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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第73話「ガルドが働かない日」

 ギルドには、いくつか暗黙の了解がある。


 受付で騒ぎすぎるとミレナに怒られる。


 セリアの治療中は静かにする。


 ロッドの鍛冶場で勝手に物を触らない。


 ユーンが「思いつきました!」と言ったら距離を取る。


 そして。


 ガルドが本気で働き始めた日は、だいたい何か大変なことが起きる。


 逆に言えば。


 ガルドがだらけている日は、比較的平和だ。


 そのはずだった。



「今日は絶対働かん」


 朝。


 ギルドへ来た瞬間、ガルドが宣言した。


 椅子に深く座り、完全にやる気のない顔。


 酒ではなく茶を飲んでいる。


 つまり、本当に動く気がない時の顔だった。


「いや急ですね」


 リオが言う。


「昨日ちょっと働いた」


「ちょっとどころじゃなかった気がしますけど」


「気のせいだ」


「受付やったの僕です」


「頑張ったな」


「他人事!」



「今日はな」


 ガルドが指を立てる。


「俺は何もしない」


「そうですか」


「依頼も受けん」


「はい」


「雑務もしない」


「いつもしてないじゃないですか」


「失礼だな」


「え?」


「たまにしてる」


「たまに」


「月に一回くらい」


「少ない!」



「でも」


 ナナが笑う。


「ガルドがそう言う時って、だいたい巻き込まれるよね」


「やめろ」


「前もそうだった」


「やめろ」


「“今日は寝る”って言った日に魔物騒ぎ」


「やめろ」


「“今日は酒飲むだけ”って言った日に街道崩落」


「やめろ」


「“今日は」


「分かったから!」


 ガルドが珍しく大声を出した。



「まあでも」


 リオは苦笑する。


「今日は平和そうですよ」


「依頼も少ないですし」


 ミレナが頷く。


「緊急案件もありません」


「ほらな」


 ガルドが勝ち誇った顔になる。


「今日は平和だ」


「その言い方不安なんですよ」


 リオが真顔で言った。



 午前中。


 本当に平和だった。


 依頼は普通。


 薬草採取。


 荷物運搬。


 井戸掃除。


 猫探し。


 本当に猫探し。


「平和ですね」


 エインが言う。


「平和だな」


 カイルも頷く。


 ガルドは椅子でだらけている。


 本当に動かない。


「なんか逆に怖いですね」


 ルーカスが小声で言う。


「分かる」


 リオも頷いた。


「この人が静かだと、逆に何か起きそうで」


「失礼だなお前ら」


 ガルドが茶を飲む。


「俺を災害みたいに言うな」


「違うんですか?」


「違う」


「本当に?」


「……半分くらい」


「認めた!」



 そこへ。


 扉が勢いよく開いた。


 全員が反射的にそちらを見る。


 沈黙。


 入ってきたのは、ただの商人だった。


「荷運び依頼を」


「あ、はい」


 ミレナが対応する。


 ギルド内が妙にざわつく。


「なんで全員身構えたんですか」


 メイナが言う。


「条件反射だな」


 カイルが答えた。



「おい」


 ガルドが言う。


「本当に何も起きねえじゃねえか」


「そうですね」


 リオも頷く。


「平和です」


「だろ?」


 その瞬間。


 外から爆発音がした。


 どごぉん。


 ギルド全体が揺れる。


「ほらぁぁぁ!!」


 リオが叫んだ。


「なんでですか!!」


「俺のせいじゃねえ!」



「またユーンか!?」


 ナナが窓を開ける。


 外を見る。


「違う!」


「違うんですか!?」


「パン屋だ!」


「なんでパン屋が爆発するんですか!」



 数分後。


 原因判明。


 新作窯。


 圧力調整失敗。


 爆発。


 なお怪我人なし。


「平和ではあるな」


 ガルドが言う。


「基準がおかしいです!」



 さらに三十分後。


「大変です!」


 今度はマルクが走ってきた。


「今度こそ何ですか!」


 リオが叫ぶ。


「猫が!」


「猫」


「酒場の裏に!」


「また猫ですか」


「いや、数が」


「数?」



 見に行く。


 いた。


 猫。


 十匹くらい。


「なんで増えてるんですか」


 リオが真顔になる。


「ナナさん」


「私じゃない」


「でも餌あげましたよね」


「ちょっとだけ」


「原因だ!」



「可愛いですねぇ」


 セリアが笑う。


 猫が寄ってくる。


 完全に懐いている。


「セリアさん、動物に好かれますよね」


 メイナが言う。


「そうでしょうか」


「めちゃくちゃです」


 猫がさらに増える。



「おい」


 ガルドが言う。


「なんで俺の椅子の下にいる」


 猫がいた。


 三匹。


 完全に居座っている。


「似てるんじゃないですか?」


 ナナが笑う。


「だらけ方が」


「猫と一緒にするな」


「でも動かないですし」


「……」


 否定できなかった。



「ガルドさん」


 リオが言う。


「猫どかしてください」


「嫌だ」


「なんでですか」


「乗ってる」


 本当に乗っていた。


 一匹、膝の上。


 二匹、足元。


 ガルドが動かないから、完全に休憩場所扱いされている。


「似合うな」


 カイルが言う。


「言うな」



 平和。


 本当に平和。


 なのだが。


 なぜかずっと騒がしい。



「リオくん!」


 ミレナが呼ぶ。


「はい!」


「依頼票整理手伝ってください!」


「はい!」


 リオが走る。


 その横で。


「エイン!」


 ベルクが呼ぶ。


「筋トレするぞ!」


「今ですか!?」


「今だ!」


 さらに。


「ユーンさん!」


 マルクが叫ぶ。


「その滑車どこに付けるつもりですか!」


「天井です!」


「やめてください!」


 もうぐちゃぐちゃだった。



「……」


 ガルドだけが動かない。


 茶を飲んでいる。


「本当に働かないですね」


 リオが言う。


「今日はそういう日だ」


「逆にすごいです」


「休むのも技術だ」


「なんかそれっぽいこと言いましたね」


「実際そうだ」



「ガルドさん」


 ルーカスが聞く。


「昔からそんな感じなんですか?」


「違う」


「え?」


「昔はもっと働いてた」


「想像できません」


 全員頷いた。


「失礼だな」



「昔のガルドは」


 アルがいつの間にか戻ってきていた。


「止まると死ぬみたいに動いてた」


 空気が少し変わる。


「え」


 リオが振り返る。


「本当に?」


「ああ」


 アルは頷く。


「依頼がなくても訓練。移動中も周囲確認。休憩中も武器手入れ。寝る時も浅かった」


「怖いですね」


「怖かった」


 アルが即答した。



「なんで変わったんですか?」


 エインが聞く。


 ガルドは少し黙る。


「疲れた」


「重い!」


「もっとなんかあるでしょ!」


「ある」


「あるんですね」


「でも面倒だから言わん」


 いつものガルドだった。



「まあ」


 アルが少し笑う。


「昔より今の方がマシだ」


「そうなんですか」


「少なくとも、ちゃんと休むようにはなった」


「休みすぎでは?」


 リオが言う。


「そこは否定しない」


 アルも頷いた。



 昼。


 猫が増えた。


「なんでですか」


 リオが真顔で聞く。


「ナナさん」


「違うって」


「でも餌」


「ちょっとだけ」


「増えるんですよ!」



 そして。


「……」


 ガルドの周囲だけ猫密度が高かった。


「完全に巣ですね」


 メイナが言う。


「やめろ」


「でも動かないから」


「お前らも動いてない時あるだろ」


「床では寝ません」


「……」


 ガルドが少し目を逸らした。



 その時。


 ユーンが突然立ち上がった。


「思いつきました!」


 全員が止まる。


「猫用移動式」


「やめろ」


 ガルドが即答した。


「まだ最後まで」


「やめろ」


「快適休憩」


「やめろ」


「多段式」


「もっとやめろ」



「なぜですか!」


「絶対事故る」


「事故りません!」


「その言葉が信用できねえ!」


 完全にいつもの流れだった。



 午後。


 また平和。


 平和なのに、ずっと何か起きている。


「これ平和なんですか?」


 ルーカスが聞く。


「このギルド基準なら平和」


 カイルが答える。


「慣れたくないですね」


「分かる」



「でも」


 セリアが笑う。


「こういう日、嫌いじゃないですよ」


「分かります」


 リオも頷く。


「何も大きなこと起きてないですし」


「猫は増えたけどな」


 ガルドが言う。


「そこだけ異常です」



 夕方。


 依頼も終わり、人も減ってきた。


 猫も減った。


 なぜか二匹だけ残っていた。


 ガルドの足元に。


「帰らないですね」


 エインが言う。


「お前が動かないからだろ」


 カイルが言った。



「で」


 ナナが笑う。


「結局今日は何も起きなかったね」


「いや色々起きましたよ!」


 リオが即答する。


「爆発したし!」


「パン屋だろ」


「猫増えたし!」


「平和だ」


「ユーンさんも暴れかけました!」


「未遂だ」


 ガルドは茶を飲む。


 完全に基準がおかしかった。



「でも」


 リオは少し笑う。


「こういう日もいいですね」


「お前も慣れてきたな」


 ガルドが言う。


「嫌な慣れ方ですね」


「今さらだ」



 窓の外は夕焼けだった。


 街は静か。


 ギルドの中だけが少し騒がしい。


 猫が伸びている。


 ナナが笑っている。


 ミレナが書類を片付けている。


 ユーンが何か作りかけて止められている。


 ベルクがエインを筋トレに誘っている。


 ガルドは椅子に座ったまま、何もしない。


 本当に何もしない。


 なのに。


 なぜかその場にいるだけで、ギルドの空気は少し落ち着いていた。


「……ガルドさん」


 リオが言う。


「なんだ」


「結局、今日働いてないですよね」


「ああ」


「でも、なんかいましたね」


「なんだその感想」


「いや」


 リオは少し笑う。


「ギルドにいるなぁって」


 ガルドは少しだけ黙る。


 そして。


「変なこと言うな」


 そう言って茶を飲んだ。


 猫が一匹、膝の上で丸くなる。


 ガルドは面倒そうな顔をしながら、結局どかさなかった。

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