第18話 魔法少女ミライ
──魔法ってなんだっけ。
魔法は君を守るためのもの。
──いや違う私は誰かを守るために。
魔法は君を守るために動いた。
──私はみんなを守るために戦う。
魔法は今君だけを守っている。
──なんのために戦うんだっけ。
それは君が決めることだ。
真っ白に染まる地面に一人の少女が立っているのを見つけた。私が立っているのを発見した。
私は泣いていた。
雪が覆っていた。その町に雪は降り積もった。一歩踏み出すたびに間が抜けた音とともに体が下がった。
少女は泣いていた。
踏みつぶした雪の下には植物が眠っていた。寒さから身を護るように折り重なっていた。足を外せばかすかに緑が見え隠れしていた。
雪は降り続けていた。雪は壮大に広がっていた。
──ねえそこのキミ!
誰?
──そこのキミだよ!
私?
──ねえキミ、なんでここにいるの?
そもそも君は誰なの?
──キミは、何で泣いているの?
あの子たちが泣いているから。
少女は泣いていた。
あの子たちが泣いていた。
少女は微笑んでいた。
──助けてくれてありがとうございます!
少女は手を差し伸べた。少女は新たな意味を知った。
──キミはなんで、魔法少女になったの?
さあ。
──誰かを、助けるためかな。
誰か。目の前で苦しんでいる誰か。助けを求めている誰か。自分を待ち望んだ誰か。誰か。
少女が微笑んだとき、白は緑に染められた。
──あの子たちが笑っていた。
そして、今あの子たちは。
男を封じ込めた植物の”繭”。しかし、その繭はすぐに内部から壊され、空中に男が現れた。
「僕の能力は効いている。その時点で君は負けているんだよ」
反応しないミライに対して男が迫る。
魔法を発動させる感覚も魔法を使う意味も今ここに立っている意味も。それすらも考えられない者が意思を持つものに勝てるわけがない。
男は勝利を確信した。
「……ごめんね、いつも」
涙声に近い優しい声音がその場に響いた。と気づいたときには男は地面に落下していた。足首にかすかに草が絡まった感触がある。
「……は?」
「そして、ありがとう」
落下しながら男は上を見た。そこには憂いを含んだ表情を浮かべる魔法少女ミライが、大木の太い幹に支えられて立っていた。
ミライは、男を認識するとその瞳を鋭く細めた。大木から跳躍し落ちる男へと向かう。
「なんで動けるのかな。僕を欺いたの?」
「何を言ってるの? 私は今、自力で貴方の! 魔法を壊しただけだよ!」
ミライは落下しながら男への距離を詰めると、その胸ぐらをつかんだ。
男の端正な顔が歪む。
「今すぐ私以外のみんなへの魔法を解いて!」
「良かった。他の人間はまだ解けていないんだね」
男の背後に刃が浮かぶ。
刃がミライに届くまでの距離はあとわずかのみ。
「近づいたのが運の尽きだったね」
「解かないんだったら私も全力で倒す」
ミライの語気が鋭くなったかと思うと男はそのまま突き放された。同時に、ミライの足元を伸びた大木が持ち上げ刃が行き場を失う。
男が落下したであろう場所に大きな砂塵が舞う。
立ち込める煙越しに人影が見えた。
「あーあ。油断しちゃったな」
口調が変わった。不快感さえ覚える軽快な口調にミライが眉をひそめたその瞬間、目の前に男が迫っていた。
その長い髪が風に揺られている。男の額から赤黒い液体が流れているにも関わらず、彼は口の端を歪めていた。
「は、速い!?」
「ほら。避けないと」
ミライの胴体に拳が叩き込まれる。それをもろに受けたミライの体が吹き飛び刃がそのあとを追った。
周囲の草が伸び絡まりミライを受け止めると、刃を大きな大木が防ぐ。
「やっぱり君の魔法。それ植物を操るんじゃないよね。意思疎通でもしているのかな?」
ミライの意識が飛んでいる一瞬の間に男がまた距離を詰める。しかし、その行く手を阻むかのように植物たちが顔前に迫る。
「もしかして植物側が君を守っているのかな? まさかねえ」
光が奔った。目の前の植物が回転する刃によって一瞬で切り刻まれる。
「……っ、それ以上傷つけさせない」
口の端から液体が流れているのを感じる。魔力が追い付かない。
それでもミライは立ち上がるとまっすぐに男を見据えた。
──なんのために戦うんだっけ。
魔法少女ミライはいつだって諦めなかった。
戦う意味を知っていた。意味を知っているからこそ踏ん張って先頭をきって戦ってきた。
戦う意味。
怪物に襲われている一般人を助けるため。救うため。その笑顔を守るため。その手をつかんで立ち上がらせるため。
しかし、自身が魔法を手にしようと決めた日は何だったか。あの時泣いていたのは誰だったか。ずっと自分を守ってくれた存在は何だったか。
──あの子たちが泣いていた。
二度と泣かせたくなかった。少女は、誰よりも植物を愛していた。
魔力が足りない。男の何らかの能力によって意識がもうろうとしていた時に酷使したせいだ、とミライは顔をしかめた。
それでも、傍らの植物がうねりながら持ち上がる。
赤い塊が咳とともに吐き出される。咳こみながらもミライは男から目線をそらさない。
「そもそもさあ、君がここで抵抗しなければ君の可愛い木たちも傷つかずに済んだんじゃない?」
「……そうかもね」
「だったらさ」 「だからこそ」
二人の声が重なる。「だったら君が諦めた方が彼らのためだよね」「だからこそ、私が倒れるわけにはいかないの」
残る魔力を絞り出すかのように、ミライは両手を突き出した。
今まで以上にない地響きが起きたかと思うと土を突き破ってまで根を張り巡らせた植物たちが集まる。
刃が、空中を飛び交う。男は軽々と跳躍し植物たちの追跡を交わす。ミライへとの距離が詰まっていく。
しかし、ミライはまっすぐに男を見据えていた。
「もう戦えるのは君しかいないのに諦めないのかい?」
「一人だろうが何人だろうが関係ない。私一人でも動けるならあなたを止める……!」
「……!」
一つの細い草が男をとらえた。すぐさま刃が出現し切り離そうとするものの更に草が、木が重なり男をとらえ、宙に持ち上げた。
刃は回転し続ける。それでも、男をつかむ植物たちは止まらずに、そのまま男を地面に叩きつけた。




