十三章「がらんどうの戦争」
十三章「がらんどうの戦争」
帰った時に「建築家になったんだ」と言えることをひそかに楽しみにしていた。誰も自分がそういう道に進むことを想定していなかったはずだし、もののはずみでなった建築家だったけれど、降ってきたミサイルが古都の街を破壊し、その修復に駆り出されていると言ったら、清流の母はきっと驚くだろう。
あの白壁が凝固して黒くなった血の跡をつけて、何かを訴えかけてるのを見たら、やることは一つだと清流は思った。
古都は一つの故郷だったし、知っている人もたくさんいた。
湖泊とは何度か顔を合わせ、氏子に家を失った人がいるということで、清流は簡易的な宿泊施設を設ける手伝いをした。
ボロボロになった大学の建物の様子は、痛々しくて見ていられなかった。
城街と違って防空システムがうまく機能しなかった古都は、戦争の傷跡が生々しくそこにあった。
意寂の喫茶店に行くと、詩御がテーブルの上に本を置いて、ぼおっと頬杖をついていた。
「ぽよぽよぽよ。お子様…………というにはもう成長したみたい」
意寂が目ざとく清流を見つけた。
意寂はそれを「懐かしい」とは思わなかったが、それでも静まり返った喫茶店で、寂しく客を待つのは嫌だったみたいで、清流を厚くもてなした。
「詩御、数学が好きみたい」
パンケーキを焼いて、メープルシロップをかけた。
「お母さん。僕も清流さんと食べていい?」
「じゃあ、あと二枚焼きます」
限られた照明だけがつけられて、明かりは詩御と清流のテーブル、そして厨房にだけ届いていた。客はいない。どのテーブルも、どの床もきれいに整えられている。それだけにしんとした店内は、ひんやりと、沈静していた。
「地震みたい」
意寂はぼそりと言った。
「また戦争になるのかな?」
詩御は子供独特の間を孕んだ言葉をつぶやいた。
「また? またっていつのことを想定して言っているのかな? お子様、過去日本が経験した戦争は一体何年前だったか、正確に言える?」
「二十年前」
「二十年前。そうぽよ。そういえば、二十年前なのよ。詩御わかる? 二十年前のことを引き合いに出して、今を語ることは、どれほど人を情緒的にしてきたか…………わかる?」
意寂はぽたぽたと涙を落とした。それが一体誰のための涙なのか、清流にも詩御にもわからなかった。しゅうーっとパンケーキの片面が焼ける音がする。バターを溶かし、メープルシロップを垂らして、意寂は詩御の前にパンケーキの皿を置いた。
「ごめん。お子様は、死んじゃだめだよ。悲しむ人がたくさんいるんだから。そう…………悲しむ人が多い人ほど、前に立って死んでいく世界だから」
***
その夜はまた星が降った。星の尻尾はきんきらに光り、遠近感が図れず、どこに落ちるのか全く定かではなかった。
憂依澄も坂西九博も、どこに行ったのかはようとして知れなかった。彼らの住んでいたアパートも訪ねてみたが、彼らはとっくの昔にその場所を去っていた。
そのアパートに住んでいる小柄な女子大学生が、いくつか質問に答えてくれた。だがその回答はどれも「わからない」に類するものだったし、清流も自分が尋ねていることは場違いなんだと思った。かつて九博や依澄が清流をどこか幼いように見て扱っていたように、清流からしても、女子大学生はどこか不完全で幼いように見えた。「ありがとう」という言葉ですらも、九博に対してだったら「ございます」が末尾についたはずだった。大人になったと、どこか横柄になったとは思わないけれど、何かが置いてけぼりになった気がした。誠実さ、親切さ、温かみ、柔らかさ、和やかさ。それらが全て反転して、一挙にひんやりとした孤独を清流に味わわせる。
***
古都の惨状に反して、日本の城街を初めとする主要都市は、ほとんど損耗がなかった。そして、大方の市民が想像しているのとは逆で、この戦争の発端は、日本にあった。
日本の軍事基地から発射されたいくつかの長距離弾道ミサイルは、有効に「敵」の各都市を蹂躙していた。
戦時指示系統の分離と、政治の希薄化、そして沈黙する情報メディアが、顔の見えない戦争を、片方がミサイルを切らすまで続けるのだと、暗黙裡に語りかけていた。
顔の見えない戦争。誰も軍務を担っているなんて思っていない。怪情報も飛ばない代わりに、支援もない。
誰も声を上げない代わりに、そこには「勝敗」の区別もない。
たとえあの「塔」が全てを知っていたとしても、自分の目を通さない情報を一体どうして信じられよう。そこに顔はない。
十四本あった楼閣は、信じられないほど綺麗なまま、紅くそびえていた。
二十年前の戦争の資料は、日本にはほとんど残されていない。多くの戦死者を出したはずなのに、誰もそのことについて語ることができなかった。
実際のことを言えば「何のために死んだのか」答えられる人は、テルモピレーで全滅したスパルタ兵のように、一人たりとも残されていなかった。非かばねはおろか、遺骨さえも、清流の母の手元には残らなかったのだから。
清流は家を失った人に住居を提供する事業に携わった。
西条大学の持つ山林、清流が三年次に東屋を建てた場所に、上下水道を引き、たくさんのプレハブを建てることに成功した。
自分が手際よく建物を設計し、その建設を指示していることに、清流は驚いた。類雨で日々図面を引いていたことが活きたのだろうか。
大学の後輩も、すさまじいスピードで業務を吸収し、実際に形にするまでのラグはほとんどゼロに近かった。
戦争が始まってから、何日も、何か月も、清流たちは戦災者に住居を提供した。その時、清流が住居にしていたのは、かつて清流が建てた、二階建ての東屋で、毎夜音楽をかけて、学生たちと清流は夜まで話し、雑魚寝した。
「それが彼らにとっての戦争だった」
ある学生はそう日記に記した。
「そして、僕もその中に否応なく組み込まれていた」
携帯食料で一日のほとんどのエネルギーを補充した。温かいものを食べることは、彼らにとっての勝利の晩餐だった。その時はまだ訪れていなかった。
***
日本が負けたのだということを知った時、清流は土木行政の一官吏に任じられていた。
負けたというのは、単にミサイルが飛ばなくなったことを意味するだけでなく、城街、清流と妃梅が行った「塔」までもが、誰かほかの人の手に渡ることを意味していた。
城街の風景は何一つ変わらなかった。
その経済の全てが搾取になり変わったとしても、無化した政治は国を所有していなかったから、何も変わらない。
清流も玲凛と類雨に戻り、駿とまた生活を取り戻した。がらんどうのはずの機械は、そのエネルギーの出所を知らず、またカラカラと回り始めた。
清流は気づいたら二十七歳になっていた。




