表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/95

■第56話「“早く出発しよう”って決めた日に限って、なぜか一番出発が遅れる」

 出発というのは、単純な行為のはずだ。


 準備をして、時間になったら出る。それだけの話で、そこに複雑な要素はない。むしろ、複雑にしないために“時間を決める”のだ。


 だからこそ、“今日は早く出発しよう”と全員で決めた日ほど、スムーズに動く――はずなのだが、現実はなぜか逆になる。


 早く出ようとした日に限って、何かが引っかかる。小さな確認、ちょっとした忘れ物、意味のない一言、余計な寄り道。そういうものが積み重なって、結果的にいつもより遅くなる。


 その日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。



「今日は早めに出発します!」


 ミレナが言った。


 朝、まだ空気が冷たい時間帯だった。


「いいですね」


 リオが言う。


「早く動けば余裕も出ますし」


「その通りです!」


 ミレナが頷く。


「余裕を持って動くのが大事です!」


 理屈は完璧だ。


 誰も反論しない。


 問題は――


「何時に出るんですか」


 リオが聞いた。


 そこだった。



「日の出直後です!」


 ミレナが言う。


「もう少しでその時間です!」


「……」


 リオは少しだけ時計を見る。


 確かに、余裕はない。


「今から準備して間に合います?」


「間に合わせます!」


 ミレナが言う。


「全員揃ってますし!」


 その瞬間、空気が少し止まる。


「……全員?」


 リオが聞く。


「はい!」


 ミレナが言う。


 自信満々に。



「俺はいるな」


 ガルドが椅子に座ったまま言う。


「僕もいます」


 リオが言う。


「セリアさんも」


「います」


 セリアが言う。


「ドーガさん」


「いる」


 入口から短く返事。


「ナナさん」


「いるよ」


 酒場側から声。


「カインさん」


「いる」


 壁際から。


「……」


 ミレナが一度紙を見る。


 そして――


「アルヴェインさんは?」


 静かに聞いた。



「いないな」


 ガルドが即答した。


「いませんね」


 リオも言う。


「いませんね」


 セリアも言う。


「……」


 ミレナが止まる。


「呼んでください!」


「なんで俺がだ」


 ガルドが言う。


「近いからです!」


「近くねえよ」


「近いです!」


 雑だった。



 リオが奥へ行く。


 アルの机。


 いない。


「……いないですね」


 戻って言う。


「どこ行ったんですか」


「知らん」


 ガルドが言う。


「いつも急にいなくなる」


「困ります!」


 ミレナが言う。


「今日は早く出るんです!」



「じゃあ先に準備しよう」


 リオが言う。


「戻ってきたらすぐ出られるように」


「それです!」


 ミレナが言う。


「いい判断です!」


 ここまでは順調だった。



「荷物確認!」


 ミレナが言う。


「昨日決めた通り、最低限三つ!」


「ロープ、水、火ですね」


 リオが言う。


 確認する。


 ある。


 問題ない。


「よし」


 少し安心する。



「……」


 ガルドは袋を見ている。


「どうしました」


 リオが聞く。


「火打ち石がない」


「忘れてるじゃないですか!」


 即座に言った。


「昨日の話はなんだったんですか!」


「昨日は昨日だ」


「今日も今日です!」



「どこですか」


「知らん」


「探してください!」


 もうこれで時間が削られる。



「これじゃないですか」


 ナナがカウンターの下から出す。


「昨日ここに置いてましたよ」


「……」


 ガルドが受け取る。


「助かった」


「最初から持ってください!」



「他は?」


 ミレナが言う。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


 リオが言う。


 その時だった。


「……あ」


 小さく声が出た。


「どうしました」


 セリアが聞く。


「水袋、空です」


「入れてください!」


 ミレナが言う。


「なんで空なんですか!」


「昨日使ってそのまま……」


「だから確認です!」


 もう少しで完成なのに、まだ終わらない。



「よし、準備完了です!」


 ミレナが言う。


「アルヴェインさん以外!」


「それが一番重要なんですけど」


 リオが言う。



 その時だった。


「……何してる」


 後ろから声がした。


 アルだった。


「遅いです!」


 ミレナが即座に言う。


「どこ行ってたんですか!」


「外」


「雑です!」


 でも戻ってきた。


 これで全員揃った。



「じゃあ出発します!」


 ミレナが言う。


「予定より少し遅れてますが!」


「もう遅れてるんですね」


 リオが言う。


「でもまだ大丈夫です!」


 ミレナは前を向く。


 だが――



「待て」


 ガルドが言う。


「なんですか」


「扉閉めたか?」


「……」


 全員が止まる。


「閉めてません!」


 ミレナが言う。


「誰か閉めてください!」


「なんで今言うんですか!」


 リオが言う。


「今気づいた」


「遅いです!」



 ドーガが無言で閉める。


 助かった。


 だが、また時間が削れる。



「よし、今度こそ」


 ミレナが言う。


「出発――」


「待て」


 またガルド。


「なんですか!」


「鍵」


「……」


 ミレナが止まる。


「持ってますか?」


「……」


 全員が沈黙する。



「……ないです」


 ミレナが言う。


「なんでですか!」


 リオが言う。


「いつもそこにあるだろ」


 ガルドが言う。


「今日はないです!」


「探せ」


「今ですか!?」


 今だ。


 完全に今だ。



 数分後。


「ありました!」


 ミレナが戻る。


「どこにあったんですか」


「机の下です!」


「なんでそんなとこに」


「分かりません!」


 分からないが、ある。


 それでいい。



「……」


 リオは少し空を見る。


 もう日の出は過ぎている。



「今度こそ出ます!」


 ミレナが言う。


「全員揃ってますね!」


「揃ってるな」


 ガルドが言う。


「……」


 リオは少しだけ考える。


 そして。


「……」


「どうしました」


 セリアが聞く。


「いや」


 リオは言う。


「なんか忘れてる気がして」


「やめてください!」


 ミレナが言う。


「もう出ます!」



 その瞬間。


「おーい!」


 入口の外から声。


 トーマだった。


「これ、誰の!」


 手に持っているのは――


 ロープだった。


「……」


 全員がリオを見る。


「……僕です」


「やっぱりです!」


 ミレナが言う。


「なんでですか!」



「さっき確認しましたよね!」


「別の袋に入れてました!」


「なんでですか!」


「分かりません!」


 完全に破綻している。



「……」


 リオは静かにロープを受け取る。


「もういいです」


「よくないです!」


 ミレナが言う。


「でもこれ以上は無理です!」


 正直だった。



 ようやく出発。


 だが、すでに予定よりかなり遅れている。


「……」


 リオは歩きながら言う。


「なんで早く出ようとすると遅れるんですかね」


「余計なことするからだ」


 ガルドが言う。


「普通に出ればいい」


「その普通が難しいんです!」


 リオが言う。



 “早く出発しよう”って決めた日に限って、なぜか一番出発が遅れる。

 でも、その理由はだいたい単純で、“確認しようとした分だけ引っかかる”からだ。


 そしてたぶん、次もまた同じことが起きる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ