■第64話「ユーン、配送業を始める」
人間には、向いている仕事と向いていない仕事がある。
例えば。
細かい計算が得意な人間は商人向きだ。
力が強い人間は荷運び向きだ。
話が上手い人間は交渉役に向いている。
そして。
“速さ”に取り憑かれた人間を、配送業に就かせてはいけない。
絶対にだ。
その日、ギルドで起きた騒動は、だいたいそこから始まった。
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「なるほどな……」
ユーンが腕を組んでいた。
真剣な顔だった。
その時点で少し嫌な予感はしていた。
リオは受付横で依頼票を整理しながら、そっと距離を取る。
「何がですか」
ナナが聞く。
「物流です」
「嫌な単語が出た」
ガルドが即答した。
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「物流を制する者は、街を制します!」
ユーンが机を叩く。
「朝一番の配達!」
「うるせえ」
「緊急輸送!」
「声がでかい」
「迅速な流通!」
「嫌な予感しかしねえ」
全員が同じ感想だった。
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「考えてみてください!」
ユーンが言う。
「冒険者は依頼を受けて報酬をもらいます!」
「そうだな」
「でも配送業は違う!」
「違うのか?」
「速ければ速いほど信頼されます!」
「まあ、そうだな」
「つまり!」
ユーンが指を立てる。
「最速の配送業者になれば無限に稼げます!」
「そうはならん」
ガルドが即答した。
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「何が問題なんですか!」
「お前がやること」
「偏見です!」
「実績がある」
全員頷いた。
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「でも確かに」
トーマが顎を撫でる。
「配送って儲かる時は儲かるぞ」
「ですよね!?」
ユーンが食いつく。
「荷運び専門は街でも需要あるしな」
「ほら!」
「ただし安全第一だ」
「もちろんです!」
その“もちろん”が信用できない。
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「で?」
ガルドが言う。
「何をする気だ」
ユーンは笑った。
嫌な笑顔だった。
「馬車を買いました!」
全員が止まった。
「……」
「……」
「……」
「なんで?」
リオが代表して聞いた。
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「投資です!」
「嫌な言葉だな」
ナナが笑う。
「ちなみにどんな馬車ですか?」
「速いです!」
「聞いてねえ」
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「見ますか?」
ユーンが言う。
「見たくねえな」
ガルドが言う。
「でも見ないともっと嫌なことになりそうですよ」
リオが真顔だった。
それはそう。
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ギルドの外。
そこには、一台の馬車があった。
……いや。
“馬車っぽい何か”があった。
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「なんだこれ」
ガルドが言う。
「馬車です!」
「どこをどうしたらそうなる」
まず、形がおかしい。
普通の馬車より細い。
車輪が異様に大きい。
なぜか横に板がついている。
後ろに意味不明な棒が何本も伸びている。
「軽量化しました!」
「嫌な予感しかしねえ」
「空気抵抗も考えてます!」
「空気抵抗考えるほど速く走らせるな」
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「あとここ!」
ユーンが横のレバーを指差す。
「加速装置です!」
「待て」
ガルドが止まる。
「待て待て待て」
「はい!」
「“加速装置”ってなんだ」
「坂道で押し込みます!」
「誰が」
「僕が!」
「嫌すぎる」
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「でも速そうですね」
新人冒険者の一人が言う。
「おい」
リオが止める。
「感化されるな」
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「試運転します!」
ユーンが馬へ乗る。
馬がちょっと不安そうだった。
分かる。
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「やめとけ」
ガルドが言う。
「街中だぞ」
「大丈夫です!」
「その言葉を信じたことが一度もない」
「偏見です!」
だがもう遅い。
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「出発します!」
ユーンが手綱を握る。
「うおおおおおお!!」
馬車発進。
最初は普通。
だが次の瞬間。
「速っ!?」
リオが叫ぶ。
加速。
異様に加速。
車輪が跳ねる。
馬が驚いてる。
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「待て待て待て待て!」
ガルドが立ち上がる。
「なんだあの速度!」
「最速です!」
ユーンが叫ぶ。
「だから嫌なんだよ!」
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馬車が街角を曲がる。
曲がり切れない。
横滑り。
「うわああああ!?」
八百屋悲鳴。
野菜舞う。
「止まれぇぇぇ!!」
「止まりません!!」
「なんでだ!!」
「ブレーキ忘れました!!」
最悪だった。
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「追うぞ!」
ガルドが走る。
「リオ!」
「はい!」
「お前右回れ!」
「またですか!」
「若い!」
「便利に使わないでください!」
だが走る。
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「ユーンさん止まってください!」
リオが叫ぶ。
「止め方が分かりません!」
「終わってる!」
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街中大混乱だった。
パン屋避難。
子ども歓声。
犬追走。
なぜかライル参戦。
「面白そうだなぁぁぁ!!」
「増えるな!」
ガルドが怒鳴る。
⸻
「うおおおおお!!」
ユーンが加速。
馬車が跳ねる。
「危なっ!?」
橋の段差で浮いた。
浮いた。
「飛んだ!?」
リオが叫ぶ。
「飛んでません!」
「今浮きましたよね!?」
⸻
「止めるぞ!」
ドーガが現れる。
門番仕事中だった。
「ロープ!」
ベルクが投げる。
「おう!」
二人が道を塞ぐ。
「おおっ!」
新人達が盛り上がる。
だが。
「避けます!」
ユーンが言う。
「避けんなぁぁぁ!!」
全員叫んだ。
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馬車急旋回。
横滑り。
屋台破壊。
「俺の串焼きぃぃぃ!!」
店主絶叫。
⸻
「おいガルド!」
ナナが酒場窓から叫ぶ。
「これ請求どこ行くの!?」
「ユーン!」
「ですよねぇぇぇ!!」
⸻
「止めろ!」
アルが外へ出る。
静かに。
だが圧がある。
「……」
ユーンが一瞬黙る。
その隙。
「今だ!」
ガルドが飛ぶ。
走る馬車へ。
車輪横へ着地。
「うおっ!?」
ユーンが驚く。
「ガルドさん!?」
「降りろ!」
「でも止まりません!」
「だから止める!」
⸻
ガルドが前へ行く。
暴れる馬。
「落ちますよ!?」
「落ちねえ!」
手綱を掴む。
だが馬もパニック。
「おい!」
ガルドが怒鳴る。
「落ち着け!」
馬がさらに暴れる。
⸻
「ガルドさん!」
リオが追いつく。
「どうします!?」
「車輪!」
「はい!?」
「壊せ!」
「マジですか!?」
「このままの方がまずい!」
確かに。
⸻
リオが剣を抜く。
走る。
速い。
怖い。
「こんなの聞いてない!」
「俺もだ!」
ガルドが叫ぶ。
⸻
「うおおおお!!」
リオが車輪へ斬撃。
火花。
車輪が歪む。
「うわぁぁぁぁ!?」
ユーン絶叫。
馬車傾く。
だが減速。
「もう一発!」
「はい!」
再度斬る。
車輪崩壊。
馬車横転。
「ぎゃああああ!!」
ユーン転がる。
荷物飛ぶ。
野菜飛ぶ。
鳥逃げる。
沈黙。
⸻
「……止まったな」
ガルドが言う。
「止まりましたね」
リオが息を切らす。
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「……」
ユーンが地面に埋まっていた。
「生きてるか」
「配送業って……奥が深いですね……」
「そこじゃねえ」
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夕方。
ギルド。
説教タイムだった。
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「ブレーキがない馬車ってなんですか!?」
ミレナ激怒。
「軽量化を優先した結果です!」
「優先順位がおかしい!」
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「あと!」
ミレナが机を叩く。
「なんで加速装置つけたんですか!」
「速い方がカッコいいので!」
「子どもか!」
「子どもみたいなもんですよ」
ナナが笑う。
「精神年齢が」
「ナナさん!?」
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「でも」
トーマが言う。
「速かったのは本当だな」
「褒めないでください!」
ミレナが叫ぶ。
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「馬は?」
セリアが聞く。
「無事だ」
ガルドが言う。
「むしろ頑張ってた」
あの状況で一番まともだったのは馬だった。
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「なあ」
ガルドがユーンを見る。
「はい……」
「二度とやるな」
「配送業をですか?」
「改造をだ」
「でも可能性は」
「馬が泣いてた」
「……」
ユーンが黙る。
少しだけ反省した顔になる。
「……すみません」
「分かればいい」
ガルドは酒を飲む。
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「で」
ナナが笑う。
「結局あの馬車どうすんの?」
全員外を見る。
半壊していた。
車輪なし。
横倒し。
意味不明な棒だけ元気。
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「直せば……」
ユーンが言いかける。
「やめろ」
全員同時だった。
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ギルド内に笑いが広がる。
平和だった。
かなり騒がしかったが、平和だった。
ユーンはしばらく反省するらしい。
たぶん三日くらい。
ガルドはそう予想していた。
そしてその予想は、多分当たる。




