■第72話「依頼名が変」
冒険者ギルドという場所には、毎日いろいろな依頼が届く。
薬草採取。
街道護衛。
魔物討伐。
落とし物捜索。
荷運び。
迷子探し。
井戸掃除。
時には、猫探し。
本当に猫探し。
そして、たまに。
意味の分からない依頼が来る。
その日、問題になったのは。
依頼内容ではなく、“依頼名”だった。
⸻
「……なんですかこれ」
朝。
ギルドへ来たリオは、掲示板の前で止まった。
依頼票が並んでいる。
その中の一枚。
明らかにおかしい紙。
タイトルだけで嫌な予感がする。
『たぶん大丈夫な荷物運搬』
「たぶん?」
リオが呟く。
「なんで依頼名に不安要素入ってるんですか」
⸻
「見つけたか」
ナナが酒場側から笑う。
「朝から話題なんだよね、それ」
「いや話題になりますよ!」
リオは紙を剥がす。
「たぶんってなんですか!?」
「依頼人がそう書いてきた」
「止めなかったんですか!?」
「ちょっと面白かったから」
「ナナさん!?」
⸻
リオは依頼票を読む。
『急ぎの荷物を北街道の中継村まで運搬希望。たぶん安全。たぶん壊れない。たぶん問題ない。』
「不安しかない!」
ギルド内に笑いが起きた。
⸻
「ミレナさん!」
リオが受付へ向かう。
「これ通したんですか!?」
「内容確認済みです」
ミレナが冷静に答える。
「じゃあ依頼名変えてください!」
「依頼人が“絶対にこの名前で”と」
「なんでそんなこだわりあるんですか!」
⸻
「ちなみに」
ナナが言う。
「下に小さく“※責任は持ちません”って書こうとして止められてた」
「止めて正解です!」
「そこは止めるんですね」
エインが真顔で言う。
「全部止めてほしかったですけど」
全員頷いた。
⸻
「依頼自体は普通だ」
ガルドが椅子から言う。
「荷物運ぶだけ」
「でも名前が嫌です」
リオが言う。
「名前で危険度増してる」
「分かる」
ルーカスも頷いた。
⸻
「ちなみに」
ミレナが紙を追加する。
「こちらも今日来ています」
リオが読む。
『たぶん怒られない素材採取』
「なんで!?」
「依頼人同じです」
「もう嫌だ!」
⸻
「どういう人なんですか、その依頼人」
メイナが聞く。
「雑貨商のオルバさんです」
ミレナが答える。
「悪い人ではないんですが……」
「言葉選びが壊滅的だな」
ガルドが言った。
⸻
さらに問題は続いた。
掲示板を見ていたベルクが吹き出す。
「おい、これも同じ奴じゃねえか」
リオが見る。
『もしかしたら出るかもしれない魔物の確認』
「もしかしたら!?」
「曖昧すぎる!」
ギルドが朝から騒がしかった。
⸻
「逆に気になる」
ライルが言う。
「何がだ」
「依頼人の頭の中!」
「俺もだよ!」
リオが叫ぶ。
⸻
「しかし」
カイルが腕を組む。
「内容自体は変じゃないんだな」
「そうなんですよね」
リオが紙を見直す。
荷物運搬。
素材採取。
魔物確認。
全部、依頼としては普通。
ただ、名前だけがおかしい。
「つまり」
ナナが笑う。
「依頼名で損してる」
「かなり損してますね」
⸻
「で」
ガルドが言う。
「誰行く」
空気が止まる。
「いや」
リオが顔をしかめる。
「行きたくないです」
「名前だけで避けるな」
「でも怖いです!」
「分かる」
エインが頷く。
⸻
「じゃあリオ」
ミレナが言う。
「お願いします」
「なんでですか!?」
「今、比較的空いてます」
「理由が雑!」
⸻
「同行は?」
リオが聞く。
「カイルさん、エインくん、ユーンさん」
「嫌な予感!」
ユーンが混ざった瞬間、不安度が二倍になった。
⸻
「安心してください!」
ユーンが胸を張る。
「今日は荷物運搬です!」
「その“安心してください”が一番安心できないんです」
リオが頭を抱える。
⸻
結局。
リオ、カイル、エイン、ユーンの四人で行くことになった。
依頼人の店は街の外れにあった。
小さな雑貨店。
店主は、細い中年男。
オルバ。
顔は悪人ではない。
むしろ気弱そう。
「依頼ありがとうございますぅ」
語尾が弱い。
「依頼名どうにかなりませんか」
リオが真顔で聞いた。
「えっ」
「たぶん大丈夫ってなんですか」
「いやぁ……絶対って言うと怖くないですか?」
「今の方が怖いです」
⸻
「荷物はこちらです」
オルバが木箱を指差す。
「割れ物なので注意してください」
「ほら!」
リオが叫ぶ。
「壊れるやつじゃないですか!」
「でも、たぶん大丈夫かなって……」
「そのたぶんやめてください!」
⸻
「中身は?」
カイルが聞く。
「保存瓶です」
「普通だな」
「はい。普通です」
オルバは頷く。
「普通の保存瓶を普通に運ぶだけです」
「じゃあ普通の名前にしてください!」
⸻
「ちなみに」
ユーンが箱を見る。
「揺れを軽減する方法を」
「やめてください」
リオが即答した。
「まだ何も言ってません!」
「絶対ろくなことじゃないので!」
⸻
荷車に積み、出発。
北街道は比較的安全だ。
晴れている。
風も穏やか。
依頼としては本当に簡単だった。
問題は。
依頼名のせいで全員の警戒心が異常に高いことだった。
⸻
「……」
リオが周囲を見る。
「どうした」
カイルが聞く。
「いや、なんか逆に怖くて」
「名前のせいだな」
「完全に」
⸻
「リオ先輩」
エインが小声で言う。
「僕、今までで一番周囲警戒してます」
「分かる」
「たぶん大丈夫って言われると逆に怖い」
「分かる」
全員同じ状態だった。
⸻
だが。
一時間後。
「……平和ですね」
エインが言う。
「平和だな」
カイルが答える。
何も起きない。
魔物も出ない。
道も普通。
荷物も問題なし。
「本当に普通ですね」
リオが言う。
「だろ?」
ガルドがいたらたぶんそう言っただろう。
だが。
「ここで油断すると何か起きそうなんですよ!」
完全に依頼名のせいだった。
⸻
途中、小さな揺れで荷車がごとっと鳴った。
全員止まる。
「壊れた!?」
リオが振り返る。
「いや、大丈夫です」
エインが確認する。
「なんでこんな緊張してるんだ俺達」
「依頼名です」
⸻
「僕、考えたんですけど」
ユーンが言う。
「名前って大事ですね」
「今さらですか」
「もし“絶対安全荷物運搬”だったら」
「それはそれで嫌ですね」
リオが即答した。
「分かる」
カイルも頷く。
⸻
さらに進む。
すると、前方に荷車が止まっていた。
商人が困った顔をしている。
「どうしました?」
リオが声をかける。
「車輪がぬかるみに」
商人が困ったように言う。
「手伝います」
リオ達は荷車を押す。
カイルが支え、エインが後ろから押し、リオが車輪を持ち上げる。
普通の善行だった。
だが。
「ユーンさん、待ってください」
リオが言う。
「え?」
「今、走ろうとしましたよね」
「勢いをつければ早いかなって」
「やめてください」
完全に嫌な未来しか見えなかった。
⸻
「せーの!」
押す。
荷車が抜ける。
「ありがとうございます!」
商人が頭を下げる。
「いえ」
リオも頷く。
普通に良いことをした。
だが、その後。
商人が荷物を見る。
『たぶん大丈夫な荷物運搬』
「……え?」
空気が止まる。
「その依頼名、大丈夫ですか?」
「ですよね!?」
リオが叫んだ。
「みんなそう思いますよね!?」
⸻
中継村へ着いたのは昼過ぎだった。
受取人は普通のおばさんだった。
「ご苦労さん」
「荷物です」
「はいはい」
おばさんは箱を確認する。
そして依頼票を見る。
「……たぶん?」
「そこ反応しますよね!?」
もう何回目か分からなかった。
⸻
「オルバさん、また変な名前つけたねぇ」
おばさんが笑う。
「また?」
リオが聞く。
「あの人、昔からなのよ」
「昔からなんですか」
「“もしかしたらおいしい新作パン”とか」
「嫌すぎる」
「“わりと効く薬草茶”とか」
「全部不安になる!」
⸻
「でも」
おばさんが笑う。
「悪い人じゃないのよ」
「それは分かります」
リオも頷く。
「ただ、名前が怖いだけで」
「そうそう」
⸻
帰り道。
全員ちょっと疲れていた。
戦闘はない。
危険もない。
でも精神が妙に疲れる。
「なんだったんだ今日」
エインが呟く。
「平和だったのに」
「妙に疲れましたね」
リオも頷く。
⸻
「リオ先輩」
エインが真顔で言う。
「僕、気づきました」
「何を?」
「依頼名って大事です」
「本当に今さらだな」
カイルが言った。
⸻
ギルドへ戻る。
「お帰りなさい」
ミレナが迎える。
「依頼完了しました」
「問題ありませんでしたか?」
「依頼名以外は」
リオが即答した。
⸻
「やっぱり」
ナナが笑う。
「精神削られた?」
「削られました」
「だろうね」
⸻
「ミレナさん」
リオが真顔で言う。
「今後、依頼名に“たぶん”入ってたら確認してください」
「内容確認はしています」
「名前も大事です!」
「そんなにですか」
「めちゃくちゃです!」
⸻
そこへ。
扉が開く。
「こんにちはぁ」
オルバだった。
全員が振り返る。
「次の依頼を」
「待ってください」
リオが止める。
「今度はなんですか」
オルバが紙を差し出す。
『わりと急ぎの配達』
リオは天を仰いだ。
⸻
「なんで!」
「え?」
「なんで曖昧なんですか!」
「急ぎすぎると怖いかなって」
「逆です!」
⸻
「ちなみに」
オルバが続ける。
「候補は“そこそこ危ない夜道護衛”でした」
「今すぐやめてください!」
ギルド中が笑いに包まれた。
⸻
「でも」
ナナが笑いながら言う。
「ちょっと癖になるね」
「嫌です!」
リオが叫ぶ。
「そのうち“たぶん大丈夫”見るだけで胃が痛くなります!」
「もうなってるだろ」
ガルドが酒を飲みながら言う。
「……なってます」
否定できなかった。
⸻
その日の夜。
ギルドの掲示板には、新しい依頼票が貼られた。
『わりと急ぎの配達』
その瞬間。
掲示板の前にいた冒険者達が、一斉に顔をしかめた。
「うわ」
「嫌な名前」
「怖ぇ」
「でも内容普通なんだよな」
「余計怖い」
完全に、名前だけで有名になり始めていた。
そしてリオは思った。
魔物より怖いものは意外と多い。
洞窟の暗闇。
ユーンの暴走。
修理費。
受付業務。
そして。
絶妙に不安になる依頼名。
冒険者という仕事は、今日も思ったより平和で、思ったより疲れるのだった。




