■第52話「“訓練をちゃんとしよう”って言い出すと、だいたい一番訓練にならないやつから始まる」
訓練というものは、本来とても理にかなった行為だ。
体を動かし、技術を磨き、動きの精度を上げる。戦闘に備えるための準備であり、日々の積み重ねがそのまま生存率に直結する。
だから、訓練は大事だ。
分かりきっている。
誰もがそう思っている。
……にもかかわらず、“ちゃんと訓練をしよう”と声を上げた瞬間に、なぜか一番訓練から遠い方向に話が転がっていくことがある。
その日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。
⸻
「今日は訓練日を設けます!」
ミレナが言った。
昼過ぎ、受付前で、妙に気合の入った声だった。
「嫌な予感しかしないですね」
リオが即答した。
「なんでですか!」
ミレナが言う。
「いいことですよ!」
「いいことなのは分かってるんですけど」
リオは言う。
「この流れで素直に終わる未来が見えないんです」
それはもう経験則だった。
⸻
「訓練ってなんだ」
ガルドが椅子に沈んだまま言う。
「戦う練習です!」
ミレナが言う。
「基本動作、連携、対応力!」
「普段やってるだろ」
「ちゃんとやってません!」
「やってる」
「やってません!」
いつもの流れだった。
⸻
「でも確かに」
セリアが言う。
「最近、個人で動くことが多かったですし」
「ですよね!」
ミレナが頷く。
「連携の確認も必要です!」
「連携ねえ」
ガルドが言う。
「俺、あんまり連携しねえぞ」
「してください!」
「面倒だ」
「してください!」
だが、これはミレナの言う通りだった。
普段はそれぞれが勝手に動いても成立しているが、それは個々の実力が高いからであって、ちゃんと合わせる機会は少ない。
⸻
「場所は裏庭を使います!」
ミレナが言う。
「簡単な模擬戦形式で!」
「誰と誰がやるんですか」
リオが聞く。
「組み合わせは――」
ミレナが紙を見る。
「ランダムです!」
「またランダムですか」
リオが言う。
「平等です!」
「揉めますよ」
「揉めません!」
だいたい揉める。
⸻
くじが用意される。
もうこの時点で、嫌な予感はかなり濃くなっていた。
「じゃあ引きます」
リオが引く。
「……ガルドさん」
「やらねえ」
ガルドが即答した。
「やってください!」
ミレナが言う。
「嫌だ」
「やってください!」
「なんでだ」
「訓練です!」
「訓練なら他でやれ」
「逃げないでください!」
完全にいつもの構図だった。
⸻
「じゃあ俺がやる」
ライルが手を挙げた。
やっぱり来た。
「なんでいるんですか」
リオが言う。
「面白そうだから」
「訓練です!」
「面白そうじゃん」
「違います!」
だが、この時点で訓練の雰囲気は崩れ始めていた。
⸻
「ルール決めます!」
ミレナが言う。
「怪我しない範囲で!」
「当たり前ですね」
リオが言う。
「武器は?」
「木剣か、軽いもの!」
「魔法は?」
「威力を抑えて!」
「つまり」
ガルドが言う。
「めんどくさい」
「安全です!」
⸻
「じゃあ始めます!」
ミレナが言う。
「最初は――」
「俺とだな!」
ライルが勝手に前に出た。
「まだ決まってません!」
「もういいだろ!」
「よくないです!」
完全に暴走している。
⸻
「相手は?」
ライルが言う。
「誰でもいいぞ!」
「誰でもよくないです!」
だが、視線は自然と――
ガルドに向く。
「……」
ガルドは目を細めた。
「やらねえぞ」
「逃げないでください!」
ミレナが言う。
「訓練です!」
「訓練にならねえ」
「なります!」
「ならねえ」
完全に平行線だった。
⸻
「じゃあ軽くでいいので」
セリアが言う。
「動きを見るだけでも」
「……」
ガルドは少しだけ考えた。
「軽くならな」
「軽くでいいです!」
ミレナが言う。
なんとか成立した。
⸻
裏庭。
土の地面。
簡単なスペース。
周りに全員が集まる。
「よし!」
ライルが構える。
「来い!」
「軽くだぞ」
ガルドが言う。
「分かってる!」
絶対分かってない。
⸻
開始。
ライルが一歩踏み込む。
速い。
だが――
「遅い」
ガルドが言う。
次の瞬間、ライルの剣が空を切る。
「え?」
リオが声を漏らす。
見えなかった。
動きが。
⸻
ガルドは一歩も動いていない。
なのに、ライルの攻撃は当たっていない。
「……何したんですか」
リオが言う。
「ちょっとずらしただけだ」
簡単に言う。
だが、それが一番難しい。
⸻
「もう一回!」
ライルが言う。
踏み込む。
速い。
だが――
また空を切る。
「なんでだ!」
「力みすぎだ」
ガルドが言う。
「無駄が多い」
「……!」
ライルが止まる。
少しだけ考える顔になる。
珍しい。
⸻
「こうか!」
再度踏み込む。
さっきよりも滑らかだ。
だが――
「まだだな」
ガルドが言う。
軽く腕を払う。
それだけで、ライルの体勢が崩れる。
「うおっ!?」
倒れかける。
ギリギリで踏みとどまる。
⸻
「……」
周りが少し静かになる。
これは“訓練”として成立している。
ちゃんと見える。
違いが。
⸻
「もう一回」
ライルが言う。
今度は慎重だ。
動きを抑えている。
踏み込み。
間合い。
呼吸。
少しだけ、変わった。
⸻
「そこだ」
ガルドが言う。
軽く受ける。
そして――
ほんの少し押す。
ライルが止まる。
動けない。
「……」
「今のがいい」
ガルドが言う。
「力抜けてる」
「……そうか」
ライルが息を吐く。
⸻
「……ちゃんと訓練になってますね」
リオが言う。
「だな」
カインが言う。
「見える」
こういうのは分かりやすい。
言葉より、動きの差で理解できる。
⸻
だが。
問題はここからだった。
⸻
「じゃあ次!」
ミレナが言う。
「次は――」
「俺やる!」
またライルが言う。
「さっきやりました!」
「もう一回!」
「ダメです!」
また暴走が始まる。
⸻
「じゃあリオくん」
ミレナが言う。
「え?」
リオが固まる。
「僕ですか」
「はい!」
「なんでですか」
「順番です!」
まただ。
⸻
「……やりますけど」
リオは前に出る。
「相手は?」
「俺でいい」
カインが言う。
「……それ、ハードル高くないですか」
「丁度いい」
カインは構える。
無駄がない。
静かだ。
怖い。
⸻
開始。
リオは踏み込む。
速くはない。
だが正確だ。
だが――
カインは動かない。
そして――
軽く受ける。
それだけ。
完全に止まる。
⸻
「……」
リオが息を吐く。
「強いですね」
「普通だ」
カインが言う。
「普通じゃないです」
でも分かる。
これが“基礎ができている動き”だ。
⸻
「もう一回」
カインが言う。
「今のは悪くない」
「……はい」
リオが構える。
今度は少しだけ変える。
力を抜く。
踏み込みを浅くする。
⸻
当たらない。
だが、さっきよりも“近い”。
「……」
「いい」
カインが言う。
「今のがいい」
短いが、ちゃんとした評価だった。
⸻
「……」
リオは少しだけ息を吐いた。
「なんか、ちゃんと訓練ですね」
「そうだな」
ナナが言う。
「さっきと違う」
「さっきは遊びです!」
ミレナが言う。
「今が本番です!」
⸻
だが、また問題が起きる。
⸻
「俺もやる!」
ライルがまた言う。
「さっきやりました!」
「もう一回!」
「ダメです!」
止まらない。
⸻
「順番だ」
ガルドが言う。
「回せ」
「……珍しくまともですね」
リオが言う。
「うるせえ」
でも、その一言で流れが戻る。
⸻
その後も訓練は続いた。
セリアと軽い回避練習。
ナナと動きの読み合い。
ドーガの防御確認。
それぞれの強みと癖が、少しずつ見えてくる。
⸻
「……」
ミレナはそれを見ながら、少しだけ頷いていた。
「ちゃんとやれば、意味ありますね」
「最初からそう言ってる」
リオが言う。
「途中が問題なんです」
「それは否定しません!」
⸻
日が傾く。
訓練は終わる。
全員、少しだけ疲れている。
だが――
「悪くなかったな」
ガルドが言う。
珍しい言葉だった。
「そうですね」
リオも頷く。
「ちゃんとやれば」
「ちゃんとやればな」
そこが難しい。
⸻
“訓練をちゃんとしよう”って言い出すと、だいたい一番訓練にならないやつから始まる。
でも、ちゃんと戻せば、ちゃんと意味のある時間になる。
問題は、その“ちゃんと戻す”までにどれだけ脱線するかだ。
そしてたぶん、次にやる時も――
最初はまた、同じところから始まる。




