■第45話「“掃除の日”は汚れより先に、なぜか隠してたものが見つかる」
掃除というのは、本来シンプルな作業のはずだ。
床を拭く、棚を整える、いらないものを捨てる。やることは明確で、結果も分かりやすい。やればきれいになるし、やらなければ汚れが溜まる。
だが厄介なのは、“掃除をする日”というものが、ただの整理整頓で終わらないことが多いという点だ。
普段は触らない場所に手を入れるからこそ、見たくなかったものが出てくる。忘れていたもの、隠していたもの、あるいは“なぜここにあるのか分からないもの”まで。
そしてその日、ギルドで行われた掃除は、まさにそういう日だった。
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「今日は掃除です!」
ミレナが言った。
朝一番、受付前で、はっきりと。
「定期的にやってるやつですよね?」
リオが聞く。
「そうです」
ミレナは腕を組んだ。
「普段見えないところまでやります。棚の奥、倉庫、資料室、全部です」
「……嫌な予感しかしないんですけど」
リオは正直に言った。
「なんでですか」
「こういう日は絶対何か出てくるからです」
「出てきたら整理します!」
ミレナは真っ直ぐ言った。
その真っ直ぐさが、一番危ない。
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「俺はやらねえ」
ガルドが即答した。
椅子にだらけたまま、まったく動く気がない。
「やってください」
ミレナが言う。
「嫌だ」
「やってください」
「嫌だ」
「やってください!」
「……」
数秒の沈黙。
「何をやる」
折れた。
「最初からそうしてください!」
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役割分担は簡単だった。
リオとカイルは資料棚の整理。
ナナとマルクは酒場側の掃除。
ドーガは入口周りと外。
セリアは治療棟の整理。
ロッドは鍛冶場の片付け。
バルドレイは“触るとまずいもの”の仕分け。
そして――
「ガルドさんは倉庫です」
「一番嫌なとこ来たな」
「適任です」
「なんでだ」
「力仕事です」
「雑だな」
だが否定できない。
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掃除は最初、普通に進んでいた。
本当に普通に。
床を拭いて、棚を整えて、いらない紙をまとめて。
リオは資料棚の前で、古い依頼書を整理していた。
「これ、何年前ですか」
「十年前くらいだな」
カイルが答える。
「捨てていいんですか?」
「記録は別にある。紙は処分だ」
「了解です」
こういう作業は単純だ。
だが、単純だからこそ気が緩む。
そして――
「あれ?」
リオの手が止まった。
「どうした」
「これ……」
一枚の紙を取り出す。
依頼書ではない。
手書きのメモだ。
「なんですかこれ」
「見せろ」
カイルが覗き込む。
そこに書いてあったのは――
“ガルドは酒を隠す場所を変えた”
という一文だった。
「……なんですかこれ」
リオが言う。
「知らん」
カイルが言う。
「誰が書いたんですか」
「知らん」
「なんでこんなとこにあるんですか」
「知らん」
完全に“知らん”案件だった。
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「ガルドさん!」
リオが倉庫の方へ叫ぶ。
「なんだ」
向こうから返ってくる声は、すでに少し疲れている。
珍しい。
「これ何ですか!」
「どれだ」
ガルドがこちらへ来る。
紙を見る。
数秒止まる。
「……知らねえ」
明らかに嘘だった。
「絶対知ってますよね」
「知らねえ」
「目が泳いでますよ」
「泳いでねえ」
「泳いでます!」
だが、ガルドはそれ以上は何も言わなかった。
つまり――
確定である。
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「ちょっと待ってください」
リオは棚の奥に手を突っ込む。
何かある。
確信があった。
そして――
「あ」
見つけた。
小さな瓶。
「やっぱり!」
リオが叫ぶ。
「酒じゃないですか!」
「見つけんなよ」
ガルドが言う。
「なんで隠してるんですか!」
「隠してねえ」
「棚の奥に入れてる時点で隠してます!」
だが問題はそれだけではなかった。
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「あれ?」
リオがさらに手を入れる。
「まだありますよ」
「やめろ」
ガルドが言う。
「やめないです」
もう止まらない。
そして出てきたのは――
もう一本。
さらにもう一本。
「多くないですか!?」
「普通だ」
「普通じゃないです!」
完全に“隠してたもの”だった。
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「没収です」
ミレナが即座に言う。
「なんでだ」
「なんでじゃないです!」
「仕事終わってから飲むんだ」
「仕事中に出てきてる時点でアウトです!」
正論だった。
完全に正論だった。
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だが、掃除の問題はここで終わらなかった。
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「うわっ」
酒場側からナナの声がした。
「どうした?」
リオが聞く。
「これ、誰の?」
ナナが持っていたのは、小さな袋。
中から出てきたのは――
金貨だった。
「え?」
全員が固まる。
「なんでこんなとこに」
マルクが言う。
「カウンターの下の板の裏から出てきた」
「怖いこと言わないでください」
リオが言う。
「なんでそんなとこにあるんですか」
「知らない」
ナナが言う。
「本当に?」
「本当に」
だが、ナナはこういう顔をする時、だいたい半分くらいは知っている。
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「おい」
ガルドが言う。
「それ、誰のだ」
「分かんない」
「分かんないは一番怖いな」
「本当だって」
ナナは肩をすくめた。
「でもまあ……」
一瞬だけ目を細める。
「たぶん、昔のツケ帳の余りとか」
「それ余りじゃないですよね」
リオが言う。
「普通に金ですよね」
「まあね」
軽い。
軽すぎる。
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「全部出してください」
ミレナが言う。
声が低い。
「隠してるもの、全部」
「なんでだ」
ガルドが言う。
「なんでじゃないです!」
もう一度だった。
「掃除の日は、全部出す日です!」
それはもう、掃除というより暴露大会だった。
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そして、出てきた。
いろんなものが。
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ロッドの工具の予備(なぜか酒場の棚の裏)
カインの古い手袋(なぜか資料棚の上)
ユーンの予備手綱(なぜか入口の柱の裏)
ナナの予備金(なぜかカウンターの板の裏)
ガルドの酒(なぜか全部の奥)
「多すぎません!?」
リオが叫ぶ。
「なんでこんなにあるんですか!」
「置き場所に困ったからだ」
ガルドが言う。
「困った結果がこれですか!?」
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「これもです」
セリアが治療棟から持ってきたのは、小さな箱。
「何ですかそれ」
「……昔の薬です」
「“昔の”ってどれくらいですか」
「十年以上前です」
「使えないじゃないですか!」
「そうですね」
さらっと言った。
「じゃあなんであるんですか!」
「なんとなく」
「なんとなくで残さないでください!」
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掃除はもう、完全に“発掘作業”になっていた。
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「これ何ですか」
リオがまた見つける。
今度は紙。
開く。
そこに書かれていたのは――
“リオは真面目すぎる”
「……誰ですかこれ書いたの」
「知らん」
ガルドが言う。
「絶対知ってますよね」
「知らん」
「これ絶対ガルドさんですよね」
「知らん」
もうテンプレだった。
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「でも当たってるじゃない」
ナナが言う。
「やめてください!」
リオが叫ぶ。
「掃除中に人格評価しないでください!」
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気づけば、床は一度きれいになったはずなのに、また散らかっていた。
出てきたものが多すぎる。
「これ……」
リオが言う。
「掃除、終わります?」
「終わらん」
ガルドが言う。
「だろうな」
カインも言う。
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だが、そんな中で、バルドレイが一つの箱を持ってきた。
「これは……」
珍しく、少しだけ慎重な顔をしている。
「何ですかそれ」
「分からん」
「分からないもの持ってこないでください!」
「だから持ってきたんじゃ」
正論だった。
だが怖い。
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箱を開ける。
中には――
ただの石。
黒い、小さな石。
「……なんですかこれ」
リオが言う。
「分からん」
バルドレイが言う。
「魔力は?」
「感じん」
「じゃあ普通の石ですか?」
「……分からん」
「全部分からないじゃないですか!」
だが、全員が少しだけ距離を取った。
分からないものほど怖い。
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「……とりあえず」
ミレナが深く息を吐く。
「仕分けします」
「全部ですか」
「全部です」
覚悟が決まっていた。
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それから数時間。
本当に数時間かかった。
出てきたものを分けて、捨てて、戻して、整理して。
最初より散らかって、最終的にやっと整った。
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「……終わりましたね」
リオが言う。
椅子に座る。
疲れた。
本当に疲れた。
「終わったな」
ガルドが言う。
珍しく同じくらい疲れている。
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床はきれいになった。
棚も整った。
いらないものはなくなった。
隠していたものも、全部出た。
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「これでしばらくは大丈夫ですね」
セリアが言う。
「……どうだろうな」
ガルドが言う。
「なんでですか」
「また溜まる」
「やめてください!」
リオが叫ぶ。
「もう溜めないでください!」
「無理だ」
「なんでですか!」
「人間だからだ」
ひどい理屈だった。
だが、妙に納得してしまうのが悔しい。
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掃除の日は、汚れを落とす日だ。
だがそれ以上に、“隠していたものが出てくる日”でもある。
そしてたぶん――
次に掃除をした時も、また何かが出てくる。
そういうものなのだ。




