第3話:邪魔者は『修理』して排除します
1. 聖域への侵入者
最下層からの脱出――もとい、女神リィエルを連れた『コンビニ買い出しツアー』が始まろうとしていたその時だった。
神殿の空気が、ガラスを割ったような不快な音を立てて裂けた。
「――発見したぞ! 伝説の女神リィエル、そして……女神を拉致した大罪人、サトシだな!」
空間の裂け目から現れたのは、眩い金色のフルプレートに身を包んだ五人の男女。
地上最強、Sランクパーティー『黄金の牙』。
ギルドが誇る最高戦力が、緊急転移門を強引にこじ開けてエントリーしてきたのだ。
「リィエル様、ご安心を! 我ら人類の英雄が、今すぐその薄汚い男を排除し、貴女を保護いたします!」
リーダーの騎士ガレスが、抜刀すると同時に、ドローンに向かってこれ見よがしにポーズを決めた。彼らもまた、自分たちの勇姿を配信しているのだ。
『きたあああ! Sランク最強のガレス様だ!』
『サトシ、終わったな……。神を私物化した罰だ』
『でも女神様、なんかめちゃくちゃ嫌そうな顔してない?』
コメント欄の予想通り、リィエルは「からあげ」の最後の一欠片を口に運ぼうとした手を止め、般若のような顔でガレスを睨みつけた。
「……なんじゃお主らは。今、サトシから『二度揚げの美学』について説法を受けておる最中なのだが? 命が惜しくば、その騒々しい門を閉じて去れ。今なら、からあげの衣の油くらいは残してやってもよい」
「なっ……!? 女神様、目を覚ましてください! その男の呪縛を、我が聖剣で今解き明かしましょう!」
ガレスが吠え、黄金の聖剣が太陽のような光を放つ。
その余波だけで神殿の床がひび割れるほどの高出力。だが、サトシはため息をつきながら一歩前に出た。
「……それ、だいぶ『ガタ』が来てますよ。無理に魔力を詰め込みすぎて、刀身の分子構造が悲鳴を上げてる」
「黙れ無能が! 死ね! 『断罪の聖光斬』!!」
2. 世界が沈黙した『デバッグ』
放たれたのは、全てを焼き尽くす一筋の濁流。
直撃すれば跡形も残らない――はずだった。
サトシは逃げず、避けることすらせず、ただ飛来する光に向かって、優しく手をかざした。
「【概念修復】――対象:空間内の魔力ベクトルの整合」
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、世界から音が消えた。
猛り狂っていた黄金の光は、サトシの手前に触れた瞬間、霧が晴れるように「無」へと還ったのだ。
「……は? 私の奥義が……消えた?」
「消したんじゃないですよ。無理のある魔力構成を、本来の『穏やかな大気』の状態に修理しただけです」
呆然とするガレス。だが、サトシの手は止まらない。
彼はそのまま、ガレスが握りしめる黄金の聖剣を指差した。
「その剣も、見た目ばかり派手で、芯の金属が泣いてる。本来の『ただの鉄』に戻してあげますね」
「待て、何を――」
「修復」
淡い光が聖剣を撫でた。
次の瞬間、国宝級の輝きを放っていた武器は、一瞬にしてボロボロの、錆びついた「ただの鉄の棒」へと姿を変えた。
【概念修復】――それは全盛期に戻すだけでなく、その物体が持つ「過剰な付与」を取り除き、素材本来の姿にまで強制デバッグする、因果律への干渉だった。
「ひ、ひぃぃ!? 俺の、俺の聖剣がああああ!?」
『は???? 今、何が起きた?』
『Sランクの奥義が、指パッチンで消えたんだが……』
『「修理」ってそういう意味なの!? チートすぎるだろwww』
視聴者数がついに一億人を突破。世界中のサーバーが、驚愕のコメントでパンクした。
3. 女神、キレる
「サトシよ。もう良いか?」
冷え切った声が響く。
リィエルが、ゆっくりと立ち上がった。
ジャージの裾を揺らしながら、彼女が指先をガレスたちに向ける。その周囲で、物理法則がミシミシと歪み、黒い稲妻が走り始めた。
「お主ら……妾の『二度揚げ』の話を遮り、さらにはサトシに刃を向けた。その罪、コンビニの在庫を全て買い占めても購えぬぞ」
「め、女神様!? 待っ、我々は助けに――」
「消えよ。ポテチの袋でも開けるように、容易くな」
リィエルが指を弾こうとした瞬間、サトシが慌てて彼女の腕を掴んだ。
「リィエル様! 待って、ここで本気出したらダンジョンが崩壊して、コンビニが潰れます!」
「……! こ、コンビニが潰れる……!? それは困る! 断じて許せん死活問題じゃ!」
女神の怒りが、食欲という名のブレーキによって急停止する。
リィエルは不満げに頬を膨らませると、腰を抜かしているSランクパーティーを一瞥した。
「……おい、お主ら。今のゲート、開いたままにしておけ。妾とサトシが通る」
「え、あ、は、はいぃぃ!」
地上最強の探索者たちが、涙目で道を開ける。
サトシは苦笑いしながら、修復したドローンを飛ばした。
「さて、世界中の皆さん。これから地上へ戻ります。……リィエル様、まずは何を買いますか?」
「決まっておる! コンビニのホットスナック棚、左から右まで全部じゃ! あと、あの黒い刺激的な液体も忘れるな!」
配信ドローンは、女神の満面の笑みと、その後ろで錆びた鉄棒を抱えて泣く英雄の姿を、鮮明に世界へ送り届けていた。
――元パーティー、ゼノンの自宅。
彼は震える手で画面を見つめ、泡を吹いて倒れた。
自分が追放した「ゴミ拾い」が、今、世界の理を書き換えようとしている。その事実に、脳が追いつかなかった。
次回予告:『神降臨。――レジがパニックなんですけど』
ついに地上へ降り立ったサトシと女神リィエル。だが、そこに待ち受けていたのは、熱狂する群衆と、各国の軍隊、そして……コンビニのレジ袋を初めて手にする女神の、至高の笑顔だった。




