■第76話「弱いところを見せる日」
冒険者は、強さを見せたがる。
剣が速い。
魔法が上手い。
力がある。
判断が早い。
魔物に怯まない。
そういうものは分かりやすいし、周りからも認められやすい。
だから新人ほど、強いところを見せようとする。
少しでも自分を大きく見せたい。
舐められたくない。
役に立てると思われたい。
その気持ちは、リオにも分かった。
けれど、ガルドは言った。
「弱いところ隠す奴が一番危ねえ」
朝の受付前。
依頼書を見ながら、唐突に。
⸻
「急にどうしたんですか」
リオが聞く。
「今日の依頼だ」
ガルドは紙をひらひら振る。
「合同依頼。人数多め。新人込み。苦手を隠す奴が出る」
「決めつけじゃないですか」
「経験だ」
その言い方は、だいたい当たる時の言い方だった。
ミレナが依頼書を確認する。
「内容は、東の丘陵地帯にある古い見張り小屋の修繕補助と周辺警戒です」
「修繕補助?」
「はい。大工さん達が作業する間、魔物や獣が近づかないように見張る依頼です。あと、荷物運びもあります」
「地味ですね」
「地味ですが大事です」
「それは分かります」
リオは素直に頷いた。
戦闘より地味な依頼ほど、変なところで事故が起きる。
最近、それを嫌というほど学んでいる。
⸻
参加者は多かった。
リオ。
カイル。
エイン。
ルーカス。
メイナ。
ベルク。
トーマ。
そしてガルド。
さらに新人が二人。
片方は斧を使う青年で、名前はジーク。
もう片方は短い杖を持つ少女で、名前はフィナ。
二人とも登録してまだ日が浅い。
ジークは背が高く、力がありそうで、どこか自信満々だった。
フィナは小柄で、周囲をよく見ているが、話す声が少し小さい。
「人数多いですね」
リオが言う。
「作業員もいるからな」
ガルドが答える。
「見張りだけなら少なくていいが、今日は荷運びもある」
「なるほど」
「あと、新人を見るにはちょうどいい」
「また教育ですか」
「お前も見る側だぞ」
「……最近それ言われること増えましたね」
「実際そうなってるからな」
少し前なら嬉しかったかもしれない。
今は、嬉しさより責任の重さを感じる。
⸻
「今日は無理しないでくださいね」
ミレナが全員を見る。
「見張り依頼だからといって、危険がないわけではありません。丘陵地帯は足場が悪いです。資材も重いです。怪我をしないことを優先してください」
「はい!」
新人達が返事をする。
その中で、ジークの声だけがやたら大きかった。
「任せてください! 力仕事なら得意です!」
ベルクが笑う。
「いいねえ、元気だ」
「はい!」
「でも飛ばしすぎんなよ」
「大丈夫です!」
リオはその言葉に少し嫌な予感を覚えた。
大丈夫。
最近、その言葉ほど信用しにくいものはない。
ユーンのせいだけではない。
自分もそう言って失敗したことがある。
⸻
東の丘陵地帯は、街からそう遠くない。
なだらかな斜面がいくつも続き、その上に古い見張り小屋が建っている。
昔、街道を見渡すために作られたものらしいが、今は半分崩れかけていた。
木の壁は腐り、屋根は一部抜け、周囲の柵も倒れている。
ただ、位置は良い。
ここを直せば、街道の見張りや緊急時の休憩所として使える。
「なるほど」
リオが見上げる。
「確かに、放置するより直した方がいいですね」
「だろ」
トーマが荷車から資材を降ろしながら言う。
「こういう場所が使えると、荷運び屋も助かるんだ」
「雨宿りとかですか」
「そうそう。あと道に迷った人の目印にもなる」
派手ではない。
でも必要な仕事だ。
リオはこういう依頼が少し好きになってきていた。
⸻
作業が始まった。
大工達が小屋を確認し、冒険者達は資材運びと周辺警戒に分かれる。
ベルクとジークは重い木材運び。
トーマとエインは荷車から資材を下ろす。
リオとカイルは周辺を確認。
メイナとフィナは高台から周囲を見る。
ガルドは全体を見ている。
本人は「休憩だ」と言っていたが、目は休んでいなかった。
「リオ」
「はい」
「斜面の向こう、見てこい。足跡がある」
「分かりました」
やっぱり見ている。
ガルドは動かなくても仕事をしている。
そこが少しずるい。
⸻
斜面の向こうには、小さな獣の足跡があった。
たぶん野犬。
魔物ではない。
ただし群れなら作業員が驚く。
「カイルさん」
「ああ」
カイルも確認する。
「新しいな」
「ですね」
「リオ、どう見る」
急に聞かれた。
リオは少し考える。
「足跡の深さは浅いです。数は三、四匹くらい。小型ですね。今すぐ危険ではないけど、食べ物の匂いで近づくかも」
「悪くない」
「ガルドさんみたいなこと言いましたね」
「嫌か?」
「いえ」
リオは苦笑する。
「最近、そういう見方になってきたなと」
「いいことだろ」
「たぶん」
そう答えながら、少し複雑だった。
自分がだんだん“このギルド側”になっている。
それを嬉しいと思う自分もいるし、怖いと思う自分もいる。
⸻
昼前。
最初の問題が起きた。
「うおおおお!」
ジークが木材を二本まとめて担いでいた。
「おい、一本でいいぞ」
ベルクが言う。
「大丈夫です!」
まただ。
「俺、力には自信あるんで!」
「力があっても足場が悪い」
「大丈夫です!」
リオは遠くから見て、眉を寄せた。
丘陵地帯の地面は平らではない。
草に隠れて石もある。
重い木材を二本担いで歩くのは危ない。
「ジーク!」
リオが声をかける。
「一本にした方がいい!」
「平気です!」
ジークは笑う。
「このくらいなら!」
その瞬間、足元の石が転がった。
「あ」
短い声。
体が傾く。
木材の重みが片側に流れる。
ベルクが飛び込んだ。
「おっと!」
ジークの肩から木材を一気に受け取る。
重い音を立てて地面へ落とす。
ジークは尻餅をついた。
「……っ」
怪我はない。
だが、顔が真っ赤になっている。
「言っただろ」
ベルクが言う。
「力だけで運ぶな」
「す、すみません」
「見せたいのは分かる」
ベルクは笑わなかった。
意外だった。
「俺も昔やったからな」
「え?」
「まとめて運んで足滑らせて、仲間の足折りかけた」
ジークが黙る。
「力仕事はな。力を見せる仕事じゃねえ。安全に運ぶ仕事だ」
その言葉は、妙に重かった。
ベルクは普段、豪快で細かいことを気にしない兄貴分に見える。
でも、ちゃんと経験で話している。
ジークは小さく頷いた。
「……はい」
「次は一本ずつだ」
「はい」
それで終わり。
叱るというより、教える。
リオは少しだけ安心した。
⸻
次の問題は、フィナだった。
高台で見張りをしていた彼女は、ずっと静かだった。
メイナと一緒に周囲を見ていたが、報告の声が小さい。
何か見つけても、少し迷ってから言う。
その迷いが、少し気になっていた。
「フィナさん」
メイナが言う。
「今、何か見ました?」
「……ううん」
フィナは首を振る。
だが、視線は丘の下へ向いていた。
メイナは眉を寄せる。
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん?」
メイナはすぐにリオを呼んだ。
「リオ先輩!」
「どうした?」
「フィナさんが何か見たみたいです」
「見てないって」
フィナが小さく言う。
リオは高台へ上がる。
「どの辺?」
「だから、見間違いかも」
「見間違いでもいい」
リオは言う。
「言って」
フィナは少し黙る。
そして、丘の下の草むらを指差した。
「……あそこ。何か動いた気がして」
リオは目を細める。
草が揺れている。
風ではない。
「カイルさん!」
リオが声をかける。
カイルがすぐに反応する。
ガルドも椅子代わりにしていた木箱から顔を上げた。
「野犬か?」
ガルドが言う。
「たぶん」
リオは頷く。
「食べ物の匂いに来たかもしれません」
「追い払え。作業員に近づけるな」
「はい」
リオ、カイル、エインが草むらへ向かう。
中から出てきたのは、やはり野犬だった。
四匹。
痩せている。
魔物ではないが、群れで近づけば危険だ。
「石を投げるな。追い払うだけ」
リオが言う。
「はい」
エインが頷く。
音を立て、進路を塞ぎ、食べ物を遠ざける。
野犬はしばらく唸ったが、カイルが一歩前に出ると後ずさった。
最後は丘の向こうへ逃げていった。
戦闘にはならなかった。
「早めに分かってよかったな」
カイルが言う。
「フィナさんのおかげですね」
リオが高台を見る。
フィナはまだ不安そうだった。
⸻
「ごめんなさい」
戻ってすぐ、フィナが言った。
「すぐ言えばよかったです」
「言えたからいい」
リオが言う。
「でも、遅かった」
「次は早く言えばいい」
その時、メイナも頷いた。
「見間違いでも言って大丈夫だよ。私もよく間違えるし」
「そうなの?」
「うん。でも黙って当たるより、言って外れる方がいいって言われた」
メイナは少し笑う。
「このギルド、そういうところはちゃんと言うから」
フィナは少しだけ肩の力を抜いた。
「……うん」
ガルドが横から言う。
「見張りで一番駄目なのは、間違えることじゃねえ」
「何ですか」
フィナが小さく聞く。
「見たのに黙ることだ」
それだけだった。
フィナはしっかり頷いた。
⸻
午後。
作業は順調に進んだ。
見張り小屋の壁が補強され、屋根の穴が塞がれていく。
荷物運びも落ち着き、皆少し疲れ始めていた。
疲れてくると、本音が出る。
「俺、細かい作業苦手です」
エインが釘を落としながら言う。
「見れば分かる」
カイルが言う。
「辛辣!」
「でも事実だ」
「はい……」
トーマが笑う。
「細かいのは無理にやるな。得意な奴に任せりゃいい」
「いいんですか?」
「その代わり、得意なとこで働け」
「なるほど」
当たり前のことだ。
だが、新人ほど全部できるように見せたがる。
「僕は逆に力仕事が苦手です」
ルーカスが言う。
「昨日まで隠してました」
「なんで」
リオが聞く。
「弱く見られそうで」
それは分かる。
リオも昔なら、そう思ったかもしれない。
「でも、無理に持つと危ないです」
ルーカスは小さく笑う。
「今日のジークさん見て思いました」
「俺を例にするなよ……」
ジークが恥ずかしそうに言う。
でも怒ってはいない。
少しだけ笑っている。
⸻
「苦手なことあるなら言え」
ベルクが言う。
「言わねえと、こっちも分からん」
「でも言いづらいです」
フィナが言う。
「弱いと思われるのが」
「弱いところがない奴の方が怖いぞ」
ベルクが笑う。
「そんな奴、だいたい嘘つきだ」
「ベルクさんにも苦手あるんですか?」
エインが聞く。
「あるぞ」
「えっ」
「細かい字を読むのが嫌いだ」
「苦手というか嫌いでは」
「同じだ」
「違う気もします」
少し笑いが起きた。
⸻
「ガルドさんは?」
ジークが聞く。
「苦手なことあるんですか?」
全員が少し興味を持った。
リオも見る。
ガルドは木箱に座って茶を飲んでいた。
「ある」
「何ですか?」
「働くこと」
「それは苦手じゃなくて嫌いなだけです!」
リオが即座に言った。
「あと朝」
「それも嫌いなだけ!」
「あと説教」
「それは受ける側の問題です!」
ナナがいれば絶対笑っていただろう。
ガルドは面倒くさそうに首を鳴らす。
「まあ、真面目に言うなら」
少しだけ空気が変わる。
「人に頼ることだな」
リオは少し驚く。
ガルドがそういうことを自分で言うとは思わなかった。
「昔は特に苦手だった」
「今は?」
リオが聞く。
「少しマシ」
「少しですか」
「かなりマシだろ」
アルがいたら別のことを言いそうだ。
でも、ガルドが自分で“マシ”と言ったことに意味がある気がした。
「頼らないとどうなるんですか」
フィナが聞く。
「自分だけで抱えて、判断が遅れる」
ガルドは言う。
「それで死ぬ奴もいる」
言葉が少し重くなる。
「強い奴でも死ぬ。得意を伸ばしても、苦手を隠してると変なところで穴が開く」
「……」
「だから言え。高い場所が苦手なら言え。力仕事が苦手なら言え。暗い場所が苦手なら言え。血が苦手でも言え」
ガルドは新人達を見る。
「隠される方が困る」
その言葉は、強かった。
⸻
その直後だった。
見張り小屋の裏側から、大工の一人が声を上げた。
「おーい! ちょっとこっち手伝ってくれ!」
梁を持ち上げる作業だった。
重い木材を、数人で一時的に支える必要がある。
「力ある奴!」
ベルクが声をかける。
ジークが一瞬前へ出かけて、止まった。
「……一本ずつ、ですよね」
ベルクがにやっと笑う。
「分かってんじゃねえか」
「はい」
ジークは無理に二本持とうとしない。
ただ、一本をしっかり支える。
足場を確認しながら。
リオはそれを見て、少しだけ嬉しくなった。
学んでいる。
ちゃんと。
⸻
反対側では、フィナが丘の下を見ていた。
少し草が揺れる。
今度はすぐに声を上げた。
「リオさん、右下、何か動きました」
「了解!」
確認すると、ただの野鳥だった。
「鳥だった」
リオが言う。
「すみません」
「謝らなくていい」
メイナが笑う。
「ちゃんと言えたから」
フィナは少しだけ笑った。
「うん」
⸻
作業終盤、今度はルーカスが自分から言った。
「すみません。この箱、僕には少し重いです」
トーマがすぐに反応する。
「よし、半分持つ」
「お願いします」
「いい判断だ」
ガルドが短く言う。
ルーカスの顔が少し明るくなった。
弱いところを言っても、笑われない。
むしろ仕事がうまく進む。
それを体で知ることができたのだろう。
⸻
夕方には、見張り小屋はかなり形になっていた。
壁は補強され、屋根も塞がれ、周囲の柵も一部立て直された。
完全ではない。
でも、雨風はしのげる。
見張り場所として使える。
「助かったよ」
大工の親方が言う。
「冒険者ってのは戦うだけかと思ってたけど、こういうのもやってくれるんだな」
「やりますよ」
リオが答える。
「たぶん」
「たぶん?」
「いや、やります」
最近、妙な依頼名のせいで“たぶん”が口癖になりかけている。
気をつけようと思った。
⸻
帰り道。
新人達は少し疲れていたが、表情は悪くなかった。
ジークはベルクの横で歩きながら、木材運びのコツを聞いている。
フィナはメイナと見張りの話をしている。
ルーカスはトーマに荷物の持ち方を教わっている。
エインはカイルに「お前はまず落ち着け」と言われていた。
いつもの光景。
でも、少しだけ良い方向に進んだ気がした。
「ガルドさん」
リオが横に並ぶ。
「なんだ」
「今日、良かったですね」
「何がだ」
「みんな、苦手なこと言えるようになって」
「一日で変わるわけじゃねえ」
「そうですけど」
「でも、最初はそれでいい」
ガルドは前を見たまま言う。
「言ったら笑われなかった。それが残れば十分だ」
「……ですね」
リオは頷いた。
そういう経験は大事だ。
たぶん、強くなることと同じくらい。
⸻
ギルドへ戻ると、ミレナが報告を受けた。
「怪我人なし。作業完了。野犬接近一回、追い払い済み。誤報一回、野鳥」
「誤報ではなく、確認報告です」
リオが言う。
フィナが少し驚いたようにリオを見る。
ミレナはすぐに頷いた。
「そうですね。確認報告として記録します」
フィナは小さく息を吐いた。
安心したように。
⸻
ナナが酒場側から声をかける。
「今日はみんな疲れてるね」
「作業依頼でしたから」
リオが言う。
「戦闘より地味に疲れます」
「そういう日の飯はうまいよ」
「商売上手ですね」
「でしょ」
若手達は自然と酒場側へ流れていった。
食事を取り、今日の話をする。
ジークが転びかけたことを自分から話し、ベルクが笑いながら補足する。
フィナが鳥を魔物と見間違えた話をして、メイナが「でも見つけるの早かった」と言う。
ルーカスは「重いものは重いと言う」と真面目に宣言して、トーマに拍手されていた。
リオはその光景を見て、少しだけ胸が温かくなった。
⸻
「弱いところを見せるのって」
リオが小さく言う。
「意外と大事なんですね」
ガルドは椅子に座って、いつものように酒を飲んでいた。
「強いところだけ見せてる奴は、そのうち折れる」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
「ガルドさんも折れかけたことあります?」
聞いた後、少し踏み込みすぎたかと思った。
だが、ガルドは怒らなかった。
少しだけ酒を見て、答えた。
「ある」
「……そうですか」
「だから今は、働くのが苦手ってちゃんと言ってる」
「それは絶対違います」
リオが即答すると、ガルドは少し笑った。
「違うか」
「違います」
「じゃあ、まあ」
ガルドは酒を飲む。
「頼るのが苦手だったってことにしとけ」
「はい」
リオは頷いた。
⸻
その夜、ギルドはいつもより少し穏やかだった。
大きな事件はない。
派手な勝利もない。
ただ、見張り小屋を直して、野犬を追い払い、木材を運び、苦手なことを一つずつ言葉にしただけ。
でも、それはたぶん大事な日だった。
誰かが強いところを見せる日だけが、冒険者の成長ではない。
弱いところを見せて、それでも笑われず、役割を分けて、ちゃんと帰ってくる。
そういう日も、きっと必要なのだ。
リオはそう思った。
そして、自分もいつかもっと自然に言えるようになりたいと思った。
怖い時は怖い。
苦手なものは苦手。
できない時は、できない。
それを言った上で、できることをやる。
たぶん、それもこのギルドの強さだった。




