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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第36話「“静かに過ごそう”という日を作ると、だいたいその日に限って一番うるさくなる」

 静かに過ごす、というのは簡単そうで難しい。何もしないことは、何かをするよりも意識が必要であり、特に日常的に騒がしい場所では、静けさそのものが“特別な状態”になってしまう。


 そして、その“特別”を人為的に作ろうとした場合、人はだいたい失敗する。


 その日のギルドは、まさにそういう試みをしていた。



「今日は、“静かに過ごす日”にします」


 ミレナが言った。


 声はいつもより低く、そして少しだけ抑えられている。つまり、本人が一番気を使っている状態だ。


「帰るか」


 ガルドが言った。


 いつも通りだが、声量が少しだけ大きい。


「静かにしてください」


 ミレナが即座に言う。


「今のがアウトです」


「もうか?」


「もうです!」


 開始三秒で違反者が出た。



「なんで急にそんなことを」


 リオが小声で聞く。


 ちゃんと小声なのがえらい。


「最近うるさいんです!」


 ミレナが言う。


 普通にうるさい。


「昨日なんて、昼前から夕方までずっと誰かが叫んでました!」


「誰だ」


 ガルドが言う。


「あなたたちです!」


 即答だった。



「静かにするメリットは?」


 カインが聞く。


 声は普通だが、抑えめだ。


「集中力が上がります!」


 ミレナが言う。


「仕事も捗りますし、無駄なトラブルも減ります!」


「トラブルは減るな」


 カインが頷く。


「だが、お前たちが守れるか?」


「守ります!」


 ミレナが言う。


「全員で守れば大丈夫です!」


 その“全員”に問題があるのだが、そこは触れないらしい。



「ルールを決めます」


 ミレナが紙を取り出す。


 もう嫌な予感しかしない。


「①大声を出さない

 ②無駄な会話をしない

 ③音を立てない

 ④走らない

 ⑤必要以上に動かない」


「動くなってことか」


 ガルドが言う。


「必要以上にです!」


「必要の判断は?」


「私です!」


「終わったな」


 ガルドが言う。



「スタートです」


 ミレナが言った。


 その瞬間、ギルドは――


 静かになった。



 しばらくの間、本当に静かだった。


 紙の擦れる音。椅子がわずかに軋む音。遠くで風が鳴る音。


 それだけだ。


「……」


 リオは感動していた。


(いけるかもしれない)


 だが、その考えは甘かった。



 最初に音を立てたのは――


 ガルドの腹だった。


 ぐぅぅぅ、と、やたら響く音。


「……」


 全員が見た。


「仕方ねえだろ」


 ガルドが言う。


「音出したくて出してるわけじゃない」


「それは……」


 ミレナが言葉に詰まる。


 これはルールではどうにもならない。


「セーフです」


 苦し紛れに言った。



 次に問題が起きたのは、リオだった。


 紙を書こうとして――


 ペンを落とした。


 カラン、と音が響く。


「アウトです」


 ミレナが即答した。


「厳しくないですか!?」


 リオが言う。


「音を立てました!」


「事故です!」


「事故でもダメです!」


 厳しすぎる。



 一方、ユーンは静かだった。


 驚くほど静かだ。


 座って、微動だにしない。


「……」


 目も閉じている。


「寝てません?」


 リオが小声で言う。


「静かだからいい」


 ガルドが言う。


「基準が雑です」



 そして問題は――


 ライルだった。



「……」


 静かにしている。


 だが、明らかに耐えている。


 体が揺れている。


 口が動きそうになるのを必死で止めている。


「……」


 ミレナが見ている。


「……」


 ライルが震える。


「……」


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。



「……無理だ!」


 叫んだ。


「アウトです!!」


 ミレナが即座に言う。


「分かってる!」


 ライルが言う。


「でも無理だ!」


「我慢してください!」


「我慢ってなんだよ!」


「静かにすることです!」


「それが無理なんだよ!」


 崩壊した。



「外行ってこい」


 ガルドが言う。


「その方が平和だ」


「そうします!」


 ライルが外に出た。


 これで一人減った。


 静けさは戻る。


 はずだった。



 次に起きたのは――


 ナナだった。



「……」


 静かにしている。


 だが、表情が明らかに退屈している。


 そして――


 小さく、鈴を鳴らした。


 チリン。


「アウトです」


 ミレナが言う。


「音です」


「小さいよ?」


「音です!」


「ダメかぁ」


 ナナは笑った。


「暇すぎるんだけど」


「我慢してください!」



 さらに問題は続く。



 ドーガが立ち上がった。


 静かに。


 音を立てずに。


 完璧な動き。


「……」


 ミレナが見る。


「何をしますか」


「見回りだ」


 ドーガが言う。


「必要です」


「……セーフです」


 ミレナが言う。


 これは文句がつけられない。



 だが、その後ろで――


 ユーンが立ち上がった。


 静かに。


 音を立てずに。


 完璧に。


「……どこ行きますか」


 ミレナが言う。


「外に」


 ユーンが言う。


「静かなので」


「理由が正しいですね……」


 ミレナが迷う。


 だが――


 外には、馬車がある。


「待ってください」


 リオが言う。


「それダメです」


「触りません」


 ユーンが言う。


「本当です」


「信用できません!」



 だがユーンは外に出た。


 そして――


 数秒後。



 ガラガラガラガラ!!



「アウトです!!」


 ミレナが叫んだ。


「完全にアウトです!!」


「触ってないです!」


 外から声がする。


「押してるだけです!」


「同じです!!」


 静けさは崩壊した。



「やっぱりダメじゃないですか!」


 リオが言う。


「ダメですね……」


 ミレナが言う。


 少し疲れている。



 ここで、アルが言った。



「条件が悪い」


「え?」


 ミレナが見る。


「静かにする、という目的だけだと意味がない」


「どういうことですか」


「目的がないと人は動く」


 アルが言う。


「暇になるからだ」


「……たしかに」


 リオが頷く。


「じゃあどうすればいいんですか」


「仕事を与える」



「なるほど!」


 ミレナが言う。


「静かに仕事をすればいいんですね!」


「そうだ」


「それならいけます!」


 希望が見えた。



「じゃあ静かに書類整理を――」


 ミレナが言いかけた瞬間。



「競争にしようぜ」


 ガルドが言った。


「……は?」


 ミレナが固まる。


「誰が一番静かに仕事できるか」


「競争にしないでください!」


「その方がやる気出る」


「出さなくていいです!」



 だがもう遅かった。



「よし、やるか」


 ライルが戻ってきた。


「外もうるさい」


「原因あなたです!」



「静かに書類整理対決!」


 ガルドが言う。


「一番音を立てたやつが負け!」


「だから競争にしないでください!」


 ミレナが叫ぶ。



 スタート。



 全員が書類を触る。


 静かに。


 だが――


 意識しすぎて逆に音が出る。


 紙が擦れる。


 ペンが落ちる。


 椅子が鳴る。



「今の誰だ!」


 ライルが言う。


「お前だ!」


 ガルドが言う。


「違う!」


「音出てたぞ!」


「出てねえ!」


 言い合いが始まる。


「静かにしてください!!」


 ミレナが叫ぶ。


 一番うるさい。



 結果――


 開始から三分で崩壊した。



 静かに過ごそうという日は、だいたいその日に限って一番うるさくなる。

 意識すればするほど、人は静けさを保てなくなる。


 その日の話題は、その日で終わった。

 静けさは得られなかったし、むしろいつもより騒がしかった。


 ただ一つだけ確かなのは――


 このギルドに“静か”を求めるのは、だいぶ無理があるということだった。

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