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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第57話「“地図をちゃんと読もう”って決めた瞬間に、なぜか全員が違う方向を指し始める」

 地図というのは、便利なものだ。


 現在地と目的地を結び、最短距離や安全な道を示してくれる。経験がなくても道に迷いにくくなるし、知らない場所でもある程度の判断ができる。


 だから、地図は大事だ。


 特に見知らぬ場所へ行く時は、なおさら。


 ……のだが、“地図をちゃんと読もう”と全員で意識した瞬間に限って、なぜか全員の認識が微妙にズレ始めることがある。


 そしてその日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。



「今回は地図をしっかり確認してから行きます!」


 ミレナが言った。


 昼前、受付前で、いつもよりも少しだけ慎重な声だった。


「いいですね」


 リオが言う。


「前に迷いましたし」


「迷ってません!」


 ミレナが言う。


「少し遠回りしただけです!」


「それを迷ったって言うんです!」


 だが、その経験があるからこそ、今回の話が出ているのだろう。



「目的地はここです」


 ミレナが机の上に地図を広げる。


 森の中、少し入り組んだ場所に印がついている。


「南の森の奥ですね」


 リオが言う。


「道、あります?」


「細いですがあります」


「……」


 リオは少しだけ嫌な予感がした。


 “細い道”はだいたい見失う。



「確認します」


 ミレナが言う。


「まず、ここから南に進みます」


「はい」


 リオが頷く。


「次に分岐」


「どっちですか」


「左です」


「左ですね」


 ここまでは分かりやすい。



「そのあと少し進んで川を渡ります」


「川?」


 リオが聞く。


「ありましたっけ」


「あります!」


 ミレナが言う。


「地図に書いてあります!」


 指を差す。


 確かにある。


 細い線だが。



「そのあとが問題です」


 ミレナが言う。


「ここで道が分かれます」


「……三つありますね」


 リオが言う。


「どれですか」


「真ん中です!」


「真ん中ですね」


「間違えないでください!」


「間違えません!」


 この時点で、フラグは立っていた。



「確認だ」


 カインが言う。


「南、分岐左、川、真ん中」


「そうです!」


 ミレナが頷く。


「その通りです!」


「簡単ですね」


 リオが言う。


「覚えました」


「本当ですか」


「本当です」


 だが、この“覚えた”が一番危ない。



「俺は適当に行く」


 ガルドが言う。


「やめてください!」


 ミレナが言う。


「ちゃんと見てください!」


「大体合ってればいい」


「よくないです!」


 完全に不安要素だった。



「じゃあ出発です!」


 ミレナが言う。


「地図通りに!」


「はい」


 リオが頷く。


 この時点では、全員同じ方向を見ていた。



 森の入口。


 空気が少し変わる。


 木の匂い、湿った土、少しだけ冷たい風。


「南ですね」


 リオが言う。


「こっちだ」


 ドーガが言う。


 迷いがない。


「助かります」


 リオが言う。


 方向感覚が強い人がいると安心する。



 少し進む。


 分岐。


「左ですね」


 リオが言う。


「左だ」


 ドーガも言う。


「左です!」


 ミレナも言う。


 全員一致。


 順調だ。



「簡単ですね」


 リオが言う。


「な?」


 ミレナが言う。


「ちゃんと見れば大丈夫なんです!」


 その“ちゃんと”が続けばいいのだが。



 さらに進む。


「川ですね」


 セリアが言う。


 小さな川。


 水は浅い。


「ここ渡るんですね」


「そうです!」


 ミレナが言う。


 ここも問題ない。



 そして――


 問題の分岐。


 三つの道。


「……」


 全員が止まる。


「ここですね」


 リオが言う。


「真ん中」


「真ん中だ」


 ドーガが言う。


「真ん中です!」


 ミレナが言う。


 ここまではいい。



「……どれが真ん中ですか」


 リオが言った。


 その一言で、空気が止まる。


「これだろ」


 ガルドが左寄りの道を指す。


「違います!」


 ミレナが言う。


「これです!」


 真ん中っぽい道を指す。


「いや、こっちだ」


 カインが右寄りを指す。


「三つの中で中央だ」


「それそれぞれ違いますよね!?」


 リオが言う。



 全員の指が、微妙に違う方向を向いている。


 完全にズレた。



「落ち着いてください」


 セリアが言う。


「一回確認しましょう」


「確認します!」


 ミレナが地図を見る。


「……」


「どうですか」


 リオが聞く。


「……これです」


 ミレナが指す。


 だが――


 それもまた、三つのうちのどれとも完全には一致していない。



「地図と現実が違いますね」


 リオが言う。


「よくある」


 ガルドが言う。


「よくあってほしくないです!」



「目印は?」


 カインが言う。


「何かあるはずだ」


「えっと……」


 ミレナが地図を見る。


「大きな岩の近くと書いてあります」


「岩?」


 リオが周囲を見る。


 ある。


 だが――


「全部大きくないですか?」


 岩が複数ある。


 しかも全部それなりに大きい。



「これだろ」


 ガルドが言う。


「違います!」


 ミレナが言う。


「それはただの岩です!」


「全部ただの岩だろ」


「そうですけど!」


 言葉が詰まる。



「じゃあ一回戻るか」


 ガルドが言う。


「やめてください!」


 ミレナが言う。


「余計迷います!」


「じゃあどうする」


「……」


 止まる。



「一番自然な道でいいんじゃないですか」


 リオが言う。


「人が通ってそうな」


「それだな」


 カインが言う。


「踏み跡を見る」


 地面を見る。


 踏み跡。


 一番多いのは――


「これですね」


 リオが言う。


「真ん中っぽい」


「それだ」


 ドーガが言う。



「じゃあ進みます!」


 ミレナが言う。


「間違ってたら戻ります!」


「最初からそれでいい」


 ガルドが言う。



 進む。


 少しだけ不安がある。


 だが――


「……合ってますね」


 リオが言う。


「道、続いてます」


「よかったです……」


 ミレナが少しだけ安心した顔をする。



「結局」


 リオが言う。


「地図より現場ですね」


「だな」


 ガルドが言う。


「目で見ろ」


「それ言っちゃうと全部それなんですよ!」


 だが、間違っていない。



 “地図をちゃんと読もう”って決めた瞬間に、なぜか全員が違う方向を指し始める。

 でも最後に頼るのは、だいたい“目の前にある現実”だったりする。


 そしてたぶん、次もまた――

 同じところで少しだけ止まる。

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