■第84話「ガルドがモテる」
ガルドは、自分がモテると思っていない。
というより、そもそもそういう方向に意識が向いていない。
酒が飲めればいい。
楽に稼げればいい。
面倒な依頼は避けたい。
昼寝したい。
飯はうまい方がいい。
危ないことはなるべくしたくない。
でも目の前で誰かが困っていると、結局放っておけない。
それがガルドという男である。
そんな男が、自分に向けられる好意に敏感かと言われると、かなり怪しい。
いや、怪しいどころではない。
鈍い。
かなり鈍い。
その日、リオはそれを嫌というほど知ることになった。
「今日は村の巡回依頼です」
朝、ミレナが依頼書を読み上げた。
「街から西に半日ほどの場所にある、リーベル村ですね。最近、小型の魔物が畑の周囲に出ているそうです。被害はまだ少ないですが、念のため確認と追い払いをお願いします」
「討伐ですか?」
リオが聞く。
「状況によります。まずは調査です。畑の周囲なので、できるだけ荒らさないように」
「分かりました」
リオは頷いた。
同行者は、ガルド、リオ、エイン、メイナ、レオン。
カイルは別依頼。
セリアは治療棟。
ナナは酒場。
ユーンは待機。
ユーンが同行しないと聞いて、リオは少しだけ安心した。
村の畑周辺でユーンが何か思いついたら、魔物より農地への被害が大きくなりそうだからだ。
「俺も行くのか」
ガルドが椅子から言う。
「はい」
ミレナは依頼書を差し出す。
「依頼人から、できればガルドさんにも来てほしいと」
「またかよ」
ガルドが嫌そうな顔をした。
「最近、指名多くないですか?」
リオが聞く。
「気のせいだ」
「気のせいじゃないと思います」
「俺を呼んでも面倒なだけだろ」
「呼ばれる理由があるんでしょう」
リオがそう言うと、ナナが酒場側から笑った。
「ガルド、最近人気者だね」
「うるせえ」
「この前のマーサさんの件も噂になってるよ。ガルドを普通に扱える最強おばあちゃん、って」
「俺じゃなくて婆さんが人気じゃねえか」
「そのついでに、昔のガルドが気になるって人もいる」
「やめろ」
「漆黒の」
「やめろ」
ナナが言い終える前に、ガルドが低い声で止めた。
リオは笑いをこらえる。
エインは少し肩を震わせている。
メイナは見ないふりをしている。
レオンは真面目に首を傾げていた。
「漆黒の件は、まだ聞いてはいけない話題でしたね」
「一生聞くな」
ガルドが言う。
「承知しました」
レオンは本当に真面目に頷いた。
ガルドは少しだけ安心した顔をする。
「お前は本当に良い新人だな」
「ありがとうございます」
「そのまま育て」
「はい」
「このギルドに染まりすぎるな」
「それは難しいかと」
「もう染まり始めてるな」
ガルドはため息を吐いた。
リーベル村への道は穏やかだった。
天気も良く、風もある。
山が動いた事件の後なので、リオは地形や斜面にも目を向けながら歩いた。
最近、何を見ても「これは危険につながるか」と考える癖がついている。
悪い癖ではない。
ただ、少し疲れる。
「リオ」
ガルドが横から言う。
「はい」
「見すぎだ」
「え?」
「全部警戒すると疲れるぞ」
「ああ……」
リオは少し苦笑した。
「最近、見逃したくないと思って」
「それはいい」
ガルドは歩きながら言う。
「でも、全部を同じ強さで見てると、肝心な時にぼやける」
「優先順位ですね」
「そうだ」
「レオンも同じこと言われてました」
「お前ら真面目組は同じところで詰まるな」
「真面目組」
リオは少し不満そうに言う。
「僕、そんなに真面目ですか?」
「真面目だろ」
「ガルドさん基準では、だいたいの人が真面目じゃないですか」
「エインは違う」
「それは分かります」
「俺も違う」
「それも分かります」
「ユーンは別枠」
「それも分かります」
エインが後ろから声を上げた。
「俺だけ名指しで真面目じゃない扱いですか!?」
「元気枠だ」
ガルドが答える。
「なんか良く聞こえるけど、たぶん違う!」
「たぶんを」
リオ、ガルド、レオンが同時に反応しかけて、全員少し黙った。
メイナが笑った。
「もう癖になってますね」
「このギルド、変な言葉に敏感になりすぎですよ」
エインが不満そうに言う。
「でも大事です」
レオンが真面目に言った。
「曖昧な表現は、依頼中の判断を鈍らせます」
「レオンに言われると急に授業になる」
「申し訳ありません」
「いや、悪くないけど!」
そんなやり取りをしているうちに、リーベル村へ着いた。
小さな村だった。
畑が広く、家は少なめ。
村の中央には井戸があり、そのそばに数人の村人が集まっていた。
リオ達が近づくと、すぐに一人の女性がこちらに気づいた。
「あら」
四十代くらいの女性だ。
髪を布でまとめ、農作業用の服を着ている。
日焼けした健康的な顔。
そして、ガルドを見るなり、目が明るくなった。
「まあ、ガルドさんじゃない!」
リオは足を止めた。
声の温度が違った。
完全に、知っている人に向ける明るさだった。
ガルドは面倒そうに片手を上げる。
「久しぶりだな」
「本当に久しぶり! 何年ぶりかしら」
「忘れた」
「相変わらずねえ」
女性は笑って近づいてきた。
「少し太った?」
「第一声それか」
「だって本当だもの」
「ほっとけ」
「でも顔色は前よりいいわね」
「そうか?」
「ええ。昔よりずっと生きてる顔してる」
その一言で、リオは少しだけ黙った。
女性はさらっと言った。
だが、意味は軽くない。
ガルドも一瞬だけ黙った。
「……相変わらず口が強いな、ミーナ」
「あなたにだけは言われたくないわ」
ミーナと呼ばれた女性は笑う。
その笑顔に、どこか親しさがある。
「知り合いですか?」
リオが聞く。
「昔、何度か依頼で来た村だ」
ガルドが答える。
「その頃に」
「ガルドさんには何度も助けてもらったのよ」
ミーナが言う。
「畑を荒らした魔物を追い払ってくれたり、壊れた水路を直してくれたり」
「水路も?」
リオが驚く。
「ガルドさん、そういうのもできるんですか」
「できる」
「無駄に器用ですもんね」
「無駄って言うな」
ミーナは楽しそうに笑った。
「そうそう。無駄に器用なのよ、この人」
「お前も言うのか」
「だって本当だもの」
ガルドは頭を掻いた。
その様子を見て、エインが小声で言う。
「なんか、ガルドさん押されてますね」
「最近よく見る光景ですね」
メイナが言う。
「マーサさんほどではないですが」
「マーサ婆さん基準にするな」
ガルドが言う。
聞こえていた。
村長に挨拶し、依頼内容を確認する。
被害は畑の一角。
作物が少し荒らされ、土が掘り返されている。
足跡から見るに、小型の穴掘り魔物が数匹。
危険度は低いが、放置すれば作物への被害が広がる。
「穴掘り鼬かな」
ガルドが畑の端にしゃがみ込む。
「穴掘り鼬?」
エインが聞く。
「小さい。すばしっこい。畑に穴を開ける。戦闘力は低いが、捕まえるのが面倒」
「面倒なんですか」
「面倒だ」
ガルドは立ち上がる。
「追い払うだけなら煙と音でいい。だが、畑の穴を塞がねえとまた戻る」
「じゃあ穴探しですね」
リオが言う。
「ああ」
「畑を踏まないようにします」
「それが一番大事だ」
レオンがすでに足元を確認していた。
「畑の畝を避け、外側から回り込む形が良いと思います」
「いい」
ガルドが短く言う。
「リオ、レオンとメイナで穴確認。エインは俺と煙の準備」
「はい」
「エイン、火を強くするなよ」
「分かってます!」
「本当に?」
「……弱めにします!」
「よし」
作業が始まった。
派手な戦闘ではない。
むしろ地味な作業だ。
畑の周囲を歩き、穴を見つけ、どこが巣穴に繋がっているか確認する。
作物を傷つけないように慎重に動く。
エインは最初こそ勢いで歩きかけたが、ガルドに「畑を踏むな」と言われて慎重になった。
レオンは相変わらず細かいところに気づく。
メイナは草の揺れや土の盛り上がりを見るのがうまい。
リオもそれらをまとめながら動いた。
「こっちに新しい穴があります」
メイナが言う。
「こっちは古いですね」
レオンが別の穴を見る。
「土が乾いています」
「じゃあ新しい方を中心に」
リオが言う。
「ガルドさん、こっちです」
「ああ」
ガルドが煙玉を持ってくる。
その時、ミーナが畑の端から声をかけた。
「ガルドさん、無理しないでね」
「これくらいで無理するかよ」
「あなた、昔からそう言って無理するもの」
「昔の話だ」
「今も似たようなものじゃない?」
「今はだいぶ怠けてる」
「それは見れば分かるわ」
「なら言うな」
軽いやり取り。
しかし、ミーナの声はどこか優しい。
リオはそれを聞きながら、ふと気づいた。
この人、ガルドにかなり親しい。
それも、ただの依頼人と冒険者という距離ではない。
昔から何度も世話になった人に向ける親しさ。
そして、少しだけ。
本当に少しだけ。
好意のようなものが混ざっている気がする。
「リオ先輩」
エインが小声で言った。
「これ、もしかして」
「言うな」
リオが即座に止めた。
「でも」
「言うな」
「ガルドさんって」
「言うな」
「モテるんじゃ」
「言うなって!」
リオは声を抑えながら止めた。
ガルドに聞こえると面倒だ。
いや、ガルドは聞こえても理解しない可能性がある。
それはそれで面倒だ。
「どうしました?」
レオンが真面目に聞く。
「何でもないです」
リオが答える。
「ガルドさんがモテるのではないかという話です」
メイナが普通に言った。
「メイナさん!?」
「え、だって隠すほどでも」
「隠してください!」
ガルドが振り返る。
「何の話だ」
「何でもありません!」
エインとリオが同時に言う。
メイナは少し笑っている。
レオンは真面目に首を傾げた。
「モテるとは、異性から好意を持たれるという意味ですよね」
「レオンさん、今説明しないでください!」
「承知しました」
ガルドは怪訝な顔をしたが、深く追及しなかった。
たぶん本当に興味がない。
煙を穴に入れると、穴掘り鼬が飛び出してきた。
小さな魔物だ。
細長い体で、地面すれすれを走る。
「来た!」
エインが声を上げる。
「斬るな!」
ガルドが言う。
「追い払うだけだ!」
リオが進路を塞ぎ、メイナが音を立てる。
レオンが槍の柄で地面を叩き、畑の外へ逃げる方向を作る。
穴掘り鼬は数匹、慌てて畑の外へ走っていった。
「うまい」
ガルドが言う。
「追うな。戻ってくる道だけ塞ぐ」
「はい!」
エインが穴を埋め始める。
「そんなに強く押すな。土が沈む」
「はい!」
「足元、畝に乗るな」
「はい!」
「声は別にそこまで大きくなくていい」
「はい!」
結局大きかった。
作業は順調に終わった。
魔物を追い払い、穴を塞ぎ、畑への被害を確認する。
作物はいくつか荒らされていたが、大きな被害ではない。
「助かったわ」
ミーナが言う。
「本当にありがとう」
「依頼だからな」
ガルドが答える。
「はいはい。そういうことにしておくわ」
「なんだその言い方」
「昔もそう言って、報酬以上に働いてくれたものね」
「昔の話だ」
「今も似たようなものじゃない」
「今はちゃんと楽してる」
「そうかしら」
ミーナは微笑む。
リオはまた察した。
これは、かなり好意的だ。
たぶんミーナだけではない。
作業を見ていた村の女性達も、ガルドを見る目がどこか温かい。
中には、明らかに懐かしそうな目をしている人もいる。
ガルドは気づいていない。
いや、気づいていないというより、そういう方向に受け取っていない。
ただ昔の依頼先の人達が親しくしてくれている、くらいの認識なのだろう。
昼食を村で出してもらうことになった。
村の広場に簡単な席が用意され、スープとパン、焼いた野菜、果物が並ぶ。
「こんなにいいんですか?」
リオが聞く。
「いいのよ」
ミーナが笑う。
「ガルドさんが来たんだもの」
「俺関係あるのか」
「あるわよ」
「報酬はギルド通してるだろ」
「これはお礼」
「面倒だな」
「素直に食べなさい」
「……食う」
ガルドは負けた。
スープを受け取る。
その瞬間、別の女性が追加でパンを置いた。
「ガルドさん、これも食べて」
「多い」
「昔はもっと食べてたじゃない」
「昔の話だ」
「痩せてたものね」
「今は?」
「今は……安心感があるわね」
「言い方考えたな」
周囲の女性達が笑う。
ガルドは不機嫌そうにパンを食べる。
リオはそれを見て、確信した。
これはモテている。
少なくとも、村の女性達からかなり好かれている。
恋愛感情そのものかは人それぞれだろう。
でも、ただの冒険者への感謝だけではない。
信頼。
親しみ。
少しの憧れ。
昔助けてもらった記憶。
そういうものが混ざった好意だ。
「ガルドさん」
リオが小声で言う。
「なんだ」
「人気ありますね」
「何がだ」
「村の人達に」
「昔からの知り合いだからな」
「それだけですか?」
「それだけだろ」
即答だった。
駄目だ。
鈍い。
メイナが横で笑いをこらえている。
エインは納得いかない顔をしている。
「ガルドさんって、もしかして本当に気づいてないんですか」
エインが小声で言う。
「何にだ」
ガルドが普通に聞き返す。
「いや」
リオが止める。
「何でも」
「言えよ」
「言ったら面倒になりそうなので」
「もう面倒だぞ」
レオンが真面目に言った。
「好意を向けられていることに気づかないのは、相手に失礼になる場合もあるかと」
「レオンさん!?」
リオが叫びかけた。
ガルドがレオンを見る。
「好意?」
「はい」
「誰が誰に」
「村の女性の方々が、ガルドさんに」
レオンはまっすぐ言った。
真面目すぎる。
隠す気がない。
ガルドは一瞬だけ目を瞬かせた。
そして、眉をひそめる。
「何言ってんだお前」
「事実かと思います」
「感謝だろ」
「感謝も好意の一種では」
「そういう面倒な話じゃねえ」
「面倒なのはガルドさんの鈍さでは?」
メイナがついに言った。
リオは顔を覆った。
終わった。
ガルドはしばらく黙った。
「……お前ら、飯時に変な話をするな」
「逃げた」
エインが言う。
「逃げたな」
メイナが頷く。
「回避ですね」
レオンが言う。
「戦術的撤退とも言えます」
「言わねえよ」
ガルドはパンをかじった。
だが、少しだけ耳が赤いように見えた。
リオは見なかったことにした。
その後も、ガルドへの扱いは続いた。
村の子ども達が寄ってくる。
「ガルドのおじちゃん!」
「おじちゃん言うな」
「昔、魔物倒したんでしょ!」
「昔な」
「すごい!」
「今は倒さないの?」
「面倒だからな」
「えー」
子ども達は不満そうだ。
そこへ、ミーナが言う。
「この人は面倒って言いながら、結局助けるのよ」
「余計なこと言うな」
「本当のことでしょ」
「本当でも言うな」
子ども達が笑う。
その中の一人が、ガルドに花を差し出した。
「はい!」
「あ?」
「お礼!」
ガルドは固まった。
小さな黄色い花。
畑の端に咲いていたものだろう。
ガルドは少し迷って、それを受け取った。
「……どうも」
「照れてる!」
エインが小声で叫ぶ。
「見てください、リオ先輩! ガルドさんが花を!」
「静かにしてください!」
リオも笑いそうになるのをこらえている。
ガルドは花をどう扱えばいいのか分からないようで、とりあえず腰袋に入れようとしてミーナに止められた。
「潰れるでしょ」
「じゃあどうすんだ」
「こう」
ミーナは花を取り、ガルドの上着の胸元に差した。
似合わない。
ものすごく似合わない。
だが、妙に面白い。
ナナがいたら絶対に笑い転げていただろう。
「……取るぞ」
「駄目」
「なんでだ」
「子どものお礼でしょう」
「くそ」
ガルドはそのまま花を胸に差している。
リオはもう限界だった。
「似合ってますよ」
「嘘つけ」
「いや、なんというか」
「言葉探すな」
「珍しい感じで」
「褒めてねえな」
メイナが横から言う。
「かわいいですよ」
「やめろ」
「本当に」
「やめろ」
ガルドが本気で嫌そうな顔をした。
だが、花は取らない。
そういうところがある。
だから好かれるのだろう、とリオは思った。
帰る前、ミーナが包みを渡してきた。
「これ、持っていって」
「なんだ」
「村の果物と、焼き菓子。ギルドの皆さんで食べて」
「報酬に入ってねえぞ」
「お土産よ」
「多い」
「昔はもっと持たせたわ」
「だから昔の話だ」
「今も持っていきなさい」
「……分かった」
また負けた。
リオは受け取りながら頭を下げる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。リオくんだったかしら」
「はい」
「この人、面倒くさがりだけど、根は悪くないから」
「知ってます」
リオは少し笑った。
「かなり」
ミーナは嬉しそうに目を細めた。
「そう。ならよかった」
ガルドが横から言う。
「何を勝手に確認してんだ」
「心配してるのよ」
「いらん」
「いるわよ。あなた、昔から自分のことを後回しにするから」
ガルドは少し黙った。
「……今は違う」
「ならいいわ」
ミーナはそう言って、少しだけ優しく笑った。
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと帰る場所に帰りなさい」
「母親みてえなこと言うな」
「似たようなものよ」
「違うだろ」
「昔、あなたにスープを食べさせた大人は大体そういう気持ちだったと思うわ」
ガルドは何も言わなかった。
リオはその会話を静かに聞いていた。
ガルドは、いろんな場所で誰かに助けられていたのだと思う。
本人はあまり語らない。
でも、今日の村の人達の反応を見れば分かる。
ガルドは助けた。
そして、同時に助けられていた。
だから今も、こうして好かれている。
帰り道。
ガルドは胸元の花をまだ取っていなかった。
本人は忘れているのか、意地なのか分からない。
エインが何度も見て、笑いそうになっている。
メイナも口元を押さえている。
レオンは真面目に言った。
「ガルドさん」
「なんだ」
「花、まだ付いています」
「知ってる」
「そうでしたか」
「子どもにもらったからな」
「大事にしているのですね」
「そういうんじゃねえ」
「そういうことかと」
「お前、真面目に刺すのやめろ」
レオンは不思議そうにする。
リオは笑った。
「ガルドさんって、意外と律儀ですよね」
「意外と、はいらねえ」
「じゃあ律儀です」
「それも違う」
「違わないですよ」
リオは言う。
「今日、村の人達を見て思いました。ガルドさんって、ちゃんと覚えられてるんですね」
「嫌な言い方だな」
「良い意味です」
「覚えられなくていいこともある」
「黒歴史装備とか?」
「お前、病み上がりなのに元気だな」
「完全復帰しました」
「また寝込ませるぞ」
「怖いこと言わないでください」
夕方、ギルドに戻ると、ナナが真っ先に反応した。
「何その花」
終わった。
リオはそう思った。
ガルドも同じ顔をした。
「何でもねえ」
「胸に花差して帰ってきて、何でもないは無理でしょ」
ナナが笑顔で近づく。
「え、なになに? 誰にもらったの?」
「子どもだ」
「本当?」
「本当だ」
「子どもから花もらうガルド、面白すぎる」
「笑うな」
「無理」
ナナは普通に笑った。
ミレナも受付で少し口元を押さえている。
セリアは治療棟から出てきて、穏やかに微笑んだ。
「似合っていますよ」
「セリアまで」
「本当に」
「嘘だろ」
「優しい感じがします」
「俺に一番遠い言葉だな」
「そんなことありませんよ」
セリアの言葉に、ガルドは何も言い返せなかった。
アルも奥の机から顔を上げる。
花を見る。
少しだけ目を細める。
「……珍しいな」
「お前も何か言う気か」
「いや」
アルは書類に戻る。
「悪くない」
ガルドは完全に黙った。
ナナがさらに面白がる。
「今日何があったの?」
「村で依頼をしてきただけです」
リオが答える。
「ガルドさんが大人気でした」
「リオ」
ガルドが低い声を出す。
「事実です」
メイナが言う。
「村の女性達にかなり好かれていました」
「メイナ」
ガルドの声がさらに低くなる。
「子どもにも花をもらっていました」
レオンが補足する。
「レオンまで」
「報告です」
「報告しなくていい」
エインが我慢できずに叫んだ。
「ガルドさん、モテてました!」
ギルドが静かになった。
そして、爆笑した。
「お前らなぁ!」
ガルドが声を上げる。
「モテてねえよ!」
「いや、モテてたよ」
ナナが笑う。
「絶対モテてた」
「昔助けた人達に好かれてただけだ」
「それをモテるって言うんじゃないの?」
「違う」
「違わないよね?」
ナナがセリアを見る。
セリアは困ったように笑う。
「好かれているのは確かだと思います」
「ほら」
「セリアは優しいからそう言ってるだけだ」
「そういうところですよ」
リオが言った。
ガルドが振り返る。
「何がだ」
「そうやって好意を全部“感謝”とか“優しさ”にして、自分に向いてると思わないところです」
「面倒な話をするな」
「してます」
「やめろ」
「たまには受け取った方がいいですよ」
リオは少しだけ真面目に言った。
「村の人達、ちゃんとガルドさんにありがとうって思ってました。嬉しそうでした」
ガルドは何も言わなかった。
「それは、ガルドさんが昔ちゃんとやってきたからですよね」
酒場の空気が少しだけ静かになる。
笑いの後に、ほんの少しだけ温かいものが残った。
ガルドは視線を逸らす。
「……依頼だっただけだ」
「そういうことにしておきます」
リオが言う。
ナナがにやっと笑う。
「じゃあ今日は“モテるおじさん記念”で一杯」
「そんな記念はねえ」
「胸の花、飾っておこうよ」
「やめろ」
「酒場の棚に」
「やめろ」
「ガルド人気記念」
「やめろ!」
結局、花はセリアが小さな瓶に挿した。
酒場の隅。
目立たない場所。
でも、ちゃんと見える場所に置かれた。
ガルドは何度も「捨てろ」と言いかけて、結局言わなかった。
子どもにもらったものだからだ。
そういうところを、皆もう分かっている。
夜。
ギルドの酒場はいつも通り騒がしかった。
ナナが村の土産の焼き菓子を切り分け、エインが「ガルドさんがモテた話」を誇張しそうになり、カイルに止められた。
メイナは「事実だけでも面白いから盛らなくていい」と言い、レオンは報告書に「依頼人および村人からガルド氏への好意的反応多数」と書こうとして、リオに止められた。
「それ公式報告にいりません」
「不要ですか」
「不要です」
「しかし、村との関係性を示す情報としては」
「いりません」
「分かりました」
ガルドは遠くで頭を抱えている。
ナナはずっと笑っていた。
「今日のガルド、いいなぁ」
「よくねえ」
「照れてる」
「照れてねえ」
「モテおじ」
「やめろ」
「漆黒のモテおじ」
「本気で怒るぞ」
リオは笑いながら、その光景を見ていた。
ガルドは自分では分かっていない。
自分がどれだけ人に覚えられているか。
どれだけ誰かの中に残っているか。
たぶん、本人は今でも「依頼をこなしただけ」と思っている。
でも、それだけではない。
畑を守ってもらった人。
水路を直してもらった人。
魔物を追い払ってもらった人。
スープを食べさせた人。
花を渡した子ども。
そういう人達の中に、ガルドはちゃんと残っている。
モテる、という言葉で茶化せるくらいには。
そして、少し照れて怒れるくらいには。
「ガルドさん」
リオが声をかける。
「今度はなんだ」
「焼き菓子、村の人からです」
「見れば分かる」
「食べます?」
「食う」
「素直ですね」
「食い物に罪はねえ」
ガルドは焼き菓子を受け取って食べた。
少しだけ表情が緩む。
「うまいですか?」
「……まあな」
「よかったですね」
「何がだ」
「好かれてて」
「またそれか」
「はい」
「しつこい」
「でも、いいことです」
ガルドは何か言い返そうとして、やめた。
そして、もう一口焼き菓子を食べる。
「……悪くはねえな」
小さな声だった。
リオはそれを聞いて、少し笑った。
その日のギルドの隅には、小さな黄色い花が飾られていた。
似合わない。
本当に似合わない。
でも、悪くなかった。
だらけた中年冒険者が、昔助けた村で花をもらい、皆にからかわれ、酒場の隅に飾られる。
それだけの一日。
だけど、こういう一日があるから、このギルドは温かい。
リオはそう思った。
そして、ガルドが花を捨てろと言わないことに、少しだけ安心した。




