第16話:『修理不能』の過去と、女神のデコピン
1. 届いてしまった「落とし物」
季節のバグをデバッグし、平和な日常に戻ったはずのホテルの部屋。
その玄関に、見覚えのない「真っ黒な小包」が置かれていた。
「サトシよ、また『ねっとつうはん』か? お主、次は一体何をポチったのじゃ。妾の限定フィギュア用のショーケースなら許してやるが」
リィエルがポテトチップスを齧りながら、足先で器用に箱を引き寄せる。
だが、サトシはその中身を見た瞬間、顔から血の気が引いた。
中に入っていたのは、バラバラに砕け、どす黒く変色した**『銀の懐中時計』**。
「……これ、は……」
それは、サトシが探索者学校時代、唯一「直せなかった」もの。
当時、憧れていた先輩から「大切な形見なんだ」と託され、自分のスキルを過信して手を出し――結果、修復に失敗して原型すら留めないほど破壊してしまった、サトシのF級評価の決定打となった『失敗の証』だった。
2. 侵食する「後悔」のノイズ
時計から、ヘドロのようなノイズが溢れ出す。
それは魔力ではなく、サトシ自身の「自分は無能だ」という過去の記憶に呼応する、精神汚染型のバグ。
「……っ。あ、の時……僕が余計なことをしなければ……」
サトシの瞳が濁り、周囲の空間がセピア色に歪み始める。
ホテルの豪華な壁が、かつての古びた教室の壁へと書き換えられていく。バグメーカーが、サトシの「後悔」という脆弱性を突いて、彼の精神を過去の迷宮に閉じ込めようとしていた。
『【悲報】サトシさんの様子がおかしい……』
『あの時計、ノイズがヤバすぎる。見てるこっちまで気分が悪くなるぞ』
『最強の修理屋が、自分を「壊れた」と思ってしまったのか!?』
「おい、サトシ! しっかりせぬか! お主、そんなボロ時計を見て何を青くなっておる!」
リィエルが叫ぶが、サトシには届かない。
彼は砕けた銀の破片を見つめ、ただ立ち尽くしていた。
3. 女神流・強制デバッグ
「――ええい、鬱陶しいのう!」
リィエルが、手に持っていたポテトチップスの袋を放り投げた。
彼女はサトシの胸ぐらを掴んで引き寄せると、その額に、渾身の力を込めた**「デコピン」**を叩き込んだ。
パチンッ!!
「……っ痛ぅ!? な、何を……リィエル様?」
「やっと目が覚めたか、このバカ下僕! お主、何を勘違いしておる。過去が直せぬなら、今の妾の腹の虫を修理すれば良いではないか!」
リィエルは仁王立ちになり、サトシを指差す。
「よいか。過去の失敗など、期限切れのクーポンと同じじゃ! 捨ててしまえ! 今のお主には、この妾がついている。神を満足させる『世界最高の修理屋』が、何をちっぽけな時計にビビっておるのじゃ!」
リィエルの神々しい(自堕落なはずの)オーラが、部屋を覆っていたセピア色のノイズを強引に焼き払った。
4. 『概念修復』:過去の亡霊への終止符
サトシは赤くなった額を押さえながら、ゆっくりと呼吸を整えた。
目の前の懐中時計を見る。
確かに、物理的には「直せなかった」かもしれない。でも――。
「……そうか。僕は『物』を直そうとしていた。でも、本当に修理が必要だったのは……」
サトシはバラバラの破片に、再び手をかざした。
迷いはない。今の彼には、銀髪のワガママな女神という、絶対的な『今の肯定者』がいる。
「【概念修復】――対象:僕の記憶と、この時計の『役割』。付与概念:『新しい一歩を刻むための歯車』」
ドス黒いノイズが、サトシの金色の光に飲み込まれていく。
砕けていた銀の時計は、もはや元の懐中時計の姿には戻らなかった。
それは光を放ちながら再構成され――サトシの左手首に巻かれる、**『神話級の銀の腕時計』**へと進化した。
過去の失敗というエネルギーを、未来へ進むための「原動力」へと書き換えたのだ。
「……修理、完了。バグメーカーさん……僕の過去を勝手に触った代償は、高くつきますよ」
5. 結末:ご褒美は「新しい時間」
腕時計の針が、チクタクと力強く動き出す。
それは世界中のバグを検知する『レーダー機能』を備えた、サトシ専用の神具へと変貌していた。
「ふむ、ようやくいつもの小賢しい顔に戻ったな。……で、サトシ。その腕輪、妾のフィギュアを磨くための自動機能は付いておるのか?」
「付いてません。……でも、リィエル様の『おやつタイム』を知らせるアラームは設定しておきましたよ」
「……っ! 気が利くではないか! 許してやる!」
リィエルは嬉しそうにサトシの腕を取り、新しい時計をまじまじと見つめた。
一方、ネット上では新たなトレンドが席巻していた。
#サトシの覚醒
#女神のデコピンは聖母の慈愛
過去のトラウマを克服し、自らのスキルを精神領域まで昇華させたサトシ。
バグメーカーは、モニター越しに歯噛みしていた。
「……心の傷を『燃料』に変えただと? 面白い。ならば、次はもっと大きな『世界の欠陥』を君に叩きつけてあげよう」
二人の時間は、止まることなく明日へと進んでいく。




