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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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34/102

■第34話「ギルドの“禁止事項”をちゃんと決めようとすると、だいたい一番やばい人のための一覧になる」

 どんな組織にも、暗黙のルールというものがある。


 やってはいけないこと、やると怒られること、やると空気が悪くなること。明文化されていなくても、長くいれば自然と分かってくる。


 だが――


 その“暗黙”が通じない人間が複数いる場合、話は変わる。


 言わないとやる。言ってもやる。禁止しないとやる。禁止してもやる。


 そして気づけば、ルールはどんどん細かくなり、増えていき、最終的には“特定の誰かに向けた注意書き”のようなものになる。


 その日のギルドは、まさにその状態だった。


⸻


「今日は、“禁止事項”を明文化します」


 ミレナが言った。


 その声は静かだが、圧があった。


「帰るか」


 ガルドが言った。


「帰らせません」


 いつも通りの返しだが、今日は一段階冷たい。


「なんでだ」


「必要だからです」


「必要か?」


「必要です」


 断言された。


 これはもう逃げられない。


⸻


「なんで急にそんな話になるんですか」


 リオが聞く。


 ミレナはゆっくりと紙を取り出した。


「苦情です」


 その一言で、だいたい察した。


「昨日だけで六件来てます」


「多くないですか」


「多いです!」


 机に紙を叩きつける。


「“馬車をギルド内で走らせないでほしい”

 “受付カウンターで串焼きを焼かないでほしい”

 “倉庫で勝手に試合をしないでほしい”

 “備品を“試しに改造”しないでほしい”

 “酒場の鈴を集合合図に使わないでほしい”

 “裏庭で爆発音を出さないでほしい”」


「……全部心当たりあるな」


 ガルドが言った。


「全部あるんですか!?」


 リオが言う。


「だいたいな」


「だいたいってなんですか!」


⸻


「だから決めます」


 ミレナが言う。


「禁止事項を明文化して、誰が見ても分かるようにします」


「今までなかったのか」


 カインが言う。


「“普通はやらない”前提でした!」


「その前提が崩れたと」


「崩れました!」


 完全に崩壊していた。


⸻


「いいじゃねえか」


 ガルドが言う。


「多少自由な方が」


「自由の結果がこれです!」


 ミレナが紙を指差す。


「苦情です!」


「まあ、そうだな」


 カインも頷く。


「明文化は必要だ」


「ありがとうございます!」


 ミレナが少しだけ救われた顔をした。


⸻


「じゃあ決めるか」


 ガルドが言う。


「まずは何だ」


「“ギルド内で馬車を走らせない”」


「それは書け」


 全員一致だった。


⸻


「次、“受付で火を使わない”」


「それも書け」


「書きます!」


 どんどん決まる。


⸻


「“倉庫で戦闘禁止”」


「書け」


「書きます!」


 ここまでは順調だった。


 問題はその後だった。


⸻


「“必要以上に大声を出さない”」


 ミレナが言う。


 全員がライルを見た。


「なんで俺だよ!」


「自覚あるんですね」


 リオが言う。


「ある程度はな!」


 あるのか。


⸻


「“合図以外で鐘や鈴を鳴らさない”」


「書け」


「書きます!」


 このあたりから、紙がどんどん埋まっていく。


⸻


「“勝手に依頼を増やさない”」


 ミレナが言う。


「それは誰だ」


 カインが聞く。


「……」


 全員がガルドを見る。


「なんでだ」


「“ついでにこれもやっとくか”って勝手に追加したことありますよね」


 リオが言う。


「あるな」


「認めるんですね!」


「効率だ」


「依頼主に確認してください!」


 追加された。


⸻


「“備品を勝手に持ち出さない”」


「書け」


「書きます!」


「“持ち出したものを返す”も書け」


 ドーガが言った。


「書きます!」


 現実的だ。


⸻


「“爆発は禁止”」


「それはさすがに書け」


「書きます!」


「誰だ」


 カインが聞く。


 全員がユーンを見た。


「……すみません」


「なんでですか!」


 リオが言う。


「馬車の調整で……」


「爆発させないでください!」


⸻


 ここまではまだよかった。


 本当に問題だったのは、その後だ。


⸻


「“やっていいこと”も書いた方がいいんじゃないですか?」


 リオが言った。


「禁止ばかりだと息苦しいですし」


「それもそうですね」


 ミレナが頷く。


「じゃあ書きます」


 紙に新しく書く。


 許可事項


⸻


「“普通に仕事をする”」


「それ書く必要あります?」


「あります!」


 ミレナが言う。


「基本です!」


⸻


「“適度に休憩する”」


「いいな」


 ガルドが言う。


「それは重要だ」


「珍しく同意ですね」


 リオが言う。


⸻


「“酒はほどほどに”」


「それは守らん」


 ガルドが言う。


「書きます!」


「意味ねえだろ」


「書きます!」


⸻


「“人に迷惑をかけない”」


「抽象的すぎませんか」


 リオが言う。


「抽象的です!」


 ミレナが言う。


「でも大事です!」


⸻


「“危険なことはしない”」


 ミレナが書く。


 全員がユーンを見る。


「……努力します」


「努力じゃなくて守ってください!」


⸻


 ここで、問題が起きた。


⸻


「じゃあ、“どこまでが危険か”決めよう」


 ガルドが言った。


「は?」


 リオが言う。


「危険って曖昧だろ」


「いや、それは」


「どこまでがアウトか決めないと意味ねえ」


 言ってることは正しい。


 嫌な方向で。


⸻


「例えば」


 ガルドが言う。


「走るのは危険か?」


「状況によります!」


 ミレナが言う。


「じゃあ馬車は?」


「ダメです!」


「じゃあ歩くのは?」


「いいです!」


「じゃあ走るのは?」


「……速さによります!」


「曖昧だな」


「うるさいです!」


⸻


「じゃあ基準を決めよう」


 ライルが言う。


「どれくらいの速度までOKか」


「決めなくていいです!」


 ミレナが言う。


「危ないかどうかは感覚で!」


「その感覚がズレてるやつがいるだろ」


 ガルドが言う。


 全員がユーンを見る。


「……」


 ユーンは目を逸らした。


⸻


「じゃあ試すか」


 ガルドが言った。


「何をですか」


 リオが言う。


「危険かどうか」


「やめてください!」


 遅かった。


⸻


「ユーン」


「はい」


「ちょっと走ってみろ」


「やめてください!!」


 リオが叫ぶ。


 だがユーンは頷いた。


「少しだけなら……」


「ダメです!!」


 しかし――


 走り出した。


 普通の走り。


「……これは普通ですね」


 リオが言う。


「じゃあ次」


「次やらないでください!」


 ユーンが少し加速する。


「ちょっと速いですね!」


「まだいける」


「いけません!」


 さらに速くなる。


 ギルド内で。


「止めてください!!」


 ドーガが前に立つ。


 ユーンが止まる。


「……止まりました」


「止めたからです!」


⸻


「じゃあこれはアウトだな」


 ガルドが言う。


「当たり前です!」


 ミレナが言う。


 紙に書く。


 “ギルド内で全力で走らない”


⸻


「なんで検証したんですか……」


 リオが言う。


「必要だった」


「必要じゃないです!」


⸻


 だが、ここからさらに悪化する。


⸻


「じゃあ“火はどこまでOKか”」


 ライルが言う。


「またですか!?」


 ミレナが叫ぶ。


「小さい火ならいいのか」


「ダメです!」


「じゃあ試そう」


「試さないでください!」


 だがライルは火打石を取り出した。


 カチッ。


「やめてください!!」


 ミレナが飛びついて止める。


「受付で火は禁止です!」


「じゃあ外ならいいのか?」


「場所を考えてください!」


⸻


「……」


 アルが奥から見ていた。


「もう十分だろう」


「まだです!」


 ミレナが言う。


「完璧にします!」


「完璧にはならん」


「なります!」


「ならん」


「なります!」


 完全に意地だ。


⸻


 最終的に、紙はこうなった。


⸻


■禁止事項

・ギルド内で馬車を走らせない

・受付で火を使わない

・倉庫で戦闘しない

・備品を勝手に改造しない

・合図以外で鈴や鐘を鳴らさない

・裏庭で爆発を起こさない

・勝手に依頼を増やさない

・備品を持ち出さない/返す

・ギルド内で全力で走らない


■許可事項

・普通に仕事をする

・適度に休憩する

・酒はほどほどに

・人に迷惑をかけない

・危険なことはしない


⸻


「……できました」


 ミレナが言う。


「これで大丈夫です!」


「本当か?」


 ガルドが言う。


「本当です!」


 力強い。


⸻


 その直後。


 外から声がした。


「どけええええ!!」


 ユーンだった。


 馬車に乗っていた。


⸻


「なんでですか!!」


 ミレナが叫ぶ。


「外はギルド内じゃない!」


 ユーンが叫ぶ。


「そこじゃないです!」


 リオが叫ぶ。


「入ってくるなあああ!!」


 ドーガが止める。


 ギリギリで止まる。


⸻


「……」


 全員がミレナを見る。


 ミレナは、ゆっくりと紙を見た。


 そして、震える手で書き足した。


⸻


・ギルドの出入口付近で馬車を走らせない


⸻


「増えましたね……」


 リオが言う。


「増えました……」


 ミレナが言う。


⸻


 禁止事項をちゃんと決めようとすると、だいたい一番やばい人のための一覧になる。

 そしてその一覧は、だいたい一日で増える。


 その日の話題は、その日で終わった。

 だが紙は残る。


 そして翌日には――

 また一行、増えていた。

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