表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/95

■第90話「誰も知らない依頼」

 古い依頼書というものは、たまに人を黙らせる。


 面白いものもある。


 変なものもある。


 読んだ瞬間に笑ってしまうものもある。


 バルドレイの魔法で全員の髪が逆立った依頼などは、その代表だった。


 だが、全部がそうではない。


 古い紙の中には、笑えないものも混ざっている。


 達成と書かれているのに、妙に重いもの。


 未完了と書かれているだけで、息が詰まるもの。


 誰かの名前がかすれて、何があったのか分からなくなっているもの。


 そして。


 誰も覚えていない依頼。


 その依頼書は、倉庫整理のあとに見つかった。


 正確には、見つかったのは倉庫整理の日ではない。


 その翌々日。


 アルが戻ってきて、リオが午前の一刻だけ書類整理を手伝っていた時だった。


「これは、別保管だな」


 アルが古い依頼記録の束を見ながら言った。


 奥の机には、昨日までの書類とは別に、倉庫から出てきた古い資料が積まれている。


 リオはその横で分類表を書いていた。


 レオンも手伝いたがったが、今日は別依頼に出ている。


 ミレナは受付。


 ナナは酒場。


 ガルドは椅子で寝ているように見えるが、たぶん半分起きている。


 エインは「俺も手伝います!」と言ったが、書類の年代順整理を三枚目で間違え、ミレナに別作業へ回された。


 結果、リオがアルの補助をしている。


「未完了依頼ですか」


 リオが聞く。


「ああ」


 アルは短く答えた。


 先日見た、未完了依頼の束。


 その中には、行方不明者捜索の依頼もあった。


 ガルドが覚えていた依頼。


 見つからなかった子どもの依頼。


 あれを見た時の重さは、まだリオの胸に残っている。


「未完了依頼って、後から再調査することはあるんですか」


「ある」


 アルは紙をめくりながら言う。


「ただ、全てではない。依頼人が亡くなっている場合、現地がなくなっている場合、情報が古すぎる場合もある」


「そうですよね」


「だが、残しておく意味はある」


「後で何か分かるかもしれないからですか」


「ああ」


 アルは一枚の紙を見て、手を止めた。


 ほんの少し。


 リオはそれに気づいた。


「どうしました?」


「……これだ」


 アルが紙を差し出す。


 古い依頼書だった。


 端は傷み、文字も少しかすれている。


 表題。


『手紙の配達』


 リオは瞬きした。


「手紙?」


「ああ」


「未完了依頼なんですか?」


「そう書かれている」


 受注者欄は空白に近い。


 誰かの名前が書かれていたのかもしれないが、薄れて読めない。


 依頼人の名前も一部かすれている。


 場所は、街の北西にある旧村落。


 配達先は、同じく北西の丘にある小さな墓標。


「墓標に手紙を届ける依頼……?」


 リオは小さく呟いた。


「変わった依頼ですね」


「そうだな」


「でも、危険度は低そうです」


「当時はそうだったのだろう」


 アルは依頼書の下部を指す。


 そこには、小さく記録がある。


『依頼人死亡により処理保留』


「依頼人が亡くなったんですか」


「そうらしい」


「手紙は?」


「不明だ」


 リオは紙をじっと見る。


 ただの手紙配達。


 でも、未完了。


 依頼人が亡くなって、誰にも引き継がれず、古い箱の中に残っていた。


「誰か覚えてるんですかね」


 リオが言う。


 アルは少し黙った。


「俺は覚えていない」


「アルさんでも?」


「ああ」


 珍しい気がした。


 アルやガルドは、古い依頼を意外と覚えている。


 だが、これは覚えていないらしい。


 アルは奥の方を見た。


「ガルド」


 椅子で寝ていた男が、片目を開けた。


「なんだ」


「この依頼に覚えはあるか」


 アルが依頼書を渡す。


 ガルドは面倒そうに受け取り、目を細めた。


「……手紙の配達?」


「ああ」


「知らん」


「本当にですか?」


 リオが聞く。


「知らん。俺達の依頼じゃねえな。少なくとも、受けた記憶はない」


「じゃあ、別の冒険者が?」


「だろうな」


 ガルドは依頼書を返す。


「ただ、場所は知ってる」


「旧村落ですか」


「ああ。今は誰も住んでねえ。だいぶ前に人がいなくなった」


「廃村?」


「そんな大げさなもんじゃねえ。小さい集落が、だんだん人減って、最後に残った何人かも街へ移った」


「墓標は?」


「北西の丘に古い墓がいくつかある。たぶんそれだ」


 リオは依頼書を見る。


「これ、どうするんですか」


 アルは静かに答えた。


「処理する」


「処理?」


「記録上、未完了のまま残っている。依頼人はもういない。報酬も失効しているだろう。通常なら、書類上で終了扱いにする」


「……そうですか」


 それが正しい。


 依頼人はいない。


 何年も前の手紙。


 届ける相手も墓標。


 誰も困っていないかもしれない。


 ギルドの仕事としては、終了扱いにして整理すればいい。


 でも、リオは紙から目を離せなかった。


 手紙の配達。


 それだけの依頼。


 未完了のまま、誰にも知られず残っていた依頼。


「リオ」


 アルが言った。


「気になるか」


「……はい」


 正直に頷いた。


「こういうの、気になります」


「そうか」


「依頼人はもういないかもしれません。でも、手紙があったなら、何か届けたかったんですよね」


「そうだな」


「書類上は終了でもいいんでしょうけど」


 リオは少し言葉を探す。


「なんか、それでいいのかなって」


 アルはしばらく何も言わなかった。


 ガルドが椅子から欠伸をする。


「行けばいいだろ」


 軽い声だった。


 リオが振り向く。


「いいんですか?」


「気になるんだろ」


「でも、依頼としては」


「報酬なし。依頼人なし。書類上は処理予定」


 ガルドは茶を飲む。


「なら、ただの散歩だ」


「散歩で北西の丘まで行くんですか」


「行きたきゃな」


 アルは少しだけ考える。


「今日の午後なら、天候は問題ない。道も昨日より乾いている」


「アルさん」


「ただし、一人では行くな」


 アルは依頼書を見ながら言う。


「旧村落周辺は危険度は低いが、古い井戸や崩れた家屋がある。確認を兼ねるなら、ギルドの巡回扱いにできる」


「つまり」


 リオが言う。


「行っていいんですか」


「ああ」


 アルは短く頷いた。


「古い未完了依頼の現地確認として処理する」


「ありがとうございます」


「手紙が残っているかは分からない」


「はい」


「何も見つからない可能性の方が高い」


「分かってます」


 ガルドが立ち上がった。


「俺も行く」


「えっ」


 リオは驚いた。


「来てくれるんですか」


「暇だからな」


「素直じゃないですね」


「暇だからだ」


 ナナが酒場側から笑う。


「ガルド、そういうの放っておけないもんね」


「うるせえ」


「あと、古い墓標とか似合う」


「何がだ」


「渋いおじさん感」


「やめろ」


 結局、午後に行くことになった。


 同行は、リオ、ガルド、メイナ、レオン。


 エインも行きたがったが、午前の依頼で泥だらけになり、セリアに「まず着替えて休みましょう」と止められた。


「俺も行きたかったです!」


 エインが悔しそうに言う。


「今回は調査なので、少人数で行きます」


 ミレナが言う。


「騒ぐと空気が壊れる可能性もありますし」


「俺が騒ぐ前提ですか!?」


 全員が少し黙った。


「……はい」


 ミレナが正直に答えた。


「正直!」


「次の依頼でお願いします」


「はい……」


 ユーンも「古い墓標を探すなら位置測定装置を」と言いかけたが、レオンに「必要ありません」と即答され、諦めた。


 北西の旧村落までは、街道を少し外れて歩く。


 昨日までの雨の名残で、土はまだ柔らかかった。


 だが、危険というほどではない。


 風は涼しく、空は高い。


 道中、リオは依頼書を何度も見た。


 手紙の配達。


 依頼人の名前は、かすれて読みにくい。


 たぶん、女性の名前。


 配達先は墓標。


 宛名は、さらに読めない。


「これ、手紙そのものが残ってなかったらどうします?」


 メイナが聞く。


「その時は、場所だけ確認して帰る」


 ガルドが答える。


「依頼書を届けるとか?」


 リオが言う。


「それでもいいんじゃねえか」


「依頼書を?」


「何もないよりはな」


 ガルドの言葉は雑だが、不思議と腑に落ちる。


 届けるはずだったものがないなら、その記録だけでも届ける。


 意味があるかは分からない。


 でも、完全に何もしないよりはいい。


「こういう依頼、昔もありましたか?」


 リオが聞く。


「墓参り代行とか、手紙とか、遺品運びとか」


「ある」


 ガルドは答える。


「冒険者ってのは、魔物退治だけじゃねえからな」


「そうですね」


「誰かの代わりに遠くへ行く仕事でもある」


 レオンが少し頷いた。


「確かに。移動能力と危険地帯での行動能力があるから、通常の人が行けない場所にも行けます」


「お前が言うと急に業務説明になるな」


 ガルドが言う。


「申し訳ありません」


「別に悪くねえ」


 メイナは周囲を見ながら言った。


「でも、墓標に手紙って、どんな内容だったんでしょうね」


「さあな」


 ガルドは空を見る。


「謝罪か、報告か、別れか」


「重いですね」


「墓に届ける手紙なんて、だいたい重いだろ」


「でも」


 リオは依頼書を見る。


「届けようとしたってことは、生きてるうちに言えなかったことがあったのかもしれませんね」


「かもな」


 ガルドはそれ以上言わなかった。


 旧村落は、思ったより静かだった。


 廃村というほど荒れてはいない。


 いくつかの古い家屋が残り、崩れかけた柵があり、使われなくなった井戸がある。


 人の気配はない。


 だが、完全に死んだ場所でもない。


 草が伸び、鳥が鳴き、風が通る。


 昔ここに人が住んでいた。


 その名残が、まだ少しだけ残っている。


「ここですか」


 リオが呟く。


「ああ」


 ガルドは井戸の方を見る。


「昔は十軒くらいあったはずだ」


「今は半分も残ってないですね」


「木の家は崩れるのが早い」


 レオンは周囲を確認する。


「井戸には近づかない方がよさそうです。蓋が劣化しています」


「分かった」


 メイナが古い家屋を見て言う。


「手紙を探すなら、依頼人の家が分からないと難しいですね」


「そうだな」


 リオは依頼書を見る。


 住所欄はかすれている。


 読めるのは、旧村落、井戸の西、という文字だけ。


「井戸の西」


 リオが言う。


「つまり、あっちですか」


 井戸の西側には、半壊した小さな家が二つあった。


 一つは屋根がほとんど落ちている。


 もう一つは、壁が傾いているが、まだ中へ入れる可能性がある。


「入るなら慎重に」


 ガルドが言う。


「床が抜けるかもしれん」


「はい」


 まず外から確認する。


 家の前には、古い石が置かれていた。


 花壇だったのかもしれない。


 今は雑草に埋もれている。


 扉は外れかけていて、風でわずかに揺れていた。


 リオは中を覗く。


 埃。


 壊れた椅子。


 倒れた棚。


 生活の跡。


 誰かがここで暮らしていた。


 それだけで、少し胸が詰まる。


「入ります」


 リオが言う。


「俺が先だ」


 ガルドが前に出た。


 足元を確かめながら入る。


 床板を軽く踏み、危ない場所を避ける。


 次にリオ。


 続いてメイナ、レオン。


 家の中は静かだった。


 家具はほとんど残っていない。


 持ち出せるものは、移住時に持っていったのだろう。


 残っているのは、壊れたもの、重すぎるもの、忘れられたもの。


 リオは棚の下に、小さな木箱を見つけた。


「これ」


 蓋は少し湿気で歪んでいる。


 壊さないように開けると、中には布切れと、古い紙束があった。


「手紙ですか?」


 メイナが近づく。


 紙は何枚かある。


 だが、ほとんど白紙に近い。


 いや、薄く文字の跡がある。


 インクが褪せてしまったのだ。


「読めませんね」


 レオンが言う。


「保存状態が悪いです」


 リオは慎重に紙をめくる。


 その中に、一枚だけ封がされたままの手紙があった。


 封蝋は割れているが、紙は折られたまま。


 表には、かすれた文字で宛名が書かれていた。


 読みにくい。


 だが、依頼書の宛名と、似ている気がする。


「これかもしれません」


 リオの声が少し震えた。


 メイナも真剣に覗き込む。


「名前、読めますか?」


 レオンが目を細める。


「……“ラウル”のように見えます」


「ラウル」


 リオが依頼書を見る。


 配達先の墓標欄。


 かすれた文字。


 確かに、ラウルと読めなくもない。


 ガルドは黙っていた。


「開けますか?」


 メイナが聞く。


 リオは迷った。


 手紙は、誰かに宛てたものだ。


 たとえ相手がもう亡くなっていても、勝手に読むのは違う気がする。


 でも、中身を確認しないと、これが依頼の手紙か分からない。


 リオが迷っていると、ガルドが言った。


「読まなくていい」


「いいんですか」


「宛名が合ってるなら、それで十分だろ」


「でも、本当に依頼の手紙か」


「古い家で、宛名が依頼書と合う封の手紙が出てきた。十分だ」


 レオンも頷く。


「状況証拠としては、かなり可能性が高いと思います。中身を開封せず、配達記録に残す方がよいかと」


「そうですね」


 リオはそっと手紙を布に包んだ。


 家を出る前、もう一度中を見た。


 壊れた椅子。


 倒れた棚。


 小さな木箱。


 ここにいた誰かが、手紙を書いた。


 届けようと思った。


 でも、届けられなかった。


 そのまま時間だけが過ぎた。


「墓標は丘でしたよね」


 メイナが言う。


「ああ」


 ガルドが外へ出る。


「北西の丘だ」


 丘へ向かう道は、草に覆われていた。


 昔は人が通っていたのだろう。


 薄く道の跡が残っている。


 登るにつれて、旧村落が下に見えた。


 小さな家々。


 井戸。


 崩れた柵。


 さらに遠くには、今の街が見える。


 昔この場所から、誰かも同じ景色を見たのかもしれない。


 丘の上には、石の墓標がいくつか並んでいた。


 古い。


 名前が読めないものも多い。


 その中に、一つ、比較的形が残っているものがあった。


 苔を払うと、文字が見えた。


『ラウル』


 リオは息を止めた。


「……ありました」


 誰もすぐには喋らなかった。


 風が吹く。


 草が揺れる。


 鳥の声が遠くで聞こえる。


 リオは布に包んだ手紙を取り出した。


 墓標の前に立つ。


「勝手に来てすみません」


 誰に謝っているのか分からない。


 手紙を書いた人か。


 手紙を受け取るはずだった人か。


 依頼人か。


 墓標か。


「遅くなりました」


 それだけ言った。


 手紙を墓標の前に置く。


 雨で濡れないように、小さな石のくぼみに入れ、持ってきた防水布で包む。


 ただ置くだけでは飛ぶかもしれないので、上から小さな平石をそっと置いた。


「これでいいんですかね」


 リオが呟く。


「いいんじゃねえか」


 ガルドが言う。


「たぶんな」


 今日は、誰もたぶんを咎めなかった。


 それくらいの言葉でしか言えないこともある。


 レオンが小さな記録板に位置を書き込む。


「配達先確認。墓標名、ラウル。手紙と思われる封書を安置」


 メイナは丘の周囲を見ている。


「花、ないですね」


「季節じゃないからな」


 ガルドが答える。


 リオは少し考え、道中で見つけた小さな白い野花を一本、墓標の横に置いた。


「これも、勝手にですけど」


「いいんじゃない」


 メイナが言った。


「怒る人はいないと思う」


 しばらく、四人は黙っていた。


 大きな達成感はない。


 魔物を倒したわけでもない。


 誰かを救ったわけでもない。


 依頼人にありがとうと言われることもない。


 ただ、古い手紙を古い墓標へ届けた。


 それだけ。


 でも、リオの胸には、静かな重みがあった。


「ガルドさん」


 リオが言う。


「こういう依頼って、達成って言っていいんですかね」


「いいだろ」


「依頼人はもういないのに」


「だから何だ」


 ガルドは墓標を見たまま言う。


「届けたかったもんを届けた。なら達成でいい」


「……はい」


「報酬は出ねえけどな」


「そこはいいです」


「本当に?」


「本当に」


「若いな」


「そういう問題ですか」


 ガルドは少し笑った。


「まあ、たまにはいいだろ。報酬なしでも」


 その言い方が、ガルドらしかった。


 帰り道、リオは何度も振り返りそうになった。


 だが、途中でやめた。


 届けたのなら、もう振り返りすぎなくていい気がした。


 旧村落を出る時、レオンが言った。


「記録上は、どのように処理しますか」


「現地確認済み。未完了依頼の関連物と思われる封書を配達先墓標へ安置。依頼人不在につき、完了扱い」


 リオが答える。


 レオンが少し驚いたように見る。


「まとまっていますね」


「報告書、最近ちゃんと書いてるので」


「良いことです」


「レオンに褒められると先生感がありますね」


「先生ではありません」


 メイナが笑う。


「でも、今日の報告書はリオが書くべきだね」


「そうですね」


 リオは頷いた。


「書きます」


 街へ戻る頃には、夕方になっていた。


 ギルドの灯りが見えた時、リオは少し安心した。


 今日は派手な依頼ではなかった。


 でも、妙に疲れた。


 体ではなく、心が。


 扉を開けると、エインが真っ先に振り向いた。


「おかえりなさい!」


「ただいま」


「どうでした?」


 リオは少しだけ考えて、答えた。


「届けてきた」


 エインは何かを察したのか、いつものように騒がなかった。


「そうですか」


「うん」


 ミレナが受付で依頼書を受け取る。


「見つかりましたか」


「はい。旧村落の家で、宛名が一致する手紙らしきものを見つけました。開封はしていません。丘の墓標も確認して、そこに届けました」


「分かりました」


 ミレナは静かに頷く。


「報告書をお願いします」


「はい」


 アルも奥から見ていた。


「完了扱いにできるな」


「はい」


「よく行ってくれた」


 リオは少し驚いた。


 アルの言葉は短い。


 でも、ちゃんと重い。


「いえ」


 リオは首を振る。


「気になっただけです」


「それでいい」


 ガルドが椅子に座る。


「気になった奴が行けばいい」


 ナナが酒場側から声をかける。


「重い依頼だった?」


「少し」


 リオが答える。


「じゃあ温かいもの出すね」


「ありがとうございます」


 リオは報告書を書く前に、温かい茶を受け取った。


 その後、机に向かう。


 古い未完了依頼の現地確認報告。


 依頼名。


 手紙の配達。


 依頼人。


 判読困難。死亡記録あり。


 配達先。


 北西丘墓標、ラウル。


 現地確認。


 旧村落井戸西側の家屋にて、宛名一致と思われる封書を発見。


 封書未開封。


 配達先墓標を確認し、封書を安置。


 備考。


 依頼人および関係者不在のため、報酬処理なし。


 記録上、完了扱いとする。


 そこまで書いて、リオは手を止めた。


 何か足りない気がした。


 報告書としては十分だ。


 でも、あの丘の風や、古い家の埃や、手紙を置いた時の静けさは、どこにも入らない。


 当たり前だ。


 報告書とはそういうものだ。


 全部は残せない。


 それでも、何も残らないよりはいい。


 リオは最後に一行だけ、備考の下へ書いた。


『封書は配達先墓標前に、防水処置のうえ安置済み』


 事実だけ。


 でも、それでいい気がした。


 書き終えると、ミレナが確認した。


「問題ありません」


「ありがとうございます」


「丁寧です」


 その言葉が、少し嬉しかった。


 夜。


 ギルドはいつも通りだった。


 エインは今日の話を聞きたがったが、メイナに「静かに聞くなら」と条件をつけられていた。


 レオンは古い依頼の処理方法についてアルに質問していた。


 ガルドは酒を飲んでいた。


 ナナは客にスープを出している。


 ユーンは「手紙配達用小型飛行装置」を口に出す前に、セリアに笑顔で止められていた。


 いつもの騒がしいギルド。


 だが、リオの中には、丘の上の静けさが残っている。


 誰も知らない依頼。


 誰にも覚えられていなかった依頼。


 古い箱の中に残っていた依頼。


 それが今日、ひっそり終わった。


 誰にも感謝されない。


 依頼人もいない。


 報酬もない。


 でも、終わった。


「リオ」


 ガルドが声をかけた。


「はい」


「こういうの、これからもあるぞ」


「古い依頼ですか」


「ああ」


「全部は拾えませんよね」


「拾えねえな」


「でも、拾えるものは拾いたいですね」


「好きにしろ」


 ガルドは酒を飲む。


「ただ、抱えすぎるな」


「はい」


「手が届く分だけでいい」


「……はい」


 リオは頷いた。


 手が届く分。


 その言葉が、今日の依頼にとても合っている気がした。


 世界中の未完了を終わらせることはできない。


 助けられなかった誰かを全部救うこともできない。


 でも、古い手紙一通なら届けられることがある。


 忘れられた依頼一つなら、終わらせられることがある。


 それくらいでいいのかもしれない。


 そのくらいが、冒険者にできることなのかもしれない。


 リオは茶を飲み、報告書を見た。


 そこには、確かに書かれている。


 完了。


 たった二文字。


 でも今日は、その二文字がいつもより少しだけ温かく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ