■第53話「“雨の日対策を考えよう”って言い出すと、なぜか晴れてる時にしか思いつかない案ばかり出てくる」
雨というのは、単純に厄介だ。
足元は滑るし、視界は悪くなるし、音はかき消されるし、火は扱いにくくなる。装備は重くなり、服は濡れて体力を削る。依頼の成功率にも地味に影響する。
だから、雨の日の対策はちゃんと考えておくべきだ。
分かりきっている。
誰もがそう思う。
……にもかかわらず、“雨の日の対策を考えよう”と話し始めると、なぜかその日は決まって晴れていて、しかも気持ちよく晴れている時に限って、妙に理想的で現実味の薄い案ばかり出てくる。
その日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。
⸻
「最近、雨の日の依頼が増えてるんです」
ミレナが言った。
昼前、受付で書類をまとめながら。
窓の外は、見事な晴天だった。
「晴れてますけどね」
リオが言う。
「今は関係ないです!」
ミレナが言う。
「先週も一昨日も雨でした!」
「そうでしたね」
セリアが頷く。
「治療棟も滑って転んだ人が増えてました」
「ほら!」
ミレナが言う。
「だから対策が必要なんです!」
理屈は完全に正しい。
問題は――
「で、何するんですか」
リオが聞いた。
そこだった。
⸻
「まず装備です!」
ミレナが言う。
「滑りにくい靴!」
「持ってますよ」
リオが言う。
「普通に」
「でも完全じゃないです!」
「完全は無理です!」
最初から結論が出ている。
⸻
「防水のマントとかどうですか」
セリアが言う。
「濡れにくくなるので」
「いいですね!」
ミレナが頷く。
「それなら動きも制限されにくいです!」
「持ってますよ」
ガルドが言う。
「昔から」
「そうなんですか」
「普通に使ってる」
「じゃあそれでいいじゃないですか」
リオが言う。
「終わりましたね」
「終わってません!」
ミレナが言う。
「全員分が必要なんです!」
「全員分って……」
このギルドで“全員分揃える”という発想はだいたい面倒になる。
⸻
「靴とマントでだいたい解決だろ」
ガルドが言う。
「だいたいじゃダメなんです!」
「だいたいでいい」
「よくないです!」
このやり取りもいつもの流れだった。
⸻
「じゃあ視界の問題は?」
カインが言う。
静かに入ってきた。
「雨で見えにくくなる」
「それは……」
ミレナが少し考える。
「慣れるしか」
「対策じゃないですね」
リオが言う。
「対策です!」
「違います!」
⸻
「フード深くかぶればいい」
ガルドが言う。
「視界余計悪くなります!」
ミレナが言う。
「じゃあどうする」
「……」
答えが出ない。
⸻
「帽子とか」
リオが言う。
「つば広いやつ」
「それいいですね」
セリアが言う。
「顔にかかる雨は防げます」
「でも戦闘中邪魔だな」
カインが言う。
「確かに」
すぐに詰む。
⸻
「じゃあ透明な板で覆うとか」
リオが言う。
「前に」
「それ何ですか」
ミレナが聞く。
「……なんでもないです」
未来の知識を持ち出しかけた。
危ない。
⸻
「水を弾く魔法とかは?」
セリアが言う。
「濡れにくくなるかも」
「それいいですね!」
ミレナが言う。
「使えますか?」
「……」
全員がカインを見る。
「できなくはない」
カインが言う。
「でも持続が短い」
「どれくらいですか」
「数分」
「短いですね」
「戦闘中なら十分だ」
たしかにそうだが、常時対策にはならない。
⸻
「じゃあ移動中だけでも使えば」
リオが言う。
「ありだな」
ガルドが言う。
「でも毎回使うの面倒じゃないですか」
「面倒だな」
結局そこに戻る。
⸻
「じゃあ屋根つけましょう」
ナナが言った。
酒場から顔を出して。
「どこにですか」
リオが聞く。
「移動用に」
「意味分かんないです」
「小さい屋根持って歩く」
「重いです!」
「じゃあ軽くすればいい」
「できません!」
だめだ。
この人は晴れてる時の発想しかしない。
⸻
「馬車なら屋根あるぞ」
ガルドが言う。
「常に馬車で動けばいい」
「それはそれで問題です!」
ミレナが言う。
「場所によっては入れません!」
「じゃあ入れるとこだけ使う」
「それじゃ解決になってません!」
でも一理あるのが厄介だ。
⸻
「滑り対策は?」
ドーガが言う。
入口から。
「足場」
「確かに」
リオが言う。
「泥とかぬかるみはきついですね」
「踏み固めるしかないな」
ガルドが言う。
「現場で?」
「現場で」
「それもう作業ですよね」
「そうだな」
訓練でも対策でもない。
⸻
「縄張っておくとか」
リオが言う。
「滑らないように」
「引っかかるだろ」
カインが言う。
「確かに」
すぐに却下。
⸻
「靴に突起つけるとか」
ナナが言う。
「スパイクみたいに」
「それいいですね」
リオが言う。
「滑りにくそう」
「でも床傷つける」
ロッドがいつの間にか言った。
「屋内で使えない」
「外専用ですね」
「付け替えるの面倒だな」
またそこだ。
⸻
「なんか全部“ちょっと面倒”で止まりますね」
リオが言う。
「だいたいそうだ」
ガルドが言う。
「完璧はない」
「……」
ミレナが少し黙る。
「でも、少しでも楽にしたいんです!」
「その気持ちは分かります」
リオが言う。
「でも現実が追いつかない」
「むう……」
珍しく詰まっている。
⸻
「じゃあ全部やらないでいい」
アルが言った。
静かに。
「え?」
ミレナが聞く。
「優先順位だ」
アルは言う。
「全部対策しようとするから重くなる」
「……」
「一番困るのは何だ」
「滑ること、ですかね」
リオが言う。
「怪我につながる」
「それだ」
アルが頷く。
「そこだけ重点的にやる」
「つまり?」
「靴と足場」
「……あ」
ミレナが少し顔を上げる。
「それなら現実的です」
「そうだ」
「マントとか視界とかは?」
「余裕があれば」
シンプルだった。
⸻
「なるほど」
リオが言う。
「全部やろうとするから変になるんですね」
「だな」
ガルドも頷く。
「最初からそれでいいだろ」
「最初から言ってください!」
ミレナが言う。
「さっきまで黙ってたじゃないですか!」
「見てた」
「なんでですか!」
「面白いから」
「仕事です!」
⸻
「じゃあ決めます」
ミレナが言う。
「雨の日は、滑り対策優先!」
「それでいい」
アルが言う。
「装備の確認と、現場での注意」
「はい!」
ミレナがしっかり頷く。
⸻
「結局普通ですね」
リオが言う。
「普通が一番だ」
カインが言う。
「だな」
ドーガも短く言う。
⸻
「……でも」
ナナが言う。
「屋根持って歩く案、ちょっと好きだったけど」
「やめてください!」
リオが言う。
「絶対ややこしくなります!」
⸻
“雨の日対策を考えよう”って言い出すと、だいたい晴れてる時にしか思いつかない案ばかり出てくる。
でも、最後に残るのはだいたい“普通のこと”だったりする。
そしてその“普通”をちゃんとやるのが、一番難しい。




