■第43話「“拾い物”は軽い顔してるくせに、だいたい持ち主より厄介なことを連れてくる」
“拾い物”というのは、だいたい軽い。
落ちているものは小さい。持ち運べる程度の重さで、見た目にも大した価値がなさそうに見えるものが多い。だから人は、深く考えずに拾う。落ちているから。誰かのものかもしれないから。あるいは、単純に気になったから。
だが厄介なのは、拾った“その後”だ。
持ち主を探すのか、そのまま預かるのか、どこに置くのか、誰が管理するのか――そういう小さな判断がいくつも重なって、最初の軽さとは釣り合わないくらい面倒な話になることがある。
そしてその日、ギルドに持ち込まれた“拾い物”は、見た目の軽さに反して、やたらと面倒な種類のものだった。
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「すみませーん」
昼前、入口からひょこっと顔を出したのはエインだった。
いつものように少しだけ浮き足立った声。まだ“新人”の響きを残している。
「どうしました?」
ミレナが顔を上げる。
「えっと、これ……」
エインは手に持っていたものを、恐る恐る差し出した。
小さな箱だった。
掌に収まるくらいの大きさで、木製。蓋には特に装飾もなく、金具も安っぽい。見た目だけなら、道端で拾っても特に違和感のない程度の代物だ。
「落ちてました」
エインが言う。
「東門の外の、街道に出る前のあたりで」
その一言で、空気がほんの少しだけ変わった。
東門の外。
つまり、つい最近まであの騒ぎがあった場所の近くだ。
「中身は?」
ミレナが聞く。
「開けてません」
エインは首を振る。
「なんか……開けない方がいい気がして」
その直感は、たぶん正しい。
だが、“だからといって安全とは限らない”のが拾い物の厄介なところだ。
「預かります」
ミレナは箱を受け取ると、少しだけ重さを確かめるように手の中で動かした。
軽い。
音もしない。
振っても何も動く感じがない。
「……誰か心当たりありますか?」
周囲に軽く声をかける。
だが、この時間帯は人がまばらだ。
酒場側にはナナがいるが、カウンターの向こうで何かを刻んでいる最中で、こちらには気づいていない。
治療棟の方からはセリアの気配がするが、今は患者対応中だろう。
壁際の椅子には――
「なんだそれ」
ガルドがいた。
いつの間にかいた。
「いつからいたんですか」
リオが思わず言う。
「さっきからだ」
「気づきませんでした」
「静かだったからな」
そう言うが、この人が静かな時ほど何か起きる。
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「拾い物です」
ミレナが簡潔に説明する。
「東門外で落ちていたそうです」
「ほう」
ガルドは椅子に座ったまま、手を伸ばした。
「見るぞ」
「待ってください」
ミレナが止める。
「いきなり開けないでください」
「開けないと分からねえだろ」
「分かりますけど、順序があります!」
「順序?」
「まず安全確認です!」
もっともだ。
「じゃあ安全かどうか分かるまで開けないのか」
「そうです!」
「それでいつ開ける」
「……」
詰まった。
たしかに、開けなければ中身は分からない。
だが、開けるのも怖い。
この手の話は、だいたいそのジレンマから始まる。
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「貸せ」
ガルドが言う。
「だから待ってください!」
「触るだけだ」
半ば強引に箱を受け取る。
軽く持ち上げる。
耳に近づける。
振らない。
匂いも嗅ぐ。
「……普通だな」
「普通ってなんですか」
リオが聞く。
「爆発する感じじゃねえ」
「その基準やめてください!」
怖い。
あまりにも基準が怖い。
「魔力は?」
セリアがいつの間にか後ろに来ていた。
「感じません」
箱に手をかざして、静かに言う。
「少なくとも、強いものは」
「じゃあ安全か?」
ガルドが言う。
「“危なくなさそう”ではありますけど……」
セリアは少しだけ言葉を選んだ。
「完全に安全とは言えません」
「だよな」
ガルドはあっさり頷いた。
そして――
開けた。
「ちょっと!!」
ミレナが叫ぶ。
「だから待ってくださいって言いましたよね!?」
「開けないと分からねえだろ」
「さっきも同じこと言いましたよね!?」
だが、もう開いている。
全員の視線が箱の中に集まる。
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中に入っていたのは――
指輪だった。
「……指輪?」
リオが言う。
見た目はごく普通だ。
銀色の輪に、小さな石が一つ埋め込まれている。宝石というほどでもない。透明に近い、少しだけ青みがかった石。
「これだけか」
ガルドが言う。
「軽いな」
「軽いですけど……」
リオは少しだけ眉を寄せた。
妙だ。
ここまで何もないと、逆に怪しい。
「魔力は?」
「ほとんど感じません」
セリアが言う。
「本当に普通の指輪に近いです」
「じゃあ落とし物だな」
ガルドが言う。
「持ち主探せば終わりだ」
その通りだ。
ここで終われば、ただの“拾い物”で済む。
だが、問題はここからだった。
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「つけてみるか」
ガルドが言った。
「やめてください!」
リオが叫ぶ。
「なんでですか!」
「サイズ確認だ」
「サイズ確認しなくていいです!」
「持ち主分からねえだろ」
「見た目で分かります!」
「分からねえよ」
だが、ガルドはもう指輪を指に通していた。
中指。
少しだけきついが、入る。
「ほら」
「ほらじゃないです!」
だが、その瞬間だった。
指輪が、わずかに光った。
「……え?」
リオが固まる。
「今、光りましたよね」
「光ったな」
ガルドも言う。
落ち着きすぎている。
「外してください!」
リオが言う。
「すぐ!」
「なんでだ」
「なんでって!」
だが、その言葉の途中で、ガルドの動きが止まった。
「……おい」
低い声だった。
「なんか変だぞ」
嫌な予感がした。
そして、それは当たった。
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「……軽い」
ガルドが言った。
「何がですか」
「体」
「軽い?」
「妙に軽い」
その言葉の意味を理解する前に、ガルドが立ち上がる。
そして――
普通に歩く。
だが、その一歩がやけに軽い。
軽すぎる。
踏み込みが浅いのに、妙に距離が出る。
「え、なにそれ」
リオが思わず言う。
「ちょっと待ってください」
セリアが近づく。
「違和感はありますか」
「ある」
ガルドが言う。
「体が勝手に動く感じだ」
「それ危ないやつです!」
リオが言う。
だが、ガルドは少しだけ口角を上げた。
「面白いな」
「面白くないです!」
絶対に面白くない。
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「ちょっと跳んでみるか」
「やめてください!」
リオの叫びは間に合わなかった。
ガルドが軽く膝を曲げる。
そして――
跳んだ。
軽く。
本当に軽く。
なのに。
「高っ!?」
リオが叫ぶ。
普通の跳躍の倍以上の高さ。
天井に頭をぶつける直前で、ガルドが無理やり体勢を変えて、壁を蹴って着地した。
どすん、と音がする。
全然軽くない着地。
「やめてください!」
ミレナが叫ぶ。
「壊れます!」
「壊してねえ」
「今のはギリギリです!」
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「外してください」
セリアが言う。
今度は穏やかではない。
はっきりとした声だ。
「今すぐ」
「……だな」
ガルドもさすがに頷いた。
指輪を引き抜く。
少しだけ抵抗がある。
だが外れる。
その瞬間。
「……戻った」
ガルドが言う。
「普通だ」
さっきまでの軽さが消えている。
「……なるほど」
ナナがいつの間にか近くまで来ていた。
「それ、当たりだね」
「当たりじゃないです」
リオが言う。
「完全に面倒の種です」
「でも面白いでしょ」
「面白くないです!」
でも、少しだけ分かるのが悔しい。
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「能力付きか」
カインがいつの間にか後ろに立っていた。
静かすぎる。
「軽量化……いや、重さの制御か」
「そんな感じだな」
ガルドが言う。
「使い方次第で強いぞ」
「だからです!」
リオが言う。
「強いから危ないんです!」
こういうのは、だいたいロクなことにならない。
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「持ち主探すぞ」
ガルドが言う。
「それはそうです」
ミレナが言う。
「でもその前に!」
指輪を指差す。
「誰もつけないでください!」
「分かってる」
「本当ですか!?」
「多分な」
「多分ってなんですか!」
信用できない。
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だが、問題はそれだけではなかった。
ギルドの入口から、別の声がした。
「なあ、それ何だ?」
グレンだった。
たまたま通りかかったらしい。
「拾い物だ」
ガルドが言う。
「指輪?」
「そう」
「へえ」
グレンが近づいてくる。
嫌な流れだ。
「触るな」
リオが即座に言う。
「まだ何も言ってねえだろ」
「触りますよね」
「……少しだけ」
「ダメです!」
だが、この人もまた止まらないタイプだった。
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「試しに」
グレンが指輪を取る。
「やめてください!」
そして――
つけた。
「なんでですかあああ!!」
リオが叫ぶ。
だがもう遅い。
「……」
グレンが一歩踏み出す。
止まる。
次の瞬間、床板が鳴る。
ひびではないが、かなり危ない音。
「重っ……」
グレンが低く言う。
「え?」
リオが固まる。
「重い?」
「体が重い」
グレンが言う。
「さっきと逆だ」
「……は?」
全員が固まる。
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「人によって違うのか」
カインが言う。
「それとも……」
「相性か?」
ガルドが言う。
「……面倒ですね」
リオが言った。
心の底から。
「めちゃくちゃ面倒ですねこれ」
拾い物一つで、話がここまで広がる。
しかもまだ終わっていない。
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「……とりあえず」
ミレナが深く息を吐く。
「これはギルド預かりです」
「妥当だな」
カインが言う。
「触るな」
リオが全員に言う。
「絶対触るな」
「分かった分かった」
ガルドが言う。
「だからその“分かった”が信用できないんです!」
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その日、ギルドの奥の棚に、小さな箱が一つ置かれた。
鍵をかけて。
封をして。
注意書きを貼って。
それでも、妙に存在感のある箱だった。
ただの拾い物。
ただの指輪。
だが、それがどういうものかは、もう分かっている。
そして、たぶん――
これは“ここで終わる話じゃない”。
そう思わせるだけの厄介さを、すでに持っていた。




