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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第66話「昔の知り合いが来る日」

 冒険者という仕事は、横の繋がりが妙に広い。


 一緒に依頼へ行った相手。


 酒場で殴り合った相手。


 昔パーティを組んでいた相手。


 戦場で背中を預けた相手。


 たった一日しか組んでいなくても、なぜか十年後に突然現れたりする。


 だから、昔の知り合いが来ること自体は珍しくない。


 ただ。


 “同じ日にまとめて来る”のは、大体ろくなことにならない。



「……帰りたい」


 朝。


 ガルドが真顔でそう言った。


「まだ開店前ですよ」


 リオが言う。


「今ならまだ間に合う」


「何がですか」


「嫌な予感」


 妙に真剣だった。



「ガルドさん」


 ミレナが棚整理をしながら言う。


「最近それ多くないですか?」


「最近当たるんだよ」


「勘ですか?」


「経験だ」


 それはちょっと怖かった。



 そして。


 嫌な予感は、だいたい当たる。



 ギルドの扉が開いた。


「おっ」


 入ってきたのは、大柄な女だった。


 背が高い。


 肩幅も広い。


 赤茶の長髪を後ろで雑にまとめ、大剣を背負っている。


 年齢は三十代後半くらい。


 そして何より。


 声がでかそうだった。



「おぉぉぉぉい!!」


 でかかった。


「生きてるかクソ野郎!!」


 ガルドが目を閉じる。


「知り合いですか?」


 リオが聞く。


「帰りたい」


「現実逃避しないでください」



「なんだその顔は!」


 女が豪快に笑う。


「久々の再会だぞ!」


「朝からうるせえ」


 ガルドが言う。


「変わってねえなぁ!」


「お前もな」


 女はカウンターに肘を置く。


「酒あるか!」


「朝です」


 ミレナが即答した。


「だろうな!」


 全然気にしていなかった。



「誰ですか?」


 リオが小声で聞く。


「昔の知り合いだ」


「雑!」


「説明すると長い」


「つまり面倒な人ですね」


「正解だ」



「おいおい!」


 女が笑う。


「若いの! 聞こえてるぞ!」


「すみません!」


「気にすんな!」


 全然気にしてなかった。



「で、誰なんですか?」


 ナナが面白そうに聞く。


「レイナだ」


 女が胸を張る。


「昔このクソ野郎と組んでた!」


「クソ野郎言うな」


「事実だろ」


 息が合っていた。


 嫌な意味で。



「昔ってどれくらいですか?」


 セリアが聞く。


「邪神戦争前後だな!」


 空気が少し止まる。


 リオ達若手が静かになる。


 その時代は、もう“伝説”側だ。



「へぇ……」


 ナナが笑う。


「じゃあ相当古い付き合い?」


「腐れ縁だ!」


 レイナが言う。


「昔こいつと二人で地下墓地潜って、三日閉じ込められた!」


「懐かしくねえ」


「私は笑ったぞ!」


「俺は死にかけた」


「死んでねえ!」


 基準がおかしい。



「でも」


 リオが少し見る。


「強そうですね」


 レイナは笑った。


「強いぞ!」


「自分で言うんですね」


「昔はもっと強かった!」


「今は?」


「酒で鈍った!」


「駄目じゃないですか」


 だが、それでも。


 立ち方が違う。


 豪快そうに見えて、重心がぶれない。


 戦う人間の体だった。



「で?」


 ガルドが言う。


「何しに来た」


「飲みに!」


「帰れ」


「冷てぇ!」



「まあ半分本当だ!」


 レイナが笑う。


「あと、近く通ったから顔見に来た!」


「面倒だな」


「嬉しいくせに」


「全然」


「昔、お前寂しいと酒強くなってたぞ」


「余計なこと言うな」


 リオ達が静かになる。


「えっ」


「ガルドさん寂しがるんですか」


「人間だからな」


 ナナが笑う。


「ちょっと想像つかないけど」



「あと!」


 レイナが急に指差した。


「アルいるか!」


 奥の空気が少し変わる。


 アルが顔を上げた。


「……久しぶりだな」


「相変わらず暗ぇ顔!」


「お前が明るすぎる」


「違いねぇ!」


 笑い声が響く。



「元勇者と知り合いなんですか!?」


 新人冒険者が驚く。


「そりゃそうだ!」


 レイナが胸を張る。


「昔、一緒に戦場走り回ってた!」


「戦場」


「あと酒場も」


「そっちの話いらねえ」


 ガルドが言う。



「お前ら!」


 レイナが新人達を見る。


「ちゃんと飯食ってるか!」


「はい!」


「寝てるか!」


「はい!」


「死ぬなよ!」


「はい!」


 勢いで返事してしまう。


 完全に巻き込まれていた。



「なんか嵐みたいな人ですね」


 リオが言う。


「昔からだ」


 ガルドが酒を飲む。


「静かな時がねえ」


「聞こえてるぞ!」


「聞かせてる」



 だが。


 それだけでは終わらなかった。



 昼頃。


 再び扉が開く。


「……」


 今度は静かな男だった。


 長身。


 黒い外套。


 片目に傷。


 腰には細剣。


 そして。


 妙に気配が薄い。



「おい」


 ガルドが言う。


「なんで今日なんだよ」


「偶然だ」


 男が答える。


「嘘つけ」


「本当だ」


 絶対嘘だった。



「また知り合いですか」


 リオが聞く。


「ああ」


 ガルドが嫌そうに言う。


「グレンだ」


「どうも」


 男は短く頭を下げた。


 レイナと真逆だった。



「おいおいおい!」


 レイナが笑う。


「なんだお前も来たのか!」


「うるさいのがいると思った」


「相変わらずだな!」


「お前もな」


 この二人も知り合いだった。



「なんなんですか今日」


 ミレナが言う。


「同窓会ですか?」


「地獄だ」


 ガルドが真顔で答えた。



「お前、まだここにいるんだな」


 グレンがガルドを見る。


「悪いか」


「いや」


 少しだけ間。


「似合ってる」


 ガルドが黙る。


 リオは少しだけその空気を見る。


 レイナみたいな騒がしさはない。


 でも。


 この男も、ガルドの“昔”を知っている。



「酒」


 グレンが言う。


「あるか」


「朝から飲みたがるな」


 ナナが笑う。


「あるよ」


「助かる」


 完全に馴染んでいた。



「昔のガルドさんってどんなだったんですか?」


 新人が聞く。


 危険な質問だった。


 ガルドが嫌そうな顔をする。


 だが。


 レイナが爆笑した。


「陰気!」


「おい」


「喋らねぇ!」


「おい」


「目つき悪ぃ!」


「おい」


「あと酒弱い!」


「それは昔だ!」


 ギルド内に笑いが起きる。



「信じられませんね」


 リオが言う。


「今めちゃくちゃ飲んでるじゃないですか」


「変わったんだよ」


 ガルドが言う。


「なんでですか?」


 少しだけ静かになる。


 だが。


 レイナが先に笑った。


「飲まねぇとやってられなくなったからだ!」


「雑に言うな」


「でも合ってるだろ?」


 ガルドは否定しなかった。



「昔のお前」


 グレンが静かに言う。


「今より危なかった」


「……」


「いつ死んでもいいみたいな顔してた」


 ギルドが少し静かになる。


 リオはガルドを見る。


 ガルドは酒を飲んでいた。


 何も言わない。



「でも今は違う」


 グレンが続ける。


「随分丸くなった」


「腹の話か?」


「性格だ」


「腹も丸いぞ!」


 レイナが笑う。


「うるせえ」


 空気が少し戻る。



「なんか」


 リオが小さく言う。


「不思議ですね」


「何がだ」


 ガルドが聞く。


「昔の知り合いの話聞いてると」


 リオは少し考える。


「ガルドさん、今と全然違う人みたいで」


「別人みてぇなもんだ」


 ガルドは言う。


「昔の俺なんか」


 その声は軽い。


 でも、少しだけ遠かった。



「違うな」


 グレンが言った。


 静かに。


「同じだ」


 ガルドが見る。


 グレンは酒を飲む。


「お前、昔から結局放っとけなかった」


「……」


「死にそうな顔してても、人助けだけはやめなかった」


 レイナも頷く。


「ああ」


「面倒くせぇ奴だった!」


「褒めてねえだろ」


「半分はな!」


 リオは少しだけ黙る。


 昔のガルド。


 危なかった時代。


 今より荒れていた頃。


 でも。


 根っこの部分は、たぶん変わっていない。



「そういや」


 レイナが急に言う。


「昔お前、酒場で――」


「言うな」


「裸で寝て――」


「言うな」


「剣だけ抱えて――」


「言うな!」


 ギルド爆笑。



「最低ですね」


 リオが言う。


「若かったんだよ」


「今も大差ないですよ」


「最近は服着て寝てる」


「基準そこ!?」



「あとこいつ!」


 レイナがアルを指差す。


「昔めちゃくちゃモテたぞ!」


「やめろ」


 アルが珍しく即答した。


「えっ」


 新人達がざわつく。



「そりゃ勇者ですし」


 リオが言う。


「違ぇんだよ」


 レイナが笑う。


「顔だけで女寄ってきてた!」


「やめろ」


「しかも本人全然興味ねぇの!」


「最悪ですね」


 ナナが笑う。


「罪深いタイプだ」



「おい」


 ガルドが言う。


「酒飲んで帰れ」


「なんだその雑な扱い!」


「面倒だからな」


「でも」


 レイナが少し笑う。


「お前、生きててよかったよ」


 静かだった。


 その瞬間だけ。


 ギルドも少し静かになる。



「……」


 ガルドは少しだけ黙った。


 そして。


「お前らもな」


 そう返した。


 短い。


 でも。


 それで十分みたいな空気だった。



 夜。


 酒場側。


 いつもより騒がしい。


 レイナが笑っている。


 ナナが笑っている。


 ライルが巻き込まれている。


 ユーンがなぜか腕相撲を挑んで吹き飛ばされている。


 グレンは静かに飲んでいる。


 アルは奥で呆れていた。


 リオは、その光景を少し離れて見ていた。


「どうした」


 ガルドが横へ来る。


「いや」


 リオは少し笑った。


「なんか、昔の人達ってすごいなって」


「うるさいだけだ」


「でも」


 リオは酒場を見る。


「みんな、ガルドさんが生きてるの嬉しそうですよ」


 ガルドは少し黙った。


 そして。


「……まあ、俺もだ」


 そう言った。


 酒場の灯りは明るかった。


 騒がしくて。


 くだらなくて。


 でも、少しだけ温かかった。

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