■第63話「新人が増えると空気が変わる」
春先というのは、人が増える。
冒険者ギルドに限った話ではない。
商会には新人商人が入り、鍛冶屋には弟子が増え、農家には働き手が来る。
そして冒険者ギルドには、“夢を見た若者”がやってくる。
魔物を倒したい。
一攫千金したい。
有名になりたい。
勇者みたいになりたい。
理由は色々だ。
大体、その半分くらいは現実を見る。
残り半分は、もっと変な方向へ進む。
その日。
ギルドは朝からうるさかった。
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「うわぁ……」
リオは入口を見て、素直に声を漏らした。
人が多い。
多すぎる。
受付前に十人以上並んでいる。
しかも全員若い。
新規登録希望者だ。
「なんですかこれ」
「春です」
ミレナが死んだ目で答える。
「春ってこんな感じなんですか」
「毎年こうです」
「地獄ですね」
「地獄です」
ミレナの机には書類の山。
後ろにも山。
横にも山。
すでに処理が追いついていない。
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「次の方!」
ミレナが叫ぶ。
「はい!」
新人が来る。
「お名前は!」
「ルーカスです!」
「希望武器は!」
「剣です!」
「得意なことは!」
「まだ分かりません!」
「正直!」
ミレナが高速で書いていく。
リオは少し引いていた。
「受付ってこんな戦場になるんですね」
「今日は特別です」
ナナが笑いながら言う。
「毎年ミレナが壊れる日」
「壊れてません!」
「もう目が死んでるよ」
「生きてます!」
ギリギリだった。
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「リオくん!」
「はい!?」
「こっちの新人さん達を説明席へ!」
「僕ですか!?」
「人手不足です!」
そう言われると断れない。
リオは新人達を見る。
三人。
全員緊張している。
「えっと……こっちへ」
「は、はい!」
初々しい。
少し前の自分を見ているみたいだった。
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「まず、ギルドについて説明します」
リオは席へ案内する。
「依頼にはランクがあって――」
説明を始める。
だが途中で。
「先輩!」
一人が勢いよく手を上げた。
「はい?」
「魔王って本当にいるんですか!?」
「急ですね」
「気になります!」
目が輝いている。
夢側の人間だった。
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「いますよ」
リオが言う。
「たぶん」
「たぶん!?」
「僕も会ったことないので」
「じゃあ勇者は!?」
「います」
「本当に!?」
「いますよ」
リオが奥を見る。
アルが書類を読んでいる。
「えっと、あそこに」
「……え?」
三人が固まる。
⸻
「え?」
「え?」
「え?」
反応が全員同じだった。
リオは少し懐かしくなる。
分かる。
最初はそうなる。
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「え、あの人が勇者様!?」
「元ですけど」
「もっとこう、オーラとか」
「ありますよ」
「えっ」
「静かなタイプの」
アルは視線も向けない。
だが新人達はなぜか背筋を伸ばした。
空気は感じるらしい。
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「じゃ、じゃあ」
別の新人が言う。
「ガルドさんって人もいるんですか!?」
リオは少しだけ嫌な予感がした。
だが遅かった。
「ん?」
椅子で寝ていたガルドが顔を上げる。
「なんだ」
新人達が固まる。
「……え?」
まただった。
⸻
「ガルドさん?」
「そうだが」
「え?」
「二回目だぞ」
ガルドが言う。
「最近この流れ多いな」
ナナが笑う。
「噂だけ変な方向行ってるからね」
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「もっとこう……」
新人の一人が言う。
「怖い感じかと」
「失礼だな」
ガルドが欠伸する。
「怖いぞ」
「今のどこがですか」
リオが言う。
「眠そうなだけじゃないですか」
「眠いからな」
完全におっさんだった。
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「リオくん!」
ミレナが叫ぶ。
「新人説明続けてください!」
「はい!」
リオは慌てて戻る。
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「えっと」
咳払い。
「まず大事なのは、生き残ることです」
新人達が真面目な顔になる。
「派手な依頼に飛びつかない」
「無理しない」
「あと、先輩の話はちゃんと聞く」
「はい!」
元気がいい。
リオは少しだけ困った。
数ヶ月前まで、自分もそっち側だった気がする。
でも今は、説明する側だ。
なんだか変な感じだった。
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「あと」
リオは続ける。
「細かい依頼を舐めない方がいいです」
「え?」
「犬探しとか荷運びとか」
昨日を思い出す。
「死ぬほど疲れる時があります」
「そんなにですか」
「はい」
ガルドが横から言った。
「魔王より犬の方が疲れる時ある」
新人達が混乱する。
「どういう意味ですか」
「人生自由だからだ」
「犬?」
「犬」
全然分からなかった。
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昼頃になると。
ギルドはさらにうるさくなった。
「登録待ちこちらでー!」
「筆記用具貸してください!」
「依頼票どこですか!?」
「うわっ!?」
「なんで剣抜いてるんですか!?」
カオスだった。
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「ミレナさん」
リオが言う。
「大丈夫ですか」
「大丈夫に見えます!?」
見えなかった。
完全に処理落ちしている。
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「ナナ!」
「はいはい」
「飲み物!」
「もう出してる!」
「助かります!」
ナナが慣れた動きで新人達に水を配る。
こういう時だけ異様に手際がいい。
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「ガルドさん!」
新人の一人が近づく。
「なんだ」
「強くなるコツってありますか!?」
ギルド内が少し静かになる。
こういう質問は、みんな少し気になる。
ガルドは少し考えた。
「死にそうになることだな」
「重い!」
新人が引く。
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「いや、でも本当だ」
ガルドは言う。
「死にそうになると、人間だいたい覚える」
「教育に悪いですよ!」
ミレナが叫ぶ。
「じゃあお前言え」
「基礎訓練です!」
「まあそれも大事だ」
「先にそっち言ってください!」
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「でも」
リオが少し考えてから言う。
「ガルドさんの言ってること、少し分かります」
「え?」
新人達が見る。
「実際、危ない目見た後って、忘れなくなるんですよ」
それは本当だった。
怖かったこと。
失敗したこと。
死にかけたこと。
そういうのは、妙に体に残る。
「だからって無茶はダメですけど」
「そうそう」
セリアが笑う。
「ちゃんと帰ってきてくださいね」
新人達が頷く。
なんだか、本当に“先輩達”みたいだった。
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「リオ先輩!」
突然そう呼ばれた。
「……え?」
新人の少年だった。
「ここ、書き方分からなくて」
「先輩」
リオが呟く。
「先輩?」
「先輩って呼ばれた……」
妙に衝撃だった。
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「どうしました?」
セリアが笑う。
「いや……なんか」
リオは少し困った顔をする。
「そんな立場になったんだなって」
「なってますよ」
ナナが言う。
「最近普通にギルド側の人間だし」
「えっ」
「新人来た時、真っ先に説明役やってたじゃん」
「……」
言われてみればそうだった。
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「おいリオ」
ガルドが言う。
「はい?」
「新人に変なこと教えるなよ」
「教えてませんよ」
「どうだかな」
「なんですかその信用のなさ」
「最近お前、“細けえことは現場で覚えろ”とか言ってるだろ」
「……言いましたね」
「もう染まってる」
「最悪だ!」
ミレナが叫んだ。
「リオくんまでガルドさん側にならないでください!」
「えっ」
「最近ちょっと雑になってます!」
「そんなこと」
「あります!」
否定できなかった。
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午後。
新人達の簡単な実技確認が始まった。
模擬戦まではしない。
基本動作を見るだけ。
「次!」
リオが木剣を持つ。
「打ち込んでください」
「はい!」
新人が突っ込む。
速い。
だが真っ直ぐすぎる。
リオは半歩ずれて木剣を軽く当てた。
「うわっ」
「今のは見えやすいです」
「はい!」
「あと肩に力入りすぎ」
「はい!」
少し前まで教わる側だったのに、今は教えている。
変な感覚だった。
⸻
「いい感じじゃん」
ナナが言う。
「リオ、ちゃんと先輩してる」
「やめてください」
「照れてる?」
「照れてません」
「顔赤いよ」
「暑いんです!」
実際ちょっと暑かった。
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「次!」
今度は槍。
だが新人が勢い余って転ぶ。
「うわぁっ!?」
槍が飛ぶ。
「危なっ」
ガルドが片手で掴んだ。
新人達が固まる。
「……」
「……」
「投げ槍ならもっとちゃんと投げろ」
「す、すみません!!」
ガルドは槍を返す。
それだけ。
だが新人達の目が変わった。
さっきまでのおっさんを見る目ではない。
リオは少し笑いそうになる。
遅い。
でも大体みんなこうなる。
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「ガルドさん!」
別の新人が言う。
「模擬戦してください!」
「嫌だ」
「即答!?」
「疲れる」
「でも見たいです!」
「見世物じゃねえぞ」
「お願いします!」
新人達が集まる。
うるさい。
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「リオ」
ガルドが言う。
「はい?」
「代わりにやれ」
「なんでですか」
「若い」
「またそれですか」
結局押し付けられた。
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「えっと……」
リオが木剣を持つ。
「軽くですよ」
「はい!」
新人が構える。
周囲が見る。
なんだか妙に緊張した。
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「始め!」
ミレナが言う。
新人が突っ込む。
リオは受ける。
重い。
だが粗い。
流して、横を取る。
木剣を肩へ。
「そこまで」
「うわぁ……」
新人が悔しそうにする。
「速かったですね」
「まだ真っ直ぐすぎます」
自然に口が出た。
「あと、見る場所が狭いです」
「見る場所?」
「武器だけ見ない方がいいです。肩とか足とか」
「……はい!」
周囲の新人達も真剣に聞いていた。
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「ちゃんとしてるじゃん」
ナナが言う。
「まあな」
ガルドが酒を飲む。
「最近それっぽくなってきた」
「ガルドさんが育てたみたいな顔しないでください」
「育てたぞ」
「半分放置じゃないですか」
「死んでねえから成功だ」
「基準が雑!」
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夕方になる頃には。
ギルドは完全に疲弊していた。
新人達は帰った。
登録書類の山だけが残った。
「終わった……」
ミレナが机に突っ伏す。
「まだ終わってませんよ」
リオが言う。
「書類整理残ってます」
「聞きたくないです……」
魂が抜けていた。
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「でも増えましたね」
セリアが笑う。
「新人さん達」
「ああ」
リオが椅子に座る。
「なんか変な感じでした」
「何がですか?」
「自分が説明する側って」
少し前まで、自分も受付前で緊張していた。
今は新人に教えている。
時間が経つのは早い。
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「リオ先輩!」
突然声。
昼間の新人だった。
忘れ物を取りに戻ってきたらしい。
「今日はありがとうございました!」
「あ、はい」
「また来ます!」
「はい」
元気よく帰っていく。
リオは少しだけ固まった。
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「……先輩か」
小さく呟く。
ガルドが横を見る。
「なんだ」
「いや」
リオは少し笑った。
「なんか、変な感じです」
「そのうち慣れる」
「そういうもんですか」
「ああ」
ガルドは酒を飲む。
「気づいたら、お前も“昔は新人だったな”とか言うようになる」
「嫌ですね」
「俺も昔そう言ってた」
「ガルドさんにもそんな時代あったんですか」
「失礼だな」
ギルド内に少し笑いが広がる。
外はもう夕方だった。
昼間の騒がしさが嘘みたいに静かになっている。
でも、その静けさの中に、少しだけ新しい空気が混ざっていた。
新人が増えると、ギルドの空気は変わる。
少しうるさくなって。
少し慌ただしくなって。
少しだけ未来が増える。
リオは、そんなことをぼんやり思っていた。




