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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第79話「酒が消える」

 酒場の酒が消えるというのは、大事件である。


 少なくとも、ナナにとっては。


 そして、ガルドにとっても。


 ついでに言えば、酒場に出入りする冒険者達にとっても。


 ギルドには毎日いろいろな問題が起きる。


 依頼書が消えたこともある。


 猫が増えたこともある。


 ユーンが馬車を暴走させたこともある。


 ガルドの黒歴史装備が発掘されたこともある。


 依頼人のおばあさんが盗賊を杖一本で沈めたこともある。


 大体のことは、もう驚かなくなってきた。


 リオ自身も、最近では多少の騒ぎなら「いつものことだ」と思えるようになっている。


 だが、その朝だけは違った。


 ナナの声が、酒場側から響いた。


「酒がない」


 静かな声だった。


 怒鳴ってはいない。


 叫んでもいない。


 ただ、低く、はっきりと。


 その瞬間、ギルド内の空気が止まった。


「……え?」


 リオが振り返る。


 ナナは酒場の棚の前に立っていた。


 腕を組んでいる。


 笑っていない。


 これはまずい、とリオは思った。


 ナナが笑っていない時は、大体まずい。


「酒がないって、どういうことですか」


 ミレナが受付から顔を出す。


「そのまま」


 ナナは棚を指差した。


「昨日閉める時に置いた瓶が一本ない」


「一本?」


 リオは少しだけ安心しかけた。


 だが、ナナの顔を見て安心を引っ込める。


「一本でも問題なの」


「ですよね」


「しかも、あれは高いやつ」


 空気がさらに変わった。


「高いやつ?」


 ガルドが椅子から顔を上げた。


 寝ていたはずなのに、酒の話だけ反応が早い。


「どの酒だ」


「西方蒸留酒」


 ナナが答える。


 ガルドの顔が少しだけ真面目になった。


「……あれか」


「知ってるんですか」


 リオが聞く。


「高い」


「それは聞きました」


「あと、うまい」


「でしょうね」


「滅多に入らん」


「ガルドさん、まさか」


 リオが言いかけた瞬間、ナナがゆっくりガルドを見た。


「ねえ、ガルド」


「なんだ」


「飲んだ?」


「飲んでない」


「本当に?」


「飲んでない」


「目を見て言って」


「飲んでない」


「昨日の夜、酒場にいたよね」


「いた」


「閉店後もいたよね」


「いた」


「長椅子で寝てたよね」


「寝てた」


「酒、飲んだよね」


「飲んだ」


「ほら」


「別の酒だ」


 ガルドは即答した。


「本当?」


「本当だ。あの瓶には手を出してねえ」


 ナナはじっと見る。


 ガルドも珍しく真面目に返す。


 その間に、リオは少しだけ考えた。


 確かにガルドは酒を飲む。


 かなり飲む。


 飲みすぎる。


 だが、勝手に高い酒を盗むようなことはしない気もする。


 いや、正確には、飲みたいとは思うだろう。


 でも、ナナにバレた後の面倒さを考えてやらないはずだ。


「たぶん、ガルドさんじゃないと思います」


 リオが言った。


「お、珍しく庇ったな」


 ガルドが言う。


「ナナさんにバレたら絶対面倒なの分かってるでしょうから」


「理由が悲しいな」


「でも合ってますよね」


「合ってる」


 ガルドは否定しなかった。


 ナナも少しだけ肩の力を抜いた。


「まあ、私もガルドがあれを勝手に開けたとは思ってない」


「じゃあなんで聞いたんですか」


「一応」


「信用が薄い」


「日頃の行いだよ」


 ガルドは何も言い返せなかった。


 事件として扱われることになった。


 酒瓶一本。


 普通なら、ここまで大騒ぎすることではないかもしれない。


 だが、ナナにとっては酒場の在庫管理に関わる問題であり、ミレナにとってはギルド内の備品消失であり、ガルドにとっては貴重な酒が消えた悲劇だった。


 そして、リオにとっては。


 嫌な予感のする一日だった。


「まず、昨日の夜に酒場にいた人を確認しましょう」


 ミレナが紙を出す。


「閉店前後にいたのは?」


「ガルド」


 ナナが言う。


「リオくんも少し」


「僕は報告書書いてただけです」


「カイルもいたね」


「いたな」


 壁際にいたカイルが頷く。


「でも俺は飲んでいない」


「ベルクも」


 ベルクが手を挙げる。


「俺は飲んだぞ」


「正直!」


 リオが言う。


「でも安い方だ。高いのは飲んでねえ」


「ライルもいた」


「俺はセリアさんに叱られたから早めに帰った!」


 ライルが胸を張る。


「胸を張ることですか?」


「叱られたのに?」


 セリアが治療棟側から顔を出す。


 ライルが一瞬で小さくなった。


「すみません……」


「ユーンは?」


 ナナが聞く。


 全員が少し警戒する。


「昨日はいました!」


 ユーンが元気よく答えた。


「何してました?」


 リオが聞く。


「瓶の形を見ていました!」


「怖い」


「何のために!?」


「効率的な収納装置を考えていて」


「やめてください」


 ミレナが即座に言った。


「酒棚を改造しようとしないでください」


「まだしてません!」


「“まだ”が怖いんです」


 ユーンは少し不満そうだった。


 だが、酒そのものには手をつけていないと言う。


「あと猫」


 ナナが言った。


「猫?」


 リオが聞き返す。


「昨日、酒場の裏に三匹いた」


「またですか」


「最近来るんだよね。ガルドの椅子の下にいたやつら」


「俺のせいみたいに言うな」


 ガルドが言う。


「でも懐かれてるじゃないですか」


「知らん」


「その猫が酒を持っていったと?」


 カイルが少し眉をひそめる。


「いや、さすがに瓶は持てないでしょ」


 ナナが言う。


「でも何か見てるかもしれない」


「猫に聞くんですか?」


「聞けたらね」


 リオはため息をついた。


 そして、なんとなく嫌な予感がした。


 このギルドでは、ありえないと思った方向に話が転がることが多い。


 酒瓶一本の行方を探すだけのはずが、気づけば猫の証言を求める流れになっている。


 すでにおかしい。


「とにかく、現場確認です」


 ミレナが言った。


「現場って酒棚ですよね」


「はい」


 ナナが棚を開ける。


 瓶は並んでいる。


 安い酒、中くらいの酒、料理用の酒、薬草酒。


 その中で、一か所だけぽっかり空いていた。


「ここにあった」


 ナナが指差す。


「昨日、確かに置いた」


「鍵は?」


 カイルが聞く。


「普段は棚に鍵はかけないよ。高い酒は奥に置くけど、閉店後は基本誰も入らないし」


「昨日、扉は閉めた?」


「閉めた」


「窓は?」


「閉めた」


「外から入れる場所は?」


「酒場裏の小窓くらい。でも人は無理」


「猫なら?」


 エインが言う。


「猫なら入れるかも」


 全員が少し黙る。


「いや、でも」


 リオが言う。


「猫が瓶を出せます?」


「無理だろ」


 ガルドが答える。


「飲めもしないだろ」


「酒好きな猫がいるかもしれません」


 ユーンが真顔で言う。


「いません」


 ミレナが即答した。


「たぶん」


「たぶんを使わないでください」


 リオが反応した。


「まだ引きずってるね」


 ナナが笑った。


 現場検証は続いた。


 棚の前に、細かい傷があった。


 床に少しだけ水のような跡。


 いや、水ではない。


 匂いを嗅いだガルドが言う。


「酒だな」


「嗅いで分かるんですか」


 リオが聞く。


「分かる」


「なんか嫌な技能ですね」


「役に立つだろ」


「今は役に立ってますけど」


「少しこぼれたのか」


 カイルが言う。


 ナナは床を見る。


「でも瓶が割れた様子はないね」


「中身だけこぼれた?」


「それなら瓶が残るはず」


「瓶ごと消えた」


「誰かが持っていった」


 ミレナがまとめる。


 そこで全員の視線が自然とガルドへ向いた。


「だから俺じゃねえ」


「一応です」


 リオが言う。


「一応でも見るな」


「日頃の行いです」


「お前、最近本当に遠慮なくなったな」


「このギルドの教育です」


「悪い教育だな」


 次に疑われたのは、ベルクだった。


「俺は飲んだら瓶を隠さねえ」


 ベルクは堂々としていた。


「堂々と飲む」


「それはそれで駄目じゃないですか?」


 リオが言う。


「いや、金払うぞ」


「ならいいです」


「高いやつは勝手に飲まん。ナナに殺される」


「殺さないよ」


 ナナが笑う。


「ただ、半年くらいツケに重ねる」


「死ぬより怖いな」


 ベルクが真顔になった。


 次はユーン。


「僕は瓶の角度しか見ていません!」


「角度を見るな」


 ミレナが言う。


「収納効率を」


「求めないでください!」


「でも、棚を改造すれば在庫確認も」


「しなくていいです!」


 ユーンの荷物を確認すると、怪しい図面が出てきた。


 酒棚を三段回転式にする図面だった。


「危険物ですね」


 リオが言う。


「危険物ではありません! 未来です!」


「未来を封印してください」


 ミレナが図面を回収した。


 酒瓶は出てこなかった。


 次はライル。


「俺は飲んでない!」


「本当に?」


「本当だ!」


「じゃあ昨日何してたんですか」


「セリアさんに話しかけようとして、薬草酒の瓶を倒しかけて、セリアさんに“危ないですよ”って言われて、心が浄化されて帰った!」


「情報量が多いです」


「だが飲んでない!」


 これはたぶん本当だった。


 内容が情けなさすぎて、嘘にしては損が大きい。


 調査は進まない。


 酒瓶はどこにもない。


 外にもない。


 空き瓶捨て場にもない。


 酒場裏にもない。


「うーん」


 ナナが腕を組む。


「誰が持っていったんだろ」


「そもそも、本当に盗まれたんですか?」


 メイナが言う。


「別の棚に移したとか」


「それはないと思うけど」


 ナナは少し自信を失いかけている。


「昨日、閉店前に在庫確認したから」


「酔ってませんでした?」


 リオが聞く。


「私?」


「はい」


「飲んでないよ」


「本当に?」


「飲ませる側だからね」


 それはそうだった。


「じゃあ」


 カイルが言う。


「酒場以外で使われた可能性は?」


「料理?」


 ナナが言う。


「いや、あの酒を料理には使わない」


「薬?」


 セリアが首を傾げる。


「治療棟では使ってません」


「じゃあ何に」


 その時、ガルドがふと顔を上げた。


「マルク」


 雑用係のマルクが、掃除道具を持って振り返る。


「はい?」


「昨日の閉店後、掃除したか」


「しました」


「酒場裏も?」


「はい」


「何か拾ったか」


「えっと……」


 マルクが少し考える。


「そういえば、裏に濡れた布が落ちてました」


「濡れた布?」


「はい。酒の匂いがしたので、洗い場に」


 全員が止まる。


「それ!」


 ナナが叫んだ。


「どこ!?」


「洗い場です!」


 全員が移動した。


 洗い場の隅。


 確かに布があった。


 酒の匂いがする。


 しかも、ただ濡れているだけではない。


 何かを拭いたような跡。


「誰の布ですか」


 リオが聞く。


「見覚えがあるな」


 ガルドが言う。


 全員が彼を見る。


「俺じゃねえぞ」


「まだ何も言ってません」


「顔が言ってた」


「言ってました」


 リオは正直に頷いた。


 ガルドは布を摘まむ。


「これ、トーマの荷布じゃねえか?」


「トーマさん?」


 その名が出た瞬間、入口が開いた。


「おーい、荷物持ってきたぞ!」


 タイミングが良すぎる。


 トーマが荷物を担いで入ってきた。


 全員の視線が向く。


「え、何だ?」


「トーマさん」


 ミレナが静かに言う。


「昨日の夜、酒場裏に来ましたか?」


「来たぞ」


「酒瓶に触りましたか?」


「酒瓶?」


 トーマは首を傾げる。


「いや、触ってねえと思うけど」


 ナナが布を見せる。


「これ、トーマの?」


「ああ、それ俺の荷布だ」


「なんで酒の匂いがするの?」


「酒?」


 トーマは少し考える。


 そして手を叩いた。


「ああ!」


 全員が身構える。


「昨日、酒場裏で荷車の荷を降ろしてた時に、猫が棚の方から飛び出してきてな」


「猫」


「で、びっくりして近くの空き樽にぶつかったんだ」


「空き樽?」


「いや、空きだと思ったら中に少し残ってて、布にかかった」


「それはどこですか!?」


 ナナの声が強くなる。


「酒場裏の端に置いてた樽」


「樽?」


 ナナが目を細める。


「ちょっと待って。昨日、空き樽なんて置いてない」


「え?」


 全員が酒場裏へ向かった。


 そこには、古い小樽が一つ転がっていた。


 見覚えがあるような、ないような。


 ナナが蓋を開ける。


 中は空。


 ただし、匂いがする。


 西方蒸留酒。


「……」


 ナナがゆっくり振り返る。


「瓶じゃなくて、樽?」


「どういうことですか」


 リオが聞く。


「これ、昨日入ってきた小樽だ」


 ナナが言う。


「瓶じゃない」


「え?」


「瓶詰めにする前のやつ。昨日、商会から届いたんだけど、仮置きしてた」


「つまり」


 ミレナが確認する。


「消えたのは瓶ではなく」


「瓶に移す前の小樽」


「でも棚には空きがありましたよね」


「棚の空きは……」


 ナナが顔をしかめる。


「私、昨日ここに瓶を置いたつもりで、場所だけ空けてたんだ」


「ということは」


 リオが言う。


「最初から瓶はなかった?」


 沈黙。


「……」


「……」


「……」


 ナナが目を逸らした。


「もしかして、私の勘違い?」


 ギルド内が静まり返った。


 その静けさを破ったのは、ガルドだった。


「犯人はナナか」


「違う!」


「自分で空けた場所を見て、瓶が消えたと思ったんだな」


「違う……いや、違わないかも……」


 ナナが珍しく弱った顔をする。


「でも小樽は空ですよね」


 メイナが言う。


「中身は?」


 それは大事だった。


 瓶はなかった。


 だが小樽の中身は消えている。


「誰が飲んだんですか」


 リオが言う。


 全員の視線がまたガルドへ向く。


「だから俺じゃねえ!」


 調査は第二段階へ入った。


 小樽の中身はどこへ消えたのか。


 容量は瓶一本分程度。


 匂いからして、かなり強い酒だ。


 誰かが飲めば分かるはず。


 ガルドは否定。


 ベルクも否定。


 ライルも否定。


 ユーンも否定。


 トーマも否定。


 ナナも飲んでいないと言う。


「じゃあ蒸発したんですか」


 リオが言う。


「そんな急に消えないよ」


 ナナが答える。


「猫が飲んだとか」


 エインが言う。


「さすがにないだろ」


 ガルドが言う。


「猫も死ぬぞ」


 その時だった。


 酒場裏の隅から、ふらふらと猫が出てきた。


 茶色い猫。


 以前ガルドの膝に乗っていた猫だ。


 歩き方がおかしい。


 ふらふらしている。


 目がとろんとしている。


「……」


「……」


「……」


 リオが呟いた。


「まさか」


 猫は、ガルドの足元まで来ると、そのままころんと転がった。


 そして寝た。


「飲んでる」


 ナナが言った。


「猫が飲んでる!」


「いや、そんな馬鹿な!」


 リオが叫ぶ。


 だが、猫の口元から酒の匂いがした。


 どうやら小樽の栓が半開きになっていて、こぼれた酒を猫が舐めたらしい。


 全部飲んだわけではない。


 おそらく大半は床にこぼれ、布で拭かれ、残りを猫が舐めた。


 それをマルクが掃除したことで痕跡が分かりにくくなり、棚の空きが“瓶が消えた”ように見えた。


 非常にしょうもない。


 非常にこのギルドらしい結末だった。


「猫、大丈夫ですか!?」


 セリアが慌てて猫を抱き上げる。


「少量なら大丈夫だと思いますが、様子を見ます」


「治療棟に猫が……」


 リオが呟く。


「患者です」


 セリアは真面目だった。


 猫は幸せそうに寝ている。


 ガルドが腕を組んで見下ろした。


「お前、俺より先に飲んだのか」


「そこですか」


 リオが言う。


「高いやつだぞ」


「猫に言っても」


「許せん」


「猫相手に本気出さないでください」


 ナナは頭を抱えていた。


「最悪……私の勘違いと猫のせいか……」


「あと小樽の栓をちゃんと閉めなかった商会側もありますね」


 ミレナが言う。


「確認します」


「ごめん、騒がせた」


 ナナが珍しく素直に謝った。


 ガルドが言う。


「酒が消えたら騒ぐのは仕方ねえ」


「ガルドに慰められると複雑」


「慰めじゃねえ。酒への敬意だ」


「それも複雑」


 結局、小樽の中身はほとんど失われていた。


 ナナは商会へ確認を入れ、栓の不備もあったため一部補償されることになった。


 猫はセリアの治療棟で半日眠り、夕方には何事もなかったように起きた。


 そして、なぜかガルドの膝に乗った。


「おい」


 ガルドが猫を見る。


「お前、酒を盗んだ罪人だぞ」


 猫は欠伸した。


「反省しろ」


 猫は丸くなった。


「聞いてねえな」


「ガルドさんも反省しない時ありますよね」


 リオが言う。


「一緒にするな」


「似てますよ」


「似てねえ」


 ナナが笑う。


「いや、似てる」


 メイナも頷く。


「だらけ方が」


 エインも頷く。


「あと怒られても動じないところ」


「お前らな」


 ガルドは不機嫌そうな顔をしたが、猫をどかさなかった。


 夜。


 ギルドの酒場はいつも通りだった。


 酒瓶は並び、客が笑い、ナナが注文をさばき、ミレナが受付で書類をまとめている。


 リオはカウンターに座り、今日の出来事を思い返していた。


 酒が消えた。


 犯人探しをした。


 ガルドが疑われた。


 ユーンの図面が没収された。


 トーマの布が出てきた。


 小樽だった。


 猫だった。


 結局、ほとんどが勘違いと偶然だった。


「なんだったんですかね、今日」


 リオが言う。


「酒の悲劇」


 ガルドが答える。


「猫の勝利じゃない?」


 ナナが笑う。


「高い酒を飲んで、セリアさんに看病されて、ガルドの膝で寝てる」


「腹立つな」


 ガルドが猫を見る。


 猫は寝ている。


「最強じゃないですか」


 エインが言う。


「このギルドで一番強いの、猫かもしれませんね」


「昨日の話題をそこに繋げるな」


 リオが笑う。


 ガルドはため息を吐いた。


「猫に負けた気がする」


「酒の件では負けてますね」


 ナナが言う。


「一番高いのを最初に味見したんだから」


「許せん」


「じゃあ今度入ったら飲む?」


 ガルドが顔を上げる。


「飲む」


「もちろん金は取るよ」


「……少しまけろ」


「猫には請求できないから、その分乗せるね」


「おい」


 ギルドに笑いが広がった。


 リオは、その光景を見て少しだけ思った。


 大事件ではない。


 むしろ、しょうもない。


 酒が消えたと思ったら、勘違いと猫だった。


 ただそれだけの話。


 でも、こういう日が積み重なって、このギルドの空気になっていくのだろう。


 誰かが怒って。


 誰かが疑われて。


 誰かが笑って。


 最後には、猫が全部持っていく。


 窓の外には、静かな夜が広がっていた。


 酒場の灯りは温かく、棚には少しだけ空いた場所がある。


 そこには本来、高い酒が置かれる予定だった。


 今は空いている。


 だが、その前で猫が満足そうに寝ているので。


 誰も、しばらく文句を言えなかった。

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