■第62話「依頼が偏る日」
依頼というものは、不思議と偏る。
忙しい日は本当に忙しいし、暇な日は驚くほど暇だ。
しかも、その偏りはなぜか連鎖する。
魔物討伐ばかり来る日。
護衛依頼ばかり来る日。
酔っ払い同士の喧嘩仲裁が異常に増える日。
そして、ごくたまに。
びっくりするほど“平和な依頼”しか来ない日がある。
その日が、まさにそうだった。
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「犬探し?」
リオが依頼書を見る。
「はい」
ミレナが頷く。
「朝から三件目です」
「多くないですか」
「多いです」
ギルド内は妙に静かだった。
普段なら討伐依頼や護衛依頼が何件か並ぶ時間なのに、今日に限って受付に来るのは平和な依頼ばかり。
「次はこちらです」
ミレナが別の紙を出す。
「畑荒らし」
「魔物ですか?」
「鶏です」
「鶏」
「近所の鶏が脱走して畑を荒らしてるそうです」
「平和ですね」
「平和ですね」
だが。
平和だから楽かと言われると、そうでもない。
むしろこういう依頼は、妙に面倒なことが多い。
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「で、これは?」
ガルドが椅子から依頼票を覗き込む。
「荷運びです」
「どこまで」
「坂の上のパン屋」
「嫌だな」
「即答ですね」
「坂が嫌だ」
「そこですか」
ガルドは真顔だった。
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「今日、妙ですね」
セリアが苦笑する。
「大きな依頼が全然ありません」
「たまにある」
アルが奥で書類を見ながら言う。
「こういう日は逆に疲れる」
「なんでですか?」
リオが聞く。
「細かい依頼は、休む時間が消えるからだ」
それは少し分かった。
討伐依頼なら、移動して、戦って、終わる。
だが細かい依頼は、短い代わりに次々来る。
しかも大体、地味に面倒。
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「じゃあ分担します!」
ミレナが紙を並べる。
「ガルドさんとリオくんは犬探し!」
「嫌だな」
「行ってください」
「なんで俺まで」
「前回、“鼻が利く犬は逃げ方が独特”とか言ってたので」
「言ったな」
「なので適任です」
「最悪だ」
ガルドが心底嫌そうな顔をした。
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「セリアさんは荷運びお願いします」
「はい」
「トーマさんも手伝ってください」
「任せろ!」
トーマが元気よく返事する。
「力仕事なら得意だ!」
「助かります!」
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「ライルさんは畑荒らし対応です」
「よし来た!」
ライルが立ち上がる。
「俺に任せろ!」
「鶏相手ですよ」
「任せろ!」
不安しかなかった。
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「ユーンさんは」
ミレナが言葉を止める。
ユーンが期待に満ちた顔をする。
「……今日は待機で」
「なんで!?」
「なんでか分からないんですか!?」
全員が思った。
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「よし、行くぞ」
ガルドが立ち上がる。
「犬だな」
「はい」
「名前は?」
「ポチです」
「絶対見つからん」
「なんでですか」
「その辺に十匹くらいいそうだからだ」
確かに。
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依頼主は、小さな雑貨屋の老夫婦だった。
「朝起きたらいなくてねえ」
おばあさんが心配そうに言う。
「うちのポチ、人懐っこいから……」
「特徴は?」
リオが聞く。
「茶色くて、耳が垂れてて、尻尾がふわっとしてて」
「その辺に五匹くらいいそうですね」
「言うな」
ガルドが言う。
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「匂い辿れるか?」
リオが聞く。
「多少な」
ガルドは犬小屋を覗く。
「……」
「分かります?」
「分からん」
「分からないんですか」
「匂いが多すぎる」
「ですよね」
万能ではない。
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「とりあえず足だ」
ガルドが地面を見る。
「犬は大体、面白そうな方へ行く」
「雑じゃないですか?」
「でも合ってる」
実際、近くの泥道に小さな足跡があった。
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「こっちだな」
二人は街を歩く。
平和だった。
本当に平和。
戦闘もない。
悲鳴もない。
ただ犬を探して歩く。
「なんか、普通ですね」
リオが言う。
「何がだ」
「冒険者っぽくないというか」
「犬探しも冒険者の仕事だ」
「夢がないですね」
「現実はそんなもんだ」
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足跡は市場の方へ向かっていた。
途中で途切れる。
「見失いましたね」
「いや」
ガルドが指をさす。
市場の屋台の下。
そこに、茶色い犬がいた。
「いた」
「早っ」
だが問題はそこからだった。
「ポチー!」
リオが呼ぶ。
犬が見る。
そして。
全力で逃げた。
「なんで!?」
「捕まりたくないんだろ」
「自由満喫してる!」
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「待て!」
リオが追う。
市場を抜ける。
犬は速い。
小回りが利く。
「こっち!」
リオが角を曲がる。
その瞬間。
野菜箱に突っ込んだ。
「うわっ!?」
野菜が飛ぶ。
「おい!?」
店主が怒鳴る。
「すみません!」
リオが謝る。
その横を犬が走り抜ける。
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「逃げんな!」
ガルドが言う。
「犬に言っても!」
「お前もっと右!」
「右!?」
犬はパン屋へ突っ込んだ。
店内悲鳴。
パン飛ぶ。
「最悪だ!」
リオが叫ぶ。
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「挟め!」
ガルドが回り込む。
リオが反対側。
犬が止まる。
左右を見る。
「今です!」
リオが飛び込む。
だが。
犬はジャンプした。
「うわっ!?」
リオの頭を踏み台にして逃走。
「賢っ!」
「なんでそこで感心する!」
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十分後。
二人は完全に疲れていた。
「犬探しってこんな大変なんですか」
「犬による」
「ポチ元気すぎません?」
「人生楽しそうだなあいつ」
本当に楽しそうだった。
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その頃。
別方面では。
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「うおおおおおお!!」
ライルが叫んでいた。
鶏を追いかけながら。
「待てぇぇぇぇ!!」
「何してるんですかあの人」
畑の持ち主が引いていた。
鶏は三羽。
だが異様に素早い。
ライルは全力。
鶏も全力。
畑が荒れる。
「逆に被害増えてません!?」
「大丈夫だ!」
「何がですか!?」
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「止まれぇぇぇ!!」
ライルが飛び込む。
鶏回避。
ライル転倒。
畑へダイブ。
「ぐえっ」
「最悪だ!」
依頼主が叫んだ。
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さらに別方面。
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「重いですねえ」
トーマが荷物を担ぐ。
「ですね」
セリアが笑う。
坂道。
パン屋までの配達。
ただし量が異常だった。
「なんでこんなに頼んだんでしょう」
「祭り前らしいですよ」
「なるほど」
平和だった。
本当に平和。
だが。
「うおおおおお!」
後ろからユーンが走ってきた。
「手伝います!」
「待機じゃなかったんですか!?」
セリアが叫ぶ。
「暇だったので!」
「嫌な予感がします!」
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「任せてください!」
ユーンが荷車を掴む。
「速く運びます!」
「速さ求めなくていいです!」
だが遅かった。
ユーンが押す。
荷車が加速。
「速っ!?」
坂道。
下り。
最悪だった。
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「止まれぇぇぇ!!」
トーマが追う。
「パンがぁぁぁ!!」
セリアも追う。
荷車爆走。
街中悲鳴。
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一方その頃。
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「……疲れた」
リオが膝に手をつく。
「犬一匹ですよね?」
「ああ」
「なんでこんな」
「犬だからだ」
ガルドが真顔で言う。
「自由だぞあいつら」
「嫌な自由!」
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「いた!」
今度はナナが指差した。
なぜか途中参戦していた。
「屋根!」
見上げる。
犬。
屋根の上。
「なんで!?」
「人生楽しそうだな」
ガルドがまた言う。
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「どうやって登ったんですか」
「知らん」
「降ろします?」
「降りるだろ」
「雑!」
だが。
犬は屋根の端で困り始めた。
「……」
「降りられなくなってません?」
「なってるな」
「アホですね」
「犬だからな」
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「リオ」
「はい?」
「行け」
「なんでですか」
「若い」
「理由!」
結局登る。
屋根。
高い。
「ポチー」
犬が尻尾振る。
「お前絶対反省してないだろ」
犬は楽しそうだった。
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「よし、捕まえ――」
その瞬間。
瓦が滑った。
「うわっ!?」
リオが落ちる。
「リオ!?」
ナナが叫ぶ。
だが。
途中で止まった。
ガルドが片手で服を掴んでいた。
「危ねえな」
「ありがとうございます!」
「犬よりお前の方が危なかった」
その通りだった。
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最終的に。
ポチはおばあさんの元へ戻った。
鶏は二羽捕獲、一羽逃走中。
パン屋の荷車は半壊。
ユーンはミレナに説教されていた。
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夕方。
ギルド。
全員疲れていた。
「……今日、平和依頼だけでしたよね」
リオが机に突っ伏す。
「ああ」
ガルドが酒を飲む。
「なんでこんな疲れてるんですか」
「細かい依頼は休憩ねえからな」
アルが静かに言う。
「あと、精神力を削る」
「分かります……」
本当に分かった。
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「犬探しどうでした?」
セリアが笑う。
「二度とやりたくないです」
「でもまた来ますよ」
「最悪だ」
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「鶏は?」
ガルドがライルを見る。
「三羽目がまだだ」
「増やすなよ」
「増えてはいない!」
たぶん増えてた。
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「パン屋は?」
ミレナが聞く。
「パンは守った!」
ユーンが胸を張る。
「荷車は!?」
「壊れた!」
「威張らないでください!」
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ギルド内に笑いが広がる。
平和だった。
本当に平和。
でも、だからこそ妙に疲れる。
魔王討伐より犬探しの方が疲れる日もある。
ガルドは酒を飲みながら、深く息を吐いた。
「……今日、変に疲れたな」
「分かります」
リオが真顔で頷く。
「戦闘より疲れました」
「だろ」
「なんでですかね」
「平和だからじゃねえか」
ガルドはそう言った。
その言葉を、リオは少しだけ覚えていた。




