらの方よ。ねえ、恵麻」
頭を上げるとどことなく安心したかのようなエルザの顔があった。目を見開く恵麻にエルザは笑いかけた。
「……礼を言わせて頂戴。ありがとう」
恵麻は大きくうなずくと泣きそうな顔でユイカがいるであろうビルを強く見つめた。そこへエルザが声をかける。
「恵麻。持っていきなさい」
恵麻の目前に何かが飛んできた。ゆっくりと弧を描いたそれを恵麻は慌ててつかみ取る。
「……お守りにはなるんじゃないかしら」
それは、輝く石が埋め込まれたペンダントだった。それを見た恵麻は目を見開く。
「これって、魔法少女の!」
「後で返して頂戴。今はあなたに託すわ」
魔法少女に詳しい恵麻だからこそ見覚えがあるそれは、魔法少女が変身の際に用いるペンダントだった。
エルザは恵麻と目を合わせずにビルだけを見据えている。
そのまなざしに恵麻は息をのんだ。胸元で強くエルザのペンダントを握り締める。
「……はい!」
緑野恵麻は、人生で初めての決意をする。




