■第77話「絶対に開けるな」
ギルドの倉庫には、いろいろな物がある。
予備武器。
壊れた防具。
昔の依頼記録。
使わなくなった荷車。
誰のか分からない毛布。
なぜか増える縄。
なぜか減る釘。
そして。
誰も触れたがらない“よく分からない箱”。
その日、問題になったのは、その箱だった。
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「なんですかこれ」
昼過ぎ。
倉庫整理をしていたリオは、奥の棚の下で木箱を見つけた。
中くらいのサイズ。
やたら頑丈。
妙に重い。
そして。
蓋に、大きく書いてある。
『絶対に開けるな』
「……」
リオは無言になる。
嫌な予感しかしない。
⸻
「見つけたか」
後ろからナナが顔を出した。
「え、知ってるんですか?」
「昔からある」
「なんなんですかこれ」
「知らない」
「知らないんですか!?」
「誰も開けたことない」
「じゃあなんで置いてるんですか!」
「なんか怖くて」
「倉庫にある時点で怖いです!」
⸻
「おーい!」
エインが走ってくる。
「何見つけたんですか!」
「静かにしてください」
「おっ」
エインも文字を見る。
『絶対に開けるな』
「……開けたくなりますね」
「なるな」
リオが即答した。
「でも気になります!」
「気になるけど!」
⸻
「なになに?」
ルーカスとメイナも来る。
五秒後。
「気になりますね」
「でしょうね!」
リオが頭を抱えた。
⸻
「いや待て」
カイルが腕を組む。
「逆に考えろ」
「何をですか」
「本当に危険なら、もっと厳重に管理されてる」
「なるほど」
「つまり」
「つまり?」
「たぶん危険じゃない」
「“たぶん”やめてください」
リオは真顔だった。
最近、その単語に異常反応する。
⸻
「でも誰のなんだ?」
ベルクまで来た。
「名前書いてねえぞ」
「本当ですね」
箱の側面を見る。
傷だらけ。
古い。
だが、持ち主を示すものはない。
ただ一つ。
小さく。
『ガ』
「ガ?」
「途中で消えたのか?」
「嫌な予感」
リオが呟く。
⸻
「お前ら」
その時だった。
後ろから声。
全員振り返る。
ガルドだった。
倉庫入口で止まっている。
そして。
箱を見た瞬間。
「……」
ものすごく嫌そうな顔をした。
全員が察する。
「あっ」
「ガルドさんのですね」
「違う」
「嘘ですね」
「違う」
「顔が完全にそうです」
⸻
「なんなんですかこれ」
リオが聞く。
「知らん」
「絶対知ってるじゃないですか」
「知らん」
「視線逸らしましたよね」
「気のせいだ」
⸻
「ガルドさん」
エインが目を輝かせる。
「もしかして、昔の最強装備ですか!?」
「違う」
「伝説の武器!」
「違う」
「封印された魔剣!」
「違う」
「じゃあなんですか!」
ガルドは少し黙った。
「黒歴史だ」
全員止まった。
⸻
「えっ」
「黒歴史」
「黒歴史」
リオが復唱する。
「つまり?」
「開けるな」
「なんでですか」
「死ぬ」
「そこまで!?」
⸻
「いや待ってください」
ナナが笑いを堪えている。
「それ逆に見たい」
「やめろ」
ガルドが真顔だった。
「本当にやめろ」
「そこまで言われると気になりますね」
メイナまで言い始めた。
「お前まで!?」
⸻
「ガルドさん」
エインが言う。
「ちょっとだけ!」
「駄目だ」
「少しだけ!」
「駄目だ」
「端っこだけ!」
「魚じゃねえんだぞ」
⸻
「じゃあ質問です」
リオが言う。
「危険物ですか?」
「物理的にはたぶん安全だ」
「精神的には?」
「危険」
「開けたいですね」
「なんでだよ!」
⸻
「ガルド」
ナナが笑う。
「そんなに嫌なの?」
「嫌だ」
「珍しいね」
「嫌だ」
「二回言った」
「嫌なもんは嫌だ」
⸻
だが。
人間というのは。
“絶対に開けるな”と言われるほど開けたくなる生き物である。
⸻
「ちょっとだけなら」
エインが箱へ近づく。
「やめろ」
ガルドが低い声を出す。
「本気ですね」
リオが引く。
「珍しく」
⸻
「でも」
ベルクが箱を持ち上げる。
「軽いな」
「軽いんですか?」
「空か?」
「いや」
ガルドが即答する。
「入ってる」
「何がですか」
「やめろ」
「質問に答えてください!」
⸻
「……」
その時。
倉庫入口にアルが現れた。
箱を見る。
止まる。
五秒。
静かに顔を逸らした。
「アルさん!?」
リオが叫ぶ。
「知ってるんですか!?」
「……知らない方がいい」
「アルさんまで!?」
⸻
「そんなにですか」
ルーカスが引く。
「そんなにだ」
アルが即答した。
「昔のガルドは」
「やめろ」
「変な方向に元気だった」
「やめろ」
「今よりずっと面倒だった」
「やめろ」
ガルドが本気で嫌そうだった。
⸻
「開けよう」
ナナが言った。
「なんで!?」
リオが叫ぶ。
「だってここまで来たら気になるじゃん」
「人の心あります!?」
「あるよ?」
「絶対ない!」
⸻
「多数決しようぜ!」
エインが言う。
「嫌な民主主義!」
⸻
「開けたい人ー!」
エイン。
ナナ。
ベルク。
ルーカス。
メイナ。
ユーン(いつの間にかいた)。
「なんでユーンさんいるんですか」
「楽しそうだったので!」
「嫌な予感しかしない!」
⸻
「開けたくない人」
リオ。
ミレナ。
セリア。
カイル。
ドーガ。
「意外と少ない!」
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「ガルドは?」
ナナが聞く。
「絶対嫌だ」
「一票っと」
「数えるな!」
⸻
「よし、多数決で」
「待て」
ガルドが真顔になる。
珍しく本気だった。
「本当にやめろ」
空気が少し静かになる。
「そんなにですか」
リオが聞く。
ガルドは少し黙った。
そして。
「……若かったんだ」
「重い始まり方!」
⸻
「昔の俺はな」
ガルドが遠い目をする。
「格好つけたかった」
「今もでは?」
ナナが言う。
「今は諦めてる」
「そこは認めるんですね」
⸻
「昔はな」
ガルドが続ける。
「変な二つ名とか、必殺技とか、専用装備とか、そういうの好きだった」
ギルド内が静かになる。
「……」
「……」
「……」
エインが小さく聞く。
「必殺技名とか叫んでたんですか?」
「やめろ」
「叫んでたんですね」
⸻
「黒炎竜殺断」
アルが突然言った。
ガルドが固まる。
「やめろぉぉぉ!!」
ギルドが爆発した。
⸻
「なにそれ!」
「黒炎!?」
「竜殺!?」
「断!」
「かっこいい!」
エインだけ目を輝かせていた。
⸻
「ちなみに」
アルが淡々と言う。
「技の内容は、ただ斜めに斬るだけだ」
「最悪だ!」
ナナが笑い崩れる。
⸻
「お前裏切ったな!?」
ガルドが叫ぶ。
「先に思い出させたのはお前達だ」
「だからって!」
⸻
「待ってください」
リオが頭を抱える。
「まさか箱の中って」
アルが静かに頷いた。
「当時の装備だ」
全員が箱を見る。
空気が変わる。
さっきまでの好奇心とは別の意味で。
見たい。
めちゃくちゃ見たい。
⸻
「開けよう」
ナナが真顔で言った。
「駄目だぁぁぁ!!」
⸻
だが。
人数差は残酷だった。
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「いきます!」
エインが蓋に手をかける。
「やめろ!」
ガルドが止めようとする。
しかし。
ベルクが押さえる。
「諦めろ!」
「裏切り者ぉぉぉ!!」
⸻
ばこん。
蓋が開いた。
沈黙。
中を見る。
「……」
「……」
「……」
最初に吹き出したのはナナだった。
「ぶっ……!」
次にエイン。
「なんですかこれぇぇぇ!!」
⸻
中には。
黒いマント。
無駄に尖った肩当て。
意味不明な赤い装飾。
鎖。
なぜか片目用の仮面。
そして。
木札。
『漆黒の断罪者ガルディア』
「誰!?」
リオが叫んだ。
⸻
「ガルディアって!」
「ガルド+何かだな!」
「断罪者!?」
「肩尖ってる!」
「マント長い!」
「なんで鎖!」
ギルドが崩壊した。
⸻
「返せぇぇぇ!!」
ガルドが本気で叫ぶ。
顔真っ赤。
珍しすぎる。
⸻
「いや待ってください」
カイルが肩を震わせている。
「これ着てたんですか?」
「若かったんだ!」
「万能ワード!」
⸻
「しかも」
ナナが木札を裏返す。
「“闇を裂く者”って追加で書いてある」
「やめろぉぉぉ!!」
⸻
「うわぁ……」
リオが遠い目をする。
「これはキツい」
「でしょうね」
メイナが頷く。
「今のガルドさん見ると余計に」
⸻
「待て」
ユーンが目を輝かせる。
「これ、改良すれば」
「やめろ」
ガルドが即答した。
「さらに肩を」
「やめろ」
「回転式に」
「もっとやめろ」
⸻
「ちなみに」
アルが静かに言う。
「当時は“闇炎破砕斬”とかもあった」
ガルドが膝をついた。
「殺せ……」
「死ぬほど恥ずかしいですね」
リオが真顔で言う。
⸻
「でも」
エインが目を輝かせる。
「ちょっと格好いいです!」
「お前まだ若いな」
ベルクが肩を叩く。
「いつか分かる」
⸻
「ガルドさん」
リオが聞く。
「なんで今やめたんですか」
ガルドはしばらく黙った。
そして。
「アルに“冷静になれ”って言われた」
「アルさん!」
「まとも!」
⸻
「あと」
アルが続ける。
「一回、街の子どもに泣かれた」
ギルドが静かになった。
「理由!」
「夜道で急に現れたから」
「そりゃ泣きますよ!」
⸻
その日の夜。
倉庫の箱は再封印された。
ただし。
今度は蓋に追加で書かれた。
『ガルドが泣くので絶対に開けるな』
「やめろぉぉぉ!!」
ギルドに爆笑が響いた。
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リオは笑いながら思った。
誰にでも黒歴史はある。
ガルドみたいな人でもある。
今はだらけた中年でも、昔は尖っていた。
必殺技を叫び、肩を尖らせ、闇を裂いていた。
……やっぱりちょっと面白い。
でも。
少しだけ安心した。
完璧に見える人でも、昔は変だった。
なら、自分達が今少しくらい失敗しても、たぶん大丈夫なのかもしれない。
いや。
“たぶん”は良くない。
リオは最近それを学んだ。
なので。
こう言い直すことにした。
「絶対、面白かったな……」
遠くでガルドの悲鳴が聞こえた。




