■第56話「“早く出発しよう”って決めた日に限って、なぜか一番出発が遅れる」
出発というのは、単純な行為のはずだ。
準備をして、時間になったら出る。それだけの話で、そこに複雑な要素はない。むしろ、複雑にしないために“時間を決める”のだ。
だからこそ、“今日は早く出発しよう”と全員で決めた日ほど、スムーズに動く――はずなのだが、現実はなぜか逆になる。
早く出ようとした日に限って、何かが引っかかる。小さな確認、ちょっとした忘れ物、意味のない一言、余計な寄り道。そういうものが積み重なって、結果的にいつもより遅くなる。
その日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。
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「今日は早めに出発します!」
ミレナが言った。
朝、まだ空気が冷たい時間帯だった。
「いいですね」
リオが言う。
「早く動けば余裕も出ますし」
「その通りです!」
ミレナが頷く。
「余裕を持って動くのが大事です!」
理屈は完璧だ。
誰も反論しない。
問題は――
「何時に出るんですか」
リオが聞いた。
そこだった。
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「日の出直後です!」
ミレナが言う。
「もう少しでその時間です!」
「……」
リオは少しだけ時計を見る。
確かに、余裕はない。
「今から準備して間に合います?」
「間に合わせます!」
ミレナが言う。
「全員揃ってますし!」
その瞬間、空気が少し止まる。
「……全員?」
リオが聞く。
「はい!」
ミレナが言う。
自信満々に。
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「俺はいるな」
ガルドが椅子に座ったまま言う。
「僕もいます」
リオが言う。
「セリアさんも」
「います」
セリアが言う。
「ドーガさん」
「いる」
入口から短く返事。
「ナナさん」
「いるよ」
酒場側から声。
「カインさん」
「いる」
壁際から。
「……」
ミレナが一度紙を見る。
そして――
「アルヴェインさんは?」
静かに聞いた。
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「いないな」
ガルドが即答した。
「いませんね」
リオも言う。
「いませんね」
セリアも言う。
「……」
ミレナが止まる。
「呼んでください!」
「なんで俺がだ」
ガルドが言う。
「近いからです!」
「近くねえよ」
「近いです!」
雑だった。
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リオが奥へ行く。
アルの机。
いない。
「……いないですね」
戻って言う。
「どこ行ったんですか」
「知らん」
ガルドが言う。
「いつも急にいなくなる」
「困ります!」
ミレナが言う。
「今日は早く出るんです!」
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「じゃあ先に準備しよう」
リオが言う。
「戻ってきたらすぐ出られるように」
「それです!」
ミレナが言う。
「いい判断です!」
ここまでは順調だった。
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「荷物確認!」
ミレナが言う。
「昨日決めた通り、最低限三つ!」
「ロープ、水、火ですね」
リオが言う。
確認する。
ある。
問題ない。
「よし」
少し安心する。
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「……」
ガルドは袋を見ている。
「どうしました」
リオが聞く。
「火打ち石がない」
「忘れてるじゃないですか!」
即座に言った。
「昨日の話はなんだったんですか!」
「昨日は昨日だ」
「今日も今日です!」
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「どこですか」
「知らん」
「探してください!」
もうこれで時間が削られる。
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「これじゃないですか」
ナナがカウンターの下から出す。
「昨日ここに置いてましたよ」
「……」
ガルドが受け取る。
「助かった」
「最初から持ってください!」
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「他は?」
ミレナが言う。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
リオが言う。
その時だった。
「……あ」
小さく声が出た。
「どうしました」
セリアが聞く。
「水袋、空です」
「入れてください!」
ミレナが言う。
「なんで空なんですか!」
「昨日使ってそのまま……」
「だから確認です!」
もう少しで完成なのに、まだ終わらない。
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「よし、準備完了です!」
ミレナが言う。
「アルヴェインさん以外!」
「それが一番重要なんですけど」
リオが言う。
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その時だった。
「……何してる」
後ろから声がした。
アルだった。
「遅いです!」
ミレナが即座に言う。
「どこ行ってたんですか!」
「外」
「雑です!」
でも戻ってきた。
これで全員揃った。
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「じゃあ出発します!」
ミレナが言う。
「予定より少し遅れてますが!」
「もう遅れてるんですね」
リオが言う。
「でもまだ大丈夫です!」
ミレナは前を向く。
だが――
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「待て」
ガルドが言う。
「なんですか」
「扉閉めたか?」
「……」
全員が止まる。
「閉めてません!」
ミレナが言う。
「誰か閉めてください!」
「なんで今言うんですか!」
リオが言う。
「今気づいた」
「遅いです!」
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ドーガが無言で閉める。
助かった。
だが、また時間が削れる。
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「よし、今度こそ」
ミレナが言う。
「出発――」
「待て」
またガルド。
「なんですか!」
「鍵」
「……」
ミレナが止まる。
「持ってますか?」
「……」
全員が沈黙する。
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「……ないです」
ミレナが言う。
「なんでですか!」
リオが言う。
「いつもそこにあるだろ」
ガルドが言う。
「今日はないです!」
「探せ」
「今ですか!?」
今だ。
完全に今だ。
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数分後。
「ありました!」
ミレナが戻る。
「どこにあったんですか」
「机の下です!」
「なんでそんなとこに」
「分かりません!」
分からないが、ある。
それでいい。
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「……」
リオは少し空を見る。
もう日の出は過ぎている。
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「今度こそ出ます!」
ミレナが言う。
「全員揃ってますね!」
「揃ってるな」
ガルドが言う。
「……」
リオは少しだけ考える。
そして。
「……」
「どうしました」
セリアが聞く。
「いや」
リオは言う。
「なんか忘れてる気がして」
「やめてください!」
ミレナが言う。
「もう出ます!」
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その瞬間。
「おーい!」
入口の外から声。
トーマだった。
「これ、誰の!」
手に持っているのは――
ロープだった。
「……」
全員がリオを見る。
「……僕です」
「やっぱりです!」
ミレナが言う。
「なんでですか!」
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「さっき確認しましたよね!」
「別の袋に入れてました!」
「なんでですか!」
「分かりません!」
完全に破綻している。
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「……」
リオは静かにロープを受け取る。
「もういいです」
「よくないです!」
ミレナが言う。
「でもこれ以上は無理です!」
正直だった。
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ようやく出発。
だが、すでに予定よりかなり遅れている。
「……」
リオは歩きながら言う。
「なんで早く出ようとすると遅れるんですかね」
「余計なことするからだ」
ガルドが言う。
「普通に出ればいい」
「その普通が難しいんです!」
リオが言う。
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“早く出発しよう”って決めた日に限って、なぜか一番出発が遅れる。
でも、その理由はだいたい単純で、“確認しようとした分だけ引っかかる”からだ。
そしてたぶん、次もまた同じことが起きる。




