■第49話「“休みの日を作ろう”って決めた瞬間に、なぜか一番休めない空気が出来上がる」
休みというのは、本来とても単純な概念だ。
働かない日。何もしない日。体を休めて、頭を空っぽにして、次に備えるための時間。だから必要だし、だからこそ意識して取らないといけない。
……のだが、“休みをちゃんと作ろう”と話し合いを始めた瞬間に、なぜかその場の空気が一番働いている時より重くなることがある。
その日、ギルドで起きたのはまさにそれだった。
⸻
「今後は“定休日”を設けます!」
ミレナが言った。
朝一番、受付前で、妙に張りのある声だった。
リオはその瞬間、深く息を吐いた。
「……ついに来ましたね」
「なんでそんな顔なんですか」
ミレナが言う。
「いや、正しい話なのは分かってるんですけど」
リオは言った。
「絶対揉めるやつです」
「揉めません!」
ミレナが即答する。
「ちゃんと決めればいいだけです!」
「その“ちゃんと決める”が一番大変なんですよ」
経験則だった。
⸻
「定休日ってなんだ」
ガルドが椅子に沈んだまま聞く。
「休みの日です!」
ミレナが言う。
「働かない日です!」
「今でも働いてない奴いるだろ」
「誰のことですか!」
「目の前だ」
「あなたです!」
即答だった。
「俺は働いてる」
「働いてない時間の方が長いです!」
「必要な時に働いてる」
「その必要の基準が曖昧なんです!」
いつもの流れだった。
⸻
「でもまあ」
ナナが酒場側から顔を出す。
「休み決めるのはいいんじゃない?」
「ですよね!」
ミレナが頷く。
「最近、動きっぱなしですし」
「確かに」
セリアも言う。
「治療棟も、ずっと誰かしら来てますから」
「ほら!」
ミレナが言う。
「必要なんです!」
理屈は完全に正しい。
誰もそこは否定しない。
問題は――
「で、いつ休むんですか」
リオが聞いた。
そこだった。
⸻
「そこを決めます!」
ミレナが言う。
「週に一回!」
「曜日固定ですか?」
「その予定です!」
「……」
リオは少し考えた。
このギルドは、依頼があれば動くし、なければだらける。つまり、“曜日”で動いていない。
そこに曜日の概念を持ち込むと――
「ズレません?」
「ズレません!」
「ズレますよ!」
リオが言う。
「依頼って曜日関係ないじゃないですか!」
「そこは調整します!」
「どうやって!」
「そこを考えるんです!」
結局そこに戻る。
⸻
「曜日決めるのはいいが」
カインが言った。
いつの間にか壁際にいた。
「誰が休む」
「全員です!」
ミレナが言う。
「一斉に!」
静かに空気が止まった。
「無理だな」
ガルドが言う。
「無理ですね」
リオも言う。
「なんでですか!」
ミレナが言う。
「だって」
リオは指を折りながら言った。
「門番いるじゃないですか」
「いるな」
ドーガが短く言う。
「治療棟も」
「開けておかないといけませんね」
セリアが言う。
「酒場も」
「休むわけにはいかないかな」
ナナが言う。
「受付も」
「それは休めません!」
ミレナが言う。
「……」
全員が少し黙る。
「全員休めないですね」
リオがまとめた。
「……」
ミレナは何か言おうとして、止まった。
気づいたのだろう。
“全員休み”は、この構造だと成立しない。
⸻
「じゃあ交代制で!」
ミレナがすぐに切り替える。
「人ごとに休みをずらします!」
「それが現実的ですね」
セリアが言う。
「だな」
カインも頷く。
「それなら機能は止まらない」
これで少しはまとまりそうだった。
……が。
⸻
「じゃあ俺は毎日休みでいいな」
ガルドが言った。
「ダメです」
ミレナが即答した。
「なんでだ」
「それはただの現状維持です!」
「いいだろ」
「よくないです!」
「必要な時に働く」
「それは今もです!」
何も変わっていない。
⸻
「一人一日です」
ミレナが紙を出す。
「週に一回、好きな日に休めます」
「好きな日?」
リオが聞く。
「はい!」
「……」
また嫌な予感がした。
「それ、被りません?」
「被りません!」
「被ります!」
リオが言う。
「絶対“その日がいい”って人出ますよ!」
「じゃあ早い者勝ちで!」
「余計揉めます!」
だめだ。
選択肢が自由すぎると、逆に決まらない。
⸻
「じゃあ固定にしましょう」
カイルが言った。
「班で分けて、曜日でローテーション」
「それいいですね」
リオが言う。
「ちゃんと回ります」
「班分け?」
ミレナが聞く。
「誰と誰を一緒にするんですか」
「そこは……」
カイルが止まる。
全員が少しだけ考える。
そして、同時に気づく。
「……面倒ですね」
リオが言った。
「面倒だな」
ガルドも言う。
「組み合わせで揉める」
「絶対揉めます!」
ミレナが言う。
「誰と一緒がいいとか、嫌だとか!」
「もう見えてるな」
ナナが笑う。
「“あの人と同じ日は嫌です”ってやつ」
「やめてください!」
ミレナが叫ぶ。
「そういうの想像させないでください!」
でも想像できてしまう。
⸻
「じゃあ完全ランダムで」
リオが言った。
「くじ引き」
「それが一番平和かもしれませんね」
セリアが言う。
「文句言いにくい」
「運だからな」
カインも言う。
確かに、それが一番揉めない。
「じゃあくじで!」
ミレナが言う。
「それで決めます!」
少し希望が見えた。
⸻
紙を切って、小さな札を作る。
それぞれに曜日を書いて、箱に入れる。
「引くだけです!」
ミレナが言う。
「簡単です!」
「その“簡単”が怖いんですよ」
リオが言う。
だが、ここまで来たらやるしかない。
⸻
「じゃあ俺から」
ガルドが手を入れる。
一枚引く。
見る。
「……金の日」
「どこですかそれ」
リオが言う。
「曜日じゃねえな」
カインが言う。
「誰が書いたんですか!」
ミレナが箱を覗く。
中には“月・火・水・木・金・土・日”と書かれた札の中に、一枚だけ“金の日”と書かれたものが混ざっていた。
「ナナさんですよね」
「違うよ?」
ナナが笑う。
「絶対ナナさんです!」
「証拠は?」
「ないですけど!」
でもほぼ確定だった。
⸻
「やり直しです!」
ミレナが札を回収する。
「ちゃんと書きます!」
「ちゃんとしないとこうなる」
ガルドが言う。
「お前が言うな」
リオが言う。
⸻
再度くじ。
今度はちゃんとしている。
「月」
リオが引く。
「火」
セリアが引く。
「水」
カイン。
「木」
ナナ。
「金」
ミレナ。
「土」
カイル。
「日」
ドーガ。
そして――
「……なし」
ガルドが言う。
「なんでですか」
「引いたら空だった」
「入ってないじゃないですか!」
まただ。
「なんで一枚足りないんですか!」
「知らねえ」
「絶対途中で抜きましたよね!」
「抜いてねえ」
「顔が抜いてます!」
もはや意味が分からない。
⸻
「もういいです!」
ミレナが言う。
「ガルドさんは日曜で!」
「勝手に決めるな」
「いいからです!」
「雑だな」
「もういいんです!」
完全に投げた。
⸻
これで一応決まった。
各自の休み。
週に一回。
ばらけている。
機能は止まらない。
理想的な形だ。
……理想的なはずだった。
⸻
「で、休みの日何するんですか」
リオが言った。
その一言で、また空気が少し変わる。
「休むんだろ」
ガルドが言う。
「そうなんですけど」
「何もしない」
「それができる人ばかりじゃないですよね」
リオが言う。
たしかに。
“休み”が苦手な人もいる。
「何もしないって難しいですよね」
セリアが言う。
「逆に落ち着かない」
「分かる」
ナナが言う。
「結局店のこと気になるし」
「門も同じだ」
ドーガが言う。
「静かすぎると逆に気になる」
なるほど。
これはこれで問題だ。
⸻
「じゃあ、軽い仕事ならいいってことにしますか」
リオが言う。
「完全に止めるんじゃなくて」
「それはもう休みじゃないです!」
ミレナが言う。
「だめです!」
「でも現実的には……」
「だめです!」
頑固だった。
だが、その頑固さも必要だ。
⸻
「じゃあこうしよう」
アルが静かに言った。
全員がそちらを見る。
「“呼ばれない限り動かない”」
「……」
リオが考える。
「つまり、何もしなくていいけど、呼ばれたら動く?」
「そうだ」
「それ、結局休めてます?」
「少なくとも、普段よりは休める」
それは確かだ。
完全に止めるのは無理でも、呼ばれない限り動かないなら、負担は減る。
「……それなら」
ミレナも少し考えてから頷いた。
「現実的ですね」
「だろう」
アルはそれだけ言った。
⸻
「でも」
ナナが言う。
「誰が呼ぶの?」
その一言で、また止まる。
「確かに」
リオが言う。
「勝手に呼んだら意味ないですよね」
「呼ぶ基準がいるな」
カインが言う。
「軽いことでは呼ばない」
「軽いの基準が人によって違うんですよ」
リオが言う。
完全にそうだ。
⸻
結局、“本当に困った時だけ”という曖昧な基準に落ち着いた。
曖昧だが、それしかない。
⸻
「……疲れましたね」
リオが言う。
「まだ何もしてないのに」
「分かる」
ナナが言う。
「休みの話で一番疲れるのってなんなんだろうね」
「休めないからだろ」
ガルドが言う。
妙に納得した。
⸻
その日の夕方、各自の休みが決まり、“呼ばれない限り動かない日”というルールができた。
理屈としては整っている。
運用もできそうだ。
だが――
「明日、俺休みだな」
ガルドが言う。
「そうですね」
リオが言う。
「何するんですか」
「何もしない」
「できるんですか」
「……分からん」
正直だった。
⸻
休みの日を作ろうとすると、なぜか一番休めない空気が出来上がる。
でも、それでも決めないよりはマシで、決めた分だけ少しは楽になる。
その日決まった“休み”が、本当に休みになるかどうかは、たぶん次の日になってみないと分からない。




