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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第65話「依頼書が一枚足りない」

 ギルドという場所は、紙が多い。


 依頼書。


 報告書。


 契約書。


 許可証。


 確認印。


 支払い記録。


 そして、その全部を管理する受付嬢。


 つまり。


 ギルドが回っているのは、だいたいミレナのおかげだった。


 だからこそ。


 “紙が一枚消える”というのは、想像以上に大事件なのである。



「……ない」


 朝。


 受付。


 ミレナの声は静かだった。


 静かすぎた。


 リオはその時点で少し警戒する。


「どうしました?」


「……ありません」


「何がですか」


「依頼書です」


「どの依頼ですか?」


「全部整理したんです」


 ミレナが机を指差す。


「順番も確認しました」


「はい」


「なのに、一枚だけありません」


 嫌な空気だった。



「どれだ」


 ガルドが椅子から聞く。


「北街道の簡易護衛依頼です」


「地味だな」


「地味だから怖いんです!」


 ミレナが机を叩く。


「こういう“地味な依頼”ほど、後で確認が必要になるんです!」


「まあ、分かる」


 リオも頷く。



「最後に見たのは?」


 アルが静かに聞く。


「昨日の夜です」


「受付締めの時か」


「はい」


「その後は?」


「触ってません」


 ミレナは真剣だった。


 普段から真面目だが、今日は特に真面目だった。



「つまり」


 ナナが酒場側から言う。


「誰かが持ってった?」


「その可能性があります」


 空気が少し変わる。


 ギルドで依頼書が消えるのは、あまり良くない。


 悪意がある場合もある。


 依頼妨害。


 報酬狙い。


 単純な嫌がらせ。


 だからミレナの顔が険しい。



「誰か夜いたか?」


 ガルドが聞く。


「俺とナナと、あとマルクくらいですね」


 リオが答える。


「掃除してました!」


 奥からマルクが顔を出す。


「僕触ってませんよ!?」


「まだ疑ってねえ」


「でもちょっと疑われてる空気ありました!」


 察しが良かった。



「新人達は?」


 アルが聞く。


「昨日の時点では帰っています」


 ミレナが答える。


「夜に残ってたのは関係者だけです」


 つまり。


 内側の問題の可能性が高い。



「……」


 ギルド内が少し静かになる。


 こういう時、一番嫌なのは“疑い合い”だ。


 リオもそれは分かる。


 だから少し空気が重かった。


 だが。


「まあ」


 ガルドが酒を飲む。


「その辺にあるだろ」


 全員が見た。



「その辺ってどこですか!」


 ミレナが叫ぶ。


「知らん」


「知らんじゃないです!」


「紙だろ? 飛ぶ」


「雑!」



「でも」


 ナナが笑う。


「実際、しょうもない場所から出てきそう感あるよね」


「嫌ですそんなの!」


 ミレナは本気で嫌そうだった。



「探すぞ」


 アルが立ち上がる。


「えっ」


 リオが少し驚く。


 アルがこういうことで動くのは珍しい。


「依頼書一枚でも、依頼は依頼だ」


 アルは静かに言う。


「放置する方が後で面倒になる」


 正論だった。



 捜索開始。



「受付周辺確認!」


 ミレナが叫ぶ。


「棚の裏!」


「机の下!」


「酒場側!」


「おいナナ、皿どかせ」


「はいはい」


 なぜか本格的だった。



「ガルドさん!」


 リオが言う。


「そっち見てください!」


「見てる」


 ガルドは椅子から動いていなかった。


「動いてください!」


「視線は動いてる」


「体を!」



「絶対この辺にあるんですよ!」


 ミレナが棚を漁る。


「昨日整理したんです!」


「整理した時ほど消える」


 ナナが言う。


「分かる」


「分かりたくありません!」



「おーい」


 ライルが入ってくる。


「なんだこの空気」


「依頼書が一枚消えました」


 リオが答える。


「なるほど」


 ライルが頷く。


「つまり犯人探しか」


「違います」


「違うのか?」


「まずは捜索です!」



「じゃあ推理するか」


「しなくていいです!」


 だがもう遅い。



「怪しいのは……」


 ライルが周囲を見る。


「ガルド!」


「なんでだ」


「昨日ここで寝てた!」


「だからなんだ」


「寝返りで食った!」


「紙食わねえよ」


 全員がちょっと想像した。


 少しだけありそうだった。



「ユーンも怪しいな」


 ナナが笑う。


「なんでですか!?」


「改造素材にしそう」


「紙を!?」


「図面代わりとか」


「しません!」


 説得力が薄かった。



「ミレナさん」


 リオが言う。


「そもそも、その依頼ってどんな内容でしたっけ」


「北街道の簡易護衛です」


「護衛?」


「荷馬車一台。距離短め。危険度低」


「普通ですね」


「普通です」


「だから逆に埋もれやすいのか」


 リオが呟く。



「待て」


 ガルドが言う。


「なんですか?」


「誰が受ける予定だった」


 ミレナが止まる。


「……まだ未定です」


「なら依頼主は?」


「昼頃来る予定でした」


「つまり」


 ガルドが酒を飲む。


「まだ誰も困ってねえ」


「でも!」


 ミレナが言う。


「管理上困ります!」


「真面目だな」


「真面目です!」


 そこは誇っていい。



 一時間後。


 まだ見つからなかった。



「ない……」


 ミレナが机に突っ伏す。


「なんで……」


「疲れてません?」


 セリアが心配する。


「精神が削られてます……」


「依頼書一枚でここまで」


「一枚だからです!」


 ミレナが顔を上げる。


「十枚なら事故です! 一枚だから気になるんです!」


 確かに。


 妙に分かる理屈だった。



「お茶飲め」


 ガルドが湯飲みを置く。


「……ありがとうございます」


「落ち着け」


「落ち着いてます」


「目が怖い」


「落ち着いてませんね」


 リオが言う。



「おーい!」


 トーマが戻ってくる。


「なんかあったか!?」


「依頼書が消えました!」


「大事件だな!」


「分かってくれます!?」


「俺、荷札なくなった時三日探した!」


「似てます!」


 妙な共感が生まれていた。



「じゃあ、最後に見た場所から順番に」


 リオが整理を始める。


「受付」


「整理棚」


「仮置き箱」


「確認済み印の横」


「……」


 そこで。


 全員が止まった。



「確認済み印?」


 ミレナが言う。


「はい」


「……」


 ゆっくり視線を向ける。


 受付横。


 小さな木箱。


 “確認済み”の印が入っている。



「……」


「……」


「……」


 ミレナが近づく。


 開ける。


 中。


 依頼書。



「あった」


 リオが言う。


「あったな」


 ガルドが言う。


「ありましたね」


 セリアが言う。


「なんでそこ!?」


 ミレナが叫んだ。



 原因。


 昨日、ミレナが疲れすぎていた。


 確認印を押そうとして、依頼書ごと箱へ入れていた。



「……」


「……」


「……」


 空気が微妙だった。



「ミレナ」


 ナナが言う。


「はい……」


「犯人、お前」


「言わないでください……」


 完全に沈んでいた。



「いやまあ」


 リオが苦笑する。


「見つかってよかったじゃないですか」


「そうですけど……」


「誰も盗んでなかったし」


「そうですけど……」


「平和だったな」


 ガルドが酒を飲む。


「平和じゃありません!」


 ミレナが叫ぶ。


「ギルド総出で探したんですよ!?」


「でも平和だ」


「うぅ……!」


 反論できない。



「お前ら」


 アルが静かに言う。


「はい」


「暇そうだな」


「違います!」


 ミレナが即答する。


「ちゃんと忙しいです!」


「依頼書一枚で半日潰したが」


「うぅ……!」


 また沈んだ。



「まあいいじゃん」


 ナナが笑う。


「新人達に比べたら、ギルドっぽい事件だったよ」


「どこがですか」


「“依頼書消失事件”」


「言い方だけ格好いい!」



「でも」


 リオが少し笑う。


「なんかこういう日も、ギルドっぽいですね」


「どこがだ」


 ガルドが聞く。


「いや、なんというか」


 リオは周囲を見る。


 ミレナはまだ落ち込んでいる。


 ナナは笑っている。


 ライルは勝手に推理を続けている。


 ユーンは“紙収納高速化装置”とか言い始めてミレナに止められている。


 アルはもう仕事へ戻っていた。


 セリアは苦笑している。


「……騒がしいなって」


 リオが言う。


 ガルドは少し黙った。


 そして。


「まあ、静かすぎるよりはマシだ」


 そう言った。



 夕方。


 依頼書は正式に棚へ戻された。


 ミレナは三回確認した。


 五回くらい見直していた。


「もう大丈夫です」


「本当ですか?」


 リオが聞く。


「たぶん」


「不安になる言い方!」



「じゃあ今日は終わりだな」


 ガルドが立ち上がる。


「酒だ」


「飲む理由ありました?」


「疲れた」


「依頼書探しただけですよね」


「精神が疲れた」


 それは全員少し分かった。



 ギルドという場所は、毎日事件が起きるわけではない。


 魔物討伐ばかりでもない。


 時には、依頼書一枚で大騒ぎする日もある。


 でも、たぶん。


 そういう日常の積み重ねが、“ギルド”なのだ。

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