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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第59話「昔の道」

 街を出る時、ガルドはいつもより少しだけ静かだった。


 無口というほどではない。


 元から必要以上に喋る男ではないし、面倒だの眠いだの酒が欲しいだの、余計なことはいつも通り口にしている。


 けれど、その日は違った。


 軽口の奥に、薄い膜のようなものがあった。


 リオは、それに気づいていた。


「こっちだ」


 ヴェルンが前を歩く。


 昨日ギルドに現れた、ガルドの昔の仲間。


 彼は濡れた外套ではなく、今日は動きやすい革鎧を着ていた。長剣を腰に下げ、背中には荷袋。歩き方は荒いが無駄がない。


 元冒険者というより、今も十分に現役の人間の足取りだった。


「昔の道って、どの辺なんですか」


 リオが聞く。


「西の古い巡礼路だ」


 ヴェルンが答える。


「今はほとんど使われてねえ。昔は神殿へ行く人間が通ってたらしいが、魔物が増えてから廃れた」


「そこに黒狼が?」


「ああ」


 短い返事。


 だが、その声は軽くない。


「黒狼って、普通の狼とは違うんですよね」


 リオが聞くと、ガルドが答えた。


「違う」


「どれくらいですか」


「普通の狼が噛むなら、黒狼は引き裂く」


「分かりやすいけど嫌な説明ですね」


「速い。群れる。賢い。あと、夜目が利く」


「最悪じゃないですか」


「だから面倒なんだよ」


 ガルドは肩を回しながら言う。


 それだけならいつもの調子だ。


 だが、リオは感じていた。


 ガルドは前を見ていない。


 いや、前は見ている。


 けれど同時に、もっと遠い場所を見ているようだった。


 今歩いている道ではなく、昔歩いた道を。


「昔、ここに来たことあるんですか」


 セリアが静かに聞く。


 今回の同行は、ガルド、リオ、セリア、そしてヴェルン。


 カインやアルはギルド側に残った。黒狼の調査は重要だが、街の守りも空けられない。人数を増やしすぎると、逆に森で動きづらくなるという判断だった。


「ある」


 ガルドが短く答える。


「何度もな」


 ヴェルンが横から言う。


「こいつがまだ“グラム”って呼ばれてた頃だ」


「その名前で呼ぶな」


「へいへい」


 ヴェルンは軽く笑う。


「でも事実だろ」


「昔の話だ」


「またそれか」


 ヴェルンは苦笑した。


「お前、本当にその言葉好きだな」


「便利だからな」


 ガルドはそれだけ言った。


 リオは少しだけ気になった。


 ガルドは昔の名前を嫌がっている。


 でも、怒っているわけではない。


 ただ、今の自分と切り離しておきたいように見える。


 それが少しだけ、寂しいことのように思えた。


 けれどリオは、それ以上聞かなかった。


 聞いていい話と、まだ聞かない方がいい話がある。


 最近、少しだけ分かるようになってきた。


 西の古い巡礼路は、街道とは呼べないほど細かった。


 石畳の名残はある。


 だが、ところどころ草に覆われ、ひび割れ、木の根に押し上げられている。道の脇には古い石柱が立っていたが、文字は削れて読めない。


 人の通った気配は薄い。


 けれど、まったく死んだ道でもなかった。


 獣の足跡。


 小さな魔物の爪痕。


 折れた枝。


 そして、地面に残る黒い毛。


「これか」


 ガルドがしゃがむ。


 指で毛を摘まみ上げ、少しだけ匂いを嗅いだ。


「黒狼だな」


「分かるんですか」


 リオが聞く。


「臭いが違う」


「嫌な慣れ方してますね」


「昔、嫌になるほど嗅いだ」


 その言葉に、ヴェルンが小さく笑った。


「本当に嫌だったな」


「ああ」


 ガルドは珍しく素直に頷いた。


「一晩中追われた」


「お前が巣穴に火ぃ投げ込んだからだろ」


「あれはお前がやれって言った」


「言ってねえよ。俺は“煙で追い出せ”って言ったんだ」


「似たようなもんだ」


「全然違う」


 昔話なのに、どこか昨日のことみたいに言い合う。


 リオは、そのやり取りを少し不思議な気持ちで見ていた。


 ガルドに“昔”がある。


 当たり前だ。


 誰にだって昔はある。


 でも、今までのリオにとって、ガルドは最初からガルドだった。


 だらけていて、面倒くさがりで、いざという時だけ異様に頼りになる中年冒険者。


 その前に、別の名前で呼ばれていた時間がある。


 別の顔をしていた時間がある。


 それが、急に現実味を持ってきた。


「ここから先、少し気をつけろ」


 ガルドが立ち上がる。


「黒狼がいるなら、見られてる」


「もうですか」


「あいつらは先に見る」


 短い説明。


 リオは剣の柄に触れる。


 森の空気が少し変わった気がした。


 ただの廃れた道が、急に“狩場”になる。


 こちらが歩いているつもりでも、向こうから見ればもう獲物なのかもしれない。


「リオくん」


 セリアが小さく呼ぶ。


「はい」


「無理に前へ出なくて大丈夫です」


「分かってます」


「本当に?」


「……多分」


「多分なんですね」


「最近、自分で思ってるより前に出てることがあるので」


 正直に言うと、セリアは少しだけ笑った。


「それが分かってるなら、大丈夫です」


「そうですかね」


「はい」


 その会話を聞いていたのか、ガルドが前を見たまま言った。


「前に出るのは悪くねえ」


「え?」


「戻れない前に出なきゃいい」


 それだけ。


 でも、妙に重い言葉だった。


 戻れない前。


 ガルドは、そこに出たことがあるのだろうか。


 聞く前に、ヴェルンが止まった。


「この先だ」


 巡礼路の先に、古い石橋があった。


 川は細い。


 橋も崩れかけているが、渡れないほどではない。


 その向こうに、小さな祠のような建物が見えた。


 屋根は半分崩れ、壁には蔦が絡みつき、入口は暗い。


「あそこか」


 ガルドが言う。


「ああ」


 ヴェルンが頷く。


「昔、俺たちが雨宿りした場所だ」


「……」


 ガルドは一瞬だけ黙った。


「よく残ってたな」


「残ってた。だが、中に黒狼がいた」


「何頭だ」


「見えたのは三。気配はもっと」


「なら最低六」


 即座に返す。


「たぶん八」


 ヴェルンも言う。


「巣かもしれない」


 ガルドの顔が少しだけ険しくなる。


「子持ちなら面倒だ」


「そう思って一人で踏み込まなかった」


「そこだけは偉い」


「そこだけかよ」


 軽口はある。


 だが、空気はもう軽くない。


 黒狼の巣。


 廃れた巡礼路。


 昔、二人が雨宿りした祠。


 それが今は魔物の巣になっている。


 リオは、少しだけ嫌な感じを覚えた。


 この依頼は、ただ黒狼を倒すだけじゃないのかもしれない。


 ガルドにとって。


「どうしますか」


 リオが聞く。


「正面から入らねえ」


 ガルドが即答した。


「匂いで気づかれてる。中で待たれると面倒だ」


「じゃあ外へ出す?」


「そうする」


 ガルドはヴェルンを見る。


「昔の逆だ」


「煙か?」


「今度は燃やすなよ」


「お前だろ燃やしたの」


「覚えてねえ」


「嘘つけ」


 ヴェルンが荷袋から小さな煙玉を取り出す。


「用意はある」


「なら右から回れ。俺は左」


「若いのは?」


 ヴェルンがリオを見る。


「リオは橋側。出てきたやつを流すな。セリアは後ろで全体を見る」


「はい」


 リオは頷く。


 役割は明確だった。


 倒すことより、逃がさないこと。


 黒狼を祠の外に出し、開けた場所で処理する。


 橋を渡って街道側へ流せばまずい。だからリオがそこを押さえる。


「無理に倒すな」


 ガルドが言う。


「止めるだけでいい」


「分かりました」


「本当に分かってるか?」


「……止めるだけです」


「ならいい」


 ガルドはそれだけ言って左へ回った。


 ヴェルンも右へ動く。


 その背中を見ながら、リオは剣を抜いた。


 祠の周りが、静かになる。


 風の音。


 川の音。


 遠くで鳥が鳴く声。


 その中に、低い唸りが混ざった。


 黒狼だ。


 祠の中にいる。


 こちらに気づいている。


 リオの手に汗が滲む。


 セリアが少し後ろで杖を構えた。


「落ち着いて」


 小さな声。


「はい」


 リオは息を吸う。


 吐く。


 祠の右側で、煙が上がった。


 次の瞬間。


 唸り声が増える。


 祠の中で何かが動く音。


 爪が石を引っかく音。


 そして、黒い影が飛び出した。


 一頭目。


 速い。


「っ!」


 リオは真正面に立たない。


 少し斜めに位置を取る。


 黒狼は大きい。


 普通の狼より一回り、いや二回りほど大きい。黒い毛は濡れたように光り、目は黄色く鋭い。


 口が開く。


 牙。


 リオは剣を横に構え、噛みつきを受け流す。


 重い。


 腕に衝撃が走る。


「流すな!」


 ガルドの声が飛ぶ。


「分かってます!」


 黒狼はリオを抜けようとする。


 倒すより先に、橋へ向かうつもりだ。


 賢い。


 リオは足を滑らせるように横へ動き、進路を塞ぐ。


 黒狼が低く唸る。


 突っ込んでくる。


 今度は受けない。


 横へずらし、肩口を浅く斬る。


 浅い。


 だが、止まった。


 そこへ横からヴェルンが入る。


 長剣が黒狼の前足を斬る。


「いいぞ、若いの!」


「ありがとうございます!」


「礼は後だ!」


 黒狼が跳ねる。


 ヴェルンはそれを避け、蹴りで距離を作る。


 その動きは荒い。


 だが、場慣れしている。


 リオは少し驚いた。


 ヴェルンはただ昔話をしに来た男ではない。


 本当に強い。


 その時、祠の左から二頭同時に飛び出した。


「ガルドさん!」


 リオが叫ぶ。


「見えてる!」


 ガルドが一頭目を蹴り飛ばす。


 普通ならありえない光景だ。


 黒狼の突進を、真正面からではなく、横の角度で足を差し込んで崩した。体重と速度を利用して、黒狼自身を転がすように。


 二頭目がその隙を狙う。


 ガルドは剣を抜いた。


 短く、鋭く、首元へ一閃。


 黒狼が地面に沈む。


 速い。


 無駄がない。


 でも、いつもより少し荒い。


 リオは気づいた。


 ガルドの動きに、ほんの少しだけ感情が乗っている。


「おい、グラム!」


 ヴェルンが叫ぶ。


「右奥!」


「その名で呼ぶな!」


 ガルドが怒鳴り返す。


 でも反応はしている。


 右奥。


 祠の崩れた壁の隙間から、さらに二頭。


 その後ろに、小さい影が見えた。


 子だ。


「巣かよ!」


 ガルドが舌打ちする。


 空気が変わる。


 黒狼の親は、子を守る。


 ただの魔物討伐より厄介になる。


「どうしますか!」


 リオが叫ぶ。


「親を止める!」


 ガルドが言う。


「子は逃がすな、でも斬るな!」


「難しいです!」


「やれ!」


 無茶だ。


 でもやるしかない。


 小さい黒狼が一頭、橋側へ走る。


 リオは前へ出る。


 剣を振らない。


 鞘を抜いて、地面を叩く。


 大きな音。


 子狼が怯んで止まる。


「よし……!」


 その瞬間、親の一頭がリオへ突っ込んできた。


 速い。


 怒りの乗った速度。


「リオくん!」


 セリアの声。


 防御の光がリオの前に薄く広がる。


 黒狼の牙がそれに当たり、わずかに逸れる。


 リオはその隙に横へ転がる。


 肩が地面を打つ。


 痛い。


 だが、生きている。


「助かりました!」


「前だけ見すぎです!」


「すみません!」


 立ち上がる。


 親狼が再びこちらを見る。


 だが、その前にヴェルンが割り込んだ。


「若いのばっか狙うなよ」


 長剣を構える。


「相手ならこっちにもいるぜ」


 黒狼が唸る。


 ヴェルンは笑っていた。


 楽しそうではない。


 昔を思い出すような顔だった。


「おい、ガルド!」


 ヴェルンが叫ぶ。


 今度は“ガルド”だった。


「昔みたいにやるぞ!」


「どの昔だよ!」


「雨宿りの時だ!」


「最悪のやつじゃねえか!」


「だから使える!」


 言い合いながら、二人が動く。


 ガルドが左へ。


 ヴェルンが右へ。


 まるで打ち合わせなど不要なように、黒狼二頭の視線を分ける。


 片方がヴェルンを追う。


 もう片方がガルドへ向かう。


 その瞬間、二人が同時に位置を入れ替えた。


 黒狼同士の進路が交差する。


 一瞬、互いにぶつかりかける。


 そこへガルドの剣とヴェルンの長剣が、逆方向から入った。


 一頭が倒れる。


 もう一頭も深く傷を負う。


「……すごい」


 リオは思わず呟いた。


 連携というより、記憶だ。


 昔、何度もやった動き。


 体が覚えている動き。


 今のガルドからは想像できない、別の時間の残り香。


「ぼーっとするな!」


 ガルドが怒鳴る。


「はい!」


 残った黒狼が一頭、橋へ向かう。


 リオは前へ出る。


 今度は迷わない。


 止めるだけ。


 倒さなくていい。


 黒狼が低く跳ぶ。


 リオは剣を立てず、横に構える。


 牙を受けるのではなく、鼻先を叩いて軌道をずらす。


 黒狼が着地を崩す。


 そこへセリアの光が足元を照らす。


 黒狼が一瞬止まる。


 ヴェルンが後ろから押し返す。


「いいぞ!」


 ガルドの声が飛ぶ。


 褒められた。


 こんな状況で。


 リオは少しだけ胸が熱くなる。


 だが、その余裕はすぐに消える。


 祠の奥から、最後に一頭。


 明らかに大きい個体が出てきた。


 黒狼の群れの頭だろう。


 肩の高さがリオの腰近くまである。


 毛並みは荒れ、片目に古い傷がある。


 その個体が出てきた瞬間、空気が重くなった。


「……あいつか」


 ヴェルンが低く言う。


「お前、一人であれ見て帰ったのか」


 ガルドが言う。


「偉いだろ」


「褒めてやる」


「珍しいな」


「本気だ」


 ガルドが剣を握り直す。


「リオ、セリア。下がれ」


「でも」


「これは俺とこいつでやる」


 こいつ。


 ヴェルンのことだ。


 リオは一瞬だけ迷った。


 だが、すぐに下がった。


 これは、入ってはいけない戦いだと思った。


 二人の昔の道に残っていたもの。


 それを今、二人で片付けようとしている。


 黒狼の頭が低く唸る。


 ガルドとヴェルンが並ぶ。


 妙な光景だった。


 今のガルドと、昔を知る男。


 名前の違う時間が、同じ場所に重なっている。


「昔の動き、まだできるか?」


 ヴェルンが言う。


「お前が鈍ってなきゃな」


「腹は出たが腕は落ちてねえ」


「腹は認めるのか」


「筋肉だ」


「まだ言うか」


 黒狼が飛んだ。


 会話が切れる。


 ガルドが前へ出る。


 ヴェルンが半歩後ろ。


 最初に受けるのはガルド。


 だが止めない。


 かわし、流し、黒狼の横腹を開ける。


 そこへヴェルンが入る。


 長剣が深く入る。


 だが黒狼は止まらない。


 尾のように体を捻り、ヴェルンへ噛みつく。


 ガルドが蹴る。


 頭ではなく、足。


 黒狼の踏み込みがずれる。


 ヴェルンが生き残る。


「助かった!」


「鈍ってんじゃねえか!」


「お前が太ったせいで距離感狂う!」


「お前の腹だろ!」


 言い合いながら、戦いは続く。


 リオは見ていた。


 ガルドの強さは、技術だ。


 力任せではない。


 だが、ヴェルンと並ぶとまた少し違う。


 ガルドが隙を作り、ヴェルンが押し込む。


 ヴェルンが引きつけ、ガルドが急所を取る。


 言葉より先に動く。


 長い時間で作られた連携。


 それは少しだけ羨ましくもあり、少しだけ遠かった。


 黒狼の頭が、最後の突進に入る。


 まっすぐではない。


 途中で軌道を変え、ヴェルンではなくガルドの喉を狙った。


 速い。


 リオは息を呑む。


 だがガルドは動かなかった。


 一瞬だけ、昔の名前で呼ばれた時のように。


 静かに。


 そして。


「ヴェルン」


「ああ!」


 ヴェルンの長剣が横から入る。


 黒狼の動きが止まる。


 その一瞬で、ガルドの剣が首元を通った。


 黒狼の頭が地面に落ちる。


 音は重かった。


 森が静かになる。


 黒狼の子は、祠の奥で震えていた。


 ガルドはそれを見た。


「どうしますか」


 リオが聞く。


「放っておく」


 ガルドが言う。


「親を失ったら、たぶん奥へ逃げる。人里に来るようなら、その時は別だ」


「いいんですか」


「今斬る必要はねえ」


 それだけだった。


 セリアが少しだけ安心したように息を吐く。


 ヴェルンは血のついた剣を拭いながら、祠の入口を見た。


「変わったな」


 ガルドを見る。


「昔なら、全部潰してた」


「昔の話だ」


「今度はいい意味で言ってる」


「気持ち悪いな」


「お前な」


 ヴェルンは苦笑した。


 けれど、その顔はどこかほっとしていた。


 祠の中を確認すると、古い荷袋が一つ見つかった。


 ヴェルンが探していたものらしい。


 中には、錆びた短剣と、古い布。


 それから、小さな木札が入っていた。


「それが確認したかったものですか」


 リオが聞く。


「ああ」


 ヴェルンは木札を手に取る。


「昔、ここに置いていった」


「なんでですか」


「仲間のだ」


 短い言葉だった。


 それだけで、リオはそれ以上聞けなくなった。


 ヴェルンは祠の奥へ行き、崩れた石の前に木札を置いた。


 ガルドは少し離れたところで、それを見ていた。


 何も言わない。


 近づきもしない。


 けれど、目を逸らしもしなかった。


 雨宿りした場所。


 昔の仲間。


 昔の名前。


 黒狼の巣。


 全部が、ここに残っていたのだと思う。


 帰り道。


 ヴェルンは少し軽い足取りになっていた。


「助かった」


 短く言う。


「依頼料は払えよ」


 ガルドが言う。


「昔の仲だろ」


「昔の仲だから払え」


「変なとこしっかりしてんな」


「酒代になる」


「お前、昔は飲まなかったくせに」


「今は飲む」


「変わったな」


「昔の話だ」


 今度はヴェルンが笑った。


「便利な言葉だな、それ」


「だろ」


 ガルドも少しだけ笑った。


 リオは、その後ろ姿を見ていた。


 今のガルドと、昔のグラム。


 たぶん、完全に別人ではない。


 昔の彼がいて、今の彼がいる。


 捨てた名前も、失くした仲間も、歩かなかった道も、全部消えたわけではなく、どこかに残っている。


 でも、それでも今のガルドは、ギルドの椅子でだらけて、酒を飲み、面倒だと言いながら結局動く。


 それでいいのだと思った。


「リオ」


 前を歩くガルドが言った。


「はい」


「今日のこと、ミレナに余計な感じで報告すんなよ」


「余計な感じってなんですか」


「昔の名前がどうとか」


「それはもうバレてます」


「……」


「しかもナナさんも聞いてます」


「最悪だな」


 本当に嫌そうだった。


 リオは少し笑う。


「でも、大丈夫だと思いますよ」


「何がだ」


「ガルドさんはガルドさんなので」


 ガルドは振り返らなかった。


 少しだけ間があって。


「当たり前だろ」


 そう言った。


 その声は、いつも通り面倒くさそうだった。


 けれどリオには、少しだけ柔らかく聞こえた。

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