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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第54話「“忘れ物を減らそう”って言い出すと、だいたい一番最初に何かを忘れてるやつから話し始める」

 忘れ物というのは、誰にでもある。


 人は完璧じゃないし、持ち物は増えるし、状況は変わる。出発前に確認したはずなのに、現場に着いてから「あれがない」と気づくことは珍しくない。


 だからこそ、忘れ物を減らす工夫というのは必要になる。


 チェックリスト、持ち物の固定化、置き場所の統一――そういうものを整えることで、ミスは確実に減る。


 理屈は簡単だ。


 だが、“忘れ物を減らそう”と話し始めた瞬間に、なぜか一番最初に「何か忘れてるやつ」がその場にいることが多い。


 そしてその日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。



「最近、忘れ物が多いです!」


 ミレナが言った。


 朝一番、受付前で、やや怒り気味の声だった。


「何かあったんですか」


 リオが聞く。


「ありました!」


 ミレナは紙を持ち上げる。


「昨日の依頼、ロープ忘れてます!」


「……あ」


 リオが固まる。


「それ、僕です」


「やっぱりです!」


 即座に言われた。



「ロープって重要じゃないですか!」


 ミレナが言う。


「崖の移動、拘束、救助、全部に関わるのに!」


「すみません……」


 リオが素直に頭を下げる。


「確認したつもりだったんですけど」


「“つもり”が一番危ないんです!」


 完全に正論だった。



「他にもあります!」


 ミレナが続ける。


「予備の水袋、治療用の布、火打ち石!」


「火打ち石は俺だな」


 ガルドが言う。


「忘れた」


「忘れたじゃないです!」


 ミレナが言う。


「なんでそんな軽いんですか!」


「なくてもなんとかなる」


「なりません!」


 だが、この人の場合、本当になんとかしてしまうのが厄介だ。



「だから、対策します!」


 ミレナが言う。


「忘れ物を減らすために!」


「具体的には?」


 リオが聞く。


「チェックリストです!」


 紙を見せる。


 そこには項目がずらっと並んでいた。


 武器、予備武器、水、食料、ロープ、火、布、薬、小物、工具……。


「多いですね」


 リオが言う。


「必要です!」


 ミレナが言う。


「全部です!」



「こんなに覚えられないだろ」


 ガルドが言う。


「だからリストなんです!」


「見るの面倒だ」


「見てください!」


 またこの構図だった。



「でもこれ」


 リオが言う。


「毎回チェックするの大変じゃないですか」


「慣れれば大丈夫です!」


「慣れる前に忘れますよ」


「忘れないようにするんです!」


 堂々巡りだった。



「もっと単純にすればいい」


 アルが言った。


 奥から。


「え?」


 ミレナが聞く。


「持ち物を固定する」


「固定?」


「同じ配置にする」


「……あ」


 リオが少し納得する。


「毎回同じ位置に同じものを入れる」


「そうだ」


「それなら確認しやすいですね」


「見るだけで分かる」


 確かに。


 これは現実的だ。



「でも全員同じにするんですか?」


 リオが聞く。


「そこまではいらない」


 アルが言う。


「個人で固定すればいい」


「なるほど」


 ミレナも頷く。


「自分の中での配置を決める、と」


「そうだ」



「俺は無理だな」


 ガルドが言う。


「なんでですか」


「適当だから」


「適当にしないでください!」


 だが、この人は本当に適当だ。


 そしてそれでも成立しているのが問題だ。



「じゃあ実際にやってみましょう!」


 ミレナが言う。


「荷物出してください!」


「今ですか」


 リオが言う。


「今です!」


 逃げ場がない。



 各自、荷物を出す。


 テーブルに並ぶ。


「……」


 リオは自分の荷物を見る。


 それなりに整っているつもりだった。


 だが――


「ロープないですね」


 ミレナが言う。


「今はいいです!」


 さっきの話だ。



「これは?」


 ミレナが別の袋を指す。


「……なんでしょう」


 リオが言う。


「分からないんですか!?」


「いや、その……」


 開ける。


 中から出てきたのは、小さな金具と紐。


「……」


「何に使うんですか」


「……分かりません」


「なんで持ってるんですか!」


 完全に無駄だった。



「俺の見てみろ」


 ガルドが袋を出す。


 中身を広げる。


「……」


 全員が少し黙る。


「ぐちゃぐちゃですね」


 リオが言う。


「そうだな」


 本人も認めた。


「なんでそれでやっていけるんですか」


「感覚だ」


「一番ダメなやつです!」



「これは?」


 ミレナが指す。


 小さな瓶。


「酒だ」


「入れないでください!」


「必要だ」


「必要じゃないです!」


 完全に不要だ。


 少なくとも今は。



「セリアさんは?」


 リオが聞く。


 セリアの荷物を見る。


 整っている。


 きれいに。


 布、薬、水、小物、全部が分かりやすく分けられている。


「完璧ですね」


 リオが言う。


「普通です」


 セリアが言う。


「これが普通なんです!」


 ミレナが言う。


「見てください!」


 比較対象が悪い。



「カインさんは?」


 リオが見る。


 カインの荷物。


 無駄がない。


 必要最低限。


 配置も固定。


「……」


「どうした」


 カインが言う。


「理想ですね」


 リオが言う。


「無駄がない」


「そうか」


 本人は特に気にしていない。



「つまり」


 ミレナが言う。


「こういう風にすればいいんです!」


 セリアとカインを指す。


「分かりやすく、固定して!」


「できる人はいいんですよ」


 リオが言う。


「問題はできない人です」


「俺か」


 ガルドが言う。


「あなたです!」



「じゃあ最低限決めましょう」


 リオが言う。


「重要なものだけ」


「ロープ、水、火」


「それは絶対」


「それだけは忘れない」


「それなら」


 ミレナも少し頷く。


「現実的ですね」



「チェックも簡単にできます」


 リオが言う。


「三つだけなら」


「それなら見ます!」


 ガルドが言う。


「三つならな」


 ようやく妥協点が見えた。



「じゃあ決まりです!」


 ミレナが言う。


「最低限三つ!」


「それ以上は余裕があれば」


「はい!」


 まとまった。


 ようやく。



 その時だった。


「おーい」


 トーマが入ってきた。


「これ誰の?」


 手に持っているのは――


 ロープだった。


「……」


 全員がリオを見る。


「……僕です」


「やっぱりです!」


 ミレナが言う。


「なんで今忘れるんですか!」


「いや、今じゃなくて昨日のです!」


「同じです!」



「……」


 リオは少しだけ空を見た。


「どうしました?」


 セリアが聞く。


「いや」


 リオは言う。


「話し始める前に、すでに忘れてたなって」


「そういう日です」


 セリアが少し笑う。



 “忘れ物を減らそう”って言い出すと、だいたい一番最初に何かを忘れてるやつから話し始める。

 でも、それに気づけるなら、まだマシなのかもしれない。


 問題は、“忘れてることに気づかないまま出発すること”だからだ。

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