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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第7話「賢い奴ほど、全部わかった気になる」


 賢いというのは、便利なようで危うい。


 知っていることが増えれば増えるほど、わかった気になってしまうからだ。


 ――そして、わかった気になった瞬間に、人は足をすくわれる。



「今日は講義だ」


 朝。


 ガルド・レインズは、珍しくまともな顔をしていた。


「嫌な予感しかしないんですが」


 リオが即答する。


「今日はまともだ」


「それ昨日も聞きました」


「今日は違う」


「その違いを具体的に」


「学園だ」


「またですか!?」



 魔法学園。


 広い講堂。


 生徒たちが集まっている。


 ざわざわとした空気。


「今日は特別講義だそうだ」


 リオが周囲を見回す。


「誰が来るんですかね」


「知ってる顔だ」


「え?」


 その時。


「おやおや、ずいぶんと騒がしいのう」


 穏やかな声が響いた。


 入口から現れたのは――


 白髪の老人。


 長い髭。ローブ姿。杖をついている。


 だが、その目は鋭い。


「……ゼノン先生」


 リオが呟く。


 元賢者。


 ゼノン・アルカディア。


 かつて魔法の頂点に立った男。


 今は、学園で臨時講師をしている。


「おお、リオではないか」


「お久しぶりです」


「元気そうで何よりじゃ」


 穏やかに笑う。


 そして――


「……で」


 視線が横にずれる。


「なんでお主がおるんじゃ、ガルド」


「呼ばれたからだ」


「呼んでないぞい」


「リディアが呼んだ」


「……あやつめ」


 ゼノンはため息をついた。



「さて」


 講義が始まる。


「今日は“魔法の基礎”についてじゃ」


 黒板に文字が書かれる。


「魔法とは何か」


 生徒たちが真剣に聞く。


 リオも頷く。


 だが――


 横でガルドがあくびをした。


「眠い」


「静かにしてください」


「難しい話は苦手だ」


「聞いてください!」


 ゼノンの視線が飛ぶ。


「ガルド」


「なんだ」


「寝るなら帰れ」


「寝てねえ」


「今あくびしたじゃろ」


「体の準備運動だ」


「どんな理屈じゃ」


 ため息。



「魔法とは、理を理解し、力を引き出すものじゃ」


 ゼノンが続ける。


「構造を知り、流れを読む」


 丁寧な説明。


 理論的で、わかりやすい。


 生徒たちも頷いている。


「つまり、理解がすべてじゃ」


 その時。


「違うな」


 ガルドが呟いた。


 空気が止まる。


「……なんじゃと?」


 ゼノンが振り向く。


「理解がすべてじゃねえ」


「ほう?」


「使えるかどうかだ」


 ガルドは言う。


「理解してても、使えなきゃ意味ねえ」


 ざわつく。


 生徒たちが顔を見合わせる。


「……それは違うのう」


 ゼノンが静かに言う。


「理解があってこそ、使えるのじゃ」


「逆だ」


「ほう」


 二人の視線がぶつかる。


 空気が変わる。



「試すか?」


 ガルドが言う。


「何をじゃ」


「実戦」


「……ふむ」


 ゼノンは少し考える。


「いいじゃろう」


 生徒たちがざわめく。


「ただし」


 ゼノンが言う。


「本気は出すなよ」


「出さねえ」


「信用ならん」


「お互い様だ」


 二人は笑った。



 訓練場。


 円形のフィールド。


 生徒たちが周囲に集まる。


「すごい……元賢者と……」


「ガルドって誰だ?」


「知らないのか?」


 ざわめき。


 リオは息を呑む。


(この二人……)



「行くぞい」


 ゼノンが杖を構える。


 魔力が集まる。


 空気が震える。


 高度な魔法。


 詠唱。


 光が収束する。


 ――発動。


 閃光が走る。


 だが。


 ガルドは動かない。


 ほんの少し、体をずらす。


 それだけで避ける。


「……見えてるのか」


 ゼノンが呟く。


「だいたいな」


 ガルドが言う。


「遅い」


「ほう」


 ゼノンの目が鋭くなる。


 次の魔法。


 複数同時。


 軌道を変える。


 だが――


 すべて、外れる。


「……なるほどのう」


「まだやるか?」


「当然じゃ」


 ゼノンは笑う。


 楽しくなっている。



「リオ」


「はい!」


「見ておけ」


 ガルドが言う。


「これが違いだ」


 次の瞬間。


 ガルドが動く。


 速い。


 だが、派手じゃない。


 無駄がない。


 最短距離。


 ゼノンの懐に入る。


 杖に触れる寸前で止まる。


「……終わりじゃな」


 ゼノンが笑う。


「そうだな」


 ガルドが下がる。


 静寂。



「……なぜじゃ」


 ゼノンが聞く。


「なぜ、あそこまで読める」


「経験だ」


「それだけで説明できるか?」


「できる」


 ガルドは言う。


「何回も死にかけた」


 軽く言う。


 だが、その重みは違う。


「その中で覚えた」


 静かな声。


「どうすれば生き残るか」


 ゼノンは黙る。



「……なるほどのう」


 しばらくして、ゼノンが言う。


「理屈ではないか」


「そうだ」


「じゃが」


 ゼノンは杖を立てる。


「理屈も必要じゃ」


「否定はしてねえ」


「ほう」


「でもな」


 ガルドは言う。


「最後に頼れるのは、体だ」


 短い言葉。


「頭じゃねえ」


 沈黙。



 生徒たちは、静かに聞いていた。


 誰も言葉を発さない。


 ただ、見ている。


「……いい講義じゃな」


 ゼノンが笑う。


「俺は何もしてねえ」


「しておるよ」


 ゼノンは頷く。


「足りないものを、見せた」



 講義は終わる。


 生徒たちはざわざわと話し始める。


「すげえ……」


「なんだあの動き」


「理屈じゃないって……」


 リオは立ち尽くしていた。


(……違う)


 今まで見てきたもの。


 それとは違う。


「なあリオ」


「はい」


「わかったか?」


「……少しだけ」


「それでいい」



 帰り道。


「……あの二人、すごすぎません?」


 リオが言う。


「まあな」


 ガルドはあくびをする。


「でもよ」


「はい」


「どっちも必要だ」


「……はい」


 リオは頷く。



 賢いというのは、便利なようで危うい。


 だが――


 それだけでは足りない。


 体で覚えたもの。


 経験で積み上げたもの。


 それらがあって、初めて“強さ”になる。



「なあガルドさん」


「なんだ」


「昔って、どんな戦いしてたんですか」


 一瞬、沈黙。


「……忘れた」


「嘘ですよね」


「さあな」


 ガルドは笑う。


 だが、その目は少しだけ遠くを見ていた。



「次は酒だな」


「やっぱりそれですか」


「重要だ」


「どこがですか」


「全部だ」


 リオはため息をつく。


 だが、少しだけ笑った。



 騒がしくて、少しだけ深い日常は――


 今日も、変わらず続いていく。

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