表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/95

■第63話「新人が増えると空気が変わる」

 春先というのは、人が増える。


 冒険者ギルドに限った話ではない。


 商会には新人商人が入り、鍛冶屋には弟子が増え、農家には働き手が来る。


 そして冒険者ギルドには、“夢を見た若者”がやってくる。


 魔物を倒したい。


 一攫千金したい。


 有名になりたい。


 勇者みたいになりたい。


 理由は色々だ。


 大体、その半分くらいは現実を見る。


 残り半分は、もっと変な方向へ進む。


 その日。


 ギルドは朝からうるさかった。



「うわぁ……」


 リオは入口を見て、素直に声を漏らした。


 人が多い。


 多すぎる。


 受付前に十人以上並んでいる。


 しかも全員若い。


 新規登録希望者だ。


「なんですかこれ」


「春です」


 ミレナが死んだ目で答える。


「春ってこんな感じなんですか」


「毎年こうです」


「地獄ですね」


「地獄です」


 ミレナの机には書類の山。


 後ろにも山。


 横にも山。


 すでに処理が追いついていない。



「次の方!」


 ミレナが叫ぶ。


「はい!」


 新人が来る。


「お名前は!」


「ルーカスです!」


「希望武器は!」


「剣です!」


「得意なことは!」


「まだ分かりません!」


「正直!」


 ミレナが高速で書いていく。


 リオは少し引いていた。


「受付ってこんな戦場になるんですね」


「今日は特別です」


 ナナが笑いながら言う。


「毎年ミレナが壊れる日」


「壊れてません!」


「もう目が死んでるよ」


「生きてます!」


 ギリギリだった。



「リオくん!」


「はい!?」


「こっちの新人さん達を説明席へ!」


「僕ですか!?」


「人手不足です!」


 そう言われると断れない。


 リオは新人達を見る。


 三人。


 全員緊張している。


「えっと……こっちへ」


「は、はい!」


 初々しい。


 少し前の自分を見ているみたいだった。



「まず、ギルドについて説明します」


 リオは席へ案内する。


「依頼にはランクがあって――」


 説明を始める。


 だが途中で。


「先輩!」


 一人が勢いよく手を上げた。


「はい?」


「魔王って本当にいるんですか!?」


「急ですね」


「気になります!」


 目が輝いている。


 夢側の人間だった。



「いますよ」


 リオが言う。


「たぶん」


「たぶん!?」


「僕も会ったことないので」


「じゃあ勇者は!?」


「います」


「本当に!?」


「いますよ」


 リオが奥を見る。


 アルが書類を読んでいる。


「えっと、あそこに」


「……え?」


 三人が固まる。



「え?」


「え?」


「え?」


 反応が全員同じだった。


 リオは少し懐かしくなる。


 分かる。


 最初はそうなる。



「え、あの人が勇者様!?」


「元ですけど」


「もっとこう、オーラとか」


「ありますよ」


「えっ」


「静かなタイプの」


 アルは視線も向けない。


 だが新人達はなぜか背筋を伸ばした。


 空気は感じるらしい。



「じゃ、じゃあ」


 別の新人が言う。


「ガルドさんって人もいるんですか!?」


 リオは少しだけ嫌な予感がした。


 だが遅かった。


「ん?」


 椅子で寝ていたガルドが顔を上げる。


「なんだ」


 新人達が固まる。


「……え?」


 まただった。



「ガルドさん?」


「そうだが」


「え?」


「二回目だぞ」


 ガルドが言う。


「最近この流れ多いな」


 ナナが笑う。


「噂だけ変な方向行ってるからね」



「もっとこう……」


 新人の一人が言う。


「怖い感じかと」


「失礼だな」


 ガルドが欠伸する。


「怖いぞ」


「今のどこがですか」


 リオが言う。


「眠そうなだけじゃないですか」


「眠いからな」


 完全におっさんだった。



「リオくん!」


 ミレナが叫ぶ。


「新人説明続けてください!」


「はい!」


 リオは慌てて戻る。



「えっと」


 咳払い。


「まず大事なのは、生き残ることです」


 新人達が真面目な顔になる。


「派手な依頼に飛びつかない」


「無理しない」


「あと、先輩の話はちゃんと聞く」


「はい!」


 元気がいい。


 リオは少しだけ困った。


 数ヶ月前まで、自分もそっち側だった気がする。


 でも今は、説明する側だ。


 なんだか変な感じだった。



「あと」


 リオは続ける。


「細かい依頼を舐めない方がいいです」


「え?」


「犬探しとか荷運びとか」


 昨日を思い出す。


「死ぬほど疲れる時があります」


「そんなにですか」


「はい」


 ガルドが横から言った。


「魔王より犬の方が疲れる時ある」


 新人達が混乱する。


「どういう意味ですか」


「人生自由だからだ」


「犬?」


「犬」


 全然分からなかった。



 昼頃になると。


 ギルドはさらにうるさくなった。


「登録待ちこちらでー!」


「筆記用具貸してください!」


「依頼票どこですか!?」


「うわっ!?」


「なんで剣抜いてるんですか!?」


 カオスだった。



「ミレナさん」


 リオが言う。


「大丈夫ですか」


「大丈夫に見えます!?」


 見えなかった。


 完全に処理落ちしている。



「ナナ!」


「はいはい」


「飲み物!」


「もう出してる!」


「助かります!」


 ナナが慣れた動きで新人達に水を配る。


 こういう時だけ異様に手際がいい。



「ガルドさん!」


 新人の一人が近づく。


「なんだ」


「強くなるコツってありますか!?」


 ギルド内が少し静かになる。


 こういう質問は、みんな少し気になる。


 ガルドは少し考えた。


「死にそうになることだな」


「重い!」


 新人が引く。



「いや、でも本当だ」


 ガルドは言う。


「死にそうになると、人間だいたい覚える」


「教育に悪いですよ!」


 ミレナが叫ぶ。


「じゃあお前言え」


「基礎訓練です!」


「まあそれも大事だ」


「先にそっち言ってください!」



「でも」


 リオが少し考えてから言う。


「ガルドさんの言ってること、少し分かります」


「え?」


 新人達が見る。


「実際、危ない目見た後って、忘れなくなるんですよ」


 それは本当だった。


 怖かったこと。


 失敗したこと。


 死にかけたこと。


 そういうのは、妙に体に残る。


「だからって無茶はダメですけど」


「そうそう」


 セリアが笑う。


「ちゃんと帰ってきてくださいね」


 新人達が頷く。


 なんだか、本当に“先輩達”みたいだった。



「リオ先輩!」


 突然そう呼ばれた。


「……え?」


 新人の少年だった。


「ここ、書き方分からなくて」


「先輩」


 リオが呟く。


「先輩?」


「先輩って呼ばれた……」


 妙に衝撃だった。



「どうしました?」


 セリアが笑う。


「いや……なんか」


 リオは少し困った顔をする。


「そんな立場になったんだなって」


「なってますよ」


 ナナが言う。


「最近普通にギルド側の人間だし」


「えっ」


「新人来た時、真っ先に説明役やってたじゃん」


「……」


 言われてみればそうだった。



「おいリオ」


 ガルドが言う。


「はい?」


「新人に変なこと教えるなよ」


「教えてませんよ」


「どうだかな」


「なんですかその信用のなさ」


「最近お前、“細けえことは現場で覚えろ”とか言ってるだろ」


「……言いましたね」


「もう染まってる」


「最悪だ!」


 ミレナが叫んだ。


「リオくんまでガルドさん側にならないでください!」


「えっ」


「最近ちょっと雑になってます!」


「そんなこと」


「あります!」


 否定できなかった。



 午後。


 新人達の簡単な実技確認が始まった。


 模擬戦まではしない。


 基本動作を見るだけ。


「次!」


 リオが木剣を持つ。


「打ち込んでください」


「はい!」


 新人が突っ込む。


 速い。


 だが真っ直ぐすぎる。


 リオは半歩ずれて木剣を軽く当てた。


「うわっ」


「今のは見えやすいです」


「はい!」


「あと肩に力入りすぎ」


「はい!」


 少し前まで教わる側だったのに、今は教えている。


 変な感覚だった。



「いい感じじゃん」


 ナナが言う。


「リオ、ちゃんと先輩してる」


「やめてください」


「照れてる?」


「照れてません」


「顔赤いよ」


「暑いんです!」


 実際ちょっと暑かった。



「次!」


 今度は槍。


 だが新人が勢い余って転ぶ。


「うわぁっ!?」


 槍が飛ぶ。


「危なっ」


 ガルドが片手で掴んだ。


 新人達が固まる。


「……」


「……」


「投げ槍ならもっとちゃんと投げろ」


「す、すみません!!」


 ガルドは槍を返す。


 それだけ。


 だが新人達の目が変わった。


 さっきまでのおっさんを見る目ではない。


 リオは少し笑いそうになる。


 遅い。


 でも大体みんなこうなる。



「ガルドさん!」


 別の新人が言う。


「模擬戦してください!」


「嫌だ」


「即答!?」


「疲れる」


「でも見たいです!」


「見世物じゃねえぞ」


「お願いします!」


 新人達が集まる。


 うるさい。



「リオ」


 ガルドが言う。


「はい?」


「代わりにやれ」


「なんでですか」


「若い」


「またそれですか」


 結局押し付けられた。



「えっと……」


 リオが木剣を持つ。


「軽くですよ」


「はい!」


 新人が構える。


 周囲が見る。


 なんだか妙に緊張した。



「始め!」


 ミレナが言う。


 新人が突っ込む。


 リオは受ける。


 重い。


 だが粗い。


 流して、横を取る。


 木剣を肩へ。


「そこまで」


「うわぁ……」


 新人が悔しそうにする。


「速かったですね」


「まだ真っ直ぐすぎます」


 自然に口が出た。


「あと、見る場所が狭いです」


「見る場所?」


「武器だけ見ない方がいいです。肩とか足とか」


「……はい!」


 周囲の新人達も真剣に聞いていた。



「ちゃんとしてるじゃん」


 ナナが言う。


「まあな」


 ガルドが酒を飲む。


「最近それっぽくなってきた」


「ガルドさんが育てたみたいな顔しないでください」


「育てたぞ」


「半分放置じゃないですか」


「死んでねえから成功だ」


「基準が雑!」



 夕方になる頃には。


 ギルドは完全に疲弊していた。


 新人達は帰った。


 登録書類の山だけが残った。


「終わった……」


 ミレナが机に突っ伏す。


「まだ終わってませんよ」


 リオが言う。


「書類整理残ってます」


「聞きたくないです……」


 魂が抜けていた。



「でも増えましたね」


 セリアが笑う。


「新人さん達」


「ああ」


 リオが椅子に座る。


「なんか変な感じでした」


「何がですか?」


「自分が説明する側って」


 少し前まで、自分も受付前で緊張していた。


 今は新人に教えている。


 時間が経つのは早い。



「リオ先輩!」


 突然声。


 昼間の新人だった。


 忘れ物を取りに戻ってきたらしい。


「今日はありがとうございました!」


「あ、はい」


「また来ます!」


「はい」


 元気よく帰っていく。


 リオは少しだけ固まった。



「……先輩か」


 小さく呟く。


 ガルドが横を見る。


「なんだ」


「いや」


 リオは少し笑った。


「なんか、変な感じです」


「そのうち慣れる」


「そういうもんですか」


「ああ」


 ガルドは酒を飲む。


「気づいたら、お前も“昔は新人だったな”とか言うようになる」


「嫌ですね」


「俺も昔そう言ってた」


「ガルドさんにもそんな時代あったんですか」


「失礼だな」


 ギルド内に少し笑いが広がる。


 外はもう夕方だった。


 昼間の騒がしさが嘘みたいに静かになっている。


 でも、その静けさの中に、少しだけ新しい空気が混ざっていた。


 新人が増えると、ギルドの空気は変わる。


 少しうるさくなって。


 少し慌ただしくなって。


 少しだけ未来が増える。


 リオは、そんなことをぼんやり思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ