■第34話「ギルドの“禁止事項”をちゃんと決めようとすると、だいたい一番やばい人のための一覧になる」
どんな組織にも、暗黙のルールというものがある。
やってはいけないこと、やると怒られること、やると空気が悪くなること。明文化されていなくても、長くいれば自然と分かってくる。
だが――
その“暗黙”が通じない人間が複数いる場合、話は変わる。
言わないとやる。言ってもやる。禁止しないとやる。禁止してもやる。
そして気づけば、ルールはどんどん細かくなり、増えていき、最終的には“特定の誰かに向けた注意書き”のようなものになる。
その日のギルドは、まさにその状態だった。
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「今日は、“禁止事項”を明文化します」
ミレナが言った。
その声は静かだが、圧があった。
「帰るか」
ガルドが言った。
「帰らせません」
いつも通りの返しだが、今日は一段階冷たい。
「なんでだ」
「必要だからです」
「必要か?」
「必要です」
断言された。
これはもう逃げられない。
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「なんで急にそんな話になるんですか」
リオが聞く。
ミレナはゆっくりと紙を取り出した。
「苦情です」
その一言で、だいたい察した。
「昨日だけで六件来てます」
「多くないですか」
「多いです!」
机に紙を叩きつける。
「“馬車をギルド内で走らせないでほしい”
“受付カウンターで串焼きを焼かないでほしい”
“倉庫で勝手に試合をしないでほしい”
“備品を“試しに改造”しないでほしい”
“酒場の鈴を集合合図に使わないでほしい”
“裏庭で爆発音を出さないでほしい”」
「……全部心当たりあるな」
ガルドが言った。
「全部あるんですか!?」
リオが言う。
「だいたいな」
「だいたいってなんですか!」
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「だから決めます」
ミレナが言う。
「禁止事項を明文化して、誰が見ても分かるようにします」
「今までなかったのか」
カインが言う。
「“普通はやらない”前提でした!」
「その前提が崩れたと」
「崩れました!」
完全に崩壊していた。
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「いいじゃねえか」
ガルドが言う。
「多少自由な方が」
「自由の結果がこれです!」
ミレナが紙を指差す。
「苦情です!」
「まあ、そうだな」
カインも頷く。
「明文化は必要だ」
「ありがとうございます!」
ミレナが少しだけ救われた顔をした。
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「じゃあ決めるか」
ガルドが言う。
「まずは何だ」
「“ギルド内で馬車を走らせない”」
「それは書け」
全員一致だった。
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「次、“受付で火を使わない”」
「それも書け」
「書きます!」
どんどん決まる。
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「“倉庫で戦闘禁止”」
「書け」
「書きます!」
ここまでは順調だった。
問題はその後だった。
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「“必要以上に大声を出さない”」
ミレナが言う。
全員がライルを見た。
「なんで俺だよ!」
「自覚あるんですね」
リオが言う。
「ある程度はな!」
あるのか。
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「“合図以外で鐘や鈴を鳴らさない”」
「書け」
「書きます!」
このあたりから、紙がどんどん埋まっていく。
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「“勝手に依頼を増やさない”」
ミレナが言う。
「それは誰だ」
カインが聞く。
「……」
全員がガルドを見る。
「なんでだ」
「“ついでにこれもやっとくか”って勝手に追加したことありますよね」
リオが言う。
「あるな」
「認めるんですね!」
「効率だ」
「依頼主に確認してください!」
追加された。
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「“備品を勝手に持ち出さない”」
「書け」
「書きます!」
「“持ち出したものを返す”も書け」
ドーガが言った。
「書きます!」
現実的だ。
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「“爆発は禁止”」
「それはさすがに書け」
「書きます!」
「誰だ」
カインが聞く。
全員がユーンを見た。
「……すみません」
「なんでですか!」
リオが言う。
「馬車の調整で……」
「爆発させないでください!」
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ここまではまだよかった。
本当に問題だったのは、その後だ。
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「“やっていいこと”も書いた方がいいんじゃないですか?」
リオが言った。
「禁止ばかりだと息苦しいですし」
「それもそうですね」
ミレナが頷く。
「じゃあ書きます」
紙に新しく書く。
許可事項
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「“普通に仕事をする”」
「それ書く必要あります?」
「あります!」
ミレナが言う。
「基本です!」
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「“適度に休憩する”」
「いいな」
ガルドが言う。
「それは重要だ」
「珍しく同意ですね」
リオが言う。
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「“酒はほどほどに”」
「それは守らん」
ガルドが言う。
「書きます!」
「意味ねえだろ」
「書きます!」
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「“人に迷惑をかけない”」
「抽象的すぎませんか」
リオが言う。
「抽象的です!」
ミレナが言う。
「でも大事です!」
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「“危険なことはしない”」
ミレナが書く。
全員がユーンを見る。
「……努力します」
「努力じゃなくて守ってください!」
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ここで、問題が起きた。
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「じゃあ、“どこまでが危険か”決めよう」
ガルドが言った。
「は?」
リオが言う。
「危険って曖昧だろ」
「いや、それは」
「どこまでがアウトか決めないと意味ねえ」
言ってることは正しい。
嫌な方向で。
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「例えば」
ガルドが言う。
「走るのは危険か?」
「状況によります!」
ミレナが言う。
「じゃあ馬車は?」
「ダメです!」
「じゃあ歩くのは?」
「いいです!」
「じゃあ走るのは?」
「……速さによります!」
「曖昧だな」
「うるさいです!」
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「じゃあ基準を決めよう」
ライルが言う。
「どれくらいの速度までOKか」
「決めなくていいです!」
ミレナが言う。
「危ないかどうかは感覚で!」
「その感覚がズレてるやつがいるだろ」
ガルドが言う。
全員がユーンを見る。
「……」
ユーンは目を逸らした。
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「じゃあ試すか」
ガルドが言った。
「何をですか」
リオが言う。
「危険かどうか」
「やめてください!」
遅かった。
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「ユーン」
「はい」
「ちょっと走ってみろ」
「やめてください!!」
リオが叫ぶ。
だがユーンは頷いた。
「少しだけなら……」
「ダメです!!」
しかし――
走り出した。
普通の走り。
「……これは普通ですね」
リオが言う。
「じゃあ次」
「次やらないでください!」
ユーンが少し加速する。
「ちょっと速いですね!」
「まだいける」
「いけません!」
さらに速くなる。
ギルド内で。
「止めてください!!」
ドーガが前に立つ。
ユーンが止まる。
「……止まりました」
「止めたからです!」
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「じゃあこれはアウトだな」
ガルドが言う。
「当たり前です!」
ミレナが言う。
紙に書く。
“ギルド内で全力で走らない”
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「なんで検証したんですか……」
リオが言う。
「必要だった」
「必要じゃないです!」
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だが、ここからさらに悪化する。
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「じゃあ“火はどこまでOKか”」
ライルが言う。
「またですか!?」
ミレナが叫ぶ。
「小さい火ならいいのか」
「ダメです!」
「じゃあ試そう」
「試さないでください!」
だがライルは火打石を取り出した。
カチッ。
「やめてください!!」
ミレナが飛びついて止める。
「受付で火は禁止です!」
「じゃあ外ならいいのか?」
「場所を考えてください!」
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「……」
アルが奥から見ていた。
「もう十分だろう」
「まだです!」
ミレナが言う。
「完璧にします!」
「完璧にはならん」
「なります!」
「ならん」
「なります!」
完全に意地だ。
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最終的に、紙はこうなった。
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■禁止事項
・ギルド内で馬車を走らせない
・受付で火を使わない
・倉庫で戦闘しない
・備品を勝手に改造しない
・合図以外で鈴や鐘を鳴らさない
・裏庭で爆発を起こさない
・勝手に依頼を増やさない
・備品を持ち出さない/返す
・ギルド内で全力で走らない
■許可事項
・普通に仕事をする
・適度に休憩する
・酒はほどほどに
・人に迷惑をかけない
・危険なことはしない
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「……できました」
ミレナが言う。
「これで大丈夫です!」
「本当か?」
ガルドが言う。
「本当です!」
力強い。
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その直後。
外から声がした。
「どけええええ!!」
ユーンだった。
馬車に乗っていた。
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「なんでですか!!」
ミレナが叫ぶ。
「外はギルド内じゃない!」
ユーンが叫ぶ。
「そこじゃないです!」
リオが叫ぶ。
「入ってくるなあああ!!」
ドーガが止める。
ギリギリで止まる。
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「……」
全員がミレナを見る。
ミレナは、ゆっくりと紙を見た。
そして、震える手で書き足した。
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・ギルドの出入口付近で馬車を走らせない
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「増えましたね……」
リオが言う。
「増えました……」
ミレナが言う。
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禁止事項をちゃんと決めようとすると、だいたい一番やばい人のための一覧になる。
そしてその一覧は、だいたい一日で増える。
その日の話題は、その日で終わった。
だが紙は残る。
そして翌日には――
また一行、増えていた。




