表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/95

■第62話「依頼が偏る日」

依頼というものは、不思議と偏る。


 忙しい日は本当に忙しいし、暇な日は驚くほど暇だ。


 しかも、その偏りはなぜか連鎖する。


 魔物討伐ばかり来る日。


 護衛依頼ばかり来る日。


 酔っ払い同士の喧嘩仲裁が異常に増える日。


 そして、ごくたまに。


 びっくりするほど“平和な依頼”しか来ない日がある。


 その日が、まさにそうだった。



「犬探し?」


 リオが依頼書を見る。


「はい」


 ミレナが頷く。


「朝から三件目です」


「多くないですか」


「多いです」


 ギルド内は妙に静かだった。


 普段なら討伐依頼や護衛依頼が何件か並ぶ時間なのに、今日に限って受付に来るのは平和な依頼ばかり。


「次はこちらです」


 ミレナが別の紙を出す。


「畑荒らし」


「魔物ですか?」


「鶏です」


「鶏」


「近所の鶏が脱走して畑を荒らしてるそうです」


「平和ですね」


「平和ですね」


 だが。


 平和だから楽かと言われると、そうでもない。


 むしろこういう依頼は、妙に面倒なことが多い。



「で、これは?」


 ガルドが椅子から依頼票を覗き込む。


「荷運びです」


「どこまで」


「坂の上のパン屋」


「嫌だな」


「即答ですね」


「坂が嫌だ」


「そこですか」


 ガルドは真顔だった。



「今日、妙ですね」


 セリアが苦笑する。


「大きな依頼が全然ありません」


「たまにある」


 アルが奥で書類を見ながら言う。


「こういう日は逆に疲れる」


「なんでですか?」


 リオが聞く。


「細かい依頼は、休む時間が消えるからだ」


 それは少し分かった。


 討伐依頼なら、移動して、戦って、終わる。


 だが細かい依頼は、短い代わりに次々来る。


 しかも大体、地味に面倒。



「じゃあ分担します!」


 ミレナが紙を並べる。


「ガルドさんとリオくんは犬探し!」


「嫌だな」


「行ってください」


「なんで俺まで」


「前回、“鼻が利く犬は逃げ方が独特”とか言ってたので」


「言ったな」


「なので適任です」


「最悪だ」


 ガルドが心底嫌そうな顔をした。



「セリアさんは荷運びお願いします」


「はい」


「トーマさんも手伝ってください」


「任せろ!」


 トーマが元気よく返事する。


「力仕事なら得意だ!」


「助かります!」



「ライルさんは畑荒らし対応です」


「よし来た!」


 ライルが立ち上がる。


「俺に任せろ!」


「鶏相手ですよ」


「任せろ!」


 不安しかなかった。



「ユーンさんは」


 ミレナが言葉を止める。


 ユーンが期待に満ちた顔をする。


「……今日は待機で」


「なんで!?」


「なんでか分からないんですか!?」


 全員が思った。



「よし、行くぞ」


 ガルドが立ち上がる。


「犬だな」


「はい」


「名前は?」


「ポチです」


「絶対見つからん」


「なんでですか」


「その辺に十匹くらいいそうだからだ」


 確かに。



 依頼主は、小さな雑貨屋の老夫婦だった。


「朝起きたらいなくてねえ」


 おばあさんが心配そうに言う。


「うちのポチ、人懐っこいから……」


「特徴は?」


 リオが聞く。


「茶色くて、耳が垂れてて、尻尾がふわっとしてて」


「その辺に五匹くらいいそうですね」


「言うな」


 ガルドが言う。



「匂い辿れるか?」


 リオが聞く。


「多少な」


 ガルドは犬小屋を覗く。


「……」


「分かります?」


「分からん」


「分からないんですか」


「匂いが多すぎる」


「ですよね」


 万能ではない。



「とりあえず足だ」


 ガルドが地面を見る。


「犬は大体、面白そうな方へ行く」


「雑じゃないですか?」


「でも合ってる」


 実際、近くの泥道に小さな足跡があった。



「こっちだな」


 二人は街を歩く。


 平和だった。


 本当に平和。


 戦闘もない。


 悲鳴もない。


 ただ犬を探して歩く。


「なんか、普通ですね」


 リオが言う。


「何がだ」


「冒険者っぽくないというか」


「犬探しも冒険者の仕事だ」


「夢がないですね」


「現実はそんなもんだ」



 足跡は市場の方へ向かっていた。


 途中で途切れる。


「見失いましたね」


「いや」


 ガルドが指をさす。


 市場の屋台の下。


 そこに、茶色い犬がいた。


「いた」


「早っ」


 だが問題はそこからだった。


「ポチー!」


 リオが呼ぶ。


 犬が見る。


 そして。


 全力で逃げた。


「なんで!?」


「捕まりたくないんだろ」


「自由満喫してる!」



「待て!」


 リオが追う。


 市場を抜ける。


 犬は速い。


 小回りが利く。


「こっち!」


 リオが角を曲がる。


 その瞬間。


 野菜箱に突っ込んだ。


「うわっ!?」


 野菜が飛ぶ。


「おい!?」


 店主が怒鳴る。


「すみません!」


 リオが謝る。


 その横を犬が走り抜ける。



「逃げんな!」


 ガルドが言う。


「犬に言っても!」


「お前もっと右!」


「右!?」


 犬はパン屋へ突っ込んだ。


 店内悲鳴。


 パン飛ぶ。


「最悪だ!」


 リオが叫ぶ。



「挟め!」


 ガルドが回り込む。


 リオが反対側。


 犬が止まる。


 左右を見る。


「今です!」


 リオが飛び込む。


 だが。


 犬はジャンプした。


「うわっ!?」


 リオの頭を踏み台にして逃走。


「賢っ!」


「なんでそこで感心する!」



 十分後。


 二人は完全に疲れていた。


「犬探しってこんな大変なんですか」


「犬による」


「ポチ元気すぎません?」


「人生楽しそうだなあいつ」


 本当に楽しそうだった。



 その頃。


 別方面では。



「うおおおおおお!!」


 ライルが叫んでいた。


 鶏を追いかけながら。


「待てぇぇぇぇ!!」


「何してるんですかあの人」


 畑の持ち主が引いていた。


 鶏は三羽。


 だが異様に素早い。


 ライルは全力。


 鶏も全力。


 畑が荒れる。


「逆に被害増えてません!?」


「大丈夫だ!」


「何がですか!?」



「止まれぇぇぇ!!」


 ライルが飛び込む。


 鶏回避。


 ライル転倒。


 畑へダイブ。


「ぐえっ」


「最悪だ!」


 依頼主が叫んだ。



 さらに別方面。



「重いですねえ」


 トーマが荷物を担ぐ。


「ですね」


 セリアが笑う。


 坂道。


 パン屋までの配達。


 ただし量が異常だった。


「なんでこんなに頼んだんでしょう」


「祭り前らしいですよ」


「なるほど」


 平和だった。


 本当に平和。


 だが。


「うおおおおお!」


 後ろからユーンが走ってきた。


「手伝います!」


「待機じゃなかったんですか!?」


 セリアが叫ぶ。


「暇だったので!」


「嫌な予感がします!」



「任せてください!」


 ユーンが荷車を掴む。


「速く運びます!」


「速さ求めなくていいです!」


 だが遅かった。


 ユーンが押す。


 荷車が加速。


「速っ!?」


 坂道。


 下り。


 最悪だった。



「止まれぇぇぇ!!」


 トーマが追う。


「パンがぁぁぁ!!」


 セリアも追う。


 荷車爆走。


 街中悲鳴。



 一方その頃。



「……疲れた」


 リオが膝に手をつく。


「犬一匹ですよね?」


「ああ」


「なんでこんな」


「犬だからだ」


 ガルドが真顔で言う。


「自由だぞあいつら」


「嫌な自由!」



「いた!」


 今度はナナが指差した。


 なぜか途中参戦していた。


「屋根!」


 見上げる。


 犬。


 屋根の上。


「なんで!?」


「人生楽しそうだな」


 ガルドがまた言う。



「どうやって登ったんですか」


「知らん」


「降ろします?」


「降りるだろ」


「雑!」


 だが。


 犬は屋根の端で困り始めた。


「……」


「降りられなくなってません?」


「なってるな」


「アホですね」


「犬だからな」



「リオ」


「はい?」


「行け」


「なんでですか」


「若い」


「理由!」


 結局登る。


 屋根。


 高い。


「ポチー」


 犬が尻尾振る。


「お前絶対反省してないだろ」


 犬は楽しそうだった。



「よし、捕まえ――」


 その瞬間。


 瓦が滑った。


「うわっ!?」


 リオが落ちる。


「リオ!?」


 ナナが叫ぶ。


 だが。


 途中で止まった。


 ガルドが片手で服を掴んでいた。


「危ねえな」


「ありがとうございます!」


「犬よりお前の方が危なかった」


 その通りだった。



 最終的に。


 ポチはおばあさんの元へ戻った。


 鶏は二羽捕獲、一羽逃走中。


 パン屋の荷車は半壊。


 ユーンはミレナに説教されていた。



 夕方。


 ギルド。


 全員疲れていた。


「……今日、平和依頼だけでしたよね」


 リオが机に突っ伏す。


「ああ」


 ガルドが酒を飲む。


「なんでこんな疲れてるんですか」


「細かい依頼は休憩ねえからな」


 アルが静かに言う。


「あと、精神力を削る」


「分かります……」


 本当に分かった。



「犬探しどうでした?」


 セリアが笑う。


「二度とやりたくないです」


「でもまた来ますよ」


「最悪だ」



「鶏は?」


 ガルドがライルを見る。


「三羽目がまだだ」


「増やすなよ」


「増えてはいない!」


 たぶん増えてた。



「パン屋は?」


 ミレナが聞く。


「パンは守った!」


 ユーンが胸を張る。


「荷車は!?」


「壊れた!」


「威張らないでください!」



 ギルド内に笑いが広がる。


 平和だった。


 本当に平和。


 でも、だからこそ妙に疲れる。


 魔王討伐より犬探しの方が疲れる日もある。


 ガルドは酒を飲みながら、深く息を吐いた。


「……今日、変に疲れたな」


「分かります」


 リオが真顔で頷く。


「戦闘より疲れました」


「だろ」


「なんでですかね」


「平和だからじゃねえか」


 ガルドはそう言った。


 その言葉を、リオは少しだけ覚えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ