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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第84話「ガルドがモテる」

 ガルドは、自分がモテると思っていない。


 というより、そもそもそういう方向に意識が向いていない。


 酒が飲めればいい。


 楽に稼げればいい。


 面倒な依頼は避けたい。


 昼寝したい。


 飯はうまい方がいい。


 危ないことはなるべくしたくない。


 でも目の前で誰かが困っていると、結局放っておけない。


 それがガルドという男である。


 そんな男が、自分に向けられる好意に敏感かと言われると、かなり怪しい。


 いや、怪しいどころではない。


 鈍い。


 かなり鈍い。


 その日、リオはそれを嫌というほど知ることになった。


「今日は村の巡回依頼です」


 朝、ミレナが依頼書を読み上げた。


「街から西に半日ほどの場所にある、リーベル村ですね。最近、小型の魔物が畑の周囲に出ているそうです。被害はまだ少ないですが、念のため確認と追い払いをお願いします」


「討伐ですか?」


 リオが聞く。


「状況によります。まずは調査です。畑の周囲なので、できるだけ荒らさないように」


「分かりました」


 リオは頷いた。


 同行者は、ガルド、リオ、エイン、メイナ、レオン。


 カイルは別依頼。


 セリアは治療棟。


 ナナは酒場。


 ユーンは待機。


 ユーンが同行しないと聞いて、リオは少しだけ安心した。


 村の畑周辺でユーンが何か思いついたら、魔物より農地への被害が大きくなりそうだからだ。


「俺も行くのか」


 ガルドが椅子から言う。


「はい」


 ミレナは依頼書を差し出す。


「依頼人から、できればガルドさんにも来てほしいと」


「またかよ」


 ガルドが嫌そうな顔をした。


「最近、指名多くないですか?」


 リオが聞く。


「気のせいだ」


「気のせいじゃないと思います」


「俺を呼んでも面倒なだけだろ」


「呼ばれる理由があるんでしょう」


 リオがそう言うと、ナナが酒場側から笑った。


「ガルド、最近人気者だね」


「うるせえ」


「この前のマーサさんの件も噂になってるよ。ガルドを普通に扱える最強おばあちゃん、って」


「俺じゃなくて婆さんが人気じゃねえか」


「そのついでに、昔のガルドが気になるって人もいる」


「やめろ」


「漆黒の」


「やめろ」


 ナナが言い終える前に、ガルドが低い声で止めた。


 リオは笑いをこらえる。


 エインは少し肩を震わせている。


 メイナは見ないふりをしている。


 レオンは真面目に首を傾げていた。


「漆黒の件は、まだ聞いてはいけない話題でしたね」


「一生聞くな」


 ガルドが言う。


「承知しました」


 レオンは本当に真面目に頷いた。


 ガルドは少しだけ安心した顔をする。


「お前は本当に良い新人だな」


「ありがとうございます」


「そのまま育て」


「はい」


「このギルドに染まりすぎるな」


「それは難しいかと」


「もう染まり始めてるな」


 ガルドはため息を吐いた。


 リーベル村への道は穏やかだった。


 天気も良く、風もある。


 山が動いた事件の後なので、リオは地形や斜面にも目を向けながら歩いた。


 最近、何を見ても「これは危険につながるか」と考える癖がついている。


 悪い癖ではない。


 ただ、少し疲れる。


「リオ」


 ガルドが横から言う。


「はい」


「見すぎだ」


「え?」


「全部警戒すると疲れるぞ」


「ああ……」


 リオは少し苦笑した。


「最近、見逃したくないと思って」


「それはいい」


 ガルドは歩きながら言う。


「でも、全部を同じ強さで見てると、肝心な時にぼやける」


「優先順位ですね」


「そうだ」


「レオンも同じこと言われてました」


「お前ら真面目組は同じところで詰まるな」


「真面目組」


 リオは少し不満そうに言う。


「僕、そんなに真面目ですか?」


「真面目だろ」


「ガルドさん基準では、だいたいの人が真面目じゃないですか」


「エインは違う」


「それは分かります」


「俺も違う」


「それも分かります」


「ユーンは別枠」


「それも分かります」


 エインが後ろから声を上げた。


「俺だけ名指しで真面目じゃない扱いですか!?」


「元気枠だ」


 ガルドが答える。


「なんか良く聞こえるけど、たぶん違う!」


「たぶんを」


 リオ、ガルド、レオンが同時に反応しかけて、全員少し黙った。


 メイナが笑った。


「もう癖になってますね」


「このギルド、変な言葉に敏感になりすぎですよ」


 エインが不満そうに言う。


「でも大事です」


 レオンが真面目に言った。


「曖昧な表現は、依頼中の判断を鈍らせます」


「レオンに言われると急に授業になる」


「申し訳ありません」


「いや、悪くないけど!」


 そんなやり取りをしているうちに、リーベル村へ着いた。


 小さな村だった。


 畑が広く、家は少なめ。


 村の中央には井戸があり、そのそばに数人の村人が集まっていた。


 リオ達が近づくと、すぐに一人の女性がこちらに気づいた。


「あら」


 四十代くらいの女性だ。


 髪を布でまとめ、農作業用の服を着ている。


 日焼けした健康的な顔。


 そして、ガルドを見るなり、目が明るくなった。


「まあ、ガルドさんじゃない!」


 リオは足を止めた。


 声の温度が違った。


 完全に、知っている人に向ける明るさだった。


 ガルドは面倒そうに片手を上げる。


「久しぶりだな」


「本当に久しぶり! 何年ぶりかしら」


「忘れた」


「相変わらずねえ」


 女性は笑って近づいてきた。


「少し太った?」


「第一声それか」


「だって本当だもの」


「ほっとけ」


「でも顔色は前よりいいわね」


「そうか?」


「ええ。昔よりずっと生きてる顔してる」


 その一言で、リオは少しだけ黙った。


 女性はさらっと言った。


 だが、意味は軽くない。


 ガルドも一瞬だけ黙った。


「……相変わらず口が強いな、ミーナ」


「あなたにだけは言われたくないわ」


 ミーナと呼ばれた女性は笑う。


 その笑顔に、どこか親しさがある。


「知り合いですか?」


 リオが聞く。


「昔、何度か依頼で来た村だ」


 ガルドが答える。


「その頃に」


「ガルドさんには何度も助けてもらったのよ」


 ミーナが言う。


「畑を荒らした魔物を追い払ってくれたり、壊れた水路を直してくれたり」


「水路も?」


 リオが驚く。


「ガルドさん、そういうのもできるんですか」


「できる」


「無駄に器用ですもんね」


「無駄って言うな」


 ミーナは楽しそうに笑った。


「そうそう。無駄に器用なのよ、この人」


「お前も言うのか」


「だって本当だもの」


 ガルドは頭を掻いた。


 その様子を見て、エインが小声で言う。


「なんか、ガルドさん押されてますね」


「最近よく見る光景ですね」


 メイナが言う。


「マーサさんほどではないですが」


「マーサ婆さん基準にするな」


 ガルドが言う。


 聞こえていた。


 村長に挨拶し、依頼内容を確認する。


 被害は畑の一角。


 作物が少し荒らされ、土が掘り返されている。


 足跡から見るに、小型の穴掘り魔物が数匹。


 危険度は低いが、放置すれば作物への被害が広がる。


「穴掘り鼬かな」


 ガルドが畑の端にしゃがみ込む。


「穴掘り鼬?」


 エインが聞く。


「小さい。すばしっこい。畑に穴を開ける。戦闘力は低いが、捕まえるのが面倒」


「面倒なんですか」


「面倒だ」


 ガルドは立ち上がる。


「追い払うだけなら煙と音でいい。だが、畑の穴を塞がねえとまた戻る」


「じゃあ穴探しですね」


 リオが言う。


「ああ」


「畑を踏まないようにします」


「それが一番大事だ」


 レオンがすでに足元を確認していた。


「畑の畝を避け、外側から回り込む形が良いと思います」


「いい」


 ガルドが短く言う。


「リオ、レオンとメイナで穴確認。エインは俺と煙の準備」


「はい」


「エイン、火を強くするなよ」


「分かってます!」


「本当に?」


「……弱めにします!」


「よし」


 作業が始まった。


 派手な戦闘ではない。


 むしろ地味な作業だ。


 畑の周囲を歩き、穴を見つけ、どこが巣穴に繋がっているか確認する。


 作物を傷つけないように慎重に動く。


 エインは最初こそ勢いで歩きかけたが、ガルドに「畑を踏むな」と言われて慎重になった。


 レオンは相変わらず細かいところに気づく。


 メイナは草の揺れや土の盛り上がりを見るのがうまい。


 リオもそれらをまとめながら動いた。


「こっちに新しい穴があります」


 メイナが言う。


「こっちは古いですね」


 レオンが別の穴を見る。


「土が乾いています」


「じゃあ新しい方を中心に」


 リオが言う。


「ガルドさん、こっちです」


「ああ」


 ガルドが煙玉を持ってくる。


 その時、ミーナが畑の端から声をかけた。


「ガルドさん、無理しないでね」


「これくらいで無理するかよ」


「あなた、昔からそう言って無理するもの」


「昔の話だ」


「今も似たようなものじゃない?」


「今はだいぶ怠けてる」


「それは見れば分かるわ」


「なら言うな」


 軽いやり取り。


 しかし、ミーナの声はどこか優しい。


 リオはそれを聞きながら、ふと気づいた。


 この人、ガルドにかなり親しい。


 それも、ただの依頼人と冒険者という距離ではない。


 昔から何度も世話になった人に向ける親しさ。


 そして、少しだけ。


 本当に少しだけ。


 好意のようなものが混ざっている気がする。


「リオ先輩」


 エインが小声で言った。


「これ、もしかして」


「言うな」


 リオが即座に止めた。


「でも」


「言うな」


「ガルドさんって」


「言うな」


「モテるんじゃ」


「言うなって!」


 リオは声を抑えながら止めた。


 ガルドに聞こえると面倒だ。


 いや、ガルドは聞こえても理解しない可能性がある。


 それはそれで面倒だ。


「どうしました?」


 レオンが真面目に聞く。


「何でもないです」


 リオが答える。


「ガルドさんがモテるのではないかという話です」


 メイナが普通に言った。


「メイナさん!?」


「え、だって隠すほどでも」


「隠してください!」


 ガルドが振り返る。


「何の話だ」


「何でもありません!」


 エインとリオが同時に言う。


 メイナは少し笑っている。


 レオンは真面目に首を傾げた。


「モテるとは、異性から好意を持たれるという意味ですよね」


「レオンさん、今説明しないでください!」


「承知しました」


 ガルドは怪訝な顔をしたが、深く追及しなかった。


 たぶん本当に興味がない。


 煙を穴に入れると、穴掘り鼬が飛び出してきた。


 小さな魔物だ。


 細長い体で、地面すれすれを走る。


「来た!」


 エインが声を上げる。


「斬るな!」


 ガルドが言う。


「追い払うだけだ!」


 リオが進路を塞ぎ、メイナが音を立てる。


 レオンが槍の柄で地面を叩き、畑の外へ逃げる方向を作る。


 穴掘り鼬は数匹、慌てて畑の外へ走っていった。


「うまい」


 ガルドが言う。


「追うな。戻ってくる道だけ塞ぐ」


「はい!」


 エインが穴を埋め始める。


「そんなに強く押すな。土が沈む」


「はい!」


「足元、畝に乗るな」


「はい!」


「声は別にそこまで大きくなくていい」


「はい!」


 結局大きかった。


 作業は順調に終わった。


 魔物を追い払い、穴を塞ぎ、畑への被害を確認する。


 作物はいくつか荒らされていたが、大きな被害ではない。


「助かったわ」


 ミーナが言う。


「本当にありがとう」


「依頼だからな」


 ガルドが答える。


「はいはい。そういうことにしておくわ」


「なんだその言い方」


「昔もそう言って、報酬以上に働いてくれたものね」


「昔の話だ」


「今も似たようなものじゃない」


「今はちゃんと楽してる」


「そうかしら」


 ミーナは微笑む。


 リオはまた察した。


 これは、かなり好意的だ。


 たぶんミーナだけではない。


 作業を見ていた村の女性達も、ガルドを見る目がどこか温かい。


 中には、明らかに懐かしそうな目をしている人もいる。


 ガルドは気づいていない。


 いや、気づいていないというより、そういう方向に受け取っていない。


 ただ昔の依頼先の人達が親しくしてくれている、くらいの認識なのだろう。


 昼食を村で出してもらうことになった。


 村の広場に簡単な席が用意され、スープとパン、焼いた野菜、果物が並ぶ。


「こんなにいいんですか?」


 リオが聞く。


「いいのよ」


 ミーナが笑う。


「ガルドさんが来たんだもの」


「俺関係あるのか」


「あるわよ」


「報酬はギルド通してるだろ」


「これはお礼」


「面倒だな」


「素直に食べなさい」


「……食う」


 ガルドは負けた。


 スープを受け取る。


 その瞬間、別の女性が追加でパンを置いた。


「ガルドさん、これも食べて」


「多い」


「昔はもっと食べてたじゃない」


「昔の話だ」


「痩せてたものね」


「今は?」


「今は……安心感があるわね」


「言い方考えたな」


 周囲の女性達が笑う。


 ガルドは不機嫌そうにパンを食べる。


 リオはそれを見て、確信した。


 これはモテている。


 少なくとも、村の女性達からかなり好かれている。


 恋愛感情そのものかは人それぞれだろう。


 でも、ただの冒険者への感謝だけではない。


 信頼。


 親しみ。


 少しの憧れ。


 昔助けてもらった記憶。


 そういうものが混ざった好意だ。


「ガルドさん」


 リオが小声で言う。


「なんだ」


「人気ありますね」


「何がだ」


「村の人達に」


「昔からの知り合いだからな」


「それだけですか?」


「それだけだろ」


 即答だった。


 駄目だ。


 鈍い。


 メイナが横で笑いをこらえている。


 エインは納得いかない顔をしている。


「ガルドさんって、もしかして本当に気づいてないんですか」


 エインが小声で言う。


「何にだ」


 ガルドが普通に聞き返す。


「いや」


 リオが止める。


「何でも」


「言えよ」


「言ったら面倒になりそうなので」


「もう面倒だぞ」


 レオンが真面目に言った。


「好意を向けられていることに気づかないのは、相手に失礼になる場合もあるかと」


「レオンさん!?」


 リオが叫びかけた。


 ガルドがレオンを見る。


「好意?」


「はい」


「誰が誰に」


「村の女性の方々が、ガルドさんに」


 レオンはまっすぐ言った。


 真面目すぎる。


 隠す気がない。


 ガルドは一瞬だけ目を瞬かせた。


 そして、眉をひそめる。


「何言ってんだお前」


「事実かと思います」


「感謝だろ」


「感謝も好意の一種では」


「そういう面倒な話じゃねえ」


「面倒なのはガルドさんの鈍さでは?」


 メイナがついに言った。


 リオは顔を覆った。


 終わった。


 ガルドはしばらく黙った。


「……お前ら、飯時に変な話をするな」


「逃げた」


 エインが言う。


「逃げたな」


 メイナが頷く。


「回避ですね」


 レオンが言う。


「戦術的撤退とも言えます」


「言わねえよ」


 ガルドはパンをかじった。


 だが、少しだけ耳が赤いように見えた。


 リオは見なかったことにした。


 その後も、ガルドへの扱いは続いた。


 村の子ども達が寄ってくる。


「ガルドのおじちゃん!」


「おじちゃん言うな」


「昔、魔物倒したんでしょ!」


「昔な」


「すごい!」


「今は倒さないの?」


「面倒だからな」


「えー」


 子ども達は不満そうだ。


 そこへ、ミーナが言う。


「この人は面倒って言いながら、結局助けるのよ」


「余計なこと言うな」


「本当のことでしょ」


「本当でも言うな」


 子ども達が笑う。


 その中の一人が、ガルドに花を差し出した。


「はい!」


「あ?」


「お礼!」


 ガルドは固まった。


 小さな黄色い花。


 畑の端に咲いていたものだろう。


 ガルドは少し迷って、それを受け取った。


「……どうも」


「照れてる!」


 エインが小声で叫ぶ。


「見てください、リオ先輩! ガルドさんが花を!」


「静かにしてください!」


 リオも笑いそうになるのをこらえている。


 ガルドは花をどう扱えばいいのか分からないようで、とりあえず腰袋に入れようとしてミーナに止められた。


「潰れるでしょ」


「じゃあどうすんだ」


「こう」


 ミーナは花を取り、ガルドの上着の胸元に差した。


 似合わない。


 ものすごく似合わない。


 だが、妙に面白い。


 ナナがいたら絶対に笑い転げていただろう。


「……取るぞ」


「駄目」


「なんでだ」


「子どものお礼でしょう」


「くそ」


 ガルドはそのまま花を胸に差している。


 リオはもう限界だった。


「似合ってますよ」


「嘘つけ」


「いや、なんというか」


「言葉探すな」


「珍しい感じで」


「褒めてねえな」


 メイナが横から言う。


「かわいいですよ」


「やめろ」


「本当に」


「やめろ」


 ガルドが本気で嫌そうな顔をした。


 だが、花は取らない。


 そういうところがある。


 だから好かれるのだろう、とリオは思った。


 帰る前、ミーナが包みを渡してきた。


「これ、持っていって」


「なんだ」


「村の果物と、焼き菓子。ギルドの皆さんで食べて」


「報酬に入ってねえぞ」


「お土産よ」


「多い」


「昔はもっと持たせたわ」


「だから昔の話だ」


「今も持っていきなさい」


「……分かった」


 また負けた。


 リオは受け取りながら頭を下げる。


「ありがとうございます」


「こちらこそ。リオくんだったかしら」


「はい」


「この人、面倒くさがりだけど、根は悪くないから」


「知ってます」


 リオは少し笑った。


「かなり」


 ミーナは嬉しそうに目を細めた。


「そう。ならよかった」


 ガルドが横から言う。


「何を勝手に確認してんだ」


「心配してるのよ」


「いらん」


「いるわよ。あなた、昔から自分のことを後回しにするから」


 ガルドは少し黙った。


「……今は違う」


「ならいいわ」


 ミーナはそう言って、少しだけ優しく笑った。


「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと帰る場所に帰りなさい」


「母親みてえなこと言うな」


「似たようなものよ」


「違うだろ」


「昔、あなたにスープを食べさせた大人は大体そういう気持ちだったと思うわ」


 ガルドは何も言わなかった。


 リオはその会話を静かに聞いていた。


 ガルドは、いろんな場所で誰かに助けられていたのだと思う。


 本人はあまり語らない。


 でも、今日の村の人達の反応を見れば分かる。


 ガルドは助けた。


 そして、同時に助けられていた。


 だから今も、こうして好かれている。


 帰り道。


 ガルドは胸元の花をまだ取っていなかった。


 本人は忘れているのか、意地なのか分からない。


 エインが何度も見て、笑いそうになっている。


 メイナも口元を押さえている。


 レオンは真面目に言った。


「ガルドさん」


「なんだ」


「花、まだ付いています」


「知ってる」


「そうでしたか」


「子どもにもらったからな」


「大事にしているのですね」


「そういうんじゃねえ」


「そういうことかと」


「お前、真面目に刺すのやめろ」


 レオンは不思議そうにする。


 リオは笑った。


「ガルドさんって、意外と律儀ですよね」


「意外と、はいらねえ」


「じゃあ律儀です」


「それも違う」


「違わないですよ」


 リオは言う。


「今日、村の人達を見て思いました。ガルドさんって、ちゃんと覚えられてるんですね」


「嫌な言い方だな」


「良い意味です」


「覚えられなくていいこともある」


「黒歴史装備とか?」


「お前、病み上がりなのに元気だな」


「完全復帰しました」


「また寝込ませるぞ」


「怖いこと言わないでください」


 夕方、ギルドに戻ると、ナナが真っ先に反応した。


「何その花」


 終わった。


 リオはそう思った。


 ガルドも同じ顔をした。


「何でもねえ」


「胸に花差して帰ってきて、何でもないは無理でしょ」


 ナナが笑顔で近づく。


「え、なになに? 誰にもらったの?」


「子どもだ」


「本当?」


「本当だ」


「子どもから花もらうガルド、面白すぎる」


「笑うな」


「無理」


 ナナは普通に笑った。


 ミレナも受付で少し口元を押さえている。


 セリアは治療棟から出てきて、穏やかに微笑んだ。


「似合っていますよ」


「セリアまで」


「本当に」


「嘘だろ」


「優しい感じがします」


「俺に一番遠い言葉だな」


「そんなことありませんよ」


 セリアの言葉に、ガルドは何も言い返せなかった。


 アルも奥の机から顔を上げる。


 花を見る。


 少しだけ目を細める。


「……珍しいな」


「お前も何か言う気か」


「いや」


 アルは書類に戻る。


「悪くない」


 ガルドは完全に黙った。


 ナナがさらに面白がる。


「今日何があったの?」


「村で依頼をしてきただけです」


 リオが答える。


「ガルドさんが大人気でした」


「リオ」


 ガルドが低い声を出す。


「事実です」


 メイナが言う。


「村の女性達にかなり好かれていました」


「メイナ」


 ガルドの声がさらに低くなる。


「子どもにも花をもらっていました」


 レオンが補足する。


「レオンまで」


「報告です」


「報告しなくていい」


 エインが我慢できずに叫んだ。


「ガルドさん、モテてました!」


 ギルドが静かになった。


 そして、爆笑した。


「お前らなぁ!」


 ガルドが声を上げる。


「モテてねえよ!」


「いや、モテてたよ」


 ナナが笑う。


「絶対モテてた」


「昔助けた人達に好かれてただけだ」


「それをモテるって言うんじゃないの?」


「違う」


「違わないよね?」


 ナナがセリアを見る。


 セリアは困ったように笑う。


「好かれているのは確かだと思います」


「ほら」


「セリアは優しいからそう言ってるだけだ」


「そういうところですよ」


 リオが言った。


 ガルドが振り返る。


「何がだ」


「そうやって好意を全部“感謝”とか“優しさ”にして、自分に向いてると思わないところです」


「面倒な話をするな」


「してます」


「やめろ」


「たまには受け取った方がいいですよ」


 リオは少しだけ真面目に言った。


「村の人達、ちゃんとガルドさんにありがとうって思ってました。嬉しそうでした」


 ガルドは何も言わなかった。


「それは、ガルドさんが昔ちゃんとやってきたからですよね」


 酒場の空気が少しだけ静かになる。


 笑いの後に、ほんの少しだけ温かいものが残った。


 ガルドは視線を逸らす。


「……依頼だっただけだ」


「そういうことにしておきます」


 リオが言う。


 ナナがにやっと笑う。


「じゃあ今日は“モテるおじさん記念”で一杯」


「そんな記念はねえ」


「胸の花、飾っておこうよ」


「やめろ」


「酒場の棚に」


「やめろ」


「ガルド人気記念」


「やめろ!」


 結局、花はセリアが小さな瓶に挿した。


 酒場の隅。


 目立たない場所。


 でも、ちゃんと見える場所に置かれた。


 ガルドは何度も「捨てろ」と言いかけて、結局言わなかった。


 子どもにもらったものだからだ。


 そういうところを、皆もう分かっている。


 夜。


 ギルドの酒場はいつも通り騒がしかった。


 ナナが村の土産の焼き菓子を切り分け、エインが「ガルドさんがモテた話」を誇張しそうになり、カイルに止められた。


 メイナは「事実だけでも面白いから盛らなくていい」と言い、レオンは報告書に「依頼人および村人からガルド氏への好意的反応多数」と書こうとして、リオに止められた。


「それ公式報告にいりません」


「不要ですか」


「不要です」


「しかし、村との関係性を示す情報としては」


「いりません」


「分かりました」


 ガルドは遠くで頭を抱えている。


 ナナはずっと笑っていた。


「今日のガルド、いいなぁ」


「よくねえ」


「照れてる」


「照れてねえ」


「モテおじ」


「やめろ」


「漆黒のモテおじ」


「本気で怒るぞ」


 リオは笑いながら、その光景を見ていた。


 ガルドは自分では分かっていない。


 自分がどれだけ人に覚えられているか。


 どれだけ誰かの中に残っているか。


 たぶん、本人は今でも「依頼をこなしただけ」と思っている。


 でも、それだけではない。


 畑を守ってもらった人。


 水路を直してもらった人。


 魔物を追い払ってもらった人。


 スープを食べさせた人。


 花を渡した子ども。


 そういう人達の中に、ガルドはちゃんと残っている。


 モテる、という言葉で茶化せるくらいには。


 そして、少し照れて怒れるくらいには。


「ガルドさん」


 リオが声をかける。


「今度はなんだ」


「焼き菓子、村の人からです」


「見れば分かる」


「食べます?」


「食う」


「素直ですね」


「食い物に罪はねえ」


 ガルドは焼き菓子を受け取って食べた。


 少しだけ表情が緩む。


「うまいですか?」


「……まあな」


「よかったですね」


「何がだ」


「好かれてて」


「またそれか」


「はい」


「しつこい」


「でも、いいことです」


 ガルドは何か言い返そうとして、やめた。


 そして、もう一口焼き菓子を食べる。


「……悪くはねえな」


 小さな声だった。


 リオはそれを聞いて、少し笑った。


 その日のギルドの隅には、小さな黄色い花が飾られていた。


 似合わない。


 本当に似合わない。


 でも、悪くなかった。


 だらけた中年冒険者が、昔助けた村で花をもらい、皆にからかわれ、酒場の隅に飾られる。


 それだけの一日。


 だけど、こういう一日があるから、このギルドは温かい。


 リオはそう思った。


 そして、ガルドが花を捨てろと言わないことに、少しだけ安心した。

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