■第32話「誰が一番まともか決めようとすると、だいたい途中で誰も残らなくなる」
“まとも”という言葉は便利だ。
常識がある、落ち着いている、判断が冷静、余計なことをしない、危険な行動を取らない。そういうものをまとめて「まとも」と呼ぶ。
だが、便利な言葉ほど曖昧だ。
何をもって“まとも”とするのかは、人によって違うし、状況によっても変わる。
そして、集団の中で「一番まともな人間は誰か」と考え始めると――たいてい、その基準自体が揺らぎ始める。
その日のギルドは、まさにそういう空気だった。
⸻
「今日はですね」
朝、受付前でミレナが言った。
「“誰が一番まともか”をはっきりさせます」
「帰るか」
ガルドが言った。
「なんでですか!」
ミレナが即座に反応する。
「面倒だからだ」
「逃げないでください!」
「逃げてるんじゃない、回避してる」
「同じです!」
いつものやり取りだが、今日は少し違った。
ミレナの目が本気だった。
⸻
「なんで急にそんな話になるんですか」
リオが聞く。
「昨日です!」
ミレナが机を叩く。
「“ガルドさんより自分の方がまともだ”って言い張る人が三人もいたんですよ!」
「それは事実だろ」
ガルドが言う。
「違います!」
「違うのか?」
「違います!」
即答だった。
かなり強い否定だ。
「誰ですかその三人」
リオが聞く。
「ライルさん、ユーンさん、それから――」
そこで少し言い淀んだ。
「……あなたです」
「僕ですか!?」
完全に予想外だった。
「なんでですか!」
「“自分はまだまとも側だと思います”って言ってました!」
「思ってますよ!?」
「思ってる時点で危ないです!」
理不尽だが、どこか納得もできる。
⸻
「つまり」
アルが奥から出てきた。
「順位をつけるのか」
「そうです!」
ミレナが頷く。
「誰が一番まともか、はっきりさせます!」
「意味があるのか」
「あります!」
言い切った。
「今後の運用に関わります!」
「どう関わるんだ」
「まともな人に任せます!」
なるほど、筋は通っている。
問題は、その“まともな人”が誰になるかだ。
⸻
「じゃあ俺は参加しない」
ガルドが言う。
「どうせ最下位だ」
「逃げないでください!」
「現実を受け入れてるだけだ」
「それを確認するんです!」
ミレナは本気だった。
「全員参加です!」
⸻
「基準は?」
カインが聞く。
「いくつか用意しました」
ミレナが紙を取り出す。
そこにはこう書かれていた。
①指示理解力
②状況判断力
③余計なことをしない度
④危険回避能力
⑤協調性
「かなりちゃんとしてますね」
リオが言う。
「本気ですから」
「でもこれ、誰が判定するんですか?」
「私です」
「絶対偏りますよね!?」
「偏りません!」
たぶん偏る。
⸻
「まずは①指示理解力です」
ミレナが言う。
「簡単な指示を出すので、その通りに動けるか見ます」
「いいだろう」
カインが頷く。
「それなら客観的だ」
「でしょう?」
ミレナが少しだけ誇らしげになる。
「じゃあ最初は――」
周囲を見回す。
「リオさん」
「僕ですか」
「はい。“あの箱を持って、受付の裏に置いてください”」
指差したのは、入口近くの木箱だ。
「わかりました」
リオは素直に箱を持ち上げ、受付裏に運び、丁寧に置いた。
「完璧です!」
ミレナが頷く。
「これは満点です!」
「普通じゃないですか?」
「普通ができるのが大事です!」
その通りだ。
⸻
「次、ガルドさん」
「めんどくせえな」
「やってください!」
「……何すりゃいい」
「同じです。“あの箱を持って、受付の裏に置いてください”」
「さっきのと同じか」
ガルドは立ち上がる。
箱を持つ。
そのまま――
受付の机の上に置いた。
「なんでですか!!」
ミレナが叫ぶ。
「裏に行くのが面倒だった」
「指示理解力ゼロです!」
「理解はしてる」
「してません!」
いきなり崩壊した。
⸻
「次、ライルさん」
「任せろ!」
ライルが立ち上がる。
「箱持って裏だな!」
箱を持つ。
受付の裏に行く。
そして――
箱を三つに増やして持ってきた。
「なんで増えてるんですか!!」
リオが叫ぶ。
「ついでに運んどいた!」
「指示を増やさないでください!」
「効率いいだろ?」
「テストです!!」
完全に意味がない。
⸻
「……次」
ミレナが深呼吸する。
「ユーンさん」
「はい……」
ユーンが立ち上がる。
箱を見る。
持つ。
受付裏へ――
普通に置いた。
「……完璧です」
ミレナが言う。
「ユーンさん満点です」
ユーンは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「普段はまともなんですよね」
リオが言う。
「普段は」
そこが一番怖い。
⸻
「②状況判断力にいきます」
ミレナが言う。
「今から簡単な状況を作るので、どう動くか見ます」
「またやるのか」
ガルドが言う。
「やります!」
もう止まらない。
⸻
「状況:床に水がこぼれています。どうしますか?」
「拭く」
カインが即答した。
「正解です!」
ミレナが言う。
「では実際にやってください」
カインは布を取り、水を拭く。
完璧だ。
⸻
「次、ガルドさん」
「踏む」
「ダメです!」
「滑るかどうか試す」
「実験しないでください!」
即失格だった。
⸻
「次、ライルさん」
「水か!」
ライルが言う。
バシャッとさらに水を増やした。
「なんで増やしたんですか!」
「広げた方が分かりやすいだろ!」
「分かりやすさじゃないです!」
完全に破壊行為だった。
⸻
「次、ユーンさん」
「……拭きます」
静かに拭く。
完璧だ。
「やっぱり普段はまともなんですよね」
リオが言う。
「普段はな」
ガルドが言う。
「乗らなきゃな」
そこが全てだ。
⸻
ここまでで、だいぶ差がついた。
だが、問題は次だった。
⸻
「③余計なことをしない度です」
ミレナが言う。
「これが一番大事です!」
「それはそうだな」
カインが頷く。
「じゃあ、何をするんですか?」
リオが聞く。
「何もしないでください」
「え?」
「その場に立って、何もしないでください」
シンプルだ。
そして難しい。
⸻
「スタート!」
ミレナが言う。
全員が立つ。
止まる。
静かだ。
……三秒。
……五秒。
……七秒。
ガルドがあくびをした。
「はい減点!」
「なんでだ」
「余計な動作です!」
理不尽だが納得もできる。
⸻
十秒経過。
ライルが口を開く。
「暇だな」
「アウトです!」
ミレナが言う。
「余計な発言!」
「ええ!?」
リオは必死に耐える。
ユーンは静かだ。
カインは完全に止まっている。
ドーガは最初から動いていない。
アルは――いなかった。
いつの間にかいない。
⸻
「アルさんどこ行ったんですか!?」
リオが言う。
「退出は減点です!」
ミレナが叫ぶ。
アルは奥で普通に仕事していた。
「必要がなかった」
「テストです!」
「終わったら呼べ」
「ダメです!」
⸻
結果、
余計なことをしなかったのは
カイン、ドーガ、ユーンの三人だった。
「ここは強いですね」
リオが言う。
「まとも枠だ」
ガルドが言う。
「お前は違う」
カインが即答した。
⸻
「④危険回避能力です」
ミレナが言う。
「これは簡単です。危ない状況を作るので避けてください」
「嫌な予感しかしない」
リオが言う。
⸻
ミレナが箱を落とした。
わざとだ。
ガタン、と音がする。
それに対して――
カインが避ける。
ドーガが受け止める。
ユーンが一歩下がる。
リオが横に避ける。
ガルドが――
キャッチした。
「おお」
「おおじゃないです!」
ミレナが言う。
「危険回避です!」
「回避したら落ちるだろ」
「そういう問題じゃありません!」
だが、これは判断が分かれる。
⸻
最後に⑤協調性。
これは簡単だった。
“全員で箱を一列に並べる”。
それだけだ。
しかし――
ガルドが勝手に違う位置に置き、
ライルが二つまとめて置き、
リオが修正し、
カインが整え、
ドーガが支え、
ユーンが静かに合わせ、
結果として、
完成はしたが途中がめちゃくちゃだった。
⸻
全てのテストが終わった。
ミレナが結果をまとめる。
「……出ました」
紙を見る。
深呼吸する。
「第一位は――」
全員が少しだけ注目する。
「ドーガさんです」
納得だった。
⸻
「第二位、カインさん」
これも納得だ。
⸻
「第三位、ユーンさん」
「えっ」
リオが言う。
「そこなんですか」
「普段はまともです!」
ミレナが強調する。
確かに間違ってはいない。
⸻
「第四位、リオさん」
「中途半端ですね……」
「普通です」
「褒めてます?」
「褒めてます」
微妙だった。
⸻
「第五位、アルさん」
「いなかったからな」
ガルドが言う。
「そういう問題じゃありません!」
⸻
「第六位、ガルドさん」
「思ったより上だな」
「下から数えた方が早いです!」
⸻
「最下位、ライルさん」
「なんでだよ!」
「全部です!」
それはもう仕方ない。
⸻
「以上です!」
ミレナが言った。
「これで、誰がまともかはっきりしました!」
「……で、どうするんだ」
ガルドが聞く。
ミレナは言った。
「まともな人に任せます」
そして――
紙をリオに渡した。
⸻
「え?」
「まとめお願いします」
「なんで僕ですか!?」
「一番ちょうどいいからです!」
「ちょうどいいってなんですか!」
「上でも下でもないからです!」
「雑じゃないですか!?」
結局こうなる。
⸻
誰が一番まともか決めようとすると、だいたい途中で誰も残らなくなる。
そして最後に残るのは、“一番扱いやすい人間”だったりする。
その日の話題は、その日で終わった。
順位も決まったし、結論も出た。
ただ一つだけ確かなのは――
“まとも”という言葉は、思っているより信用できないということだった。




