■第8話「英雄ってのは、だいたい一人で背負ってるように見えるだけだ」
英雄というのは、いつも一人で戦っているように見える。
すべてを背負い、すべてを決め、すべてを終わらせる。
――だが、それは見えている部分だけだ。
本当のところは、そんなに単純じゃない。
⸻
「呼び出し?」
ギルドの一室。
ガルドは椅子にだらけながら聞いた。
「そうだ」
向かいに座るのは、アルヴェイン・クロイツ――アル。
元勇者であり、現ギルドマスター。
「珍しいな」
「たまにはな」
アルは書類を閉じる。
「依頼だ」
「断る」
「まだ内容を言っていない」
「面倒そうだから断る」
「面倒だ」
「ほらな」
ガルドはあくびをする。
リオが横で慌てる。
「ちょっと待ってください! 内容くらい聞きましょうよ!」
「どうせロクなもんじゃねえ」
「だとしてもです!」
アルは小さく笑った。
「内容は単純だ」
「ほう」
「調査だ」
「帰る」
「最後まで聞け」
アルの声は静かだが、逆らえない。
「……で?」
「旧遺跡の調査」
その一言で、空気が変わった。
ガルドの動きが止まる。
ほんの一瞬。
「……どこだ」
「北の外れ」
アルが答える。
「昔、邪神の眷属が現れた場所だ」
沈黙。
重い。
リオは息を呑む。
(邪神……)
話には聞いたことがある。
だが、それが目の前に出てくるとは思っていなかった。
⸻
「……今さら何を調べる」
ガルドが低く言う。
「最近、妙な報告があってな」
「妙な?」
「魔力の残滓が再び観測されている」
アルは続ける。
「完全に消えたはずのものだ」
「……」
ガルドは黙る。
「だから確認する必要がある」
「他にやれるやつはいるだろ」
「いる」
「じゃあそいつらにやらせろ」
「やらせている」
アルは言う。
「だが、お前にも行ってほしい」
「理由は」
「お前がいた場所だからだ」
静かな一言。
だが重い。
⸻
「……断る」
ガルドが言った。
はっきりと。
「ガルドさん……」
リオが驚く。
「やりたくねえ」
「……そうか」
アルはあっさり引いた。
だが――
「なら別の形で頼む」
「なんだ」
「同行だ」
「何が違う」
「俺も行く」
空気が止まる。
「……は?」
ガルドが顔を上げる。
「俺も現地に向かう」
アルは言った。
「確認が必要だからな」
「お前が行く必要はねえ」
「ある」
「ギルドはどうすんだ」
「任せてある」
「……」
ガルドは黙る。
⸻
「ガルドさん」
リオが言う。
「行きましょう」
「……」
「危険ならなおさらです」
まっすぐな目。
「僕も行きます」
「お前は関係ねえ」
「関係あります」
即答だった。
「今は、一緒にやってるんですから」
ガルドは目を細める。
少しだけ、考える。
「……ちっ」
舌打ち。
「わかったよ」
「行くんですね!」
「アルが行くならな」
ガルドは立ち上がる。
「一人で勝手に死なれても困る」
「死なん」
アルが言う。
「だといいな」
⸻
数日後。
北の外れ。
荒れた大地。
風が強い。
「……ここか」
ガルドが呟く。
「そうだ」
アルが答える。
目の前には――崩れた遺跡。
古い石造り。
半分以上が崩壊している。
「……嫌な感じですね」
リオが言う。
「わかるか?」
「なんとなくですけど……空気が重い」
「正解だ」
ガルドが言う。
「ここはそういう場所だ」
⸻
遺跡の中。
暗い。
冷たい空気。
足音が響く。
「……静かすぎる」
リオが呟く。
「こういう場所はな」
ガルドが言う。
「だいたい何か出る」
「やめてください」
その時。
微かな気配。
アルが立ち止まる。
「……来る」
次の瞬間。
影が動いた。
黒い塊。
形が定まらない。
「……なんだあれ」
リオが構える。
「残滓だな」
ガルドが言う。
「消えきらなかったやつ」
「危険なのか?」
「触れなきゃ問題ねえ」
「じゃあ放っておけば」
「増える」
「ダメじゃないですか!」
⸻
影が襲いかかる。
速い。
だが――
アルが動く。
剣が光る。
一撃で斬り裂く。
だが、消えない。
「……再生する」
「だから残滓だ」
ガルドが前に出る。
「リオ、下がってろ」
「はい!」
ガルドが手を伸ばす。
魔力でも剣でもない。
ただの動き。
だが――
影が、崩れる。
「……消えた?」
リオが呟く。
「核を潰した」
ガルドが言う。
「核?」
「中心だ。どこかにある」
「そんなの見えませんよ」
「見える」
「どうやって」
「感覚だ」
「またそれですか!」
⸻
さらに奥へ進む。
影が増える。
数が多い。
「面倒だな」
ガルドが言う。
「まとめてやるか」
アルが前に出る。
「任せろ」
剣が光る。
複数同時に斬る。
だが――
消えない。
「……厄介だ」
「だから言ったろ」
ガルドが笑う。
「俺の出番だ」
軽く踏み込む。
次の瞬間。
すべてが止まった。
リオの視界が追いつかない。
気づけば――
影はすべて消えていた。
「……今の」
アルが呟く。
「変わらんな」
「お前もな」
短いやり取り。
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最奥。
広い空間。
中央に――
黒い塊。
他とは違う。
濃い。
「……これが本体か」
アルが言う。
「たぶんな」
ガルドが答える。
空気が重い。
圧力。
「……これ、やばくないですか」
リオが震える。
「やばいな」
ガルドがあっさり言う。
「どうするんですか」
「壊す」
「簡単に言いますね」
「簡単じゃねえ」
ガルドが一歩出る。
「だから俺がやる」
「一人で行くな」
アルが言う。
「一緒にやる」
「……ああ、そうか」
ガルドが笑う。
「そういう役だったな、お前」
「忘れたか」
「少しな」
二人が並ぶ。
その姿に、リオは息を呑む。
(これが……)
⸻
戦闘が始まる。
黒い塊が動く。
触手のように伸びる。
速い。
重い。
だが――
二人は崩れない。
アルが前を切り開く。
ガルドが隙を潰す。
完璧な連携。
「……すごい」
リオが呟く。
言葉にならない。
無駄がない。
迷いがない。
信頼がある。
「ガルド!」
「わかってる!」
一瞬の隙。
ガルドが踏み込む。
核心へ。
手を伸ばす。
掴む。
――砕く。
静寂。
黒が消える。
⸻
終わった。
何も残らない。
「……消えた」
リオが呟く。
「終わりだな」
ガルドが言う。
「完全に、か?」
アルが聞く。
「たぶんな」
「曖昧だな」
「いつも通りだ」
⸻
帰り道。
「……なあ、ガルド」
アルが言う。
「なんだ」
「あの時も、こんな感じだったな」
「……そうだな」
少しだけ、間があった。
「お前が潰して、俺が道を作る」
「逆もあっただろ」
「そうだったか」
アルが笑う。
「忘れた」
「嘘つけ」
⸻
「……でもな」
アルが続ける。
「俺は知ってる」
「何を」
「あの戦い」
静かな声。
「お前がいたから、勝てた」
リオが息を呑む。
その言葉。
重い。
「……やめろ」
ガルドが言う。
「面倒くせえ」
「事実だ」
「違う」
「違わない」
短いやり取り。
だが、深い。
⸻
ガルドは少しだけ空を見る。
「……俺一人じゃ無理だ」
ぽつりと。
「当たり前だ」
アルが言う。
「一人で勝てる戦いじゃない」
「そうだな」
二人は笑った。
⸻
英雄というのは、いつも一人で戦っているように見える。
だが――
本当は違う。
見えないところで、支えている者がいる。
共に戦っている者がいる。
だから勝てる。
⸻
「なあリオ」
「はい」
「どうだった」
「……すごかったです」
「それだけか」
「それしか言えません」
ガルドは笑う。
「まあいい」
⸻
「帰ったら飲むか」
「それですか」
「大事だ」
「どこがですか」
「全部だ」
リオはため息をつく。
だが、少しだけ笑った。
⸻
騒がしくて、少しだけ重い日常は――
それでも変わらず、続いていく。




