恋心
ゆらっと闘鬼の姿が消えたと思うと、蘭丸のいる庭にその姿が現れた。
「緑鼬君、御簾を下げて。私達はおしゃべりしましょう」
と和泉が言ったので、緑鼬が御簾を下ろした。
「あの蛇、闘鬼に何の用だにょん?」
気になる水蛇が御簾に近寄って聞き耳を立てるが、
「水蛇さん、駄目よ」
と和泉が止める。
「若い闘鬼の旦那の片目を潰すやつだから、さぞかし強いんだろうねぇ」
と銀猫が言った。
「け、生まれて間もない小鬼じゃねえか、俺でも殺れるぜ」
と赤狼が言った。
「その小鬼と引き分けだったらしいにょんな、赤狼」
「うるっせえ! 本気でやれば殺れる!! だが、殺すわけにはいかないだろ。千年後の土御門の為によ!!」
赤狼がぷいっと横を向いた。
「そうよ、若い闘鬼さんにはこれから千年、土御門を守ってもらわなきゃならないんだから、赤狼君はよく分かってくれてるわ」
と和泉が言ったので、赤狼はへへん、と仲間にどや顔をして見せた。
玉砂利の庭に出て、
「何の用だ」
と闘鬼が問うが、欄丸は俯いているだけだった。
「用がないなら」
ジャリッと石を踏んできびすを返そうとした闘鬼に、
「せ、千年後から来たというのは本当か?」
と欄丸が言った。
「そうだ。あの者達と一緒にな。千年後、安倍ではなく土御門神道という名に変わっているが、俺を含み十二神が当主を守っている」
「十二神……この度の闘い、九尾の狐を倒せば、また千年後に戻るつもりなのか?」
「そのつもりだ。九尾の狐を倒すその力で我々は千年後へ飛ぶ」
「そうか……ではもう会うこともないな」
「そうだな」
宙を見上げて、自分の方に視線を走らせる事もしない闘鬼に蘭丸の心が乱れた。
悔しい、悔しい、憎い。
この京の都にただ己の強さだけで生きてきた蘭丸は同じように強さを誇り、何者にも媚びない闘鬼に敵ながらも心惹かれていた。
強く、美しい金色の鬼を主の命とは言え、片目を奪い地中深く封印した事を悔やんでいた。もう一度会いたい、あの鬼に触れてみたいと、募る思いでこの十年をじりじりと過ごしてきたのだ。
あまりの強さ故に誰とも心を交わす事のない鬼と蛇が出会った。
鬼の孤独は自分が、自分の孤独は鬼が、互いにわかり合える。
それだけが蘭丸の密やかな自負だった。
それなのに。
地中深く封印された自分を助ける為に、美しく陽気な仲間を連れて金の鬼はやってきた。 千年後の鬼はよりいっそう美しく逞しく、蘭丸の心を酷くかき乱した。
何という存在感、何という妖気、蘭丸が心惹かれた若い鬼よりも素晴らしく完成された完璧な金色の鬼。
そうしてまた去って行くのだと言う。
寂しい、寂しい、憎い、憎い、憎い。
蘭丸をこの暗き平安の地に残していく鬼が憎い。
我も連れて行ってくれ、とすがればいいのだろうか。
だが、鬼には十二神という仲間がいる。
まだ若い水色の蛇がいるのも見た。
我の入る隙間などなさそうに見えた。
千年後の式神は結束が固く、仲が良さそうだ。
「用は何だ? お前は安倍の当主についていかないのか?」
と闘鬼が言った。
「行くさ、すぐに」
と欄丸が答えた。
そうだ、このたびの闘い、こいつらが負ければよいのだ。
そうすれば千年後に戻る手段がない。
九尾の狐を討伐する時の力と言ったな。
狐が勝てばよいのだ。
狐を勝たせればよいのだ。
そうすれば、金の鬼はどこへも行かぬだろうに。
蘭丸は薄くにやっと笑った。




